上 下
23 / 67

22

しおりを挟む
「な、何するつもりなの、セイバ?」
「ま、見てて」

 そう言うと、そのまま熱々になった石を、水の張った浴槽の中に落とした。するとジュゥゥゥゥッという音を響かせながら下に落ちていく。
 それを何度も繰り返していくと、水から湯気が立ち上り始める。そのうちにブクブクと鳴り始め、

「あっち、ちょっと入れ過ぎたかな」

 湯の温度を調べてみると、かなり熱くなってしまっていた。
 しかし少し水を足せば問題ないだろう。

「うし、これでいいな」
「ちょっと待って、下にはまだ熱い石があるし、入れないんじゃ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと二重底にしてあるから」

 石を入れた後に、再びホワイトクリエイトによってその上に底を創っておいたのだ。これで入っても直接石に触れることはない。

「ちょっと水を足してくれる?」
「あ、うん」

 そうしてルフナに再び水を足してもらって、今度は良い感じに仕上がった。

「これで風呂、完成! よし、入ろう!」
「ちょ、い、いきなりここで!?」

 上着を脱ぎ始めると、ルフナが両手で顔を覆って慌て始めた。

「……あ、そうだそうだ。まだ完成してなかった。――ホワイトクリエイト」

 浴槽のちょうど真ん中を区切るように、大きな壁を創り上げる。脱衣している時にも見えないように、外からも見えないように囲うような壁だ。しかし上を見上げれば星空が見えるといった情緒溢れる造形。何とも素晴らしい案だろうかと自分で褒めたくなった。

「これで外からもこっちからもそっちは見えないから、存分に楽しむといいよ」
「……ほ、ほんとに覗かない?」
「覗いてほしいんなら存分に覗いてあげるけど?」
「ダ、ダメだから! まだそんなのはダメなんだからね!」
「別にチョコはお兄ちゃんといっしょでもいいよ?」
「ダメ! チョコは余計なことは言わないの!」
「ええ~」

 何だか不満そうなチョコだが、すでに星馬は待ち切れずに裸になっていた。そして誰よりも早く浸かった。

「――ふぃぃぃぃぃぃ~っ」

 つい熱い息が零れ出てしまうくらいの気持ち良さだ。湯の温度もちょっと熱めなのがちょうど良い。一度顔もつけて潜って、

「ぷはぁ! ああ~気持ち良い」

 一日の疲れが一気に吹き飛ぶほどの心地好さである。
 すると隣から服を脱ぐ音が聞こえてきた。

 ……何故だろうか、別に覗くつもりなどないのだが、その音を聞くと、どうしても息を殺して耳に意識を集中させてしまうのは。

 すると二人が湯に浸かった音が聞こえると、

「――はふぅ~」

 何だか艶めかしい声音が耳をくすぐった。

「気持ちいいねぇ、お姉ちゃん」
「う、うん。ありがとね、セイバ!」
「へ? あ、ああ気にしない気にしない」

 声をかけられると瞬間的にドキッとしてしまった。やましいことなど一つもしていないというのに。

(でも良く考えれば、美少女二人と壁越しだとはいえ風呂に入ってるとは……)

 日本にいた頃ではとてもではないが考えられなかったことである。ノリと勢いでつい風呂を創って一緒に入るようなことになったが、これはとても凄い経験をしているのではなかろうか。

(人生ってどんなふうに転ぶか分からないもんだなぁ)

 異世界初日で魔物と戦闘し、美少女二人を旅仲間にし、そして翌日はその二人と一緒に風呂に入る。何というリアルが充実している瞬間なのだろう。

(まあ、手を出す勇気がないのはオレらしいけど)

 ヘタレっぷりは健在なのである。覗こうとする気概すらないのだ。どうでもいい女に嫌われるのはいいが、旅仲間の美少女に嫌われてしまうのはちょっと辛いものがあるから。
 だからできることは……。

(妄想……妄想……妄想……)

 脳内でルフナのあられもない姿を想像していく。今、下半身をルフナに見られたら、確実に即逃亡されてもおかしくはないだろう。しかし健全な男としては、これくらいは許してほしいと神様に願う。ただ……。

“変態だな、セイバよ” 

 脳内にある奴が住んでいたことをすっかり忘れてしまっていた星馬だった。思わず顔が火照ってしまう。プライバシーもへったくれもない。

「――でも本当に凄いね」
「……え、は? す、凄いって?」

 またいきなり話しかけられてきた。思わず自分の下半身が見られているのかと思って焦ってしまう。尤も凄いといわれるほどのものなのかどうかは分からないが。

「こんなお風呂まで創っちゃうなんて、やっぱりセイバは凄いよ」

 どうやらルフナの凄いとは、魔法のことだったようで、ホッと息を吐く。

「そんなことないって。この風呂だってルフナがいたからできたんだし。だからサンキュ」
「え、あ、うん」
「あ~お姉ちゃん、てれてるぅ」
「ちょっとチョコ! いい加減なこと言わないの!」
「ええ~だってぇ」
「だってぇじゃない!」

 楽しそうで何よりである。
 自分が風呂に入りたいから創ったに過ぎないが、それでも二人が喜んでくれるのならば、創った甲斐があったというものだ。

 星馬は上空から吹いてくる風の気持ち良さに愉悦を感じながら天を見上げる。

(元の世界に戻るかどうかは分からない。けど、今はこの世界を楽しみたい。ここは退屈しないで済みそうだしね~)

 そう思いながら、湯気に包まれながら静かに星馬は瞼を閉じた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺の魔力は甘いらしい

BL / 完結 24h.ポイント:804pt お気に入り:161

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,401pt お気に入り:2,218

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:3

俺が、恋人だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,430pt お気に入り:25

首筋に 歪な、苦い噛み痕

BL / 連載中 24h.ポイント:782pt お気に入り:18

処理中です...