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 一瞬の静寂の後、最初に動いたのは――プチオルトロスだ。強靭に膨らんだ筋肉を有する四足を動かして、槍のように鋭く真っ直ぐ突進してきた。

「―――ホワイトクリエイト!」

 白い煙のような物体を、様々なな形で実体化させる呪文によって前方に大きな長方形の壁を作る。しかし普通の壁ではなく、壁からは鋭い針状のものが幾つも突き出ている。

(そのまま串刺しになっちゃえ)

 自らの突進力が仇となり、自滅するパターンを予想したのだ――が、プチオルトロスは右前足を支点にして、その巨躯を回転させて方向転換する。
 普通この速度で突っ込んでいると方向転換はできないはず。無理にしようものなら、右足そのものが強烈なダメージを受けてしまうだろう。

 しかし相手の右足にはそんな違和感など一切なく、壁を回避してしまった。
 そのまま壁を回り込んで星馬を噛み殺そうと勢いづくが、

「――っだあぁぁぁぁぁっ!」

 ルフナが相手の顔面を殴りつけ弾き飛ばすことに成功した。プチオルトロスの意識が完全に壁と星馬に向いていたからこその命中だろう。

「すっごぉ~い、お姉ちゃん!」
「えへへ! ボクだってやるときゃやるんだよ!」

 大きくガッツポーズをチョコに見せているルフナ。

「ルフナ、まだ相手は生きてるよ!」

 弾き飛ばされたプチオルトロスがムクッと起き上がって、今度は殺意を込めた睨みをルフナへとぶつける。

「うっ……凄い迫力……っ」
「グラァァァァァァァァァッ!」

 凄まじい咆哮に、ルフナは身体を硬直させる。

(なるほどね。咆哮ってのは相手を威嚇して身体の動きを鈍くさせる効果あり、と)

 まさに蛇に睨まれた蛙状態になっているということかもしれない。

「――レイ」

 星馬の頭上にポツ、ポツ、ポツと三つの球体が生まれた直後、そこからプチオルトロスに向けて閃光が走る。
 プチオルトロスは回避するために大きく跳び上がり、口いっぱいに溜めた炎を吐き出した。

(っ! これがファイアブレスか! ――でも)

 星馬は自分とルフナにセイントバリアをかける。光が周囲を覆い、上から降り注ぐ炎を弾き飛ばす。
 そしてまだ上空にいるプチオルトロスに向けて、

「今度は避けられないよね―――レイ!」

 翼もないプチオルトロスが閃光を避けられるわけもなく、そのまま一つの閃光はプチオルトロスの腹部を貫いた。
 貫かれた部分と口から大量の血液を撒き散らしながら背中から地面へと落下する。苦悶の表情のまましばらく身体を動かしていたが、やがてその動きは止まり――絶命。

「うん。どうやら倒せたようだね」
「ふぅ~やっぱりボク一人じゃダメだったよ。さっきの炎なんか防げなかったと思うし」
「でもルフナの脚力を活かせば逃げるくらいはできたと思うよ」
「そうかな?」
「鍛錬でルフナだって自分の力の使い方を理解し始めてるしね」
「えへへ、だったら嬉しいな。チョコー、無事―?」
「うん、無事だよぉ!」

 ルフナはセイントバリアが解けたチョコのもとへ急いだ。
 星馬は討伐の証である討伐部位を入手するべく、ピクリともしなくなったプチオルトロスへと近づいていく。

(…………やっぱりこうやってジックリ見ると、くるものがあるよねぇ)

 相手は殺意を持って襲ってきた魔物ではあるが、れっきとした生き物であり、頭は二つあっても犬の種類に分別されるのだ。
 犬というのは、日本でも身近な存在だったし、命を奪ったという感覚は清々しいものでは決してない。

(ま、こういうのも慣れていくんだろうけどさ)

 これから討伐屋として旅をし続けるということは、多くの魔物を狩ることになるはず。最初は命を奪うことに対して思うことがあっても、そのうち慣れていくのかもしれないと思うと、人間というのは単純だなと考えてしまう。

「……まだあったかいや」

 プチオルトロスの体温はまだ冷え切ってはいない。手触りは普通の犬を触っているのとそれほど変わりはなかった。
 でも謝ったりはしない。自分の欲のために殺しているのだから、謝る資格などないはず。
 討伐部位である牙をホワイトクリエイトで作った剣で斬り取った。

「そういや、アイツのももらっとこう」

 アイツというのは、プチオルトロスが瞬殺したスピアーイーグルのことだ。これの討伐部位である爪も入手した後、ルフナたちのところへ向かう。

「あ、ごめんね、一人でやらせちゃって」
「いいよいいよ。チョコを守るのはルフナの役目だしね」
「お兄ちゃん、これからどうするの?」

 と、無邪気な瞳を向けてくるチョコに、

「そろそろ日も暮れるし、今日はこのへんにして、また明日にでも依頼を受けることにしよっか」
「うん、そうしよう!」
「そうしよー!」

 二人から了承をもらったところで、三人仲良く【レニッグス】へと帰還した。



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