上 下
1 / 1

エンドクレジット

しおりを挟む
 二〇〇九年七月十七日(【あなたを忘れない】本編集)
 いつものように中目黒駅のホームで当駅始発電車を待つ一人の男・柴崎祐樹(四十五歳)。柴崎は、テレビドラマのプロデューサーである。
 ホームに日比谷線の電車がすべるように入ってくる。
 柴崎にとって、電車通勤で座っていくのが至福の瞬間なのである。
 しかし・・・そうもいかないことも・・・。
「やっと来た!」
 柴崎は期待に胸を膨らませ、電車に乗り込む。座って一呼吸をし、眠りに付こうかと思った瞬間。対面のホームに東急東横線の電車が入ってきた・・・。中目黒駅は、当駅始発の日比谷線と横浜からくる東横線の分岐点である。
 東横線から吐き出された大きな人波がこちらの日比谷線の車輌に向かってなだれ込んできた。
 座っている柴崎には、これもまた【余裕】を感じる瞬間でもあった。
 柴崎は何かに視線を感じ、ゆっくりと目を開けた。
「!」
 目の前には、お爺さんが立っていた。
『席を譲るべきか・・・このまま眠るべきか・・・・』
 悩む柴崎・・・・自問自答を繰り返す。
『親父と同じくらいの歳なんだろうなー席を譲ろう』
『いや、昨日も徹夜で疲れているし、せっかく座ったのだから・・・』
『やはり御老人は大切にしなくては・・・・』
その時、柴崎の脳裏に悪魔が囁いた。
『こんな通勤時間の電車に乗ってくるのだから・・・座れなくても当然・・・きっと元気なお爺さん・・・。譲らなくても大丈夫さ』
 柴崎は、悪魔の囁きに従うかのように、そして自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと目を閉じた。
 その時だった。
「はあー」
 なんとも力の弱い・・・お爺さんの溜息が聞こえた。
『なんと・・・! これでは、か弱いお爺さんが目の前に立っていても席を譲らない奴というシチュエーションが出来あがってしまうではないか・・・』
 満員でもなく微妙にただ席がないだけの車輌は、目の前には三、四人立っているだけだった。
柴崎は、何となく冷たい視線を感じる。場所的にも、目の前の自分が対象であろう。
『ここまできたら、寝るしかない!』
 そう決め眠りにつこうとした瞬間!
「どうぞ・・・」
 なんと隣の女性がお爺さんに席を譲ってしまった。
柴崎は、何気なく目をそっと開けると、そこに待っていたのは何気に冷たい視線。ましてや、自分に席を譲ってもらえなかったお爺さんが隣・・・。
 席を譲って貰えなかったお爺さんと、譲らず眠ったふりをした自分・・・。
 柴崎は、目を瞑っても落ち着かない。
『眠れない・・・』

 柴崎は眠い目を擦りながら電車を降り、編集室に向かった。歩きながら、ふと脳裏によぎる・・・・。
「思い返せば、もう十八年か・・・・」
 二十二年前に新潟から大学進学の為に上京し、このテレビドラマの制作会社・東洋企画に就職したのが十八年前だった。この東洋企画は、製作会社の中でも老舗な会社であった。過去の採用者も一流大学出身者ばかりであった。
 夢と希望を持って入社した十八年前・・・。毎日が新鮮だった。
 ある日、廊下で会社の役員・前田賢二と同期のプロデューサー・平井 悟の会話を耳にした。
「平井君、どうかね。慣れたかね」
「はい! 日々勉強ですが、頑張っています。同期の柴崎君とどっちが早く一人前になるか・・・って話しているんです」
「柴崎君・・・・ん・・・・ああー彼か・・・」
「どうかなさいましたでしょうか?」
「いや・・・そうだな。頑張って欲しいな、彼にも。ただ、君は、私の学校の後輩にあたるからな! 学閥ってやつかな・・・。何か困ったことがあったら相談しなさい! ほかにも、この学校出身者が多いからな!」
「はい! ありがとうございます!」
 平井は一流大学出身で、柴崎は三流大学出身であった。一流大学出身者ばかりであったこの会社には、三流大学出身者はいなかったのだ。ましてや、柴崎の出身大学の人間など存在しなかったのだ。
『三流大学出身でも、一流大学出身者に負けない、一流のプロデューサーになってみせる!』
 柴崎は、そう思い頑張ってきたのだった。
 そうこうしているうちに柴崎は編集室に着いていた。

「おはよう!」
「あっ柴崎さん、ジャストタイミングです! 谷澤さん(テレビ局のプロデューサー)も今、入りましたから! クレジットチェックお願いします!」
 アシスタントプロデューサーの水野優子が声をかけた。
 柴崎は、さっきの至福の瞬間を得られなかったことに悶々した気分が抜けきれずに生返事をした。
「ああ、いま行く・・・」
そんな柴崎の対応に水野が意地悪く切り返した。
「あっ、また座れなかったんですね! 電車」
「このっ!」
「すいませーん。さーさー」
 水野は笑いながら、柴崎の背中を押して編集室に向かった。

 編集室の重いドアを開けると、十五畳ほどの広さになっており、完全に防音になっていた。前面に大きなモニターがあり、ガラステーブルが二つ、横一列にソファーが置かれている。つめれば八人は座れるソファーであるが、テレビ局のプロデューサー・谷澤、監督、柴崎の三人だけが離れて座っていた。
 そのソファーの後ろに編集機が堂々と設置されている。編集・小塚が一人と、その横の卓に助手が座り、いまや遅しと機械の前に座っていた。
 アシスタントプロデューサーの水野が、入口近くのパイプ椅子の横に立ち、ドアを閉めた。
「では、クレジットチェックをお願い致します」
 水野は編集・小塚にも、そっと開始の声をかけ、椅子に腰をおろした。
 エンドクレジットとは、作品に出演した役者さん、撮影に従事したスタッフの方々・・・・撮影場所や衣裳、美術などの民間の協力会社などを、紹介していく重要な部分である。

 前面のモニターから、映像が映しだされてきた。
「このあたりから主題歌が流れます」
 編集・小塚が声を発し、映像の下のほうから【キャスト】の文字が上がってきた。 そして、主役の名前・・・いろんな役者の名前を浮かび上がってくる。
 何度見ても柴崎には、感動の瞬間であった。
 キャストのクレジットが終わり・・・続いて【スタッフ】の文字が上がってきた。 【プロデューサー】・・・【柴崎祐樹】・・・・。
 【撮影】・・・【照明】・・・【録音】・・・技術スタッフの技師の名前が画面を飾っていく。 いわゆる技術のメインスタッフたちである。
 続いて、【編集】・・・【記録】・・・・【制作担当】・・・・。
 そして、【選曲】・・・・【効果】・・・・【オンライン編集】・・・・【MA】・・・と続く。 撮影をしたテープを一本に加工する重要なポジションだ!
 【美術プロデューサー】・・・【デザイナー】・・・・【装飾】・・・・【小道具】・・・・
撮影場所を、より企画内容に近づけるために、映像を飾るスタッフたちだ!
【衣裳 梨田瑛華】・・・・【メイク 大石佐智子】・・・演技する役者さんたちを、より役のイメージに近づける・・・・変身させるのに不可欠な人たちである!
 撮影場所を提供していただいた、【撮影協力】・・・家具や装飾品など美術に協力していただいた、【美術協力】・・・・衣裳を提供していただいた、【衣裳協力】・・・・すべて、作品を成立させるために御協力していただいた方々である。
 続いて各セクションの助手さんたちである。
 この部分は、柴崎が一番、目を光らせる場所である。
 【助監督】・・・【VE】・・・・【撮影助手 小久保圭太】・・・・【照明助手】・・・・【録音助手】・・・・【編集助手 田宮竜也】
 最後に【監督】・・・・・【製作 東洋企画】で終わった。
「いかがでしょうか?」
 柴崎が口を開いた。
「あっ、助監督で山梨 恵さんを入れてください」
「はい!」
 編集・小塚が即座に答えた。そこに水野が割って入ってきた。
「えっ・・・でも彼女は見習いですよ!」
「見習いだろうと、携わったスタッフには変わりないんだ!」
「はい、申し訳ございません。見習いということで、私は区別してしまっていました。今、直します」
 水野は、編集・小塚に 助監督の一番下を指示し 《山梨 恵》と書いたメモを編集・小塚に渡した。
「では、この人をここにお願いします」
 編集・小塚の手により【山梨 恵】が加えられた。
「オッケー!ありがとう! じゃあ、あとは来週のMAだな」
 柴崎はそう言い立ち上がった。それを見て、水野が柴崎に声をかけた。
「柴崎さん、毎回尊敬しますよー。必ず助手さんの助手さんまで名前を載せてあげますよね」
「んー、考え方は、いろいろだし、正解なんてないからな。俺は、苦節一〇年なんて考えはないからな! だから、さっき助監督の見習いの娘も入れたんだよ」
「そうですね!」
「それにな・・・・エンドクレジットって、このドラマの中だけで意味のあることじゃなくて・・・・違うドラマを演出してくれるんだよ!」
「違うドラマって?」
「いずれ分かるさ!」
 そう言い、柴崎は編集室を出て行った。

 編集室を出ると、ロビーで編集助手の田宮竜也が収録テープを整理していた。
「おつかれさん!」
 柴崎は竜也に声をかけた。
「あっ、柴崎さん!お疲れ様です!」
 竜也は深々と頭を下げた。
 柴崎は自動販売機の前に立ち聞いた。
「田宮くん、何がいい?」
「いえ・・・そんな・・・大丈夫です」
「遠慮するなよ。コーラでいいかな? 車にもガソリンが必要だからね・・・人間にも、ガソリン、ガソリン! 何飲む?」
「はい・・・」
 柴崎は、お金を入れてコーラとコーヒーのボタンを押した。
 ガラガラー
 コーラに続いてコーヒーが勢いよく自動販売機の中を落ちてきた。扉を開け、コーラ、コーヒーを取り出すと、コーラを竜也に渡した。
「はいよ!」
「有難うございます! いただきます!」
 柴崎と竜也は近くの椅子に腰をおろした。
「今回は合成も多かったからなー。大変だったろ!」
「ええ・・・小塚さんは、結構徹夜でした。僕はまだまだ、準備をして、小塚さんの作業を見て覚えることですから・・・・」
「そうだな! まずは見ていて仕事を覚えていかないとな」
「はい!」
「そういえば、その後、お父さんとお母さんとはどう?」
「ええ・・・おかげさまで・・・・柴崎さんのおかげで帰れてます!」
「そうか! 良かった!」
 
(柴崎の回想)
 それは、一年前・・・二〇〇八年七月二十二日
まだ竜也が編集会社に入社して四ヶ月ほど経った頃だった。夜中、柴崎が編集室に寄ったときのことだった。
 新入社員の竜也が編集・小塚に怒鳴られていた。
「なにやってんだ! お前この仕事むかないよ!」
「そんな・・・頑張りますから! お願いします!」
「だってよ! 覚えられないじゃんか! 無理無理!」
「そんな・・・そんなこと・・・」
「実家にでも帰って、家業継いだほうがいいよ!」
「・・・・・・」
「悪いこと言わないよ! そうしろ!」
「・・・・帰れないんです! お願いします!」
 編集・小塚は、苛立ちを隠せずに出て行った。
 竜也はうな垂れたままだった。
 そっと近づく柴崎。
「おはよう! どうした?」
「・・・・おはようございます・・・」
 竜也は不安と不審を隠せない表情で柴崎を見た。
「ああー俺は、東洋企画の柴崎だ!」
 そう言い、竜也に名刺を手渡した。
【東洋企画  プロデューサー 柴崎祐樹】
「ありがとうございます!」
 柴崎は自動販売機の前に立つと
「何か飲むかい?」
「いえ・・・結構です」
「遠慮するな! 何がいい?」
「じゃあ・・・コーラで・・・・」
 柴崎はコーラを買い竜也に渡した。
「いただきます!」
「じゃ、乾杯!」
 柴崎は自分のコーヒーで乾杯した。
「コーラとコーヒーだけどな! 酒じゃなくて、ちょっと悲しいな! アハハハハ」
 柴崎と竜也は、おのおのコーヒーとコーラに口をつけた。今の竜也には、コーラの炭酸がいつもより胃に沁みていた。柴崎も、先ほどの話を聞いてしまっていたので、なんとか竜也を元気付けようとし話し始めた。
「あっ、そうだ! 一途な話をしてあげようか?」
「えっ・・・あっ、はい!」
「ある日、寝坊の常習犯で遅刻の常習犯である少年がいたんだ。ある時、ルームメイトがやってきて・・・・毎日毎日、同じ時間に彼を起こし続けたんだ。毎朝起こす度に頭を叩かれながら・・・黙々と起こし続けたんだ。でもある日、また彼は寝坊してしまうんだ。なぜだと思う?」
「いえ・・・わかりません」
「前の日の夜、彼はラジオを聴きたくて・・・目覚まし時計の電池を抜いて、ラジオに入れて聴いていたんだよ」
「そっか・・・毎朝起こして頭を叩かれていたルームメイトって目覚まし時計だったんだ!」
「その通り! まだ続きがあるんだよ」
「で、その後は?」
「それでね、電池を抜かれてしまった目覚まし時計は機能しなかった訳だけど、ラジオは聴けた。ラジオは聴けたけど遅刻をしてしまった。彼は、また電池を目覚まし時計に入れ替えたんだよね。遅刻しない為に・・・。翌日、目覚まし時計は鳴ったんだ・・・で、彼は遅刻せずに済んだんだ・・・・で、彼は、目覚まし時計に言うんだ。『助かったーまた明日も起こしてね』って。でも、目覚まし時計の中から声が聞こえるんだ。『もう、起こせないよ・・・もう目覚まし時計の音を鳴らす力がないんだ・・・・だって僕は電池だから・・・・』その時、彼は思ったんだ。【一途】って言葉を・・・・。一心不乱に頑張ることを・・・・。それは、表立った目覚まし時計じゃなく・・・・電池くんに・・・」
「一途な・・・切ない話ですね・・・」
「そう! そして例え影でも・・・・縁の下の力持ちでも・・・一心不乱に頑張れ!ってことかなー」
「はい・・・・」
竜也はそう答えたが物思いにふけっていると・・・。
「どうかしたか?」
「えっ!」
 竜也は、柴崎の問いかけに我に返った。
「いや・・・さっきの話が聞こえてしまって・・・」
「そうですか・・・・」
「実家に帰れないって、どうしてなんだ?」
「それは・・・・」

(田宮の回想)
 二〇〇八年六月三〇日
 就職のため竜也が上京し、研修期間が終わり、待ちに待った有給をもらい実家に帰った時のことだった。竜也は自分の夢を叶えるために実家の家業を継がず、編集の道に進んだのだった。
 入社のころの桜もすっかり散り、すっかりジメジメと梅雨らしくなっていた。
『突然帰ったらビックリするだろうなー』
 竜也は期待に胸を膨らませ高松の駅を降り、東京で買ったお土産《東京ばな奈》を大事に抱えて駅前商店街に向かった。竜也の実家は商店街で小さな電気屋を商っていた。店の二階は住居になっていた。
【田宮電気店】
 店の前に着くと、店は閉まっていた。
「あれ? 休みかな」
 竜也は、裏にまわり家の玄関に向かった。
 ピンポーン
 竜也は玄関のチャイムを鳴らした。
中から母・泰子が顔を覗かせた。
「母さん! ただいま! 今日店は休みなんだ?」
 母・泰子は黙っていた。冷ややかな眼差しだった。
「なにしに帰ってきた!」
「えっ・・・・」
 竜也は目を丸くした。『お帰り』ではない『なにしに帰ってきた』、聞き間違いじゃない、確かにそう言った。
 竜也の手から、《東京ばな奈》がポトリと落ちた。
「おまえのせいで、父さんが病気なったんだ!」
「えっ!」
 どうやら、父・隆一郎は上京してすぐに病気になり仕事を休みがちになってしまっていたのだった。一人っ子の長男であった竜也を母・泰子は恨んだのだった。竜也が家業を継いでいたら、こんなことにならなかったと思い込んでいたのだった。
 なんという結末なんだろう・・・お土産も、《東京ばな奈》だが、一生懸命選んだ。『お帰り』の暖かい声・・・笑顔を期待していたのは自分だけだったのか?母・泰子の『なにしに帰ってきた!』の言葉だけが虚しく残った。
帰りの新幹線の中・・・・しっかり握り締められている《東京ばな奈》が妙に重く感じられた。

帰宅し、ため息をついて竜也は荷物を降ろした。突然帰り、両親の驚く顔、暖かい家族団欒・・・。現実は、いつもの部屋で一人・・・ただただ泣いた。
《東京ばな奈》は優しく微笑んでいた。
 帰郷し、この手土産を父母と食べよう・・・。実際、竜也も食べたことがなかった・・・《東京ばな奈》。
『美味しいね・・・』
『いや、俺も食べたことなかったよ! 初めてだから一緒に食べようって思って』
『なんだ、おまえ食べたことないんか・・・』
『アハハハハ』
などという会話を連想しながら・・・・帰郷したのだった。
 
