パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ

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第一章

第25話 vs勇者ジョーキット

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 勇者ジョーキット。
 王都レヴェリオンにて五十年ぶりに誕生した、現代にただ一人しか存在しない勇者だ。

「ジョーキット! 話を聞いてくれ! 今倒すべきは俺じゃない! あの悪徳領主じゃないのか!?」

 勇者の称号は魔王討伐の可能性を見出された者のみに王が与えるものだ。
 正式に魔王討伐の旅に出ることができるのは、勇者が率いる勇者パーティーのみ。
 勇者パーティーは国や冒険者ギルドからあらゆる支援を受けることができるのだ。
 冒険者ギルドなどに属さずに在野で魔王討伐隊を結成する者もいるが、やはりそれでは限界があり、これまで出立した討伐隊はすべて途中で挫折するか消息を絶っている。ほとんどがデスマウンテンに入ることすらかなわないのだ。

 俺はジョーキットの出自はよく知らない。彼はあまり過去について語りたがらないのだ。
 どこかで聞いた話によれば、彼は孤児で、幼いころから冒険者として生活していたらしい。
 それも、俺がやっていたような薬草集めなどではなく、危険な討伐クエストばかりを受注し、毎日命がけの日々だったようだ。
 天性の戦闘センスと努力によってやがて彼は頭角を現し、十二歳でA級冒険者となり、十五歳のときにはS級冒険者として認定された。

 S級になってからの彼の活躍はめざましかった。
 あの頃の俺は故郷の集落を出て数年経っていたが、相変わらず採集などの雑用クエストで生活していた。
 そんな日陰者の俺の耳にも彼の活躍は入ってきたものだ。
 彼は王都に入り込んだグレートスコーピオンの群れを単騎で殲滅したり、舞踏会帰りの王妃を人質に取ったスケルトンキングを討伐して王妃を救ったこともある。

 ジョーキットは王都の英雄だった。

「フローリアは俺が貴族になることを祈ってくれた。俺がすべきは彼女の願いを果たすことだ」

 だがそれだけの活躍をしても彼には爵位が与えられることはなく、クエストを受注する日々が続いたようだ。
 当然と言えば当然だが、ジョーキットは町の英雄であると同時に王にとっては脅威だったのである。
 王が褒賞として彼に爵位を与え貴族にしてしまうのは簡単だが、仮にジョーキットが貴族になったらどうなるか?
 きっと民意は英雄であるジョーキットを圧倒的に支持するはずだ。
 貴族として力を得たジョーキットの矛先が自らへ向かうことを王は恐れたのだろう。

 自分が玉座から引きずり降ろされ、代わりにジョーキットが王へと成り上がってしまうのではないか――。
 そうそうありえることではないが、王がそう危惧してしまうくらい、当時のジョーキットの人気は凄かった。

 これは俺の予想だが――おそらく、王はジョーキットに言ったのだ。魔王を討伐出来たら爵位を与えてやるぞと。
 もしジョーキットが魔王を倒すことができれば、ジョーキットのみならず、彼を勇者として見出して送り出した王も賢王として歴史に残ることになる。
 ジョーキットが討伐に失敗しても、目障りな英雄を消すことができる。
 王にとって、魔王討伐とはその程度のものだった。

 ジョーキットはそんな王の腹の中を知った上で、勇者の名を賜り、魔王討伐の任に就いたのだ。
 俺には彼の心は知りようがないが、彼は危険な魔王討伐に挑戦するほど貴族という地位に憧れていたのだろうと思う。

 だからこそ、あの領主の甘言に乗せられてしまったのだろう。

 剣を抜き、凄まじい圧力を発しながらジョーキットはゆっくりとこちらに向かってくる。

「その話だって本当かどうかわからないだろう! あの領主がお前に爵位を与えるって? そんなうまい話があるっていうのか!?」

「――黙れ! それ以上無駄口を叩くな、下衆が!!」

 次の瞬間、ジョーキットの姿がフッと消えた。

 どこだ――。

 全身の神経を集中させ、五感を研ぎ澄ます。

 どこに消えた――。

 触覚に異変が起きる。
 上方の空気の流れがわずかに変わった――

「――はっ!!」

「うおらあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 上だとッ!?

 ジョーキットは剣を構え、上からダイブしてきた。
 あんな遠くにいたのに、音もなく跳躍してここまで飛んだというのか!?

