テイマー少女の逃亡日記

一色孝太郎

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第四章

第四章第41話 生徒会の提案

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 料理研究会が中途入会に対する対応を決めたその日の夕方、生徒会室にカルミナがやってきた。

「普通科三年、料理研究会会長のカルミナ・ヨシペルです」

 カルミナがノックをしてそう名乗るとすぐに王太子の声で短い返事が返ってくる。

「入れ」
「失礼します」

 カルミナが中に入ると、何やら妙に険しい表情をした王太子をはじめとする生徒会のメンバーたちが机を囲んで椅子に座っていた。そこには茶髪に茶色の瞳をした普通科一年の男子生徒もおり、どうやら新しいメンバーが加わったようだ。

 カルミナはすぐに王太子とレフの前まで歩いていくと、優雅に礼をる。

「ヨシペル男爵家が次女カルミナが王太子殿下、並びにレフ公子殿下にご挨拶申し上げます」
「ああ、ご苦労。それでなんの用だ?」
「はい。実は料理研究会にて問題が起きており、その相談をさせていただきたく参りました」
「問題だと? 何があった?」
「はい。実は――」

 カルミナは王太子に中途入会希望者が殺到している問題を説明した。すると王太子は眉間にしわをよせ、小声でつぶやく。

「なるほど……そっちに行ったのか……」
「えっ?」
「いや、こっちの話だ。で、入会希望者を断りたい、と」
「はい」
「そうか……」

 すると一年生の男子生徒が口を挟んでくる。

「ふーん、でもそれってルール違反でしょ?」
「それは……そうですが……」
「レアンドル! 今は俺が話している!」
 王太子が口を挟んできた男子生徒レアンドルを叱責したが、レアンドルはどこ吹く風の様子だ。

「でもさ、殿下。これ、例のレジーナ様の義妹の話でしょ? これ以上ルールを曲げて一人を守るのって、どうかと思うんだけど?」
「これ以上だと?」
「そう。この前だって――」
「おやめなさい」

 王太子とレアンドルが言い合いになりそうになったところをレジーナが止めに入る。

「その話は今すべき話ではありませんわ。まずは相談にいらした料理研究会の話を聞くべきではなくて?」
「ぐ……」
「……」

 レアンドルは不満げな表情をレジーナに向けると、誰にも聞き取れないほど小さな声で「いくら利用価値があるからって、甘やかしすぎだよね」と呟いた。

「あら? 何か?」
「いや? 別に?」

 その表情を見とがめたレジーナをまるで挑発するかのような表情でレアンドルはそう返した。

「そう。なら続けてくださるかしら?」

 レジーナはそんなことなどまるで気にしていないかのようにさらりと流し、カルミナに話を振った。

「ルールとしては入会希望者を拒否してはならないことになっているのは承知しています。ですが我々の活動には調理場という設備が必要なのです。この人数を一度に受け入れてしまえば設備がまったく足りません。それに時期を考えれば、入会希望者たちが料理を目的にしていないことは明らかです。料理を研究する会である私たちが彼らを受け入れることは、その目的の妨げになります」
「ならさ。設備を増やせばいいんじゃないの? それに入会希望者の目的が噂の公爵令嬢だって決めつけるのも良くないんじゃない? 突然料理をしたくなったかもしれないでしょ?」
「レアンドル様!」

 再びレアンドルが口を挟み、今度はレジーナがそれを叱責する。

「あれ? 僕、何か間違ったこと言った?」
「……設備など、すぐに増やせるものではありませんわ。それに、そのような者もいるかもしれませんけれど、時期を考えれば明らかですわ」
「内心どう思っているかなんて分からないんじゃない? それとも、入会希望者が公爵令嬢目的だって言ってたの?」
「いえ、そのようなことは……」
「でしょ?」

 レアンドルは勝ち誇ったような表情を浮かべる。するとレジーナは大きなため息をついた。

「何? レジーナ様」
「レアンドル様、邪な気持ちで入会を希望した者がそのようなことを馬鹿正直に話すと本当にお思いですの?」
「さあ?」

 レアンドルはそう言って肩をすくめた。

「僕が言っているのは、手続きに問題がないならルールどおりにするしかないよねってだけだよ。人が増えて設備が足りないなら場所を用意すればいいだけでしょ? 魔法学園にはちゃんと予算があるんだし、生徒会は事情を聞いて必要な支援をするのが仕事でしょ? 僕、何かおかしなこと言ってる?」
「入会動機がローザというのであれば、会の目的に合わないのだから拒否しても問題ありませんわ」

