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第七話 ポチ、現る

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「…………よぉし!」
 「お、覚悟を決めたか」
 「俺も男だ! 強くなって魅力的な嫁さんをゲットしたい!」
 「動機が不純じゃのう」
 「だから修行をお願いします!」
 「ふむ。では選ぶがよい。一気に強くなれるタイプか、ゆっくり時間をかけて鍛えるタイプか」
 「ゆっくりまったり安心安全でお願いします! できる限り痛いのは無しの方向で!」
 「…………臆病じゃのう」


  ここは慎重だって言ってくれ。それに痛くされてドMに目覚めたくはない!


  それにそんな一気にバーンなんて命を背負うリスクがある修行は主人公がやればいい。俺は脇役として光り輝ければそれでいい。


 「ふむ。相分かった。なら、そろそろ起きんかい、カヤ」
 「ふみゅ……ほえ? あ……寝ちぇましたぁ……」


  ああくそ、何で幽霊なんだこの子。思いっきり抱きしめたいほど可愛いじゃねぇか。でも冷たいんだよなぁ……身体。
  幽霊だからしょうがないが。


 「ポチを呼んどくれ」
 「ポチちゃんを、ですか? 分かりましたぁ。ふわぁ~」


  大きな欠伸をしながら、カヤちゃんが例のガマ口を取り出して探り始める。そこから小指くらいの大きさの笛のようなものを出して、口に咥えて吹いた。


  ……音がしませんが?


 「……ポチって何ぞ?」
 「儂の仲間じゃよ」
 「名前からして……犬とか?」
 「よく分かったのう」
 「何で呼ぶの?」
 「最初の修行に必要じゃしな」
 「へぇ……」


  犬が? 何で? ああ、今カヤちゃんが吹いてるのは犬笛か、なるほど。


  まあ、ポチっていうくらいだから、きっと可愛らしいチワワ的なやつだろう。うん、小型かもしくは中型くらいのはず。


  あ、もしかしてそのポチに懐かれろとか、一風変わった修行とか? 相手の気持ちを汲み取る修行かな? こう精神を鍛える的な。


  まあこう見えて動物に好かれるタイプだからきっと大丈……夫……。
  あれ? 何か身体が揺れる。地震かな? 地響きもするしな。


  しかも足音みたいなのも聞こえてくる。段々近づいてきてる感じだ。


 「お、来たようじゃな」


  俺は振り向いた。当然ポチとやらの確認のためだ。


  そして俺は見た。


  そこにいたのは、確かに見た目は犬である。ああ、間違いなく犬だろう。


  雪のような白毛に覆われていて、耳も尻尾もフサフサで感触も良さそうだ。
  だが何故か俺の全身からは、尋常ではないほどの冷や汗が流れ出ている。


  何故かって? だってよ……この犬、見上げるほどデケぇんだぜ?


  しかもハアハアと呼吸するために開けている口からボタボタと涎が俺の頭へと落ちてきているんだぜ? はは、できれば嘘だって言ってくれ。


  俺はギギギギと油の切れたロボットのような動きで頭だけを爺さんに向ける。


 「――――ポチじゃ」
 「グルルルゥ……呼んだ?」


  底冷えするような少し高いダミ声が俺の耳を刺激する。



 「どのへんがポチなんですかぁぁぁぁぁぁっ!?」



  怪獣じゃねぇか! 人間なんて一瞬で丸飲みじゃねぇか! 


 「じょ、冗談じゃねぇ! 名前からもっと可愛らしい犬だって思ってたのにぃ!」
 「え~可愛いですよぉ、ポチちゃん。ね~」
 「ね~」


  おいこら犬! ね~って言っても全然可愛くねぇんだよ! おっそろしさしか感じねぇっつうの!


 「お、おい爺さん! この犬でどんな修行をするってんだよ!」
 「…………鬼ごっこじゃな。あ、当然お主が追われる方な」
 「死ぬわ! そんなリアル鬼ごっことかシャレになんないから! こんなもんに追われたら人生が終わっちゃうし! 俺まだ死にたくねぇから最低限の力の使い方を学びたいだけだっつうのに! それなのに何でこんな怪獣に追われにゃならんのじゃー!」
 「まあまあ、これでもお主を覚醒させるには十分な修行じゃよ。そういうことじゃからポチよ、遊んでやれ」
 「うん、いいよー」


  いいよじゃねぇーっ!


 「よし。――ほい!」


  パンッと爺さんが手を叩くと、叩いた部分から青白い光が放たれ、それが半球状に広がっていく。


  少しだけ心臓が掴まれている圧迫感を覚える。


 「い、今何したんだ?」
 「そんなことよりも始めるぞ」
 「ちょっ、俺まだ納得してない! それに心の準備も――」
 「よ~い、ドンッ!」


  刹那、全身を突き刺すような寒気。


  俺は上を見上げる。そこにはニィ……ッと笑う巨大犬の顔があった。


 「グルルル……楽しもうね?」


  獰猛な声とともに、怪しく光る赤い瞳。


 「嫌じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


  俺はその場から一目散に退却した。


  こうして異世界初日。命がけの鬼ごっこが始まったのである。



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