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第二十三話 徐々に追い詰められていく件について

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 おいおいっ、どういうことだよ! 何で俺が会合の時に隠れてたって知ってんだ!? 

「……何のことだ?」

 落ち着け俺。冷静さを保て。ここで変に顔に出したりしたらアウトだ。
 努めて表情にも声にも出さないように、自然と聞き返した。突然のことなのに、平静を装えた自分を褒めてやりたい。

「あらら、違うの? けどこの子が言ってるのよね~」

 そう言いながらソファの後ろの方を指差すと、そこからソファを乗り越えた小さな影がピョコンとヒオナさんの肩に飛び乗ってきた。

 コ、コイツは――っ!?

「な、何ですそれ? 猫?」

 猫じゃないことは分かっていた。何故なら明らかにサイズは異なっているが、あの会合の時にヒオナに付き従っていた虎だったのだから。

「ガルルルル」
「この子は山月。あの時自己紹介したと思うけど?」
「えっと……あの時ってどういうことっすか? さっきから何言ってんのかサッパリなんすけど」
「ふぅん、まだ惚けちゃうんだぁ。へぇ~」

 まるで愉快な玩具でも見つけたかのような笑みを浮かべるヒオナさんに、俺はもう冷や汗が止まらない。今すぐここから逃げ出したいくらいだ。

「この子は虎よ。一応ね」
「と、虎!? ずいぶん小さいすね。子供っすか?」
「う~ん……」
「と、ところでいつからいたんすか、その虎?」

 少なくともヒオナさんが入ってきた時は見当たらなかった。まるで突然どこからか現れた感じである。

「ああ、この子は本物の虎ってわけじゃないの。ワタシのスキルで顕現化した存在だもの」
「スキルで……?」

 するとヒオナさんが、虎と目配せをしたあと、虎が彼女の肩から床へと降りた。
 直後、虎の身体が淡く発光し始め、徐々に巨大化していく。
 光が収束し終わると、そこには会合の時に見た大きさの山月が佇んでいた。

「ほらね? 普通の虎じゃこ~んなことできないでしょ?」
「それがスキルの効果……っすか」
「そ、スキル。ワタシは――『妖霊ようれい術師』。いわゆる物の怪の類を従わせて、その力を振るうことができるのよ」
「!? ……じゃあその虎は……物の怪なんすか?」
「ええ。遠い遠い昔に死んじゃった虎の霊で、今は物の怪として、ワタシのしもべとして顕現させているのよ」

 またもチートなジョブがきた。あの一ノ鍵のガキもそうだったが、この女もずいぶんと厄介な能力を持っている。
 物の怪というカテゴリーには、それこそ多くの存在がいるだろう。
 簡単にいえば怨霊や死霊、それに妖怪などといった者たちだ。
 そんな奴らを従えさせることができる能力なんて凶悪過ぎる。

 そうだな。仮に有名な妖怪である九尾や鬼などといったものが敵に回ったと考えよう。

 どう安く見積もっても人間の敗北は必至ではなかろうか。
 間違いなく俺なら尻尾を巻いて逃げるぞ。

「す、凄いっすね……! 使いようによっては最強の力なんじゃないすか?」
「ん~そうでもないのよ~。便利過ぎる力とか、強過ぎる力には必ずそれに見合う代償や制限なんかがあるものでしょ?」
「そ、そういうもんすか? でも例えば昔話とかに出てくるような妖怪を使役できるなら、人間なんて勝てないと思うんすけど」
「うん、そうね~。力を持たない人間にはどうしようもないかもね~」
「あはは、じゃあ俺みたいな一般人は一捻りっすね。ところで使役できる数とかって決まってるんすか?」

 俺の問いに対し、不敵な笑みを浮かべて黙ったまま見つめてきたので、「ど、どうしたんすか?」と尋ねた。

「ふふ、そうやって上手いことワタシから情報を集めようってわけ~?」
「は、は? そんなわけないじゃないっすか! ただの好奇心っすよ!」

 クソッ、マジでこの女やりにくいわ!

 実際のところ、彼女が言っていたことは当たっていた。
 少しでも彼女から情報を引き出しつつ時間を稼ぎ、会合の件をうやむやにするつもりだったのである。

「ふ~ん、まあいいわ。ところでさっきの話に戻るんだけど~」

 ああもう、やっぱ逃げられねえか!