 するとレアンドルは大げさにため息をついた。

「だから、そんなの誰にも分からないじゃん。自分の義妹が可愛いのはわかるけど、私情を持ち込むのはどうかと思うよ?」
「なっ!?」

 レジーナの顔に怒りの色がにじむ。

「レアンドル様! あなたなんてことを!」
「おい! 落ち着け!」

 王太子が二人の間に割って入る。

「つまり、問題は入会希望者の希望理由がローザかどうかが問題なのだな?」
「え? ええ、そうですわね」
「ならば話は簡単だ。入会希望者が決といてっ!」
「殿下! 前にツェツィーリエ先生からすぐに決闘などと口にしてはいけないと教わりましたわよね?」
「わ、分かっている! 分かっているから足を!」
「……」

 レジーナは疑いの目を向けながら、踏んでいた足をどけた。

「いいか? 料理をしたい者が入会を希望しているのだ。ならば料理で決めればいい」

 するとレジーナは小さくため息をついた。

「詳しく説明してくださる?」
「うむ。料理を作り、その腕前を見れ良いではないか」
「……そもそも一度に大勢が料理できる設備がないのではなくて?」
「はい。仰るとおりです」

 レジーナの疑問にカルミナは同意する。

「な、ならば家で作って来れば――」
「家で作るのであれば、シェフが作っても分からないのではなくて?」
「それは……」
「大体、料理をしたい者の中にはこれから習いたいという者もいるのではなくて?」
「ぐ……」

 王太子はそのまますっかり黙り込んでしまった。

 しばらくの沈黙ののち、レアンドルがパンと手を叩いた。

「じゃあ、やっぱり入会希望者を拒否するのは却下でいいよね? 理由がないし」

 レアンドルがレジーナのほうをじっと見るが、レジーナはそれに反論できずに黙り込んでしまった。するとそれを見たレアンドルはカルミナのほうを見て口を開く。

「じゃあ、必要な予算とかを教えてくれる? 急に人数が増えて大変だろうしさ。生徒会もできる限りの協力はさせてもらうよ」

 それからレアンドルは生徒会の他のメンバーをぐるりと見回す。

「それでいいですよね?」

 勝ち誇ったような表情でそう確認するレアンドルだったが、そこにレフが異議を唱える。

「いえ、よくありません」
「え? なんでですか? レフ公子殿下」
「私も今回の件、入会希望者はローザ嬢が目当てだと思います」
「え? でも証拠はないですよね?」
「ええ、証拠はありませんね」
「なら――」
「ですから、証拠を作れば良いのではありませんか?」
「え? 証拠を作る? そんな! 不正をするのは――」
「そんなことは言っていませんよ」

 レアンドルは途端に険しい表情を浮かべ、レフを糾弾するかのように早口でまくしたてようとしたが、レフがすぐさまそれを遮った。そしてカルミナに対して紳士的な笑顔を向ける。

「カルミナ嬢、料理研究会としては、料理目的でない者の入会は拒否したい。そうですね?」
「はい」
「であれば、ローザ嬢に料理研究会から退会してもらえば良いのです」
「え?」
「それでもなお料理研究会に入会したいのであれば、その者たちは料理が目的であり、ローザ嬢が目的ではないと言える。違いますか?」
「それは……そうですね」
「ただ、ローザ嬢もクラブに入会する必要がありますから、料理研究会を退会した後は生徒会で受け入れましょう。ローザ嬢はマレスティカ公爵家のご令嬢ですから、生徒会への入会資格としては十分でしょう」
「なっ? ちょっ――」
「レアンドル、何か問題でも?」

 レフはカルミナに向けていた紳士的な笑顔からは打って変わり、ゾッとするような冷たい視線をレアンドルに向ける。

「君が生徒会に推薦されたのは、コンスタンティネスク侯爵の甥で、父親が外務卿だからです。ならばマレスティカ公爵家のご令嬢が推薦されてもおかしくはないでしょう?」

 するとレアンドルの顔がさっと赤くなり、レフに悔し気な視線を向けた。しかしレアンドルがそれ以上反論することはなかった。

「さて、どうですか? カルミナ嬢」

 レフは再び紳士的な笑みを浮かべ、カルミナに話を振った。

「レフ公子殿下、お申し出はありがたいのですが、さすがにローザを無理やり辞めさせるのは……」
「もちろんローザ嬢が了承したらということは前提となりますし、それに辞めてもらうというのは形式上の話です」
「え?」
「もちろん入会希望者のふるい分けが終わるまでは活動を自粛してもらう必要はあります。ですがその後はローザ嬢に料理研究会の活動を毎回視察してもらい、ほとぼりが冷めた頃に復帰してもらいましょう」

 それを聞いたカルミナはすぐに明るい表情になる。

「そういうことなら!」
「では、ローザ嬢にそのようにお伝えください」
「はい! ありがとうございます!」

 カルミナは笑顔でそう答えると、生徒会室を退室していくのだった。
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