 翌日も、また翌日も・・・竜也の気持ちは晴れなかった。
「今日で、有給最後か・・・・」
 そんな時、携帯が鳴った。編集・小塚からだった。
「はい、もしもし・・・」
「あー田宮か? ごめんな、休みなのに・・・実は、明日出社する前にテレビ大西洋によってきてくれないか? なんか収録テープがあるらしいんだ・・・・」
「あ、はい! わかりました!」
「ごめんな! 休みなのに・・・どうだ? お袋さんに甘えてるか?」
「・・・え・・・はい・・・」
「そうか、よかった。リフレッシュしてくるんだぞ!」
「・・・ありがとうございます・・・」
 そう言い電話を切った。
『なにしに帰ってきた!』嫌でもこの言葉がよみがえる。無残に置きっぱなしの《東京ばな奈》・・・。ふと、手に取る・・・。
「賞味期限・・・今日までか・・・」
 包みを解いてみる・・・・中から小さなバナナの形をしたスポンジケーキが顔を覗かせた。ふんわりと柔らかいスポンジケーキの中にバナナのカスタードクリームが入っていた。一口食べてみる・・・甘くて優しいバナナの味と香りが口いっぱいに広がった。

 翌日、竜也は渋谷から《六本木ヒルズ》行きのバスに乗りテレビ大西洋に向かった。テレビ大西洋は六本木ヒルズの真ん中にあった。竜也の乗ったバスは、六本木ヒルズに着いた。相変わらず六本木ヒルズは迷路のようになっていた。階段を上っても、なかなか地上に出られない・・・。すぐ左手にテレビ大西洋が見えるのに・・・辿り着けない。
「相変わらず、ややっこしいな!」
 やっとの思いでテレビ大西洋のロビーに着いた。受付で用件を伝え、一日入館証をもらい中に入った。エレベーターで三階へ昇り、収録テープを受け取った。
「ご苦労さまです! よろしくお願いいたします!」
 担当者が収録テープの入った袋を渡しながら言った。
「はい! 確かに、お預かりします!」
 
 竜也は収録テープを受け取り会社に出社した。
 五日間振りの出社である。喜びいさんで帰郷したはずが、門前払いをくらいとんぼ返りだった竜也には、お土産もお土産話もなかったのだ。ただただ家に引きこもっていたのであった。
「おはようございます!」
 竜也は元気よく挨拶をして事務所に入ってきた。
「あっ、おはよう」
「どうでした? 久しぶりの実家は?」
 など、さまざまな暖かい声に迎えられた。
「おかえりなさい」
「!」
 嫌でも思い出される母・泰子の『なにしに帰ってきた!』の言葉だった。事務所で普通に『お帰りなさい』と迎えられるのに・・・実家で聞けなかったこの言葉・・・。
「どうかしました?」
「あっ・・・いいえ・・・・ただいま戻りました」
 明るく振舞っていた竜也であったが、動揺は隠せなかった。
 すると、編集・小塚が出社してきた。
「おー、田宮。帰ってきたか? 昨日は休みなのに電話ごめんな」
「あ、いいえ。大丈夫です。 あっ、これ・・・」
 竜也は、収録テープの袋を差し出した。
「あー、土産かーサンキューサンキュー」
「え・・・・いや・・・・収録テープです・・・・すみません・・・・」
「アハハハハ。 冗談だよ。リフレッシュできたかな?」
「・・・・あ、はい!」
 一瞬、間があり・・・
「あっ、そうだ! 来週から二時間ドラマの撮影が入るそうだ。月末あたりから編集が入るぞ! 東洋企画の柴崎さんだ!」
「えっ、柴崎さんですか?」
「お前、知らないのか?」
「ええ・・・・すみません」
「そうか。 あの人は人間的にも立派な人だぞ! がんばれよ!」
「はい! がんばります!」
 竜也は、希望の光が見えてきた気がした。しかし、思い出すのは母親の言葉・・・父親のこと・・・だった。
『父さん・・・』

やはり気になっている竜也は土日の休みを利用し実家に帰った。帰ったといっても、遠くから店が開いているか? 父親は元気なのか? それを見にいっていたのだった。
 店は開いていない・・・・。
『父さん・・・』
 いてもたってもいられず、竜也は部屋に上がっていった。
母・泰子は留守のようであった。
竜也はすばやく階段を上がっていった。
 居間に入ると、父・隆一郎は布団に入っていた。そっと目を開け、竜也をじっと見た。
「あーお帰り・・・」
 父・隆一郎は、暖かな眼差しで見て言った。何故だかわからないが、自然と涙が溢れてきた。それは、変わっていなかった父親の優しい眼差しの安心感からであった。
「父さん・・・・ただいま」
「どうだ? 仕事は?」
「うん・・・まだまだ勉強中だよ・・・・」
「そうか・・・頑張ってるんだな・・・・よかった。なかなか自分の夢を仕事に出来る人はいないんだぞ・・・・」
「・・・・・・」
「がんばれ!」
 暖かい父親の会話だった。自分が病に倒れ、母親が冷たくあたっていることは分かっていたのだ。
「母さんも、きっと分かってくれる・・・大丈夫だ・・・」
 父・隆一郎は知っていたのだ・・・先日、竜也が帰ってきたことを・・・そして、玄関で泰子に追い返されたことも・・・・。父・隆一郎も胸が痛かったのだ、自分のせいで母親が息子に辛くあたっていることを・・・。
「父さん・・・・」
「いつか、お前の名前をテレビで見たいなあー」
「まだまだだよ。一〇年やってても助手は名前載らないんだよ」
「そうかー。でも楽しみだな」
「うん・・・・」
「もうそろそろ母さんが帰って来る・・・もう帰りなさい・・・」
「うん・・・・じゃ・・・また来るよ・・・・いつか、母さんと三人で昔みたいにご飯食べたいな・・・・」
 そう言い実家を出て行った。

(さらに回想)
 それは、まだ竜也が小学生の頃。お祝い事があると外食・・・近所のファミリーレストランに行っていた。空いているせいか座るテーブルは毎回同じだった。それがまた落ち着いたのだった。
 父・隆一郎の向かい側に母・泰子と竜也が座った。これも毎回同じであった。
 竜也は身体が見えなくなるくらいメニューを身体いっぱいに広げた。
「わー、なに食べようかなー」
 竜也はメニューを穴が開くほど見ていると、母・泰子が言った。
「竜也、そんなに見ているとメニューに穴が開いちゃうわよ」
「大丈夫だよー、んー迷うなー。やっぱりハンバーグ!」
「おいおい、またハンバーグか? 違うの食べたらどうだ?」
 父・隆一郎が言った。
「だって、ハンバーグ好きなんだもん!」
「そうよねー」
 母・泰子が言った。
「そっか、アハハハハハ」
 父・隆一郎も笑いながら言った。
 いつも三人で笑い合っていた・・・これも、いつも同じだった、当たり前の同じことが幸せだった。

(竜也の回想に戻り)
 二〇〇八年七月二十九日(【ずっと一緒に】本編集)
 あっという間に一ヶ月が過ぎていった。
「おはよう!」
 柴崎が編集室に入ってきた。柴崎は田宮を見つけると、声をかけた。
「田宮くん、おはよう! がんばってるな!」
「あっ、おはようございます」
「どうだ? その後?」
「いえ・・・・」
 竜也は淋しげに俯いた。
「そうか・・・・。でもな、本気で子供を憎む親なんていないんだぞ!」
 柴崎は、竜也の肩を励ますかのように叩いた。
「さて、始めるか」
 柴崎は編集室に入っていった。
 色調整などが進んでいく。
「ここの合成ですが・・・・こんな感じでいかがでしょうか?」
 プレビューされる映像・・・・。今回のドラマは《天国の世界》で最愛の人と再会する内容だった。最愛の人が死に、現実の世界と架空(天国)の世界・・・。まさに美術と編集のコラボレーションであった。
「いいねー。 違和感が全くないよ」
「ありがとうございます。 今回はこいつも頑張ったんですよ」
 編集・小塚は竜也の頭を軽く小突いた。
「いたっ・・・もう・・・」
「そうか、田宮くんが。アハハハハ」
「ハハハハハハ」
 編集室の空気が和やかになった。
「続いてクレジットチェックをお願いします」
「はいよ」
 役者・・・・スタッフ・・・・協力・・・・とクレジットがスムーズに流れていく。
「!」
 竜也の目が釘付けになった。
【編集助手 田宮竜也】
 竜也は、涙で字が滲んでいった。
 編集も無事に終わり、編集室の明かりがつけられた。パッと明るくなる編集室。
「おつかれー」
 すばやく、柴崎が編集室を出て行った。急いで後を追う竜也。
「柴崎さん! ありがとうございます!」
「ああ、田宮くん、よく頑張ったな」
「なんと言っていいか思い浮かびません」
「んー、オンエア(放送)は御両親に知らせてあげるんだよ!」
「はい! ありがとうございます!」

 待ちにまったオンエア(放送)の日が決まった。一ヶ月後の土曜日(二〇〇八年八月三〇日)だった。竜也は両親に手紙を書いた。


         父さん・母さん
   
      暑くなってきたね。
      父さん、体調はどう?
      八月三〇日の土曜日に放送の《ずっと一緒に》に、
僕の名前がテレビに出るんだよ。
嬉しくて手紙かいちゃった。
見て欲しいな。      身体大切に。
                 二〇〇八年七月三〇日
                       竜   也



 二〇〇八年八月三〇日(【ずっと一緒に】放送日)
オンエア(放送)当日がやってきた。
 竜也が、指折り数えた日だった。なんにも連絡はなかったが、竜也はいてもたってもいられず東海道新幹線に乗った。
 新幹線は猛スピードで走り抜けていく。昨日、興奮して眠れなかったせいか新横浜を過ぎたあたりで眠りについた。心地よい揺れに身を預け、気がついたら神戸を出ていた。
『あと少しか・・・』
 希望と不安が急に竜也を襲ってきた。手紙は読んでくれているのかな・・・・母親が捨ててしまっていないか・・・・。
 岡山で、新幹線を降り、「マリンライナー」に乗り換えて高松に向かった。
 もう腹を据えるしかない!
 高松駅の改札を抜け、商店街に入る。一歩一歩・・・歩んでいるが・・・足取りが重い・・・・。気がつくと実家の前に立っていた。
【田宮電気店】
「あっ、父さん!」 
 父・隆一郎が元気に店に出て、お客さんと話している。
「よかった・・・」
 そこに母・泰子が姿を現した。
 また『なにしに帰ってきた』という言葉が蘇り・・・実家から離れようとした、その時
「今日、ドラマ見てくださいね! 息子の名前が出るんだから!」
 母・泰子の声だ!
「かあさん・・・」
 さらに話は続いていた。
「本当に? 竜也くんが?」
「そうだよ! 見ておくれよ!」
「凄いじゃない! 自慢の息子さんね」
「ええ、まあ」
 竜也は、ホッとし・・・そっと駅に向かおうと歩き出そうとした。
『自慢の息子か』
 その時、
「竜也!」
 振り向くと母・泰子が呼んでいた。
「母さん!」
 竜也は走り寄った。
「竜也、ご飯食べていかないのかい? 忙しいのかい?」
 母・泰子は息子・竜也の夢が叶ったことを何よりも喜んでいたのだった。あの日・・・ちょうど父・隆一郎が倒れてまもなく・・・・『なにしに帰ってきた』と思わず言ってしまったことを何よりも後悔していたのだった。
「うん、食べる!」
 竜也もまた、親に反抗ばかりしていて、大して自慢の息子でなかったので『何しに帰ってきた』という言葉が突き刺さったのだった。初めて自慢の息子になれた喜びもあったのだ。今の自分に出来ること・・・夢である仕事を、がんばって『自慢の息子』であり続けたい。今まさに、エンドクレジットに名前が載り『自慢の息子』になった瞬間であった。
 母・泰子と一緒に竜也は店に入っていった。
「ただいま、父さん」
「おかえり」
 店の中には、たくさんの電池がまるで花畑のように綺麗に陳列棚に並べられていた。
「あっ、電池!」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもないよ」
 竜也は柴崎の【電池の話】を思い出し、心の中で呟いた。
『縁の下の力持ちでも・・・一心不乱に頑張れ!』
「さあさあ、中に入った、入った」
 そう言い、母・泰子が竜也を家の中に促した。
「今日は、お祝いだから、竜也の好きなもの作ってあげるからね。何がいい?」
「えっ、マジ? じゃあー、ハンバーグ!」
「竜也は、昔からハンバーグが好きだよね。アハハハハハ」
 田宮竜也にとって、エンドクレジットは【帰るためのチケット(切符)】だったのかもしれない。

(現在に戻り)
 二〇〇九年七月三十一日(【あなたを忘れない】完成試写)
 そんな竜也も・・・・もうキャリア一年
 柴崎たちは、無事にMA(効果音や音楽を入れる作業)を終え完成試写の日を迎えていた。
 クランクアップしてから、十七日振りに見るスタッフたちの顔・・・・。
「お久しぶりですー」
「いま、何をやっているんですか?」
 などと、さまざまな声が飛んでいる。クランクアップし、スタッフたちは、それぞれ次の作品にとりかかっているようだ! 
そこに柴崎が姿を現した。
「おはようございます!」
 一斉にスタッフたちが柴崎に声をかけた。
「あー、今日は忙しい中、おつかれさん!」
 ゆっくりと柴崎は席についた。
「では始めさせていただきます」
 室内の明かりが落とされ、大きな前面のモニターだけがクローズアップされていた。
 5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1
 モニターに、映像が映し出される。
 おのおのが一番緊張する瞬間である。つぎにこの映像を見る時は、電波に乗っている映像であり、いち視聴者になるのである。世の中に出る前の最後の試写である・・・この試写が終われば、この作品は一人歩きを始める・・・。まさに、手塩にかけた子供が巣立っていく瞬間にも似ている。淋しいような嬉しいような・・・・複雑な心境にかられる。
 しかし、どちらかというと後者であろう・・・。創作物を広く世に知らしめたい。一人でも多くの人に見て欲しい・・・感じて欲しい。
 この作品(映像)は、親子の絆を深く掘り下げた物語であった。

【 あなたを忘れない 】 タイトルが画面いっぱいに浮き出てきた。
 この物語は、生き別れた父親と娘が再会するドラマで・・・。娘が、やっとのことで探し出した父親は・・・認知症になっていた。
 まったく娘のことを忘れてしまっている父・・・・。その事実にショックを受ける娘・・・・。しかし、本能は娘と認識していく・・・・。
 最後は、父を看取ることとなる娘だが・・・・。
「ありがとう・・・みっちゃん・・・」
 父は、娘・美幸の手をしっかり握り、永遠の眠りについた・・・。
・ ・・・エンドクレジットが流れていく・・・・
【衣裳 梨田瑛華】・・・・【メイク 大石佐智子】・・・・【撮影助手 小久保圭太】・・・・【編集助手 田宮竜也】・・・・。
 そして【助監督 山梨 恵】・・・・・。
試写が終わり、拍手がなりやまないまま、明かりがついた。

 柴崎が、締めの挨拶をした。
「無事に完成させることができました。本当にありがとうございました。また次の企画が通るよう頑張りますので・・・その時はまた御協力を宜しくお願い致します」
 スタッフのみんなが個々にお礼を言った。
「また呼んでくださいね」
「約束ですよ!」
「楽しかったです」
 いろいろな声が飛び交っていた。
 柴崎は、衣裳の梨田瑛華を見つけると声をかけた。
「梨田さん、今回は時代背景が中途半端だったから、衣裳も大変だったでしょう?」
「確かに大変でしたー。なんて冗談です。楽しかったです」
「本当に?」
「本当ですよ! また是非呼んでください!」
 瑛華は屈託ない笑顔で応えた。
「じゃあー、もっと大変な企画考えようかなー」
 柴崎は、ちょっと意地悪く返した。
「えー。それはー、もうーからかわないでくださいよー」
「冗談! 冗談! 本当にありがとうね」
「いえ・・・・楽しかったです!」
「梨田さんに、楽しかったーって聞くと、本当に嬉しいよ」
 柴崎にとって、スタッフの『楽しかった』の言葉が財産であったのだ。どんなに辛いことがあっても、若いスタッフ・・・・子供たちの『楽しかった』という言葉で救われるのであった。
「また、お願いしますね」
「はい!」
「そういえば、お母さんは元気?」
「ええ、相変わらず・・・私を専属スタイリストみたいに・・・・」
「そう」
「この間も・・・・このジャケット買ったんだけど・・・・中に何を着たらいいか? なんて買ったジャケットの写メ送ってきたり・・・」
「素敵じゃないかー」
「キャハハハハ・・・衣裳部とスタイリストの区別がなくて・・・・」
「衣裳部は立派なスタイリストだよ」
「そうですが・・・・」
「自慢の娘なんだよ。ねっ!」
「そうですね!」
 ピロロローン・・・・ピロロローン
 瑛華の携帯が鳴った。
「母からです・・・」
「噂のお母さんだね! じゃ失礼するよ。 親孝行するんだよ」
「はい! ありがとうございます」
 柴崎は出て行った。
「もしもし、お母さん」
「あー瑛華。元気?」
「元気って、昨日話したじゃない」
「そーだっけ・・・・あら、いやだ」
「あら、いやだじゃないわよ・・・で、何か用?」
「そうそう・・・今度の日曜日に同窓会があって・・・」
「えっ・・・同窓会?・・・・お母さん・・・・今、仕事中だから・・・・夜、電話するね」
「わかった。じゃ夜ね」
 瑛華は電話を切った。
「ふーやれやれ・・・まったくマイペースなんだから・・・」