「うおぉぉッ!!」

 俺は後ろに跳んだ。

 落ちてきた剣先が俺の鼻先を掠めたが、俺は間一髪避けることができた。

 轟音とともに、ジョーキットの剣が床に突き刺さる。

「よく避けたもんだな……」

 床から剣を引き抜いて、ジョーキットは言った。

「やはり、以前のお前とは違うってわけか」

 涼しい顔で剣に息を吹きかけ、刃についた木屑を飛ばすジョーキット。

 こ、こいつ……。
 強いのはわかっていたが、アサルドとフローリアとはやはり別物だな。
 以前の俺が思っていたジョーキットの凄さというものがいかに漠然としたものだったのかが今ので理解できた。
 俺自身が以前より強くなったからこそ、ジョーキットの抜きんでた強さが改めてわかったのだ。

 奴はスピード・パワー共に桁違いだ。
 今の俺でも動きを目で追うことができない。

「ジョーキット。俺と協力して領主を倒さないか?」

 できればこいつとは戦いたくない。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。

「ふん。俺も舐められたものだな。俺はなぁ、クラウス。さっきはああ言ったが――実はもう爵位なんてどうでもいいのさ。俺はただフローリアを弔いたいだけなんだ」

「だったら、尚更領主を倒すべきなんじゃないのか。こんなことになった元凶はあいつなんだぞ!? お前らは昨日の事件が俺の狂言じゃないことくらいわかっていただろう?」

「……そうかもしれないな。だが、もうお前を倒さないことには収まりがつかないのさ。俺はフローリアを愛していたんだ。フローリアは爵位を得ることしか頭になかった俺を救ってくれたんだよ」

「だったら……」

「彼女を殺めたお前をこのまま見逃して、共に戦えだと? そんなこと……できるわけないだろうが!!!」

 言うと同時にジョーキットは地面を蹴った。

 あの勢いのまま俺を剣で串刺しにするつもりだろう。
 この速度は――避けられない!!

 俺は特大剣を床に立てるように構えた。

 ガードするしか――ッ!!!

 ジョーキットの剣が俺の特大剣に当たった瞬間、鼓膜が破れるのではないかというほどの金属音が鳴り響き、俺の腕には凄まじい衝撃が稲妻のように伝わってきた。

「うがあぁぁぁぁ!!」

 そのまま俺は後ろに吹き飛んだ。
 なんという威力だ――。

「オラァァァ!!!!」

 た、立たなければ……次の攻撃が来る。
 このまま仰向けに倒れていたら、奴の良い的だ。

 ジョーキットが近づいてくる。

 奴の攻撃を目で追うのは無理だ。攻撃が来てからでは遅い。
 とにかく動いて的をずらすんだ!

 俺は時間を稼ぐために特大剣をジョーキットの方へ投げると、そのまま横へ転がった。
 体勢を立て直せる場所へ移動するために、全力で転がる。

 何とか凌いだか?

 すぐさま立ち上がり、ジョーキットが居た方向を見ると――

「おいおい、武器を投げるなんて自殺行為じゃないか。強くなったのは身体能力だけで、戦闘は素人なんだな、クラウスよ」

 右手には俺の投げた特大剣、左手には自分の剣を持ったジョーキットが立っていた。
 まさか、俺の投げた剣は避けられただけじゃなくてキャッチされたというのか?

「おい、どうした? 昨日のお前はそんなもんじゃなかっただろう? 俺でさえ勝てなかったリザードキングを一撃で倒したクラウスはどこに行ったんだ?」

 やはり、あのリザードキングはジョーキットが勝てないほど強かったのか。

「俺さ、リザードキングたちに捕まって自信なくしたよ。王都にいた頃は俺が勝てない魔物なんていないと思ってたのにな。デスマウンテンの向こうってだけでここまで違うとは。まぁお陰で魔王討伐なんて無茶は諦める決心がついたんだけどな」

「……なら、鍛えれば良かったじゃないか。お前ならもっと強くなれるはずだろ!?」

「そういうのはもう面倒なんだよ。俺は疲れたんだ。そう俺が弱音を漏らしたら、フローリアが言ってくれたのさ。ならやめちゃえばってな。一緒に他の人生を探そうって。そんなことを言ってくれたのはあいつが初めてだったんだ」

 遠い目で天井を眺めてジョーキットは言った。

 ――今だ!

