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「おめでとうございます、これでイックウ様のランクはCに上がりました」

 何もかも呑み込んでくれるような真っ暗な海に向かって叫んでから二週間ほどが過ぎた。
 とりあえず、宿屋は今のままで、クエストを受けてランクを上げ、金を集めることにしたオレは、毎日クエストを受け続けていたのだ。
 そして今日、ようやくCランクの”冒険者”になれたということ。

「イックウ様! わたしも見てください! 成長です! つまりEランクに上がりました!」

 そう言いながら《ギルドカード》を見せつけてくるのは、ポアムである。彼女もまた、イックウの力になりたいということで、”冒険者”登録をした。
 ただし彼女はジョブも取れていない初心者なので、常にオレが傍に居てクエストを行うという形をとっている。

「おめでとさん。レベルも12に上がったみてーだし、順調だな!」
「はい! でもごめんなさい。わたしがいなければ、イックウ様なら、もっと高ランクのクエストだって受けられるはずなのに」
「気にしない気にしない。それに旅の資金だって結構貯まったから、そろそろこの街を出るつもりだったしさ。国へ行ってポアムもジョブを得れば、きっともっと強くなれるって」
「は、はい! 頑張ります!」

 相変わらず真っ直ぐな少女である。こんな純真な少女と一緒にいると、自分も腹黒いところなど一つもない存在だと勘違いしてしまう。実際は下心が豊富な男の子ですが。
 とりあえず、優先順位はポアムのことかな。いつもオレが傍に居られれば守ってあげられるけど、最低限の自己防衛力は備えておいた方が良いし。

 特に討伐クエストを行っていると、何が起きるか分からない。いきなり複数のモンスターに囲まれることだってあるし、アホみたいなPKキャラなんかもいたりする。
 ちなみにPKとは“プレイヤーキラー”で、モンスター相手ではなくて“人”を殺して金銭をぶんどる奴らのこと。最近のオンライン系のRPGでは規制もかかっていたはずだが、RONでは別段取締りはしていなかった。

 ただ街中では乱暴行為はできないようになってはいたが。ただここはもうリアルな世界と同格。街中でも襲いかかってこられることだってあるだろう。

 現にボルドという”冒険者”は、平気でオレに絡んできたしな。

 そんな状況になっても、せめて逃げられるくらいまでに彼女のレベルを上げておきたいし、ジョブだって彼女に合っているものを見繕ってあげたい。
 オレみたいにあらゆる初期ジョブを極めてから、自分がやりたいジョブを選択するっていうのもいいが、それだと莫大な時間が掛かる。

 リアルじゃどれくらいかかるか見当もつかない。なので、彼女をここ二週間ほど観察して、どのジョブが合っているか探ってはいたものの……。

 オレみたいに攻撃重視のジョブよりは、支援系や防御系のジョブの方が性に合ってるかもなぁ。

 視野も広いし、知恵も回るタイプみたいなので、前衛で戦うよりは後衛でサポートに回った方が力を発揮するタイプのように思えた。

「あの、どうしたんですか?」
「え?」
「ぼ~っとしてましたよ?」
「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっとこれから行く国のことを考えててさ。そうだ、ちなみにポアムはなりたいジョブはある?」
「う~ん……悩みます。つまりわたしもできればイックウ様のように前衛で活躍できるタイプがいいんですけど、それは何となく自分には合ってないような気がします」

 こうやってちゃんと自分を分析できているのだから凄い。

「ですが、攻撃も捨てがたいです。ですから《魔法使い》か《僧侶》がいいのかと」
「うん。《魔法使い》は極めれば攻守ともに良いかもね。でも何で《僧侶》?」
「《僧侶》なら治癒系の魔法を覚えられるので。それに仲間の力をサポートすることもできます。また中級以上になると、攻撃系のスキルも覚えられるってイックウ様が教えてくれたので」

 そう、《僧侶》だけにあらず、他のジョブだって、派生して中級以上になれば、応用力が格段に広がる。《武道家》が《武術師》になれば、魔法の力を得られるというのと同じく、力が弱い《僧侶》だって、中級ジョブ次第では攻撃力を上げることだってできるのだ。

「ま、とにかく国に着くまで考えてみたらいいと思うぞ」
「了解です! つまりわたしの人生がかかっている選択ですから、たくさん考えて答えを出したいと思います!」

 オレたちはそれから荷造りをして、さっそく【始まりの街】を出ることになった。
 ここから一番近い国は――【クオール王国】。
 そこにある教会で、ポアムをジョブにつけることが目的だ。

「そういえば、イックウ様」
「何?」
「【クオール国】で旅館開くんですか?」
「いいや、そこにはもう立派な宿屋があるからね。というか、温泉が出るような場所を探さないとなぁ」
「温泉……ですか」
「うん。だって旅館っていえば、美味い料理に温泉はつきものだろ?」
「そういうものなんですか?」
「あ、そっか。ポアムは行ったことないのかぁ。そうなんだよ。温泉はやっぱりあるべきなんだ。心と身体を癒してくれる温泉があれば、必ずリピーターは増えるしさ」
「でも街中に温泉なんてあるんでしょうか……」
「オレは街中に作るつもりはないよ?」
「え! そ、そうだったんですか!」

 ポアムがギョッとなってオレの顔を見上げてくる。今の彼女は会ったばかりとは違って、食べるものを食べて、髪も綺麗に整えているので、美少女度が跳ね上がっている。
 街中を歩くと、男だけでなく女まで振り向くんだから、オレの目に狂いはなかったということだ。

「オレの旅館は、街の外れくらいに作る予定かな。できれば周りの自然をあまり傷つけてないような土地があればいいんだけど……プラス温泉」
「でもそんな都合の良い土地が見つかるでしょうか……?」
「難しいだろうなぁ」
「あ、思いつきました! つまり《願望の紙片》を使えば温泉を作ることもできるのでは?」
「できると思うけど、それはもう天然温泉じゃねーしなぁ。できればオレはその土地にしか湧かない唯一無二の温泉がいいんだよなぁ」

 というか、旅館を建てるまでは、できれば《願望の紙片》といったチートな力は使いたくはない。何というか、絶対達成感が薄いから。
 最初から最後まで苦労して手に入れるからこそ頑張る甲斐があるのだ。

「でもまぁ、今はポアムのこと優先だしな」
「か、感謝です。つまりその……あ、ありがとうごじぇます」
「ごじぇます?」
「~~~~っ!?」

 少し噛んだくらいで顔を真っ赤にするなんて可愛いを追求しやがって。しかもこれ以上弄ったら怒りますよ的な感じで頬を膨らませて睨んでくるのだから、どこまでオレを萌えさせれば気が済むのやら。ったく、本当に萌えは最高だぜ。



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