(瑛華の回想)
思い返せば・・・初めて瑛華が衣裳・・・・ファッションに興味を持ったのは中学の頃だった。近所の小さなブティックに放課後毎日のように通った。そこのオーナーのお姉さん・青山悦子はパリでファッションの勉強をしていたらしく、ファッションは勿論・・・パリの景色や食べ物のことを沢山話してくれた。何より嬉しかったのは、お姉さんに着ている洋服を褒められたことだった。
「瑛華ちゃんは、いつもかわいい洋服を着てるね」
「うん!」
「お母さんのセンスがいいのかな?」
「うん、でも・・・このお洋服は瑛華が選んだの!」
「じゃあ、瑛華ちゃんもセンスがいいんだね」
「うん! いつかお姉さんみたいにお洋服のお店で働きたいな!」
「そうね、きっと働けるわ。だってセンスいいもん」
 そう言いながら、悦子はいろんな知識をくれた。
 高校に進学して、ブティックでアルバイトしたころには、進んでお客さんにコーディネートしていた。
「お嬢さん、若いのに素敵なセンス持ってるね」
 お客さんに褒められることも多くなった。それもその筈、瑛華はいつも母・淑子の着こなしを見ていたのだった。母親がやっていた、父・信二の服の準備も参考になった。父親に着せるスーツのコーディネート・・・靴に合わせて靴下、ベルトの色を合わせていたこと。TPOに合わせてスーツの色合いを決めていたこと。全てが、今の瑛華の基盤になっていたのも事実だった。

 ある日、瑛華はブティックのアルバイト終え帰宅すると、一目散に母・淑子のいる台所に向かった。
 トントントン・・・
 台所では、包丁でキャベツを切っている母親の後姿があった。
「ねえねえ、お母さん!」
「あら、おかえり」
 母・淑子は、包丁を置き優しい眼差しで振り向いた。
「今日ねーお客さんが着ていたブラウスに合うスカーフを選んでって言われて選んであげたのー」
 瑛華は目を輝かせながら言った。
「へぇー凄いじゃない! ちゃんと選べたの?」
「うん! お客さんも凄く喜んでー、悦子さんも褒めてくれたのー」
「瑛華は、将来ブティックに勤めるといいね」
「うん!」
「今度、お母さんの洋服もコーディネイトしてもらおうかなー?」
「もちろん! 任せて!」
「楽しみにしてるからねー。じゃあ、その前に着替えてらっしゃい。ご飯の用意できるから」
 母・淑子は、瑛華を二階に促がしながら言った。
「はーい」
 瑛華は、もう少し話していたかったが、お腹もすいていたので素直に従い二階に上がっていった。
「やれやれ」
 母・淑子は、そんな瑛華を微笑ましく見送ったが、もう少し料理にも興味を持って欲しいと思うのも事実だった。

 そんなある日、瑛華に人生の転機がやってくることとなる。
 いつものように放課後、ブティックのアルバイトに向かう途中・・・ちょうど商店街を抜けようとした時・・・・。
 なにやら人だかりが出来ていた。
「あれ? なんだろう?」
 場所は、商店街の喫茶店の前であった。アンティークな小洒落れた喫茶店であったが、近くにドトールやマクドナルドが出来たせいか普段はガラガラだったのだ。一杯五百円のコーヒーはサラリーマンや若者の足を遠のかせてしまったのだろう。
「なんで? あの喫茶店に、こんなに人が?」
 瑛華は事件でもあったのかと思い、人だかりに近づいていった。事件にしては変な空気はなく、妙な緊迫感だけがあった。
 すると、中学生の集団が瑛華を騒ぎながら追い抜いていった。
「早く! 早く! 終わっちゃうよー」
「小田哲也、まだいるかな?」
 瑛華は、やっと状況が把握できたのだった。どうやら、ドラマの撮影で喫茶店を使っていたのであった。しかも、人気アイドルの小田哲也がきていたのだった。
 人垣を抜けてやっとのことで喫茶店が瑛華の視界に入った。喫茶店の中は必要以上にライトがたかれていた。普段見慣れていたアンティークな喫茶店も、撮影スタッフにより、西洋調のレトロな喫茶店に変わっていた。時代背景は五〇年代の日本が舞台のようであった。小田哲也や他の役者さんも、五〇年代の衣裳を身につけ、喫茶店の中は、すっかり五〇年代になっていた。
 瑛華の目を釘付けにしたのは、衣裳だった。
「すごい!」
 瑛華は身震いした。実際、この時代に生きていないのに、この時代を生きているかのような、この感覚はなんなんだろう? いま、この喫茶店だけがタイムスリップしていた。異次元空間が、そこにあった。
 瑛華が、喫茶店の外に並べられている衣裳に見とれていると、女性スタッフが声をかけた。
「君、衣裳に興味があるの?」
 瑛華が振り向くと、お姉さんが立っていた。どうやら、その衣裳を取りにきた衣裳スタッフのようである。
「はい! 素晴らしいです!」
「ほー、小田哲也じゃなく、衣裳に興味があるんだ!」
「はい! 衣裳が大好きで・・・今もブティックでアルバイトしてるんです」
「そう」
 瑛華は自分の時計を見た。もう三時になろうとしていた。
「あっ、いけない! もうこんな時間! 行かないと!」
「ああ、アルバイトね」
「じゃあ・・・」
 と言い瑛華は行きかけ、振り向いて言った。
「あの・・・お姉さん! またお話、聞かせてくださいね」
「わかった」
「あっ、連絡先知らない・・・・」
「そうね」
衣裳スタッフは名刺を瑛華に渡した。
【さくら衣裳 衣裳部 松島尚子】
「ありがとう! 松島さん! 私、梨田瑛華! じゃあねー」
 そう言い、瑛華は、しっかり名刺を握り締めてブティックに急いだ。

「すいません! 遅れました」
 ブティックに入るや瑛華は悦子に謝った。悦子もまたオーナーの顔になって言った。
「遅い! なんてね! アハハハハ」
「すいません・・・」
「さては、商店街の撮影を見つけて、小田哲也に見とれてたなー」
「はい・・・」
「アハハハハハ。 いいから早く支度して」
「はい」
 瑛華はロッカーに鞄を入れ、店に出た。
 平日なので、ゆったりと時間は過ぎていった。いつもならば、この暇な時間に悦子に質問したりする瑛華だが、ただただボーっと外を眺めていた。
 カランカラン
 入口から常連客が入ってきた。
「あら、瑛華ちゃん。こんにちは」
「おばさん、こんにちは・・・」
 瑛華は一瞬、笑顔が戻ったものの、また自分の世界に入っていった。
 その時、悦子がレジから声をかけた。
「いらっしゃいませ!」
「今日、瑛華ちゃんどうかしたのかしら・・・」
「そうなのよー。さっき来た時は元気だったのに・・・」
 その傍らで瑛華は外を眺めボーっとしていた。その手にはしっかり【さくら衣裳 松島尚子】の名刺が握られていた。あの撮影現場で松島に出会い、衣裳・・・ファッションの世界で違う仕事を見つけてしまったのだった。『素敵だ・・・』そう思っていた。でも、芸能の世界で衣裳の仕事をしたい、しかも東京で・・・両親が許すわけがない・・・。でも、やってみたい! 自問自答を繰り返していたのだった。
 そして、お姉さんさんだって、反対するに決まっている。
「ありがとうございました」
 悦子が常連客を送り出していた。そして振り返ると、瑛華の方に近付いて言った。
「瑛華ちゃん! どうしたの? さっきまで元気だったのに・・・お客さんも心配していたわよ・・・・」
「いえ・・・・」
「あーわかったー。実物の小田哲也見てーポーっとしてるんだー」
「ち、違います・・・」
「冗談よー、アハハハハハ」
「ハハハハハ」
 なんとなく考え込んでいる瑛華が気になった。

「バカもん!」
 瑛華の父・信二の怒鳴り声が響いた。
「何が、衣裳だ! テレビだ? しかも東京で一人暮らしをして働くだと!」
「お父さん、そんなに興奮しないで・・・。瑛華だって決めた訳じゃないんだから・・・ねっ」
 母・淑子が、父・信二と瑛華の間に割って入ってきた。
「まだ、瑛華も決めた訳じゃないんでしょ・・・。そうでしょ!」
 瑛華は黙って俯いたままだった。
「だいたい、お前が甘やかすからだ!」
 父・信二の怒りの矛先が母・淑子に変わっていた。自分のせいで夫婦喧嘩に発展してしまった。
『あんなに仲がよかった両親だったのに・・・。自分のせいだ!』
 瑛華は自分を責めた。
「もう、やめてよ!」
 瑛華はそう言い二階へ上がっていった。
「瑛華!」
 
 自分の部屋に入ると瑛華は机に座った。電気はついていないが、机は窓外の明かりで、かすかに照らされていた。
 瑛華は臥せっていた。
 コンコン
「瑛華、入るわよ」
 ドアをノックし母・淑子が入ってきた。
「あらあら、電気もつけないで・・・・」
 母・淑子が電気をつけようとした時、かすかな瑛華の寝息が聞こえてきた。瑛華は、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったのだった。
「あら・・・風邪ひくわよ」
 母・淑子は瑛華にタオルケットをかけた。
「ん?」
 瑛華の手には名刺がしっかり握られていた。母・淑子は名刺を手に取り見た。
「さくら衣裳 松島尚子さんか・・・」
 母・淑子は瑛華を起こさないように名刺を瑛華の手の中に戻すと、静かに部屋を出て行った。

 瑛華は、来る日も来る日も一人悩んでいた。このままブティックでアルバイトをして県内に就職するか? 東京へ行って芸能界の衣裳スタッフになるか? この間の父親の反応からいって、東京での衣裳スタッフへの道は遠くなってしまったような気がした。やっと見つけた夢のある職業・・・のはずが、短い日数の夢として打ち砕かれた感じだった。
 ブティックでアルバイトしていても、前のようなバイタリティはなかった。
『あんなに楽しかったのに・・・』
 家に帰っても・・・なんとなくギクシャクしているような感じであった。
 母・淑子も、ブティックでのアルバイトの話を聞かなくなってしまったし・・・・。父も、あまり瑛華と目を合わせようとしない・・・。
『あんなに仲が良かった親子関係だったのに・・・私を腫れ物に触るようになってしまった・・・』
 瑛華は、悩んだ・・・悩んでも解決しない・・・。夢は諦めたくない。しかし、『夢を諦めること』が、全てを元通りにする早道であるのも明確であった。はたして、やりたい事と出来る事は本当に違うんだろうか? 環境で左右されることなんだろうか? 自問自答した結果、夢を諦めることを選んだ。
 瑛華は、【さくら衣裳 松島尚子】の名刺をクシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てた。
「これでいいんだ! これで・・・」
 瑛華は、泣き疲れて眠りについた。

 翌朝、瑛華はなんとなく重い気持ちで学校に登校した。それは、今日のホームルームの時間は進路についてだったのだ。
 教室で、ポツンと一人でいると、友達の裕美が近寄ってきた。
「どうかしたの?」
 瑛華は、ハッとして「なんでもないよ」と言い裕美を見た。
「瑛華―。進路どうするのー?」
「うーん・・・」
 瑛華は、あいまいな返事を返した。
「やっぱり、ブティックに就職するの? 前に言ってたもんね」
「んー」
「じゃあ進学するの?」
「んー、大学受験の勉強してないからなー」
「どっちよー」
 瑛華は、裕美に言えなかった・・・、芸能界で・・・衣裳会社で働きたいっていうことを・・・・。ブティックでのアルバイトは大好きで、将来ブティックで働きたいっていうのも嘘ではない。ただ、それ以上の衝撃を受けた『衣裳スタッフ』の話をできなかった。親が反対しているというより・・・『芸能界で働きたい。それが私の夢』、この言葉が言えなかった・・・、同年代の裕美に話すこと・・・それは『私、歌手になりたい』っていう夢見る小学生みたいになってしまうのでは、と思い躊躇したのも事実だった。
『果たして、自慢できる仕事なんだろうか?』
『いや、自慢できる仕事だ!』
『では何故、諦めるのか・・・』
『昨夜、結論を出したじゃないか・・・。そうだよ・・・、もう諦めたんだから、悩む必要なんかないんだ! 自分の将来・・・自分の仕事とはいえ、祝福されない職業に就くことは、自分のエゴだ!』
 瑛華は自分自身に言い聞かせるように心の中で言った。撮影で見た衣裳スタッフの仕事こそが運命と思った職業が・・・今では、撮影をなんで見てしまったのか・・・見てしまったことが辛い宿命に感じた。

「ただいまー」
 それから、瑛華はつとめて明るく振舞った。
 母・淑子もまた、それに応えていた。
 しかし、何かが違う・・・・『覆水、盆にかえらず』とは、このことだろうか? 一度、ヒビが入ると簡単には元に戻らないのだろうか? 瑛華は、肌で感じていたのだった。
 それでも瑛華は明るく振舞った。

 そんな、ある日のこと、瑛華が学校から帰宅すると、母・淑子が言った。
「おかえり。お父さん、今日は早く帰ってくるから一緒に食べようね」
「わかった・・・じゃあ二階にいるね」
 そう言い、瑛華は二階の自分の部屋に入った。
 部屋に入り、着替えてベッドに横になったが落ち着かない・・・階下で物音がするたびに、ビクついていた。実際、父親と一緒に食事をするのは、先日怒られて以来だったのだ。
「ただいま」
 父・信二が帰ってきた。瑛華の心臓は今にも口から飛び出そうなくらい激しく動いていた。
「瑛華ー、ご飯よ」
 母・淑子の優しい声も、何気に素直に受けられなかった。恐る恐る階下に下りると父・信二が食卓についていた。
「お父さん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
 機械的な会話ではあったが、瑛華はホッとした。
「はい、食べましょう」
 母・淑子の一言で、食事が始まった。静まりかえった食卓にテレビの音だけが虚しく響いていた。ちょうど、テレビでは、画面にエンドロールが流れ出した・・・瑛華は見入ってしまった。【衣裳 松島尚子】
『あっ! お姉さん・・・』
 瑛華は心の中で叫んだ。そのとき、父親は口を開いた。
「瑛華も、ああいう風に名前出るのか?」
「えっ?」
 父・信二の思わぬ一言に瑛華は思わず耳を疑い、聞き返してしまった。
「梨田瑛華ってテレビに出るのかな?」
「出るといいですね、おとうさん」
 そこには、微笑みあっている両親と・・・優しい眼差しで瑛華を見る両親がいた。
 そして母・淑子が、瑛華に一枚の紙を差し出した。
「これ・・・・」
 それは瑛華が捨てた、【さくら衣裳 松島尚子】の名刺だった。
「母さんは、この名刺をゴミ箱から拾って、一生懸命アイロンかけてたんだぞ」
「あらいやだ、お父さんだって、さくら衣裳に電話して、『娘をお願いします』って電話してくださったじゃないですか」
 父・信二も、母・淑子も考えていたのだった。子供には子供の人生がある・・・、夢を壊す権利は親にはないということを・・・。
「お父さん・・・お母さん・・・・ありがとう」
 瑛華は涙が止まらなかった。
「頑張るんだぞ! ただし・・・もし、失敗し・・・挫折したら、いつでも帰っておいで・・・、飛び疲れたら、羽根を休めに帰っておいで・・・。だって、ここは、お前の家なんだから・・・私たちは、家族なんだから」
 瑛華は、流れる涙を拭いながら、頷いていた。

(現在に戻り)
 二〇〇九年七月三十一日(【あなたを忘れない】完成試写後の夜)
「もしもし、お母さん。仕事終わったよ」
「瑛華。ちゃんとご飯食べた?」
「うん、ちゃんと食べたよ」
「そう、ちゃんと食べないとだめよ」
「大丈夫よー」
「今度の連休は帰れるの?」
「んー、ちょっと難しいかも・・・」
「そう、身体に気を付けてね」
「わかってる、大丈夫よー」
「そうそう、こないだテレビに名前出てたね。お父さんと見たわよ」
「あっ、ありがとう。ところで、お昼の電話は?」
「えっ? なんだっけ?」
「えっ、えっ・・・まったくマイペースなんだから!」
「アハハハハ。まあいいじゃない、お前が元気なんだから」
「ハハハハハ」
「近いうちに帰っておいで」
「うん、また電話するね」
 梨田瑛華にとってのエンドクレジットは【両親の夢のチケット(切符)】なのかもしれない。

 二〇〇九年八月三日(【あなたを忘れない】納品日)
 柴崎と水野は編集室で、放送用のHD―CAMテープ(放送用のハイビジョン・テープ)と完パケ・VHSテープを受け取った。水野は、納品書に、テレビ局から預かった放送用のテープやVHSテープの形式・シリアルナンバー・本数等を記入する。
 柴崎も、テープの本数や内容をチェックする。
「さあて、行くか」
 柴崎が立ち上がった。
「はい!」
 水野も、忘れ物がないように、周りを見渡して納品テープを全て袋に入れた。
「ありがとうございました!」
柴崎と水野は、編集室の小塚にお礼を言い、編集室を出て行った。
「いよいよ納品ですね! この瞬間が一番緊張しますね! スタッフみんなの集大成ですからね」
「そうだ! この瞬間を緊張することを忘れちゃだめだ!」
「はい!」
「そうだ! 納品無事に終わったら、飯でも行くか? クランクアップのお祝いでもやるか?」
「はい! 行きましょう」
「ただし、今回は、お前に納品任せる! 無事に一人で納品出来たらの話だ!」
「わかりましたー」
「よしっと、納品いくぞ!」
 柴崎と水野は、テレビ局への納品テープを持ってエレベーターに乗り込んだ。