「実はね、この子はと~っても鼻が良いのよね~」
「……鼻?」
「そ、鼻。あの会合の時に隠れていた謎の人物。その人物のニオイが、どうしてあなたからするのかな~?」

 ニオイ……だと!? 確かにそれは考慮していなかった。だってそうだろう。誰が鼻の利く動物を連れてくるなんて思う? 絶対に思わないはずだ。

「ねえ山月、この子で間違いないのよね~?」

 ヒオナさんの質問に、「ガルル」と唸り声を上げながら頷く。

「何かの間違いじゃないっすか? そもそももし俺がいたなら、すぐに捕まってると思いますし」
「う~ん、確かにそれだけが不思議なのよね~。ワタシだってこの子をけしかけた時、絶対に捕まえたって思ってたもの。……けど、そこにあなたはいなかった」
「じゃあやっぱり勘違いなんじゃないすか? 獣だからって間違うことだってあると思うっすよ」
「…………ねえ」
「はい?」
「どうして言わないの?」
「え?」
「こうして話してるとよく分かる。あなたはバカじゃない。ちゃんと考える頭を持った有能な人物よ」
「な、何を……」
「そんなあなたなんだからすぐに思いつくはずでしょ? だったら何でその可能性を口にしないのかな~?」
「…………」
「そう、そこにいたのが隠形や瞬間移動といったスキルを持った存在だったと」

 ……コイツ……!

「あるいは透明になれるスキル、もしくは……まあ考え出したらキリはないけど、そこにいたのが『持ち得る者』だって、どうしてその可能性を口にしなかったのかしらね?」
「……それは単に思いつかなかっただけっすよ」
「嘘ね。理由は簡単。その可能性を口にすることで、ワタシがあなたに少しでも近づく危険を犯したくなかったから。そう、あなたがワタシが言ったようなスキルを持った『持ち得る者』だという事実を」

 俺は反射的にトイレの方角を見てしまった。

「ああ、大丈夫よ。まだあの子たちは戻ってきてないから」

 しまった。視線を気取られた。俺のバカ野郎!

 だがこんな会話、アイツらに……特に葉牧さんには聞かせたくなかった。
 四奈川なら、たとえこの会話を聞かせても、あとで誤魔化せる自信はあるが、あの妙に勘の良いメイドは無理だ。

 どうする…………どうやってこの場を処理する。

 ああくそっ、まさかこんなに早く俺が『持ち得る者』だってバレるとは思わなかった。
 いや、まだ完全にバレたわけじゃない。そもそもニオイだなどとコイツらにしか分からない状況証拠のようなものなのだ。

 ……ただそれでもこの話を葉牧さんにされてしまえば……。

 一度気配に敏感な彼女の感覚から逃げたことがある。その時はただ単に影が薄いで誤魔化したが、今度は厳しいものがある。

 ………………ヤバイ。

 何とかして四奈川たちにはバレないようにしなくてはいけない。
 最悪この女には知られたとしても、だ。

 ………………一応試してみるか。

「ニオイが一緒って言われても、俺ってこう見えても綺麗好きで、外に出る時は制汗スプレーを使ってるんすよ。その会合にいた奴ってのも、同じものを使ってたんじゃないっすか?」
「あらら、そう来るわけ? ずいぶんと粘るじゃない」

 まるでもう分かっているんだからさっさと吐けとでも言われているみたい。
 ここでカツ丼とか用意されて、「実家のおふくろさんが泣いてるぞ」とか言われたら、すぐに何もかも吐いてしまいそうだ。

 まあ自分の息子が犯罪を犯したくらいで涙を流すような繊細な親じゃねえけど。

 むしろ「あっちゃあ~、アイツもバカやったな~」的な感じで笑いながら放任するくらいだ。

「けどね、ざ~んねん。この子が嗅ぎ取るのは魂の香り。知ってる? 指紋と同じように、魂の波動って一つとして同じものはないのよ」
「あはは、面白い話っすけど、俺はマジで一般人っすよ。四奈川やあんたみたいな――」

 まだ証拠などないのだから、このまま振り切ってやろうとした矢先、山月が突然牙を剥いて襲い掛かってきた。
 物凄い速度で鋭い爪と牙を光らせ飛び掛かってきたが、まるでそこに突っ込んでくるのが分かっていたかのように、俺は滑らかに身体を動かして回避したのである。

 この一連の動きだが、俺の意思じゃない。
 暗殺メイドの時は何故か働いてくれない《自動回避》が発動したのである。

「あらら、おかしいわね~。何の力もない一般人なら、今の攻撃……避けられないはずなのにな~」

 俺はついヒオナさんを睨みつけてしまう。

 この女、試しやがったな……!
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