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前に進むのを躊躇う者と前に進んでいる者

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次の日私達は辺境伯の邸に来ている。リーストファー様は辺境伯と話しをしていて、私はソファーに座って二人が話しをしているのを見つめている。


「ミシェル待たせた、なら行こうか」


私は立ち上がりリーストファー様の後ろを付いて邸を出た。邸を出て辺境隊の訓練場で稽古する騎士達を柵越しからじっと見つめているジークにリーストファー様は声をかけた。


「ジーク行くぞ」


走ってこちらに走ってきたジーク。その顔は今日の空のような晴れやかな笑顔。


「兄ちゃんすごいな。かっけぇ、みんなかっけぇな」


ジークは興奮しているのか声が弾んでいる。

一糸乱れず同じ動きをしている若い騎士達。一人で黙々と稽古をする騎士。若い騎士達を指導する熟練の騎士達。

ジークが興奮するのが分かる。こんな間近で見れる機会は騎士隊に入らなければ見れない練習風景。

何度も見た私でも未だに少し興奮する。格好いい、純粋にそう思う。

ジークはリーストファー様の周りを『かっけぇな』そう言いながらまとわりついている。『分かった分かった』とリーストファー様はジークの頭を撫でる。嬉しそうに笑うジークの瞳はキラキラと輝いていて、見ている私は微笑ましく思う。

辺境隊の訓練場から少し歩き建物の中に入った。リーストファー様に連れられて着いた部屋、その部屋の中に入った。

大きな部屋の中には古く錆びた剣からまだ新しい剣。大きな槍が何十本も立て掛けてあり、一箇所に集められた様々な羽根が矢だと分かる。


「持ち主不明の物がここで保管されている。こっちだ」


リーストファー様はまだ片付けられていない一角へ歩いて行った。私達も付いて行く。


「ここにあるのがあの戦で回収した物だ」


あの領地がエーネ国の国土になり、戦の残骸を辺境隊が回収しここに保管した。

無造作に箱の中に入れられた剣や矢。何箱も置いてあった。


「まだ手つかずだから無闇に触らない方がいい。怪我をするからな」

「はい」


ジークの母親はじっと見つめている。

今朝ジークの家に行き旦那さんの剣を探したいか聞いた。暫く俯いた母親は『はい…』と、か細い声で答えた。

ジークの母親にとってこれは一歩前進なのだと思いたい。

ジークの母親はただじっと見つめ探そうとはしない。

納得はできないだろう。もし剣が見つかったとしても夫の死を認めたくはない。それでも夫の何かを見つけたい。剣でも鞘でも身に着けていた物でも何か一つ…。

それでも見つけたくない。

見つければ認めなくてはいけないから。剣が見つかれば命と同等の剣を手放した。鞘が見つかれば自分の身から外れた。身に着けていた物が見つかればそれだけ身の危険な状態だった。

見つけたいけど見つけたくない。

だから彼女はその場から動けない。ただじっと見つめるだけしかできない。


「母ちゃん」


私は母親の元に歩いて行こうとするジークの肩を掴んで止めた。振り向いたジークに私は顔を横に振った。

彼女が彼女の意思で踏み出すまで、今私達ができる事はただ待つだけ。

彼女も前に進みたいとは思っている。それでも自分だけ進んでいいものか躊躇い、そして葛藤している。

今日踏み出せないのなら明日また来ればいい。彼女の心に寄り添う、それくらいしか私にはできない。



部屋の中に入ってきた騎士がリーストファー様と話しをしている。


「ミシェル」


リーストファー様に呼ばれ、私はジークから少し離れリーストファー様のもとに向かった。


「ミシェル、殿下が話があるみたいで今部屋の外にいるらしい」

「分かりました。ではこちらをお願いします」


リーストファー様は頷き、私は騎士と一緒に部屋の外に出た。部屋の外にはジークライド殿下が立っていた。


「殿下お久しぶりです」

「ああ」

「お元気そうで良かったです」


殿下は少し逞しくなったのか白豚ちゃんの面影はもう全く残っていない。それに少し日に焼けたのか以前よりいきいきとしている。


「ああ、ミシェルも元気だったか?」

「はい」

「そうか」


安堵したのか殿下は安心したように笑った。

殿下は本当に変わった。見た目だけではなく話し方も親しみやすい話し方になった。以前のようなピリピリとした雰囲気ではない。以前はいつもピリピリとしていた。どこか虚勢を張っていたように思える。いつもイライラとしていて、それが怒っているようにも見えた。瞳はいつも睨みつけるように鋭く、話し方はいつも語尾が強かった。

今だから分かる。

当時の殿下の微笑みはどこか苦しそうだった。勿論上手く隠していた。当時の私にはそれが分からないくらいに。

今思い出してみたら時々伏し目がちになっていたり、目が虚ろだったり。

王子として自然に微笑んでいた殿下ではあったけど、私が見逃した仕草はきっと多い。助けを求める合図を私は見逃していた。

だから今殿下本来の、飾らない笑顔を見ると嬉しさと同時に心苦しく思う。

本来はこういう笑顔だったのだと。

晴れやかににこっと笑う殿下の笑顔。目尻が下がり頬が上がる。穏やかな顔で微笑む、殿下本来の笑顔。


「それでお話しとは」


殿下は言いづらそうに『ああ…』と言ってから何も言わない。


「もう王宮へ帰りたいんですか?」

「いや、俺はここで許される限り暮らしたいと思ってる」

「ふふっ、殿下でも俺と言うんですね」

「いや、皆が自分の事を俺と言っているのに俺だけ私と言っているのは、なんとなく皆との距離を感じた」


少し寂しそうに笑った殿下。

平民が大半を占める辺境隊。その中で皆の自称は『俺』や『僕』が多い。『私』と使う時は礼節を重んじる場の時だけ。普段の会話で使う人は少ない。

貴族でも殿下と会話する時は『私』を使う。勿論『俺』と言う人もいたけど、その時の殿下は少し不愉快な顔をしていた。殿下にとっては野蛮に聞こえたのだろう。

その殿下が今は『俺』と言っている。

騎士達との距離を感じ、そしてその心の距離が寂しいと思った。

騎士達に合わせて自分の考えを改める。

私でも俺でも所詮自称の言い方。そして騎士達と同じように『俺』と言う事で心の距離はぐっと近づく。

殿下は本当に変わられた。確実に一歩一歩自分の力で前に進んでいる。

それを私は微笑ましく思う。



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