 外に出ると、燦燦と夏の日差しが射していた。思えば、編集室に入り浸りだった柴崎たちには眩しかったし、季節を改めて感じていた。
「暑いなー」
「そうですね」
 水野は、素早くタクシーを止め、乗り込むと言った。
「柴崎さん、どうぞ」
 柴崎も乗り込んだ。
「運転手さん、汐留の太平洋放送まで」
 水野は、運転手に行き先を告げた。タクシーは、ゆっくりと走り出した。タクシーは新宿から赤坂見附へ、そして溜池から、虎ノ門(霞ヶ関付近)を抜けて行った。新宿の巨大なビル群からブティック街・・・そして官庁が建ち並ぶ官僚街を通過した。そして、またビル群が目の前に迫ってきた。太平洋放送のある汐留だ!
 タクシーは、一気に太平洋放送に入っていった。納品の時は、柴崎はいつも無口であった。水野も分かっていたので、柴崎に声はかけなかった。
 タクシーは、正面玄関に停車した。
「ここで、よろしいですか? 二九六〇円です」
「はい」
 柴崎は現金を渡すと、レシートを貰った。
「さあ、行くぞ」
 柴崎はタクシーを降りて、太平洋放送のロビーに入っていった。
 納品テープを持って水野も続いた。

 ロビーに入ると、柴崎と水野は入館証を首にかけた。
「お疲れ様です!」
 警備員が敬礼した。
 ピッ
 柴崎は、入口のゲートに入館証をかざし入った。水野もそれに続いた。
 もう、ここまでくれば安心だ。どんなトラブルに巻き込まれても外部に流出することはない。タクシーで移動中に何かあったら・・・そう考えるとタクシー内でも周囲に気を配るゆえに柴崎は無口になるのであった。小さな気の緩みが大きな事故を生むのであった。エレベーターに乗った時、初めて柴崎が口を開いた。
「やっとだな」
「はい!」
「納品は出来るな? 俺は隣で見ているから、やってみな」
「わかりました」

「失礼します」
 水野は元気よく一礼して編成部の部屋に入っていった。
 一目散に局プロデューサー・谷澤のデスクを目指した。目線の先に、真剣に台本を読んでいる谷澤の姿があった。
 柴崎と水野が谷澤の横に立ち
「東洋企画の水野です。【あなたを忘れない】の納品に参りました」
「ああ、ご苦労さま・・・あれ柴崎さんは?」
「はい、ここです」
 谷澤の後ろにいた柴崎が声をかけた。
「なんだー。柴崎さん、いらしたんですね。隠れてたんですか?」
「いえいえ。今日は、水野に納品を任せたんです。私はサポートです」
「そうですか。教育ですね」
 谷澤は柴崎にそういうと、水野の方を向き言った
「じゃあ、納品物を」
「はい」
 水野は谷澤のデスクに手際よく放送用のテープを並べ、わかりやすいように種類ごとに並べた。
「これが、放送用のテープです。そして、完パケのVHSテープです・・・最後に、これが完成台本です」
 水野は納品書と納品物を比べながら読み上げた。
「はい! 確かに」
「それでは、この納品書にサインを願います」
 谷澤は、納品書を受け取るとサインし、水野に納品書を手渡した。
 水野も、ホッとした安堵の表情を浮かべていた。
「完璧だったね、納品。先生がいいのかな?」
 谷澤は、柴崎を見た。
「いや、なにをおっしゃいますか」
「ハハハハハハ。そうか」
 安堵の表情でポーっとしている水野を柴崎が突付いた。
「あっ・・・・そ、それでは、失礼いたします」
「ハハハハハ。柴崎先生は厳しいな」
「はい! あ・・・いえ・・・・・ありがとうございました。失礼いたします」
 水野は一礼した。
「じゃあ、谷澤さん、また」
 柴崎もまた、一礼した。
「柴崎さん、新しい企画も待っていますよ」
「わかりました。出来ましたらお持ちいたします」
 出て行こうとした、柴崎たちを谷澤が止めた。
「あっ、柴崎さん!」
「はい!」
 柴崎は、返事をして振り向いた。
「そうそう、明日の本打ち(台本の打合せ)なんだけど、十一時から七階のB会議室でやりますから」
「はい、わかりました」
 柴崎たちは一礼して編成部の部屋を出て行った。

「緊張したー。終わったー」
 太平洋放送を出た水野は思わず言った。
「わかるよー。俺も最初は同じだったよ」
「えー、柴崎さんも?」
「ああ・・・」
「なんかー想像できないなー」
「あのなー。俺も麗しき若い頃があったんだよ。今のままじゃないぞ」
「キャハハハハ。そうですよね。このまま若くなったら【とっちゃん坊や】ですよね。キャハハハハ」
「このっ」
 柴崎は水野を軽く小突いた。
『この愛くるしさと人懐っこさが水野の持ち味なんだなー』
 柴崎は、そう思っていた。
「お前は、会社に戻るのか?」
「はい! 伝票を書かないと・・・請求書がたまっちゃってて・・・」
「そうか。俺は有楽町のシューティング・ワン(技術会社)に、今回のお礼を兼ねて挨拶してくるよ。社長、今日いるみたいだから」
「わかりました」
「んじゃー、六時に新宿な」
 そう言い柴崎は一足先に出て行った。
「お疲れ様でした!」
 水野の声が背中で響いていた。

 柴崎は新橋駅に向かった。汐留から新橋までは歩いても、そんなに距離はなかった。天気が良かったので、地下を通らず、地上を歩いた。大通りを渡り、ゆりかもめの新橋駅を抜けると、目の前がJRの新橋駅だった。ゆりかもめの入口のエスカレーター付近は家族連れでごった返していた。
『そうかー夏休みかー。お台場かな・・・船の科学館かな・・・』
 柴崎は、新橋に行くと必ず寄る場所があった。今いる場所の反対側のSL広場だ! 特にSLが好きな訳ではないが、機関車を見ると、なんかホッとするのだった。
 なにをする訳でなく、そこで一服するのも、柴崎にとって至福の瞬間であった。
 ブッハー
 柴崎は、思いっきりタバコの煙を吐いた。
「無事、事故もなく終わったなー良かったー」
 数分であったが、柴崎は哀愁・・・安堵・・・満足感に浸っていた。どの仕事もそうだが、誰も事故なく怪我なく、が一番なのだ。
 柴崎は、タバコを喫煙コーナーの灰皿に捨て、有楽町の技術会社に向かった。

 シューティング・ワン(技術会社)は、有楽町の駅前の雑居ビルの立ち並ぶ一番外れた奥にあった。技術会社ゆえ機材車の出入りが多いので、この場所が結果的に最適になっていたのだった。もともとシューティング・ワンは小さな映画制作会社であった。そのため、東映や松竹、東宝という大手映画会社が立ち並ぶ、この土地に事務所を構えたのであった。しかし、映画の低迷ということもあり、社長の有野は、フリーで仕事をしていたカメラマンや照明マンを一手に所属させ技術会社にしたのであった。
柴崎は、エレベーターで五階に上がった。古いエレベーターが時代を感じさせていた。
「失礼します!」
 柴崎は、社長室をノックし入った。
「おー柴崎くん、こちらへどうぞ」
 有野は柴崎をソファーに促がした。
「失礼いたします。今日、無事に【あなたを忘れない】納品して参りました」
「この度は、お世話になったね」
 有野は、お礼を言った。
「いえいえ、社長。お世話になったのは私です。おかげさまで素晴らしい作品になりました」
「この企画が本当に良かったんだよ」
「いえ、我々が机上の空論で作った物語を実際の映像にしていただけるのですから、本当に有難く思っております」
「いやいや、そんなことはないよ。企画力は重要だよ。私も昔、やってたからね、わかるよ」
「でも、この仕事は、本当に総合芸術ですよね。机上の企画が映像になり・・・世の中に出る。改めて素晴らしいと思いますよ」
「いま、俺が俺がの偉そうなプロデューサーが多い中、そう思っている柴崎さんみたいなプロデューサーが本物だよ」
「ありがとうございます」
 コンコン
「失礼します」
 そこに、お茶を持った女性社員が入ってきた。
「どうぞ」
 女性社員は柴崎の前にお茶を置いた。
「ありがとう」
 そして、女性社員は有野の前にも、お茶をセットすると速やかに出ていった。
「ところで・・・小久保くんは、どうだったかね?」
 有野が言った。
「小久保くんですか? 動きはいいし、生き生きやってましたよ。将来有望ですね」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「社長が心配することは何もありませんでしたよ。初めて技術メンバーをファックスで送っていただいた時に社長がおっしゃっていましたね、そういえば」

(柴崎の回想)
 二〇〇九年六月(【あなたを忘れない】クランクイン前)
「柴崎さんファックスです。技術メンバーですね」
 水野が柴崎のところにファックスを持ってきて言った。
「おー、ありがとう」
 柴崎は、受話器を取りシューティング・ワンに電話をした。
「おはようございます。東洋企画の柴崎と申します。有野社長いらっしゃいますか?」
 少々おまちください。という声のあと保留音が流れ、有野が電話に出た。
「はい有野です」
「おはようございます、柴崎です。ファックスいただきました、ありがとうございます」
「おー柴崎くんか。この度は、よろしくお願い致します」
「何をおっしゃいますか、社長。こちらこそ、よろしくお願い致します」
 柴崎はファックスを目で追いながら話していた。
「今回、撮影助手さんは小久保くんですか? 初めてですね、新鋭ですか?」
「その件なんだが・・・・」
「いえ、新鋭さん大歓迎ですよ。誰でも初めてはありますから。カメラマンの井出さんは面倒見いいですから大丈夫ですよ」
「そうではなくて・・・」
「どうしましたか?」
「一応、柴崎くんの耳には入れておきたくて・・・」
「なんでしょうか?」
「小久保くんなんだが・・・故郷の知り合いの息子さんなんだが・・・家庭に若干トラブルがあってね・・・私が上京させて面倒見ているんだ。高校時代に、ちょっと道を踏み外して、悪い仲間とつるんでいた経歴があってね」
「んー、でも社長のお勧めですから大丈夫ですよ。信用します。過去は過去、今でも破綻しているんなら別ですが、社長が薦めるんですから大丈夫ですよ。私は過去にはこだわりませんから」
「もちろん、私は自信を持って薦めるし、彼の夢なんだ、この仕事」
「じゃあ、大丈夫ですよ。責任持って、お預かりします。終わった時、楽しかったと言って貰えたら幸せですよ」
「ありがとう。柴崎くん。よろしく頼む」
「任せてください、社長」
 そう言い柴崎は電話を切った。決して何かトラブルが起こるのかという一抹の不安がなかった訳ではない。しかし、柴崎は人を信じることを優先したのだった。

(現在に戻り)
 柴崎は、湯飲み茶碗を手で持ち上げ
「なんにも心配ありませんでしたよ。もう、そんな過去は消えましたよ。これからは撮影・小久保圭太です」
 そう言い、柴崎はお茶をすすった。
「ありがとう、柴崎くん」
「何を、おっしゃいますか。それより、エンドクレジットですが、リストの名前で大丈夫ですよね?」
「ちょっと、見せていただいてよろしいですか?」
 柴崎は、以前送られてきたファックスを手渡した。
 有野は、じっとファックスを見つめると
「はい、これでお願いします。ただ、助手は入らなければいいですよ」
「いえ! 私は全員載せます。社長、ご存知じゃないですかー私が全員載せるのをー」
「わかっていますが・・・・・文字数が多いとかクレームつける監督も今は、いますから・・・」
「社長。私は、メインも助手も同じスタッフなんです!」
「ありがとうございます」
「小久保くんもバッチリ載りますよー」
「ありがとう、本当に」
 そのとき社長室の掛け時計が鳴った。五時だ!
「あー社長、今日はこれで失礼いたします。また、ゆっくり参りますので」
「また、いつでも来てください」
「失礼いたします」
 柴崎は、一礼すると社長室を出て行った。

シューティング・ワンを出た柴崎は新宿に向かうため有楽町駅に向かった。
「さて、どうやって行くかな・・・順当に行くとすれば、東京へ出て中央線だな」
 柴崎は、有楽町から山手線に乗り、東京駅で乗り換えた。東京駅の中央通路を一番端の中央線のホームに向かった。エスカレーターを上りホームについた。
「おっ、中央線は東京駅が始発かー」
この前の、中目黒での悲劇が頭をよぎったが、寝ていけるという欲に勝つことはできなかった。今、とまっている電車は、もう発車間際ということもあり座席は埋まっていた。
「まだ時間あるし、次で行くか」
 そう思いホームで次の電車を待った。
ホームに電車がすべるように入ってきた。折り返しなので満員だった車両から人が全て吐き出された。
柴崎は、誰もいなくなった車両に、ゆっくりと入っていきドア近くの一番端の席に座った。
次々に人が入ってきて、いつの間にか、ほぼ満席になっていた。もうすぐ出発だ。
「ふー」
 柴崎は小さなため息をつき、安堵の空間を手に入れ眠りの体制に入った。
 このところ・・・この睡眠を何度邪魔されてきたか・・・。いやでも頭をよぎり睡眠の邪魔をする。
 ドアが閉まり、電車も発車した。
ウトウトし始め、次の駅に着いたとき柴崎は、何か嫌な視線を感じた。
「ん! ん? まさか・・・・」
 柴崎は、恐る恐る目を開けた。
「なんだ・・・隣が空いただけか・・・・」
 さあ、寝ようとした瞬間
 隣に座ろうとしている小母さんが何やら話している。どうやら二人組のようであった。
「あなた座りなさいよ」
「いえいえ・・・あなたが座りなさいよ」
「だって、あなた腰が悪いんだから・・・」
「あなたも腰が悪いんだから・・・」
 どっちでもいいから早く座ってくれ! これが素直な柴崎の気持ちであった。
 そう思っていた矢先・・・。とどめの一言が・・・。
「二人分空いてればねー」
「そうよねー。まったくねーやれやれ」
『やれやれ、じゃないよ・・・・』
 嫌な空気が流れた・・・。腰の悪い二人の小母さん・・・。元気そうな俺・・・・。
「どうぞ・・・・」
 柴崎は、仕方なく席を譲った。
「あらーすみませんねー」
 二人はご満悦に座り、話し始めた・・・。そして柴崎は、吊革につかまり・・・。
『また・・・眠れなかった・・・・』

 柴崎の心とは裏腹に電車は新宿駅に到着した。
 ここ新宿駅も、東京駅と同じ山手線と中央線の乗換駅である為、車内の殆どの人間が吐き出され、新しい人間が入り込んでくる。柴崎も押し出されるように駅に降り立った。
 時計を見ると、もう五時五〇分だった。
「あっ、やべっ」
 柴崎は、水野に電話を入れた。
「柴崎だ。今、新宿駅に着いた・・・どこにいる?」
「私は・・・あれ?何口(なにぐち)だろ? あっ、アルタの前です」
「アルタ前か。【笑っていいとも】でも見たいのか?」
「あの・・・ふざけないでください」
「あ、あ、すまん。いま行く」
「迷いませんか?」
「あのな! このっ!」
「すみませーん。待ってまーす」
 柴崎は、笑いながら電話を切った。新宿駅の中央通路には、夕方ということもあり、おのおのの場所に向かう人がランダムに流れていた。

