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第三十二話 呪い

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 ビクンビクンッと俺は地面の上で横たわり痙攣していた。
 その横では満足気な表情で小動物のような可愛らしいゲップをする少女が一人。


「はぁ……満足」
「ちょっと待て―! やり過ぎだろっ! 見ろ、俺の意志無視して身体が痙攣してんじゃねぇかぁ!?」
「あ……ごめん。っぷ」


 ゲップしながら説得力あるかぁぁぁ! 可愛いけどもぉぉぉっ!


「ったく、もう身体は大丈夫なのか?」
「ん、平気。それにしても驚いた。シラキリの血、処女より上手い」
「何か喜んでいいのか分かんねぇなそれ」
「濃密な魔力も含んでた。ううん、今まで味わったどの魔力よりも異質な感じがして……おかわりしてもいい?」
「気に入ったのはいいんだけどまた明日にしてくれ!」


 さすがにマジで死ぬ! 抱きつかれるのは嬉しいけど死ぬのは嫌だ!


「むぅ……だったら我慢する」
「ああ、そうしてくれ。っと、んじゃさっそく呪いについて説明してくれ」
「分かった。簡単に言えばね、二日に一度、血を摂取しなきゃダメなの」
「……しなきゃどうなるんだ? もしかして死ぬ、とか?」


 さっきの胸を押さえていた様子から、心臓でも破壊されるのかと推測したが……。


「ううん。……狂っちゃうから」
「狂う? いわゆるバーサーカー状態みたいになるってこと?」


 彼女は「うん」と首肯する。


 そして一度狂ってしまえば、見境なしに血を求め、手当り次第に人を襲うバケモノになるらしい。
 さらに対象がミイラ化するまで吸い続け、当然殺してしまう。


 だからそうなる前に、彼女は自分の意志で女性を襲って血を吸っていたのだ。それでも相手を傷つける行為に他ならないが、多少身体が数時間ほど怠くなるだけで生活には支障はない。もちろん吸血鬼化もしていないのだ。


「その〝呪紋〟ってやつをつけた野郎はクソだな。何だってそんなことを……」
「分からない。ただ奴は実験……って言ってた」


 実験……ね。非人道的なマッドサイエンティストってのはどこの世界でもいるようだ。
 自分以外を研究対象としかみておらず、好奇心を抑えることなど決してしない。


 たとえそれが反社会的だと言われても、したいと思ったらする、そういう人種も世の中にはいるということだ。


「ま、OKだ。呪いの内容さえ分かりゃ、解除するのにイメージしやすいしな」


 だから聞いたのだから。


 俺は懐から一枚のカードを取り出す。


「! それはさっきの……」
「そ、一度限りの《霊具》って解釈してくれたらいいよ」


 さすがに事細かく説明するつもりはない。


 この〝外道札〟を使えば、大抵のことはどうとでもなると桃爺からのお墨付きを頂いているし、彼女にかけられた呪いもきっと何とかなるはずだ。
 それに直感だが、助けられると、そう感じている。


「でもそんなもので本当に? 何度も言うけど、この呪いは真祖の力でも打ち消せないもの。人並み外れた力でもムリなの」
「人並み外れた力、ね。なら人並み外れた力をさらに外れた力ならどうだ?」
「へ?」


 俺は右手に〝外道札〟を持って念じる。



《大天使の涙》 属性:光

効果:聖なる力を持つ大天使を召喚し、その涙によって邪気を祓う。呪われたものを清浄化することができるが、呪いの程度によって反動が違う。



「どんな野郎が外道なことをしたかしんねぇけどな。俺はそのさらに上を行くことができるんだ」


 光り輝く〝外道札〟を見せつけながら俺は続ける。


「目には目を、歯には歯を。外道には外道を、ってな」


 高く右手を突き上げ宣言する。


「――発動、《大天使の涙》!」


 瞬間、カードが徐々に形を変えていき、俺たちの頭上に十二枚羽を持ち、神々しい輝きを振りまく大天使(女性型)が降臨する。


「――っ!?」


 圧倒的なその存在感に、さすがの少女もパクパクと口を動かしているが声にならないようだ。
 説明を求めるといった感じで俺を見つめてくる。


「安心しなって。こいつがアンタの呪いを解いてくれっからさ」
「! ……い、今のカードは……ううん、《霊具》は〝守護臣ガーディアンタイプ〟だったの?」
「ま、そんな感じだ」


 俺も詳しくは知らないが、《霊具》には大きく分けて〝武具(アイテム)型(タイプ)〟と〝守護臣型〟の二つが存在するらしい。


 俺が持っている《司気棒》や、以前使用した《調ベルト》などは前者。そしてこの大天使のような生物系は後者に属する。
 多くは前者であり、後者は稀少度が高く利用するのも馬鹿げたほどの魔力が必要らしく扱える者もまた少ない。


 思い出すなぁ。修行してた頃、俺が大天使みてぇな存在を生み出した時、桃爺もさすがに驚いてたし。


 カヤちゃんも顎が外れるのではと思うくらい驚愕していたのを思い出す。
 それほどこの〝守護臣型〟の力は激レアだということらしい。


「んじゃ、そこを動かないでくれな」
「え……あ、うん」
「……頼むよ」


 俺が大天使に向かってそう言うと、彼女はにっこりと微笑み、スッと瞼を下ろす。そこからじわじわと涙が溢れてきて、ツーッと頬を伝い顎の先へ。


 そして――ポタ。


 一粒の涙が、狙ったかのように少女の〝呪紋〟へと落下した。


「きゃっ!?」


 少女が叫んだのも無理はない。突如自分の胸が眩い光に包まれたのだから。
 凄まじい力の奔流が生まれ、紋から悍ましさを感じさせる黒い靄が溢れ出てくる。
 それが光りによって飲み込まれていく様は、まさに浄化といえる光景だった。


 十数秒後――。


 俺も眩しくて目を閉じていたが、光が収まったので結果を確認するために目を開けた。
 だがそこに映っていた光景に度肝を抜かれてしまう。


 そこには確かに少女がいた。少女もまた「ふぇ?」という感じで俺を上目遣いで見てくる。
 そう、間違いなく少女がここにいる。いるんだけど……。


「な、な、な、何で若返っとるんじゃぁぁぁぁっ!?」


 そうなのだ。


 先程までそこにいたのは、豊満美少女のスーパーモデルを自称してもいいくらいの女の子だった。
 しかし今、ここにいるのは――十歳くらいである。

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