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共生と希望
しおりを挟む「とりあえず離して」
女性の少し落ち着いた声が聞こえた。
「そうだな、これでは対等ではないな。
リック離してやれ」
女性はリーストファー様の体で隠れて見えない。それでも立ち上がったリックの姿は見えた。
お爺さんも立ち上がり女性を見ているのだろう。
「どうして!どうしてあの人を殺したの!」
リーストファー様の体が前後に揺れている。女性はリーストファー様の胸ぐらをつかんでいるのだろう。
女性のご主人を斬ったのはエーネ国の者。その怒りをリーストファー様にぶつけたい、それは分かる。
リーストファー様はそれが分かっているから何も抵抗しない。
「あの人はすぐ帰ってくるって言ったわ。誰も死んで帰ってくるなんて思わないじゃない。
あの人を返してよ。あの人を、返して…よ……」
ドンドンと鈍い音が聞こえる。
女性の泣き叫ぶ声が響いた。
フィンは私の手をぎゅっと握った。
誰も死んで帰ってくるとは思っていない。フィンの母親も夫の訃報を聞き、毎夜泣いていたのだろう。
『どうしてよ』と誰に向ければいいか分からない怒りや悲しみを抱え、それでも残された子供に心配かけまいと気丈に振る舞う。
『父さんはまだ帰ってこないの?』子供の純粋な言葉に何度言葉を詰まらせただろう。
母親だって人間。どれだけ気丈に振る舞おうが、ふとした瞬間に、このご飯はあの人が好きだったと、テーブルの空いた椅子に、ねぇあなたと、年月で身についた言葉が自然と出る。
その時夫はもういないのだと現実が襲う。
子供は親をよく見ている。そして言葉を飲み込む。父さんの事を聞いてはいけないと、話に出してはいけないと。
女性は泣きながらドンドンとリーストファー様の体を叩いている。
私達は耐えないといけない。
なぜ?それはエーネ国が戦勝国だから。
そしてここはバーチェル国の民が暮らしているから。
支配するのは簡単。でも支配からは何も生まれない。
リーストファー様が目指す指針は支配ではなく共生。
エーネ国に属しバーチェル国の誇りを持つ彼等と私達の共生。この領地からエーネ国全土に広がり、バーチェル国に広がれば…。
それは夢幻か、それとも理想か。
どちらにせよ行動しなければ何も始まらない。
「お姉ちゃん」
フィンは私を見上げている。
「どうしたの?」
「昨日の夜母さんとお話ししたんだ。母さんも僕も本当の気持ちを話そうって。父さんが死んで悲しいねって、辛いねって。
でも僕、母さんの泣いてる顔は見たくない。だって父さんは母さんの笑った顔が好きだったから。だから笑ってほしいって言ったんだ」
私はフィンの目線と同じ高さになるように膝を曲げてしゃがんだ。
「僕ね、昨日お姉ちゃん達が来た時神様の使いだと思ったんだ」
「どうしてそう思ったの?」
「母さんが笑ったから。父さんがいなくなって初めて母さんが笑ったんだ」
「それはフィンが笑っていたからよ?フィンが笑っていたからお母さんは笑ったの」
「違うよ?母さん夜も笑っていたもん。お姉ちゃん達を変わった人って。どうして他人の為にあんなに一生懸命になれるんだろうって。クスクスって笑ったの。
僕、国のことは分かんないけど、でもね、憎みたいのに憎めない人、そう母さんが言ってた。
だから僕言ったんだ。お姉ちゃん達は良い人だって。そしたら母さんもそうねって。父さん死んじゃって二人になったけど、父さんも見守ってくれてる。私達を応援してくれてる。だから二人で頑張ろうねって母さんが言ったんだ。
でも二人じゃないよね?お姉ちゃん達もお爺ちゃんもいるもん」
フィンは私達の希望。
「僕ね、母さんだけじゃなくて、お姉ちゃん達にもお爺ちゃんにも笑っててほしい。
もう悲しい顔も辛そうな顔も見たくないよ…」
「そうね、お姉ちゃんもそう思うわ」
でもねフィン、悲しみや怒りを誰かにぶつけないと前に進めない人もいるの。過去に囚われているのではなくて、その場から動けない人もいるの。
前を向かないと、一歩踏み出さないと、頭では分かっていてもその一歩が怖いと感じるの。
生きているのだから日々は積み重ねられる。太陽か登り月が沈む。そしてまた太陽が一日の始まりを告げる。自然は規則正しく動いているわ。
でも私達人間は規則正しく動けない時もあるの。自分の殻に閉じこもりそして心を守る。いざ外を見ようと立ち上がれば自分以外は先に進んでいて、取り残されたような、世界が変わったような、今度は恐怖が襲ってくる。
だから私達は示しているの。
怖くないよ、大丈夫だよって。
無理矢理手を引っ張っても意味はない。自分の足で立って自分の意志で前に進まなければ。
だから今リーストファー様は女性の怒りや悲しみを受け止めている。ぶつけたいだけぶつけさせ、泣きたいだけ泣かせ、叫びたいだけ叫ばせ、女性の心が壊れないように守っている。
彼は騎士。
でも騎士の前に痛みや苦しみを抱える一人の人。
彼女の気持ちが痛いほどよく分かるのだろう。大切な人を亡くした者の気持ちが。前に進めないその気持ちが。
だからリーストファー様は受け止めている。
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