「わりーわりー。お待たせ」
「お疲れ様です」
「行くぞ! 何食うか?」
「まかせまーす。っていっても、いつものとこじゃないですか?」
「いや、別だよ」
「はーい」
 柴崎は、水野を促がし、アルタの裏を抜け靖国通りに出た。靖国通りを右に曲がりアドホックビルを過ぎ【まんぷく蟹】を通り過ぎた。
「あっ、本当だ! 蟹じゃない。キャハハハハ」
 水野は意地悪く言った。
「だから違うって言っただろう。あーここだ!」
 柴崎は、そばのビルに入っていった。エスカレーターを上り中二階からエレベーターに乗り、八階のボタンを押した。
「串揚げでいいか?」
「はい! 串揚げ大好きですー」
 八階でエレベーターは止まり、柴崎たちは降りた。
「おーここだ」
 柴崎が先に店に入っていった。二名、と告げると受付の女性は申し訳なさそうに言った。
「大変申し訳ございませんが・・・今日は、貸切になっておりまして・・・」
「えっ・・えっ・・・貸切・・・」
「大変申し訳ございませんが・・・・」
「わかりました・・・」
「またのお越しをお待ち申し上げます」
 受付の女性は深々と頭を下げた。
「あのー串揚げはー」
 一部始終を見ていた水野が笑いながら言った。
「今日は、串揚げするネタがないそうだ! 話すネタしかないそうだ!」
「キャハハハハ、面白い、面白い。もしかして予約してなくて入れなかったとかーキャハハハハ」
「このっ!」
「いーですよ。蟹さんで」
 柴崎は、無言でエレベーターに乗り込んだ。
「おい! いくぞ!」
「はーい」
 柴崎たちは結局、【まんぷく蟹】に入っていった。
「いらっしゃいませ。あら、柴崎さま、いらゃっしゃいませ」
 柴崎は、女将に促がされ座席に向かった。歩きながら、女将は柴崎になにやら話しかけていた。
「こちらでよろしいですか?」
 柴崎、水野は座席についた。
「わー、いつもの席だー」
 水野は、はしゃいでいた。
「やれやれー」
 柴崎は、苦笑いをし、ビールと蟹の刺身、焼きタラバを頼んだ。
「あっ、私―この甲羅のグラタン食べたいなー」
「まったくガキ食だなー」
「そんなこのないですっ!」
 柴崎は女将に
「あと、このグラタン二つ」
「かしこまりました」 
 女将は去っていった。
「ちゃんと自分もグラタン食べるんじゃないですかー。ガキ食とか言ったくせにー」
「うるさい! 食いたくなったんだ!」
「美味しいですよー」
 話していると、ビール、刺身が運ばれてきた。
 水野は柴崎にビールを注ぐと、自分にも注いだ。
「おつかれさまでしたー」
「ああ、おつかれ」
 グラスを合わせ、一口飲んだ。
「あー美味しいーですねー」
「ああ」
 水野は次々と箸を伸ばし、食べた。
「やはり、美味しいですねー」
「ああ」
 そっけない返事に水野が突っ込んだ。
「もしやー、また座れなかったとかー」
「なんだ?」
「判りやすいんですよねー、柴崎さん。機嫌が悪い時、楽しいかった時、悲しかった時・・・で、座れなかった時」
「あのな・・・座れなかったが入っているのがどうもな!」
「でも、座れなかったでしょー」
 水野は意地悪い眼差しで柴崎を見た。
「このっ!」
「キャハハハハー当たりー。まあまあ、食べましょう」
 この水野の屈託なさが柴崎は憎めないでいたし、娘がいたらこんな感じなんだろーなー、という錯覚さえ覚えていた。
「どうしました?」
「いや・・・食うぞ!」
 そう言い柴崎も箸を伸ばした。
「うん、うまい!」
 すると、グラタンが運ばれてきた。ジュージューと音を立てていた。
「わおー、さーさー食べましょう」
「なかなかいけるな!」
「でしょー、もうガキ食とか言わないことですねー」
「そうだな・・・毛蟹食うか? 今日は納品祝いだからな」
「やったー。はい!」
 柴崎は、店員を呼びとめ毛蟹一匹を頼んだ。
「もう水野も三年かー、プロデューサーの仕事は楽しいか?」
「はい! もちろんです! 夢がありますよね・・・自分の考えた世界が実際あったかのように映像化される・・・。いろんなメッセージを含め、みんなに伝える・・・素晴しい職業です」
「そうだな、なんでもありじゃあないけどな。いろんな行政があるけど、まあそんなとこだな」
 そうしているうちに毛蟹が運ばれてきた。大きな毛蟹は食べやすいように切られており、真ん中に甲羅、その周りに足が綺麗に並べられていた。
「わー、いただきまーす」
 水野は待ちきれず食べ始めた。そんな光景を暖かく見ながら柴崎も食べ始めた。
「そういえば、こんな話知ってるか?」
「ん?」
「懐中時計を持っている夫の為に嫁は髪を売って、時計用の鎖を買ったんだ。美しい髪をした嫁の為に夫は時計を売り、 髪飾りを買ったんだ。お互いに買った物は無駄になったんだが、暖かい気持ちになったという美しい話」
「ふーん」
 水野は食べるのに夢中であいまいな返事をした。
「一途で、けな気な気持ち分からないかなー」
「わかりますよー。でも今は、食べるのに一生懸命なんですよー」
 水野は、食べた毛蟹の足を殻入れに入れ、また新しい足を取った。
「あのなー、そういうのを自己中って言うんだぞ」
「そんなことないですよー」
「自己中と我侭の違いが分かるか?」
「分からないですよー」
「【自己中】と【わがまま】はどう違うかというと・・・。これは凄く大きな違いがあるんだ。主張を通すという意味では同じだけどな・・・自己中は自分の私利私欲だけで固まっているんだ。我侭は、相手に対しての甘えだったりするんだよな。「我侭だよね~」は笑って言えるが・・・・「自己中だよね」は笑って言えないだろ・・・」
「確かにそうですね。わたし我侭っ娘になりますー」
「そういうことじゃなくて・・・」
「だって、我侭な子は可愛いって」
「このっ」
 柴崎は、笑いながら拳を振り上げる真似をした。
「きゃっ。ごめんなさーい」
 水野も、蟹の鋏を両手に持って、自分の頭をカバーした。
「ったくー。食べ物で遊ばない」
「はーい」
「そういえばなー。この間テレビでちょっと感動した話があってな」
「なんですか?」
「動物の番組だったんだけどな・・・。あるメスのライオンが狩りに来たんだ。そして、ヤギの群れを見つけて近寄っていったんだ・・・気配を消しながら・・・。敏感に察知したヤギ達は逃げたんだけど・・・子ヤギが残っていたんだ・・・怪我していたんだな」
「あーん、食べられちゃったんですか?」
「ここからがドラマだったんだ。なんと、そのメスライオンは、その子ヤギの怪我の部分を舐めてやり・・・介抱してあげるんだよ。怪我が治るまで・・・ずっと。そのうち、子ヤギは見捨てた親ヤギよりメスライオンを親だと思い・・・離れなくなるんだ。怪我が治った時、急にメスライオンは子ヤギを威嚇しだすんだよ」
「どうしてですか? 懐いていたのに・・・メスライオンも介抱していたのに・・・」
「それはな・・・メスライオンだからさ。最後、絵的に淋しく夕日に去るメスライオンと淋しそうに残る子ヤギがあって・・・メスライオンのセリフがクレジットで流れるんだ。【怪我をしたあなたを私は自分の子のように介抱した・・・。あなたも私を親と思ってくれた。でも、それは、あなたが怪我をしていたから・・・。もう、私は、あなたと一緒にいられない・・・怪我が治ったあなたは、残念だけど・・・私の餌だから・・・】ってね」
「あーん・・・切ないですー。人間も見習わないといけませんね」
「ライオンにとっての餌・・・欲求であるんだが・・・。欲より、大切なことかな」
「そうですね・・・」
「人間だけだな、欲に負けるのは。悲しいかな、一番発達している人間だけが、ある意味劣っているかな」
「人間は、泣き止まないとかで赤ちゃん虐待したり・・・情けないですね」
「まったく・・・。でも、そんな人間ばかりじゃないからな! 我々が、そういう人間にならなきゃいいんだよ。ちゃんと親子の絆・・・人間同士の絆を持っている人もいるんだから」
「そうですね。あっ! そうだ!」
 水野が思わず声を上げた。
「ん? どうした?」
「この間、撮影助手の小久保くんからメールが来たんですよー。そうしたら、小久保くんに、お母さんからクレジットの写メが送られてきたって書いてありました」
「ほうほう、クレジットの写メかー良かった。お母さん嬉しかったんだな」
「小久保くんも、ちょっと照れくさそうな、でも自慢してました。くれぐれも柴崎さんに宜しくお伝えください、って」
「ん、そうか? 小久保くんをシフトしたのは有野社長だけどな」
「まあまあ、クレジット感謝してるんですよ」
「そうだな」
 ちょっと照れくさそうに柴崎が言った。
「あーもしかして照れてます? キャハハハ照れてる、照れてる」
 水野は、そんな柴崎を茶化した。
「このっ」
「キャハハハ」
「ハハハハハ、もう一軒軽く行くか!」
「はいっ!」

 杉並区・高円寺
 駅前から商店街を抜けて、三分くらいの所に小久保圭太のアパートがあった。父・洋介の友人である有野の会社(シューティング・ワン)に就職が決まり、有野が保証人になり埼玉から上京させたのであった。
 古い小さなアパートであったが、圭太には、ちょうどいい広さであった。それに、一国一城の主でることに自信と誇りを持っていたのであった。
 圭太は、外階段を上り、自分の部屋の前に立った。
 ガチャガチャ
 暗がりで思うように鍵が鍵穴に入らない。
 鍵を開けて、圭太は中に入った。
 電気をつけた。朝の状態から一ミリも物が動いていない。いつものことだが、今日はやけにそう思っていた。母・佳代子からのメールでホームシックになっていたのであった。
 ゆっくりと腰を下ろし、携帯を開いた。
『圭太、元気にしてる? ちゃんとご飯食べてる?』決まりきった内容だが、妙に暖かく感じていた。
 添付された写真は【撮影助手 小久保圭太】の位置が真ん中に来た時に写したものだった。
「フフフフ」
 思わず、笑ってしまった。
 悪い仲間と付き合い親に反抗していたあの頃・・・・ほんの半年ほど前(二〇〇九年二月)。圭太は、その場で、ごろんと横になった。そして、ゆっくりと目を瞑った。

(圭太の回想)
 二〇〇九年二月四日
 新年を迎えて、もう一ヶ月が経ち、節分も昨日の話。暦の上では【立春】である。しかし、まだまだ気候は冬の様相を保っている。
そんな、静まり返った深夜に圭太の母・佳代子の怒鳴り声が響いた。
「こんな時間に、どこ行くの? 圭太!」
「うるせーんだよ、くそババア!」
 バタン!
 圭太は乱暴にドアを閉めた。
 キュルキュルキュル・・・・バリバリバリ・・・
 マフラーを改造した圭太のバイクが爆音を立てる。深夜なので、その音は近所中に響き渡った。
「よっしゃー」
 圭太はギアを入れアクセルを捻る。
 勢いよくバイクは走り出す。夜風がなんとも気持ちいい、さしずめ『俺は風になるぜ!』状態であった。圭太のアドレナリンはスピードに比例しながら、どんどん上昇していった。
 意味もなく交差点でエンジンをふかす・・・これも、今の圭太には優越感であった。ひたすら走りコンビニに寄った。
 圭太はバイクを止め、ヘルメットをミラーにかけ店内に入った。
 深夜のコンビニは客層が違う・・・いかれた連中の溜まり場であった。
 圭太は適当に物色した。コンビニは全ての物が売っている・・・実に合理的である。本を立ち読みし、整髪料や化粧品を見る・・・そして文具から食品へ見回した。まさに本屋から化粧品屋、文房具屋そして食品街を練り歩いた感じであった。
結局、トイレを借りて、コーラを買い、店を出た。
 バイクの前に、いかれた女たちが群がっていた。
「ねえーねえー彼氏―。これ彼氏のバイクーいかすねー乗せてよー」
 その中の一人が声をかけてきた。
「あん?」
「あー、結構イケメンじゃんー。どーデートしない?」
「間に合ってるよ!」
「なにーすかしてんの?」
「ってかよー、声をかける相手、間違えてるぜ! コンビニくん探しなら他に声かけな!」
 圭太は一瞥した。
「なんだよ、それ? コンビニくん?」
 圭太は、その女の髪を掴み言った。
「教えてやるよ! コンビニくんってのはよ! コンビニってよ、食べ物があり・・・日常生活品が揃い・・・書籍・情報誌が置いてあり・・・キャッシュディスペンサーがある。ようは、ご飯をおごってもらえて・・・欲しい物が手に入り・・・・お金を自由に引き出せ、しかも二十四時間体制なんだよ。そういう男しか興味がねえ、バカ女が! 邪魔だ! どけよ!」
 圭太は、女を突き飛ばし、バイクのエンジンをかけ走り去っていった。さすがの圭太も、バカ女を相手する程、落ちぶれてはいなかったのだ。
 圭太は近くの海に向かった。そこには友達が待っていたのだった。『十二時に海集合な!』これが合図だった。
 海に着くと、大きな明かりが見えた。
「ん? なんだ、ありゃ?」
 圭太は光に導かれるように近付いた。
「映画の撮影か・・・」
 圭太は、そのカメラマンに目がいった。
「あっ、家によく来るおっさんじゃねーかよ・・・」
 そこにはカメラマンの有野がいたのだった。格好いい、そう思った。圭太は、いつしか見とれてしまっていた。
「どうした? 圭太」
「ん?」
 圭太は我に返り振り向くと、友達連中が圭太に声をかけていたのだった。
「ああ、別に・・・」
「行こうぜ! ここで騒ぐと、あいつらがうるせーんだよ!」
 圭太が行こうとすると、光の中から声が聞こえた。
「おい!圭太じゃないか?」
「ん?」
 振り向くと、有野が圭太に声をかけていた。
「圭太、こっちへこいよ!」
「あん?」
 圭太は仲間に「今、行く!」と合図し、有野に近付いた。
「やっぱり圭太かー」
「なんだよ!」
「お前、まだ、あんな連中と付き合ってんのか?」
 有野は、圭太の仲間たちを見て言った。仲間たちもバイクにまたがり、遠方から有野を威嚇していた。
「大きなお世話だよ! ったく!」
「学校卒業したら、俺の会社で仕事しないか? お前、カメラ好きだっただろ?」
「・・・・うぜえなー」
 そう吐き捨てて、圭太は仲間たちのもとへ向かって歩き出した。
「いつでも連絡しろよ!」
 有野が、圭太の背中に声をかけた。

 来る日も来る日も圭太は、悪い仲間とつるんでいた。
「おい! ユージ! タバコがきれたよ、くれよ!」
「ああ」
 ユージはタバコを差し出した。圭太はタバコはやらない、そう決めていたが仲間との共通意識と誘惑に負けてしまったのだった。タバコにエロ本・・・絵に描いたような必須アイテムだった。
「なんか面白しれーこと、ねーかなー」
「あん?」
 毎回の会話である。元気?ああ元気だよ、というように、されとて意味のない会話である。ようは挨拶のようなものであった。
「今日よーあったまきてよー、あの物理のセンコーよー」
 圭太がタバコを乱暴に消し言った。
「なんかあったんか?」
 ユージも見ていたエロ本を置き、圭太の方を向いた。
「授業中によー、ちょっとバックれてトイレでタバコ吸って帰ってきたらよー。遅せーとか抜かしてよー、教室の後ろに立たせやがったんだよ!」
「んだ?それ?」
「それだけならいいんだけどよー。親にチクリやがったんだよ、素行が悪いとかぬかしやがった!」
「あったまくるなー、でもよー親なんか関係ねーじゃんなー。センコーはよー、親にチクレば大人しくなると思ってやがる!」
「ああ・・・」
 一瞬、圭太の顔が曇った・・・圭太は、親に反抗はしているが尊敬もしていたのだった。ユージの親に対する言動は、圭太は受付けなかった。
 コンコン
「ユージ、お茶・・・・」
 母親のようである。
「るっせーな」
 ユージはドアを開けると、お茶を乱暴に受け取り母親に言った。
「何時間経ってんだよ! 本当にうぜーな!」
 そう言い母親を突き飛ばした。母親は勢いよく壁にぶつかった。
「ご、ごめんなさい・・・」
 その時の母親の目に浮かんだ涙、そして悲しそうな顔・・・、圭太は見逃さなかった。
「いいから! いけよ!」
 そう言い、ユージはドアを閉めた。
「わりー、今頃持ってきやがった!」
 そう言い、圭太にお茶を一本渡した。
「ああ・・・サンキュウー」
 圭太の心は複雑だった。
『きっと、俺の母親も、あんな顔してんだろうな・・・』
 ふと、無意味につっぱてる自分が情けなくなった。
「どうした?」
 ふいに、ユージが声をかけた。
「ああ、いや・・・俺、用事思い出したから帰るわ」
「そうか? じゃーまた夜な」
「ああ・・・」
 そう言い、圭太は出ていった。
『本当に、こんなことしてちゃ駄目だ! もう止めよう! でも、一体これから何をすれば・・・』
 その時、有野の言った言葉を思い出した。
「俺の会社で仕事しないか? お前、カメラ好きだっただろ? いつでも連絡しろよ!」
 夕日が、綺麗に圭太を包んでいた。
「なんか、このところ汚いものばかり見ていたな!」

(現在に戻り)
「あれが、あって今があるんだなー」
 ふと、握っていた携帯を見た。
 アドレス帳から実家を探し、かけた。
「もしもし・・・ああ、俺」
「圭太かい?」
「ああ・・・」
「テレビ見たよ、立派になったね」
「そんなことねえよ・・・」
「いや、よかった・・・」
「へんなメールすんなよ・・・ったく」
「嬉しかったんだから、いいじゃない。で、ちゃんと、ご飯は食べてるの?」
「ああ・・・それより・・・おふくろも・・・おやじも元気か?」
 圭太は、おふくろとか、おやじと言っている自分がちょっと照れくさかった。しかし、自然に声に出ていたのだった。
「父さんも私も元気だよ。大丈夫」
「ああ・・・じゃあ・・・またな」
「時間が出来たら、いつでも帰ってきなよ」
「ああ・・・」
 そう言い電話を切った。
「ったくよー。アハハハハ」
 圭太は思わず笑ってしまった。タバコを吸おうと、ポケットをまさぐった・・・ポケットには、タバコの空箱とライターが入っていた。
「ありゃ? 空っぽか・・・。仕方ない、買いに行くか・・・」
 
 圭太は、三百円とタスポのカードを持って近所にあるタバコの自動販売機に向かった。目標の自動販売機が見えてきた。その近くで、高校生がタムロしていた。圭太は懐かしい、というより面倒くさいという感情の方が強かった。こういう奴らは意味なく絡んでくる・・・。圭太は過去の自分とオーバーラップさせていた。
 圭太は、タバコを買い、その場を離れようとした時・・・。
「おい、痛てえな!」
 案の定、難癖をつけてきた。
「あん? なんだ?」
「なんだ?じゃねーよ! 足、踏まれたんだよ!」
「ん? 足? そっか、ごめんな!」
 圭太は、トラブルは避けよう、その一心で身に覚えはないが謝った。さっさと立ち去ろうとした瞬間、圭太は肩を掴まれた。
「待てよ! てめー」
 一瞬にして、圭太は周りを固められていた。
 容赦なく、蹴りやパンチが圭太を襲ってきた。圭太は倒れこんだ。
「んだよ! 弱えーなー」
 一人が叫んだ。倒れていた圭太の闘争心に火が着き始めていた。
 圭太は、睨みつけながら
「おい! てめえら・・・」
「なんだ? なだやる気か?」
 その時、圭太の頭の中に、母・佳代子からの添付メールがよぎった。そして、電話の向こうの母・佳代子の喜んだ声・・・。
『おふくろ・・・』
 そう思った瞬間、圭太の腹部に激痛が走った。相手のパンチが圭太の腹部に当たっていたのだった。
 ゆっくりと倒れこんだ圭太に、またしても集団で襲いかかってきた。
 一方的に殴られながら圭太は心の中で叫んだ。
『俺はもう、昔の俺じゃないんだ!』
 その時
「おい! 何やってるんだ!」
 自転車に乗った警官が叫びながら近付いてきた。
「やべ! 逃げろ!」
 蜘蛛の子を散らすように不良たちは逃げて行った。
「大丈夫か?」
 圭太は警官に抱き起こされた。
「大丈夫です!」
 そう言うと、圭太は帰路についた。
 圭太は思った、俺はもう昔の俺じゃない!

