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何もない広大な土地
しおりを挟む今は領主の邸に向かう馬車の中。
「リーストファー様は公爵家の忠誠の儀式を知っていたんですか?」
リーストファー様は馬車の中にいる。リーストファー様の馬はリックが騎乗している。
「公爵家に滞在中騎士達と稽古しただろ?その時に王の忠誠の儀式はどんななのか聞かれたんだ。で、その時公爵家の儀式を聞いた。お義父上に儀式の意味も教えてもらった。
その時聞いたんだ。『名を縛るのは怖くないんですか』と。お義父上はこう答えた。『怖いのは護れない事だ。己の懐に入れた者を護れないような者にはなりたくない。奴等の過ちは消えない。謝罪が必要なら頭も下げよう。金が必要なら渡そう。私は過ちも背負う。私が認めた男達だ。そして私を認めてくれた。私は全力で奴等を護るだけだ。それに、なにも縛られるのは片方だけとは限らない』
一癖も二癖もある彼等を束ねるのは簡単な事じゃない。常にその力量を示し続けないといけない。お義父上と公爵家の騎士達の距離が近いと思えるのもその表れだと俺は思う。お義父上は気さくさと威厳を示し、騎士達は気軽さの中に敬意がある。
だが一癖も二癖もある彼等に常に主と認めさせる、元々根無し草のような彼等を根付かせ続ける為に、その為の強さを維持させ続け全てに対し劣ることは許されない。結果主であるお義父上も縛られているんだと俺は思った」
「お父様はまだしも私はライアンが心配です」
「そうか?俺はライアンなら大丈夫だと思うけどな。それにお義父上を真似なくてもライアンらしく力量を示せばいい」
「そうですが…」
「ミシェルが心配するのも分かる。ライアンはいつまでも可愛い弟だ。俺にとっても可愛い義弟だ。だからこそ俺達はライアンを信じてやらないと、だろ?」
「そうですね、いつまでも子供扱いをしてはいけませんね」
私はリーストファー様の肩に頭を乗せ目を閉じた。
「お、おいミシェル、シャルクとニーナが前に居るだろ」
頭を乗せた肩から伝わるリーストファー様の動揺。
「大丈夫です。シャルクもニーナも優秀な執事とメイドです。目を瞑ってくれます」
目を閉じている私にはシャルクやニーナの表情は分からない。それでも二人なら見て見ぬ振りをしてくれる。仕える主人の幸せを誰よりも望む、二人はあの公爵家で育ったんだから。
優秀な執事、優秀なメイド、優秀な護衛、伯爵家にようやく揃った。最も信頼の置ける者達。
馬車が止まり外に出た。
まだ新しい邸。最低限の家具しか揃っていないとシャルクは言った。それでも滞在出来るなら問題はない。
隣には修繕が終わった元ユミール領主の元邸。いずれ騎士達を雇った時に宿舎にしてもらうつもり。今は辺境隊の騎士達にそこを使ってもらう。
「明日ゆっくり領地を視察しませんか?」
「そうだな、今日は疲れた」
リーストファー様は少し疲れた顔をしている。それもそのはず、ただでさえこの領地に足を踏み入れるのは気が重い。それに少年と剣を交え、リックと真剣勝負をした。
今日はゆっくり体を休めてほしい。
「シャルク、辺境隊の方々の案内をお願いしてもいい?それからリックはこっちね」
シャルクは『分かりました』と辺境隊の方々を宿舎へ案内し、リックは『はいはい』とニーナと邸の中に入っていった。
「何もないな…」
「はい…」
邸に入る前にリーストファー様と領地を見つめる。何もない、ただ広大な土地が広がっているだけ。
リーストファー様は私の肩を抱き、私達は邸の中に入った。
リビングのソファーに座れば体が重く感じた。疲れていないと思っていても体は疲れていたみたい。
リーストファー様もソファーにもたれ目を閉じている。
「奥様よろしいでしょうか」
「どうしたの?ニーナ」
申し訳なさそうな顔をしているニーナ。
「あの、夕食ですが、こちらにはまだ料理人がおりません」
「あ、そうね、まだ雇っていないわ。ニーナ、食材は?もしかして食材もないの?」
「食材はありました。ですが、」
「そうね、ニーナは温めたりは出来るけど料理は、ね」
「はい、申し訳ありません」
「いいのよ、私だって料理は出来ないもの。どうしようかしらね…」
「はい…」
私とニーナは途方に暮れていた。
「材料があるなら俺が作る」
体を起こしたリーストファー様。
「だが味は期待するなよ?料理人のように美味くは作れないからな」
「作れるんですか?」
「見習いの時に毎日手伝わされた。それに野営すれば簡単な料理は作った。そのほとんどがスープだが」
「リーストファー様はなんでも出来るんですね。リーストファー様に出来ない事はないんですか?
もしかして針仕事も出来るなんて言いませんよね?」
「刺繍は無理だぞ?俺が出来るのはせいぜい破れた服を繕うくらいだ。それだって自分でやらないと誰もやってくれないから仕方なくだ」
「洗濯も掃除も出来て、料理も縫い物も出来て、優しくて格好良くて、それに強い。もう魅力だらけじゃないですか」
ちょっとだけ自分が情けなくなってきた。
公爵令嬢として刺繍は刺せる。服も繕った事はないけどきっと繕える。洗濯や掃除は辺境へ来て教えてもらった。
でもそれは償いの気持ちで始めただけでそれまでは一度もした事はない。
公爵令嬢として必要がなかった。料理は料理人が作り、洗濯や掃除はメイド達の仕事。
仕方がないわ、それが貴族令嬢として当たり前だったんだもの。
唯一の趣味は土いじり。
でもこの場では何の役にも立たないじゃない。
「もしかして、リックも作れるなんて言わないわよね?」
私は壁際に立っているリックを見つめた。
「多少は」
「公爵家で作った事なんてないわよね?」
「公爵家には料理人が何人もいたので」
リックは涼しい顔で立っている。
「ならリック手伝ってくれるか?」
「はい」
リーストファー様とリックは調理場へ仲良く向かった。
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