 俺は会話をしながらひそかに練っていた魔力を両手から放った。

「ヘルファイア!!!」

 フローリア戦のときよりも更に大きな炎の塊が現れジョーキットに向かって飛ぶ。

 炎は直撃した――はずだった。

 ジョーキットに命中したはずの炎は一瞬にしてかき消えてしまったのだ。

「ふん、不意打ちか。お前みたいなカスはいつだって卑怯だと相場は決まっているとはいえ、何ともお粗末じゃないか?」

 何ともなさそうにため息をつくジョーキット。

「ど、どうやって炎を消したんだ?」

「あの程度の炎、この一振りで消せるさ」

 ジョーキットはこれ見よがしに右手の特大剣を掲げた。

「まぁ、俺の剣じゃここまで完全に消すなんて不可能だったろうが――クラウス、お前の剣のお陰だな。はっはっは!」

 なんてことだ。俺があの剣を投げてしまったばかりに防がれてしまったというのか。

「次は俺の番だな……ヘルブリザード!!」

 ジョーキットの左手の剣先から激しい吹雪が吹きすさぶ。
 奴が最も得意としている冷気魔法だ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「今度は吹雪だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 兵士たちも阿鼻叫喚の様相だ。

 あいつ、道場ごと凍らせるつもりか!?

 これに対抗できるのは魔法しかない。

「ヘルファイア!!」

 負けじと俺もヘルファイアを撃つ。
 異常なまでの熱気と寒気が交互にやってきて、温度感覚が狂いそうだ。

 炎と吹雪が激しくぶつかり合い――勝ったのは、吹雪の方だった。

 しかし、相殺することはできなかったものの、先ほどよりはだいぶ勢いが減っている。

 それでも直撃するわけにはいかない、どうするか……。

 俺は咄嗟に床を蹴り穴を開けて、床板を引っぺがした。
 その身の丈ほどの木板を盾にし、俺はその陰に隠れた。

「う、うおぉぉぉぉぉ!!」

 木板を激しく打つ吹雪……いや、雹といったほうがいいか。
 簡素な盾には穴が開き、そこから入ってくる雹は俺の身体に無数の打撃を与えた。

 吹雪が弱まってきたかと思えば、また強まり――攻撃は一向に止む気配がない。
 こうしている間にも手足がかじかみ、全身の感覚が思うように働かなくなってくる。

 この木板が完全に壊れて俺の身体が吹雪に曝されて凍りつくのは時間の問題だ。

 ジョーキットはこのまま俺の息の根を止めるつもりなのだろう。

 駄目だ……。
 アサルドとフローリアには勝つことができたが、ジョーキットはやはり次元が違う。
 パワー、スピード、魔法、戦闘のセンス……すべてにおいてあいつのほうが上だ。
 ジョーキットに勝てる人間はリリスくらいだろう。

 リリスのお陰で手に入れた強さをもってしても、俺はジョーキットには勝てない。

 リリスは今どうしているだろう。
 俺が死んだら、彼女も霊魂に戻ってしまう。
 そうなれば、彼女が再び復活することは絶望的だ。

 すまないな、リリス。

 リリスの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 五百年ぶりに大地を踏みしめた喜びを俺に伝え、感謝してくれたリリス。
 今朝のリリスも良い顔をしていたなぁ。
 空き地での剣舞は、俺がこれまでに見たどんなものよりも美しかった。
 もうあれは見られないのか――。

 冷気が強まり、木板を支える俺の指先は薄っすらと凍りついている。
 限界が近づいていた。

 リリスが居れば、こんな状況でもひっくり返してみせるんだろうな。


 リリスが居れば――。


 リリスが――。


 …………。






 ……俺は、何か見落としていないか?

 寒さで碌に働かない頭を必死に回転させる。

 俺には何がある?

 アサルドを倒したパワー?
 それとも、フローリアを倒した魔法か?

 ――否。それはリリスに貰ったものだ。

 俺には、俺にしかないものがまだあったじゃないか。

 俺にしかできないことがあるじゃないか。

「はっはっはっは!!! クラウス!! そんなチンケな盾で俺の魔法を防げると思ってるのか!? それとももう死んだか!? えぇ!? おい!!」

 まだ諦めるわけにはいかない。
 俺には夢があるんだ。
 リリスと一緒に魔王を倒すという夢が――!!

 湧きたつ闘志が全身を熱くする。
 盾を支える手にも力が戻ってくる。

 大丈夫だ。
 一時は諦めかけたが、俺はまだやれる。

 ジョーキット、俺はお前にも勝ってみせるさ! 


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