(その頃、圭太の実家では)
 電話を切り、居間に母・佳代子が戻ってきた。
「どうだった? 元気にしてるみたいだったか?」
 父・洋介が声をかけた。
「ええ、とっても! あの子・・・親父は元気か?って・・・・」
「親父か・・・」
 父・洋介が一番聞きたかった言葉で、二人とも感極まっていたのだった。
 荒れていた高校時代・・・母・佳代子が何か言えば・・・、『うるせーんだよ、クソばばあ!』 父・洋介が注意をすれば・・・・『ふざけんじゃねーよ、ジジイ!』
 すべてが、今となれば懐かしい思い出であった。
「あの子が・・・・」
 父・洋介と母・佳代子の視線の先には、【撮影助手・小久保圭太のクレジットの写メ】がプリントされて飾ってあった。
「お父さん・・・圭太も、立派になったんですね!」
 小久保圭太にとってエンドクレジットは【過去の自分との決別のチケット(切符)】でもあった。

 【まんぷく蟹】を出た、柴崎と水野は近くのスナックにいた。小洒落た店内は、座席が六つのカウンターのみで、ママさん一人でやっているようであった。壁はワイレッドで、四つ切サイズのモノトーンの写真が三枚ほど飾ってあった。
 ママさんが、柴崎のグラスが空いているのに気がつき、声をかけた。
「柴崎さん、何か飲まれますか?」
 ママは、色気はあるが、いやらしい下品な色気ではなく、上品な色気を持った女性だった。
「ああ、ハーパーのロックを・・・」
「お嬢さんは?」
「お嬢さんなんてー、ねーお父さん?」
「バカ、調子にのるな! これは会社の部下です」
 柴崎は、水野を軽く小突き、ママに言った。
「これ扱いですかー、ママさん、シンガポールスリングー」
「はい、シンガポールスリングですね」
 ママは手際よく、氷を丸くアイスピックで作るとロックグラスに入れハーパーを注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう。そういえば、またニューヨーク行ったの? 三ヶ月前と写真が変わったから」
 柴崎は店内のモノトーンの写真を見て言った。
「そうなんですよ。先月フラっと」
 水野が話に割って入ってきた。
「なーんか、ほったらかしだしーママといい雰囲気なんですけどー」
「違うわよ、この写真のこと聞かれたから」
「ん? んー綺麗ですね・・・これどこですか?」
「ニューヨークですよ。これがブルックリン橋で、あっちがセントラルパーク、その向こうがロックフェラーセンター」
「あー、見たことありますー」
 柴崎が水野に言った。
「この店に飾ってある写真は、みんなママさんが撮ったものだよ」
「えー、えー凄いー」
 ママはシェイカーを軽快に振りながら言った。
「そんなことないですよ・・・はい、シンガポールスリング」
 水野の前に綺麗な赤い色をしたシンガポールスリングが置かれた。グラスの中にはオレンジがカットされてグラスの淵に置かれており、小さな傘が刺さっていた。
「うわー、綺麗―」
「シンガポールスリングは、シンガポールのラッフルズホテルにあるロングバーというバーが発祥で・・・そのバーでは落花生がおつまみで出るんですけど・・・殻入れがないの・・・落花生食べて、殻は床に捨てちゃっていいのよ。なんでだか分かる?」
「えー、ゴミだらけになっちゃうじゃないですかー」
「んー確かにね・・・私も最初は戸惑ったわよ。でも、謎が解けたの・・・」
「なんでー?」
「床が落花生の殻だらけだと、どうなると思う・・・トイレとかで席を立つと?」
「あー、分かった! バリバリ音がするー、農場にいるみたいに!」
「そう、その通りよ」
「ヘヘヘヘ、一応プロデューサーですから・・・」
「調子に乗るな」
 そう言い、柴崎は、また水野の頭を小突いた。
「いでっ」
「アハハハハ、ごゆっくりどうぞ」
 そう言い、ママは少しだけカウンターから離れた。
「そーいえば、お前、なんか企画は考えているのか?」
「もーバッチリですー、って言いたいのですがー。ネタはあっても文章がまとまらなくて・・・」
「あのな、それを企画書にまとめるのが、俺たちの仕事だろ!」
「そうなんですけどー」
「全ての人が感銘を受けるのは、欲しかないんだよ! 【三大欲】知ってるよな! 食欲・物欲・性欲、これしかないんだよな!」
「確かに、そうですよね。書いたら見てくださいね」
「ああ、もちろんだよ! 次の企画は、お前のでいくか?」
「やったー! 本当ですかー」
「バカ、良ければの話だ!」
「キャハハハハ、そりゃそうですよねー」
「ったく・・・」
 気がつくと、もう十一時を回っていた。
「おっと、もうこんな時間だ! 帰るぞ!」
「えーもう?」
「そうだ! 俺は家が遠いんだ」
「わかってます、わかってます」
 柴崎はチェックをし、店を出た。
「ママさん、ご馳走さまでしたー、また来まーす」
 水野も、そう言い出ていった。
 外に出ると、柴崎たちは新宿駅に急いだ。
「明日、局の玄関に一〇時四十五分な!」
「わかりました! あっ柴崎さん急がないと・・・私は地下鉄ですから」
「そうか、じゃあな、お疲れ」
 柴崎は、そう言うと足早にJRの改札を入っていった。
「お疲れ様でしたー」
 水野も地下鉄の改札に向かった。

 翌日、柴崎は激しい二日酔いにみまわれていた。
「アイタタタ・・・参ったなー二日酔いだ・・・。もう歳かな・・・」
 満員の通勤電車に揺られ思っていた。吊革を持つ手が非常に重い・・・意味不明に揺られる車内も、今日は非常に辛い。
 シャッカシャッカ・・・
 隣の若い女性から漏れる音楽もまた、一層耳障りだ!
うるさい!そう言いたかった・・・。しかし、素直に納得してくれればいいが・・・満員電車の中で大音量で聞いているような女だ! 素直に納得せず、あーだこーだ議論を交わすことの方が面倒だったので言わずに我慢した。
『こんな感じで、みんな泣き寝入りしてるんだろうなー』
 柴崎は、小さく溜息をついた。
今日は局に直行なので、中目黒で乗り換えではなく、終点の渋谷までだった。
『今日は・・・二駅も先かー』
 そんな小さな事も、今の柴崎には重大なことのように感じられ、一層頭痛が襲ってきた。
「アタタタタ・・・」
 やっとのことで渋谷に到着した電車は、一気に乗客を勢いよく吐き出した。まるで【ところてん】を押し出したかのように・・・。二日酔いの柴崎は、ただただ流れに任せてホームに出た。
「ふー、ここからは銀座線だから・・・座っていけるな・・・」
 まっすぐ東横線の改札を抜けると、人の流れは、銀座線、JRそして駅外にでる人に綺麗に分かれる。柴崎は銀座線に向かった。ひとつ電車を見送り、次の電車に座っていった。
『相変わらず混むなーこの電車』
 そう思いながら目を閉じた。
 車内の人が大きく入れ替わった気配を感じ目を開けると、赤坂見附だった。まだ新橋まで一眠りできる、そう思った。

 新橋駅に着き、地下街を歩いて地上に出た。太陽が燦々と輝いていた。柴崎がテレビ局に着くと、もう水野は来ていた。
「あっ、柴崎さん! おはようございます」
「ああ、おはよう」
「昨日は、ご馳走様でした。帰れました?」
「ああ」
 柴崎は二日酔いが、まだ抜けずにいたので生返事をした。
「あー、また座れなかったんですね!」
 水野は柴崎の生返事が座れなかった不機嫌に映ったのだった。
「ん? バカ座れたよ! ったくワンパターンだな! アタタタタッ」
「ん・・・ん? あー二日酔いですか。キャハハハハ」
「・・・・・」
 電車の中での、うるさい音楽よりコイツの方が喧しいな、そう思った。
「さて、行くぞ!」
 柴崎はエレベーターへ歩き出した。
「はい! あっ、待ってくださいよー」
 水野も続いた。
 柴崎たちは、エレベーターに乗り七階へ上がった。今日は、新しい企画【最後の贈り物】の打合せであった。最低でも二時間はかかる打合せで、長いと計り知れない時間になることもあった。覚悟はしていたものの、今日の柴崎には更に頭の痛いことであった。
「今日の打合せはサックリいくといいですね?」
「そうだな!」
 水野は柴崎の顔を覗き込みニタッと笑い言った。
「二日酔いですしね」
「このっ!」
 柴崎は、いつものように水野の頭を軽く叩いた。
「いでっ」
 その瞬間、柴崎にも激痛が走った。
「アタタタタ・・・」
「キャハハハハ。本当に頭、痛いんですね! キャハハハハ」
「ハハハハハ・・・・」
 ピーン
 エレベーターは七階に着いた。
 柴崎は頭痛が増し、打合せに向かうこととなった。
「大丈夫ですよ!」
「何がだ?」
「大きな声出すと、頭に響きますよね・・・ちゃんと通訳しますから!」
 柴崎は無言で水野の頭を軽く叩いた。
「いでっ」
「行くぞ!」
「はいっ!」
 柴崎たちは会議室へ入っていった。

 会議室にはテーブルが四つ合わせて並べてあり、八人座れるようになっていた。ペットボトルのお茶が六本並べられており局のアシスタントプロデューサー・熊田と脚本家・間篠、監督・斉藤がすでに座っていた。
「おはようございます」
 柴崎たちは全体に挨拶すると席についた。
「それでは、【最後の贈り物】の本の打合せを始めますか・・・」
 局のプロデューサー・谷澤が声を発しながら、入ってきた。
「おはようございます。よろしくお願いいたします」
 谷澤は挨拶をすると、進行をアシスタントの熊田に任せた。
「まず、シーン1(#1)から参ります・・・・」
 特に問題もなく、初稿にしては良い出来だったので、打合せはスムーズに運んでいった。
『良かった、今日はスムーズに終わるな!』
 柴崎は、心の中で、そう思っていると、水野は、柴崎に囁いた。
「いいペースですね」
「・・・・・」
 柴崎は、心の中を見透かされたと思い、一瞬ドキッとしたが、平静を装った。
「続いて、シーン40(#40)にいきます」
 すると、局のプロデューサー・谷澤が口を開いた。
「ここなんですが・・・・八重子を豊が殺しますよね。トリックが、マズイんですよね・・・。口紅に毒を仕掛けての、毒殺ですよね・・・・。スポンサーさんに化粧品会社が入っておりまして・・・・」
「と言いますと、化粧品に毒は駄目ということですね?」
 脚本家・間篠が言った。
「そうなんです。何かに代替できればいいんですが・・・」
 まさに暗礁に乗り上げた感じになってしまっていた。
 一分・・・二分・・・五分・・・一〇分・・・二〇分。時間は無常にも過ぎていった。気が付けば、三〇分も経っていたのだった。
 時刻も、もう一時を回っていた。

 コンコン
 会議室のドアが開き、お弁当屋さんの青年が弁当を運んできた。
「ご苦労様! この辺りに置いておいてください」
 谷澤は、そう言うと、お弁当屋の青年にお金を払った。
「毎度ありがとうございます!」
 そう言い、青年は出て行った。
「時間も時間ですから、食事を入れましょう」
 谷澤は、熊田に弁当を配るよう指示した。
 熊田の手により弁当が配られ、食べ始めた。
 弁当を開かない柴崎に、水野が耳打ちした。
「大丈夫ですよ・・・純和風な弁当ですよ。二日酔い知っていたかのようですね?」
「・・・・・」
 柴崎は、ゆっくりと蓋を開け、食べ始めた。
 
 弁当も食べ終わり、熊田は、十五分後に再開する旨を皆に告げた。
 水野はトイレに、柴崎は喫煙コーナーへ、それぞれ向かった。

 喫煙コーナーに着くと、柴崎はゆっくりとタバコを吸った。いまでは社内は、どこも禁煙になってしまっていて、喫煙族は、この様な隅っこに追いやられていた。
『いずれ、どこも吸えなくなるんだろうなー』
 柴崎はタバコを吸い終わり、喫煙コーナーを離れ、これから長引くであろう会議室に入っていった。
 
 三時間後の、夕方五時・・・。
長かった打合せも終わり、柴崎たちは、ロビーに下りてきた。
「お疲れ!」
「あっ、お疲れ様でした!」
「今日はこれでバレよう・・・やはり限界だ!」
「そうですね・・・かなりキツそうでしたね」
「ん? ん? なんか変な返しだな」
「そうですか?心配してるんですよ!」
「そうか・・・すまん」
 水野が意味ありげに見て言った。
「あのー」
「なんだ?」
「今日・・・佐智子ちゃんと食事に行くんですー」
「佐智子ちゃん? 誰だ?」
「メイクの大石佐智子さんですよー」
「ああ・・・今回、大変だったもんな、よろしく伝えてな! じゃあな!」
「いや・・・そのー」
 行こうとする柴崎を制した。
「なんだ?」
「そのー、給与日前で・・・私のお財布が悲鳴を上げていて・・・」
「わかった!」
 そう言い、柴崎は財布から一万を抜くと、水野に手渡した。
「ありがとうございます。感謝、感謝」
 目を輝かせ、柴崎にお礼を言うと、柴崎が言った。
「バカ、貸すだけだ!」
「あー、はい・・・お疲れ様でした。給与出たら返しますね」
「んー、そんなに急がなくていいぞ・・・期限はないから、いつか返してくれればいいよ!」
 さらに独り言のように付け加えた。
「俺が忘れる前に返せよ・・・近頃、すぐ忘れちゃうんだよな・・・。じゃ、よろしく頼んだぞ」
 素直に『奢ってやる!』が言えなかった柴崎であった。
「はい! ありがとうございます!」
 水野は深々とお礼を言った。柴崎も背中を向けたまま、じゃあ、と手を上げた。

 テレビ局を出た柴崎は、立ち止まり財布を出し、中を覗いた。
「ふー・・・ハハハハ・・・」
 財布の中には、野口英世が一枚微笑んでいた。
「やはり、君だけだよね・・・この財布にいるのは・・・」
 柴崎は、いそいそと駅に急いだ。
『参ったな・・・財布が淋しいのは、こっちだった・・・。まあ、いっか!』
 
 水野は、渋谷に急いだ。渋谷駅を出て、スクランブル交差点を渡りセンター街に入った。さまざまな若者向けの店舗を左右にみながら歩いた。賑やかな左右の店舗が切れた、ちょっと落ち着いた辺りに目標の店はあった。古風な和風な造りで、入口を入ると囲炉裏があり各部屋が個室になっていた。
「予約した水野ですが・・・」
 従業員に告げた。
「はい。お連れ様は、もうお待ちになっております」
 水野は、従業員に促がされ部屋に通された。
「久しぶりー。佐智子ちゃん元気だった?」
「おはようございます」
 水野は佐智子の向かい側に座った。古風な造りだけに、部屋は掘りごたつになっていた。
「あら、佐智子さん、何も頼んでなかったの?」
 水野は、呼び出しボタンを鳴らし、従業員を呼び、ビールと軽くツマミを頼んだ。
「適当に頼んだけど、良かった?」
「はい! 大丈夫です」
「で、今は何をしてるの?」
「ええ、バラエティーで、芸人さんを作ってます」
「そう、バラエティーは大変よね。私はドラマしかやったことないけど・・・」
「また、ドラマ呼んでくださいよー」
「そうね、ぜひー」
 そんな会話をしていると、従業員がビール、刺身、から揚げ、ポテトサラダを持ってきた。
「さー、かんぱーい」
「かんぱーい」
 水野と佐智子がジョッキを合わせた。
「佐智子ちゃん、今―恋人は?」
「ええ、お付き合いしている人はいます・・・」
「いいなー。私なんか全然・・・誰かいないかなー」
「えー、水野さん・・・仕事できるし・・・綺麗だし・・・私なんか憧れちゃいますよ」
「そうかしら・・・あーでも恋したいなー。で、どこで出会ったの?」
「ええ・・・現場で・・・半年前に・・・」
「へー、そうなんだー」

(佐智子の回想)
 半年前・・・・二〇〇九年二月。
 それは、佐智子が国際テレビの作品を担当した時だった。キャリア五年の佐智子であったが、バラエティー中心でドラマは二作品目だった。
 佐智子は、今回のドラマのスタッフ打合せで新宿の国際テレビの事務所に向かった。
「おはようございます、メイクの大石です。よろしくお願い致します」
「おはよう!」
 爽やかな笑顔で挨拶を返したのが、プロデューサーの佐伯だった。なんとなくホッとする・・・佐智子はそう思った。
 実際、打合せ時も佐伯は細かく教えてくれていた。
「バラエティーとドラマの仕事は、同じ撮影でも違うから、戸惑いないですか?」
 佐伯は、いつも気にかけてくれていたのだった。
「今度、食事に行こうか?」
 佐智子も、快諾したのだった。

 一週間くらいして、佐伯と佐智子は新宿の居酒屋のカウンターにいた。
「おつかれー」
 佐伯は、佐智子にジョッキを合わせた。
「あっ、はい」
 佐智子もジョッキを合わせた。
「今週末にクランクインだねー。よろしくー」
「はい! がんばります!」
 佐伯は、手馴れたように数品を注文した。佐伯と佐智子は箸を伸ばしながら、話が弾んでいった。
「俺も、実際―ピンでプロデューサーやるの初めてだから・・・」
「そうなんですか?」
「そうそう、だから同じだよー」
「えー、知らなかったですー」
「誰だって最初はあるんだから、どんな有名カメラマンだってデビューはあるんだよー」
「そうですね」
「俺も、アシスタント時代に、いろいろ外部の人に教わったからね」
 リラックスしたのか、お酒も進んでいった。
「そういえば・・・佐智子ちゃんは彼氏いるの?」
 佐伯も、呼び方が大石さんから佐智子ちゃんに変わっていた。
「いえ・・・いません」
「そっかー、じゃあ立候補しようかな?」
「えっ?」
「駄目かな?」
「いえ、駄目じゃないです」
 佐智子は、少し照れたように言った。
「やったー。じゃー改めてかんぱーい」
 佐伯は、ジョッキを空け、新しいジョッキで乾杯した。
「なんか、凄く思い出深いプロデューサーデビューになったなー」
「はい」
 佐伯は、さらに続けた。
「昔の彼女が凄い束縛する人でね・・・おれ、それが重荷になって別れちゃったんだ・・・。束縛する人って、本心じゃ信用してないってことだからね・・・。佐智子ちゃんは束縛派? 信用派?」
「どっちかというと信用派かなー」
「よかった。うまくいくね俺たち!」
 いつの間にか、佐伯と佐智子の距離は近くなっていた。

 関係が深まった頃、なかなか仕事が重なり会えなくなっていた。しかし佐智子は、会えなくてもメールで繫がっている満足感があった。
佐智子は、佐伯が何をしているのか心配になりメールをしてみた。
『忙しいの? 今日はもう、お仕事終わったかな?』
 佐智子は、家でテレビを見ながら携帯ばかり気にしていた。毎週楽しみにしていたドラマも、ほとんど頭に入らなくなっていた。
 気が付くと、携帯を開き、メールを問い合わせしていた。
『新着メールはありません』
 この文字を何度見たことだろう。
『もう寝ちゃったかな?』
 佐智子は、もう一度メールを送信した。

 その頃、佐伯は大学の同級生の女の子と飲みに行っていた。
「携帯鳴ってるよー、大丈夫?」
 佐伯は、仕方なく携帯を開いたが、すぐに閉じた。
「大丈夫、大丈夫。さあ飲もうー」
 そう言い、佐伯は飲み始めた。
 すると、また佐伯の携帯がバイブした。
「本当に、大丈夫?」
「ったく、面倒だよなー。ちょっと返信していい?」
 そう言い、佐伯は佐智子に返信した。
『今日は、疲れたよー。また明日頑張ってね』
『うん、もう家に帰ってるの?』
 佐伯は、隣の彼女を気にしながらメールを続けた。
『そうだよ! 結局、信頼してないんだよね』
 そう返して、佐伯は携帯の電源を切った。
「さー業務終了―。ゆっくり飲もうー」
 そう言い佐伯は、隣の彼女を自分の方に抱き寄せた。
『そんなんじゃないよー』この佐智子のメールを佐伯が見たのは翌朝だった。

(現在に戻り)
「私、おかしいですかね? 束縛してますかね?」
 佐智子は、しみじみと言った。
「えー、なにそれ? そんな芸人の妻は我慢しろ、浮気も芸を磨くもの、みたいな身勝手な理屈! 頭きちゃうわね!」
 水野は一気にビールを飲み干した。
「・・・・・」
「好きなら何をしているか気になるの当たり前じゃん!」
「うん・・・・・」
 佐智子は小さく頷いた。
「誰そいつ? 業界の人?」
「うん・・・」
「誰よ?」
 佐智子は躊躇した挙句、話した。
「国際テレビの佐伯さん・・・」
「えっ、佐伯? あの佐伯?」
 水野は驚いた、というより怒りがこみ上げてきていた。
「どうしたのですか?」
「やめときなよ! あいつ、ろくでもない奴だよ! 女ったらしで有名だよ」
「えっ・・・」
「業界狭いんだから・・・。佐智子ちゃんの価値も下げるわよ」
「でも・・・」
「ある意味、病気なんだよ、あいつ。浮気も運命って思う奴でさ、自分を好いてくれる女性はみんなウェルカムなんだよ!」
 水野は、佐智子のことを思い言った。
「・・・・・」
 佐智子は黙って俯いていた。
「だったら今、メールしてみなよ! 確か今日は私の友達の女性マネージャーと飲みに行ってるはずよ! それに・・・・」
 水野が、そう言いかけていると、水野の携帯にメールが受信した。水野は、メールを確認すると、佐智子に見せた。
『優子、ヘルプ、ミー。やはり、お助けコールしてー。佐伯さん、ベタベタしてくるのよー。約束通り一〇時にーお助けコール、お願いね』
「ねっ、言ったでしょ! 今日、その女性マネージャーの友達から電話があって、『佐伯に、しつこく誘われてるんだけど、もう五回も断ってるから・・・。ほら佐伯って公私混同っていうか・・・私のとこみたいな弱小プロダクションは弱いのよねー。万が一の時はメールするから、お助けコールお願い!』って、頼まれてたのよ!」
「佐伯にメールしてごらん、分かるから!」
 佐智子は暫く躊躇していたが、佐伯にメールをした。
『ご飯食べた?』
 佐智子は水野に佐伯にメールを送ったことを伝えた。水野は、不安になっている佐智子を落ち着かせるように言った。
「返事がくれば分かるわよ。私の言うことが正しいかどうか」
 水野は佐智子のグラスにビールを注いだ。
「さあ、飲んで、食べてー」
「あっ、はい・・」
 水野と佐智子は料理に箸を伸ばした。
「そういえば、今回のメイク大変だったね! 主役の過去で一〇年前が出てきてー」
「はい・・・あっ、いいえ・・・」
「いいのよ、うるさい女優だったからねー。私も、柴崎さんもちょっとドキドキしたわ」
「そうですよね」
「でも、完璧だった」
「ありがとうございます!」
 佐智子に笑顔が戻った。
「本当に、ありがとう。佐智子ちゃんがクランクインの前にメイクテストしましょう、って言ってくれたから。柴崎さんも感謝してましたよ」
「本当ですか? 嬉しいです」
「本当、本当、ありがとう。かんぱーい」
 水野は佐智子のグラスに自分のグラスを合わせた。
「アハハハハ」
「アハハハハ、でも本当に楽しかったです」
「あー、そのセリフ、柴崎さんに聞かせたかったなー」
「アハハハハ」
 しばらくするとテーブルの上に置いてあった佐智子の携帯がバイブした。水野がいち早く佐智子の携帯を見た。佐智子は、ゆっくり携帯を開いた。
「佐伯さんからです・・・」
「なんて?」
 佐智子はメールを目で追った。
『食べたよ。明日早いから早めに寝るよ』
 佐智子の表情が曇った。そして、水野が話かけた。
「あいつなんだって?」
「家だそうです・・・・」
「ねっ、だらしない欲望の塊よ!」
 水野はビールを飲みながら言った。
「でも・・・」
「あのね! あいつは、一人を守るような一途なタイプじゃないのよ! 好きだけじゃ駄目よ!」
「・・・・・」
「佐智子ちゃんのような一途なタイプとは種類が違うのよ! 都合のいい女になっちゃ駄目よ!」
「・・・・・」
 佐智子は、黙って俯いていた。
「仮に佐智子ちゃんが離れても、それでいいって女が寄っていくんだから!」
 水野は、佐智子を諭すように言った。佐智子も、意を決したように口を開いた。
「はい! 適当に距離をおいて別れます」
 佐智子もビールを口にふくんだ。佐伯との決別を決心したかのように。
「大丈夫よ。佐智子ちゃん素敵だから、きっといい人あらわれるわよ」
 そうこうしていると佐智子の携帯にまたメールが届いた。
「また、あいつ?」
「いえ・・・田舎の同級生の男の子です・・・。こないだテレビ見ていたら、私の名前を見つけたって・・・凄いねって・・・」
「わっ、なんか運命的―。その人好きじゃないの?」
「いえ・・・昔・・・告白されたんですけど・・・。佐伯さんと付き合ってたし・・・」
 佐智子は笑顔で、同級生(晃一)にメールを返信した。
『ありがとう。晃一さん』
『今度、よかったらご飯食べようよ』
『うん!』
佐智子に、新しい恋の予感が訪れようとしていた。
大石佐智子にとってエンドクレジットが【運命の人と巡り合うチケット(切符)】になっていたのだった。

 佐智子と別れ帰宅した水野は思わず声を上げた。
「あっ!」
 撮影助手の小久保くんの話・・・・お母さんの写メ、さっきの佐智子ちゃんの話・・・・同級生のメール・・・・。
「そうか!」
 水野は気が付いた・・・・。
 先日の、MA後の柴崎との会話を思い出していた。

(水野の回想)
七月十七日【あなたを忘れない】本編後
「柴崎さん、毎回尊敬しますよー。必ず助手さんの助手さんまで名前を載せてあげますよね」
「んー、考え方は、いろいろだし、正解なんてないからな。俺は、苦節一〇年なんて考えはないからな! だから、さっき助監督の見習いの娘も入れたんだよ」
「そうですね!」
「それにな・・・・エンドクレジットって、このドラマの中だけで意味のあることじゃなくて・・・・違うドラマを演出してくれるんだよ!」
「違うドラマって?」
「いずれ分かるさ!」

(現実に戻り)
 水野は、【違うドラマ】の意味を深く理解した。
「わかった! そうだったんだ!」

 二〇〇九年九月四日(【あなたを忘れない】放送前日)
 一ヶ月の月日が経ち、柴崎は台本が出来上がるのを待っていた。
「まいどー柴崎さん、台本お持ちいたしました」
 先日から打合せをしていた準備稿(台本の第一稿)が刷り上ってきた。
「おー、ありがとう」
 柴崎は、お礼を言った。それと同じタイミング素早く水野が対応していた。
 水野は、受取りのサインをして自分のデスクに八〇冊の台本を置いた。そして一冊抜き取り柴崎のデスクに向かった。
「柴崎さん、出来ました」
「ありがとう」
「準備スタッフには送っておきますね」
「そうだな」
 柴崎は、受取った台本を見た。
 表紙には、【最後の贈り物】としっかり書いてあった。
 一通り台本に目を通した柴崎は、喫煙コーナーに向かった。
「ふー」
 思いっきりタバコの煙を吐いた。タバコは身体に悪いとか、間接喫煙が、などと騒ぎ出しタバコ族は、こんな狭い空間に追いやられている現状がここにある。正直、目が痛い・・・でも吸う人間はここに集まる。今日は時間が早いせいか柴崎だけだった。
 そこに水野がやってきた。
「あー、やっぱりここだー」
「なんだ?」
「しかし、よくこんな環境でもタバコ吸いますねー」
「仕方ないだろ! 社内は禁煙なんだから!」
「ですけど、狭いし、目はシバシバするし」
「あのな・・・お前たち嫌煙族が我々小市民をここに追いやったんだろうが!」
「小市民? 小市民・・・あっ、そうかー、タバコをやめられない?小市民?」
「あのな」
「でも、身体に良くないですよー。データもしっかり出てるんですよ」
「そりゃーそうだが・・・・」
「まー禁煙とまでは言いませんがー減煙で」
「んー」
「だってそうじゃないですかー。飛行機乗ったら吸いませんよね。映画館入ったら吸いませんよね」
「そりゃそうだ!」
「じゃあ最低二時間・・・ニューヨークとか行ったら、十八時間は吸わないでいられるんですからー」
「そ、そうだな」
 今日は、水野がちょっと優位に立ったような感じになっていた。
「で、なんだ? 用事は?」
「そうでした、いよいよ明日放送ですね【あなたを忘れない】」
「そうだな。いよいよか」
「そうです、それを言いに来たんです」
「うん、ありがとう」
 水野は、自分の髪の匂いをかぎ言った。
「あのー、髪の毛が凄いタバコ臭くなっちゃったんですけどー。シャンプー代―」
「このっ、調子にのるな! 我々か弱いタバコ族はこんな狭い部屋に押し込められているんだぞ・・・はいはい、仕事に戻った! アハハハハ」
 柴崎を水野の背中を笑いながら押し、喫煙コーナーから追い出した。
「なんか違うなー」
 そう思いながらも水野は去って行った。
 柴崎は、もう一本タバコに火をつけた。
『いよいよ明日放送か・・・』
 柴崎は、物思いに耽りタバコをふかした。

 二〇〇九年九月七日(【あなたを忘れない】放送後)
 土曜日放送だったので、視聴率は今日発表された。
【18・4%】
 このところ視聴率が低迷していたので、なかなかの数字であった。
『良かったー』
 柴崎は、ホッと胸を撫で下ろした。
「よかったですね」
 水野が、満面の笑みで声をかけた。
「ああ、よかった。正直、ホッとしたよ」
 柴崎は、少し照れくさそうに言った。
「そうですよね! 出来が凄く良くても駄目だったり・・・本が凄くよくても取れない場合がありますからね・・・本当に視聴率はわかりません」
「でも、我々はそれをクリアしなくてはプロじゃないんだよ」
「そうですよね・・・頑張ります!」
 少し考え込んだ水野を見て、柴崎が言った。
「おい! 考え込む前に、台本読んだか?」
 水野は我に返り
「あっ、はい! この前、案件になっていた『八重子を豊が殺すトリック』が・・・口紅から、タバコに変わっていましたが・・・。八重子とタバコがマッチしなくて・・・」
「そうなんだよなー。俺もそこが引っかかったんだ! なんか全体がボヤけたような・・・。次の打合せまでに、何か打開案を考えよう」
「そうですね! 私も考えます!」
 そう言い、水野は去って行った。その後姿を柴崎は暖かく見送った。
『あいつ、どんどん成長してるなー』

 二〇〇九年九月九日
 東洋企画・柴崎宛に一通の手紙が届いた。
 柴崎は封筒を手に取り、裏を見た。
「山梨 恵? どうしたんだろう? そういえば、試写に来てなかったな・・・」
 柴崎は、丁寧に封を切って手紙を読んだ。



        柴崎祐樹 さま

     先日は、助監督として大変、お世話になりました。
     クレジットに名前が載るなんて考えもしませんでした。本
当に有難うございました。
     小さな頃から身体が弱かったんです。父が、早くで亡くな
り女手一つで育ててくれた母。中学生のころ、テレビドラマ
で助監督さんの物語をやっていて、『私も、助監督さんにな
りたい!』と言う私に、母も、『そうね、頑張ってね!』と
笑って話したのを思い出しました。
     私の身体が良くなるにつれて、母が病に臥せる日が続くよ
うになりました。
母が、私の病気を持っていったのでしょうか? 
     たぶん、働きながら、私を病院に・・・の生活が、母の身
   体をむしばんでしまったのだと思います。 【あなたを忘れ
ない】のオンエアも病室で二人で見ました。普段は眠ってい
る母も、この日はしっかり起きて見ていました。
     そんな母が、一瞬元気になったのです。
最後のクレジットで私の名前を見つけて・・・・凄く元気にな
ったんです。
     目を輝かせて、言ったんです。
『凄いね、恵。おめでとう!』って・・・。
     でも、もう母を一人にして助監督が出来なくなってしまい
ました。
     本当にありがとうございました。
 
                          山梨 恵



「そうか・・・・そんなことがあったのか・・・・」
 柴崎は、ゆっくりと手紙を鞄に入れ、一つ小さく溜息をついた。
 じっと見ていた水野が声をかけた。
「あー、溜息―。手紙読んで溜息なんて尋常じゃないですねー。誰からですか?」
 水野が少しからかい口調で言った。
「うるさい・・・なんでもない・・・」
 いつもの、『このっ!』がない分、心配になった水野は聞き直した。
「柴崎さん、何かあったのですか? 若輩ですが・・・何か役に立てれば・・・」
「ああ・・・大丈夫だ! ありがとう」
 柴崎の元気のない返事に、ますます気になったが、水野は自分のデスクに戻っていった。
「確か・・・この娘は、鶴見じゃあなかったかな?」
 柴崎はスタッフ表でスタッフの住所をだいたい覚えていたのだった。柴崎は、封筒の裏を見た。
「神奈川県横浜市鶴見区・・・・」
 柴崎は、インターネットの地図で調べた・・・。だいたい、このあたりかな? 最寄駅は、京浜急行線の鶴見市場だった。

 翌日、柴崎は、打合せが終わり品川にいた。
 ふと、頭に、山梨 恵の顔がよぎった。
「鶴見市場だから・・・ここからだと一本だな・・・・」
 京浜急行線の品川駅に入り、ホームで電車を待った。ここからは始発駅なので、ゆっくり座っていけるのであった。しかし、柴崎は、このところ全く座れていないのだった。電車が滑るように入ってきた。
「やっと来た・・・」
 ドアが開き、柴崎はゆっくりと車内に入り、座席に座った。一呼吸し眠りに付こうかと、ゆっくりと目を閉じた。
「ふー」
 柴崎は何かに視線を感じ、目を開けた。
「!」
 目の前には、お爺さん・・・。
『ん! ん? このシュチュエーション・・・なんでまた・・・自分の前に立つんだ?』
 先日は譲らずに酷い目にあった・・・。どうするものか・・・自問自答を繰り返した。またまた、満員でもなく微妙にただ席がないだけの車輌は、目の前には微妙な人数が立っているだけだった。
『これはまずい・・・。ある意味デジャブになっていた。今日こそは・・・』
 柴崎は、すっと立ち上がり、お爺さんに声をかけた。
「あっ・・・お爺さんどうぞ!」
 すると・・・なんと!
「結構です! そんなに年寄りではありません!」
 そう言い、お爺さんは別の車輌へ移ってしまった。
『なんと! なんと! これでは、ただの年寄り扱いして断られた奴ではないか・・・何も別の車両に移らなくても・・・・』
 無残に断られた座席は虚しく空いていた・・・また座るしかない柴崎は、ゆっくりと座った。
 車内は、また微妙な空気・・・・。
 今回は、善意のつもりが仇になる・・・無残に撃沈された奴・・・。
 目の前の乗客全てが笑っているような気がした。
目を瞑っても落ち着かない。
『あーあ、今日もまた眠れない・・・・。今日もついてない!』
 そうこうしている内に、電車は鶴見市場駅に着いた。

 鶴見市場駅を出ると、小さな商店街があった。
「ここは、まだ下町情緒があるなー」
 商店街には、豆腐屋や文房具屋、八百屋などがあった。
 いい匂いが柴崎を包んだ。
「ん?」
 見渡すと、肉屋があった。
「これが、いい匂いの犯人だな」
 柴崎は、肉屋のショーケースの中のコロッケを見つけた。
「すみません、コロッケ一つください」
 柴崎は、コロッケを買うと、また歩き出した。油紙に包まれたコロッケもまた懐かしい。
 柴崎は、コロッケを頬張りながら、恵に電話した。
 プルルループルルルー
『ただいま電話に出ることができません・・・・』
 柴崎は、留守電にメッセージを入れ、目の前の喫茶店で待つことにした。
 昔ながらの店構えで内装も落ち着いた感じだった。都内ではドトールなどリーズナブルな喫茶店が幅を利かせ、このような喫茶店は、もう見られなくなっていった、あっても一杯千円はするような喫茶店であった。
 ちょっと気難しい感じのマスターが一人・・・サイフォンと向かいあっている。
「いらっしゃい」
 柴崎は、窓際の席に座ると、やっとマスターがカウンターから出てきて水を持ってきた。
「何にします?」
「あ、ブレンドを・・・」
 なんとなくタイムスリップしたような感覚になる。柴崎は立ち上がり、無造作に積み上げられた新聞各紙から、一番上にあったスポーツ新聞を手にとった。
 きちんとサイフォンでコーヒーをたてているので、新聞を取りにいき、見出しを読む時間は充分にあった。
「お待たせいたしました」
 マスターは、そっと柴崎の前にコーヒーを置き、またカウンターに戻った。
「いまでも、こんな空間があったんだな・・・」
 柴崎は、しみじみ思った。
 ゆっくりと、コーヒーをすすり、タバコをふかした。
「うまい!」
 柴崎は、喧騒で忘れかけていた静寂を堪能していた。
「ここで読むのは、企画書や台本じゃないな・・・」
 柴崎は、独り言を繰り返していた。
 ブーン・・・ブーン・・・・
 柴崎の携帯がバイブした。
「ん?」
 柴崎は携帯を開き、小声で電話に出た。
「はい、もしもし」
「あっ、山梨です・・・【あなたを忘れない】で助監督見習でお世話になりました・・・」
「柴崎です・・・」
 恵は、柴崎が小声だったので、電話で大きな声をだせないんだと察した。
「すみません、母の病院に行っていたもので・・・あと二〇分くらいで駅に行けますので・・・駅に着きましたら、また電話いれます」
「了解・・・」
 柴崎は、そう言い電話を切った。さすがに、この静寂を柴崎も壊したくなかったので小声で話していたのだった。
「あと、二〇分あるな・・・」
 柴崎は、つかの間の静寂を楽しみながらコーヒーを飲んだ。

「ごちそうさま」
 柴崎は時間になったので、店を出て、駅へ戻った。
 駅が見えてくると、自転車を横に支えた一人の少女が柴崎を見つけ頭を下げた。
「おはようございます」
「おお、おはよう」
 ちょっと痩せたかな? 柴崎は、そう思った。感覚的なことで言うと、手紙を読んだせいかもしれない。
「おかあさん、どうだ?」
「ええ・・・今は入院してますけど・・・大丈夫です」
「そうか・・・ちょっとお見舞いして行ってもいいかな?」
「本当ですか? ありがとうございます、母も喜びます!」
 恵は、元気に答えた。やはり、思い過ごしかな・・・柴崎は、そう思った。
「病院は、ここから歩くと二〇分位なんです・・・柴崎さん、バスで行かれた方が楽ですよ・・・私は自転車がありますから・・・・」
「いや、一緒に歩いて行こう! たまには運動しないと・・・。それに、この街を歩いて肌で感じたいんだ」
「じゃあ、行きましょう! こっちです」
「あっ、ちょっと待ってて・・・」
 柴崎は、そう言うと花屋で花を買い、果物屋でフルーツの盛り合わせを買ってきた。
「えっ、そんなに? ありがとうございます!」
「いやいや、さあ行こうか」
「はい!」
 恵は、ゆっくりと自転車を押しながら言った。柴崎もまた、それに続いた。さっきの喫茶店といい、この街並みは、どこか懐かしい感じがしていた。
「手紙にも書いたんですけど・・・私、ずっと身体が弱かったんです。母も、父を突然亡くし大変だったんですけど・・・一生懸命、私を育ててくれたんです」
 恵は、さらに続けた。
「中学生のころです・・・テレビドラマで、助監督さんの物語があったじゃないですか・・・あのドラマを母と一緒に毎週見ていて、『将来、私も助監督さんになりたいな』って話していたんです。そして、やっと助監督の卵の卵になれたんです。母も、すごく喜んで・・・・」
「そうか・・・」
「なのに・・・・」
 恵の顔が曇った・・・。柴崎も察して、何か希望的な話をしようと思っていたのだった。
 その時、恵が立ち止まって言った。
「ここ・・・公園って、落ち着きますよね。草木がたくさんあって、四季折々の風情が感じられますよね!」
「そうだな」
「それに、早朝、午前、夕方、夜・・・それぞれ顔を持っているんですよ」
「ん・・・そうか、確かに」
「みんなが平等に使えるんです・・・公園って・・・」
 何気なく言った一言が、柴崎には、恵の心の叫びに聞こえていた。【平等】という言葉が柴崎の胸に刺さっていた。
「あっ、ここです」
 恵が、明るい口調で言った。

【小俣外科内科医院】とあった。小規模な、こじんまりとした病院であった。三階建てで、一階が外科や内科で、二階が麻酔科や手術室になっていた。三階が、入院の病室になっており、個室が二室、四人部屋が八室であった。
 恵の母親は、一番端の四人部屋であった。
【山梨千恵子】
 部屋に入り、窓側の右側のベッドだった。
「お母さん、開けるわよ」
 そう言い、ベッドを囲っているカーテンを開けた。
「お母さん、この前のお仕事でお世話になった、柴崎さんがお見舞いに来てくれたのよ」
「あら・・・いやだ・・・お化粧してないわ」
「もう・・・お母さんったらーキャハハハ」
「アハハハハ」
 入口の柴崎からは、カーテンで死角になっているが、穏やかな母娘の笑い声が聞こえていた。
「おまえ、会社の上司の方は?」
 母・千恵子が心配そうに恵に言った。
「あっ、いけない!」
 恵は、急いで柴崎に向かってきた。
「申し訳ございません」
 恵は、柴崎に謝って、病室の中へ促がした。
「お母さん、柴崎さん。プロデューサーなんだよー」
「あっ、柴崎です。お身体大丈夫ですか? これ、些少ですが・・・」
 そう言い、花束とフルーツ盛り合わせを差し出した。
「わざわざ、申し訳ございません」
 母・千恵子も深々と頭を下げた。
「あっ、お母さん。この花、花瓶に生けてくるね」
 恵は、花束と花瓶を持って病室を出ていった。
「狭いですが・・・こちらへどうぞ」
 母・千恵子は、ベッド脇にある椅子を指で指しながら言った。
「ありがとうございます」
 柴崎は、ゆっくりと腰掛けた。
「私が、病気になってしまって・・・あの娘には苦労をかけてしまって・・・。やっと、夢が叶ったのに・・・」
「・・・・」
 柴崎は黙って聞いていた。
「私は、あの娘には絶対に自分の夢を叶えて欲しかったんです。小さなころから身体が弱くて、思い通りに学生生活が出来たとは言えなかったんです・・・・。だから、これからは自分の思う通りに・・・」
「はい・・・・」
「私が、こんなことにならなければ・・・・」
 母・千恵子は胸が痛く、目頭が熱くなっていた。
「いいえ、そんなことは・・・・」
「でも・・・この間、テレビにあの娘の名前が出たとき・・・嬉しくてね・・・」
「はい、本当に頑張ってくれましたよ」
「そうですか・・・。でも、今は、やりたいことも出来ず・・・父親の残した雑貨屋を手伝ってもらっているんです。あの娘の父親は、あの娘が小学生のころ交通事故で・・・・」
「それから、お母さんお一人で、育ててらしたんですよね。恵さんが言ってましたよ。お母さんは、いつも身体が弱かった私を病院に連れていってくれた・・・お店を閉めて、一生懸命介抱してくれた、って」
「そうですか・・・あの娘が・・・そうですか・・・・」
 母・千恵子の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「そうですよ。しっかりした娘さんですよ! 早くよくなってくださいね」
 柴崎は、しっかりと母・千恵子の手を取り言った。
「はい! ありがとうございます」
 母・千恵子は、涙を拭いながら深々とお礼を言った。
「ほらー、お母さん・・・綺麗でしょー」
 そう言いながら、恵が戻ってきた。
「本当に、綺麗ね。お部屋が明るくなったね」
 母・千恵子は、笑顔を恵に向け言った。
 恵は、母・千恵子から常に見える位置に花瓶を置き、リンゴを一つ取ると言った。
「リンゴ食べましょうーよー。こう見えて上手なんですよー」
 恵は、手際よくリンゴを剥き始めた。
「あら・・・本当・・・上手ね」
「当たり前よー、お母さんの娘よー」
「アハハハハ」
 リンゴを剥いている恵、笑い合っている母・千恵子と柴崎。
「出来たー」
 リンゴを六つに切り、二つずつ三つの皿に取り分けて、柴崎、母・千恵子に渡した。
 柴崎は、リンゴを食べながら、母娘を暖かく見守っていた。
「うん、うまい!」
「本当ですね、美味しいリンゴですね」
 母・千恵子が言った。
「剥いた人がいいからですっ! キャハハハハ」
「もう、この娘ったら・・・アハハハハハ」
「アハハハハ」
 三人は、笑い合っていた。
「山梨さん、検温ですよ」
 看護婦が体温計を持って入ってきた。
「あっ、私はそろそろ・・・・」
 柴崎は立ち上がり言った。
「そうですか。遠いところ、ありがとうございました」
 母・千恵子も頭を下げて言った。
「お大事になさってください」
 柴崎も一礼して言った。
「はい! 恵、お送りしてね」
 母・千恵子は柴崎に頭を下げ、恵に言った。
「うん、私も帰るね。また明日くるね」
「気を付けてね」
「わかってるよー。さ、行きましょう」
 恵は、柴崎を促がし出ていった。

 柴崎と恵は、病院を出た。
「本当にありがとうございました」
 恵は、改めてお礼を言った。柴崎も、いやいやというジェスチャーをした。
「あっ、そうだ! ちょっと実家に寄っていってくださいよ・・・雑貨屋さん」
「そうだな」
「また、ちょっと歩きますけど・・・」
「大丈夫だよ。結構楽しいよ」
 そう言いながら歩いた。角にタバコ屋があったり、創業三〇年くらいの店がたくさん点在していた。もちろんコンビニなどもあるが、どこか懐かしいのであった。
「私、本当に助監督できて嬉しかったんです。なにも分かりませんでしたけど・・・毎日が楽しくて・・・」
「そうか・・・」
「助監督の仕事って、無限の可能性がありますよね、なんて何も出来なかったのですが・・・。楽しくて・・・。毎日が勉強で大変ですけど・・・。事実や時代を確実に伝えないといけないので、調べ物とかが逆に勉強になりました」
「そうだね」
 柴崎は思った、この娘は純粋に助監督という職業に取り組んでいたのだ・・・。きつい中にも希望を持っていたのだ。
「でも・・・人の運命って分からないですよね。なんで私だけ・・・・なんで・・・・まだまだ助監督も中途半端だし・・・・」
 恵は、やり場のない怒りを柴崎に訴えていたのだった。
『数奇な運命という見えない敵に一生懸命に立ち向かっているんだな。この年齢で・・・・』
 柴崎は、そう思っていたが、中途半端な助言も出来なかった。
「でも・・・・私・・・・」
 と言いかけ、恵は立ち止まった。
「あっ、ここです」
 見ると、小さな雑貨屋があった。表に【本日休業】と貼ってあった。
「今日は、ずっと病院でしたので、お休みにしたんです」
 そう言い、【本日休業】はそのままで店内に入っていった。
「どうぞ、狭いですが・・・」
 柴崎は中へ入っていった。中は、綺麗に整頓してあり、母・千恵子と恵の性格がうかがえた。
「いろんな物があるんだね?」
「ええ、なんでも置かないと、お客さんが二度手間になっちゃいますから・・・」
「確かに、そうだよね」
 柴崎が感心していると、恵は付け加えた。
「お客さんが二度手間になっちゃう・・・は、母の言葉なんです」
「そうか、でも偉いぞ! ちゃんと、お店を守っていて」
「はい! でも、暑いですね・・・今、冷たいお茶入れますね」
 そう言い、恵は、エアコンのスイッチを入れ、奥にお茶を取りに行った。柴崎は、ハンカチで汗を拭いながら、感心しながら見渡していた。
「お待たせしました」
 恵が冷たいお茶を持って戻ってきた。
「あーありがとう。でも、本当になんでもあるんだね」
 柴崎は、冷たいお茶を一口飲みながら言った。
「はい! このお店は小さいですけど・・・父が残してくれた大切なお店なんです・・・。このお店のファンもいるんですよ! わざわざ買いに来てくれたり・・・今は、母を心配してくれたり・・・・暖かいんです!」
 恵は、誇りをもって言った。しかし、やはりどこか淋しそうであった。
 柴崎は、それを感じとっていた。
『どこかで「なぜ?私だけ?」という気持ちを、この娘は一生懸命に現実を受け入れ、それを誇りとし打ち消そうとしているのだ』
 そう思っていた。
「うん、そうだな」
 カランカラン
 柴崎と恵は入口を見た。
「?」
 入口のドアが開いて、おばあさんが中を覗いて言った。
「あら? メグちゃん、いるじゃない・・・今日お休みだったから心配しちゃったわよ・・・」
「あ、トメさん! ごめんね・・・今日、母の病院だったから・・・」
「えっ! お母さん大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です、心配かけてごめんなさい」
 恵は、トメさんに頭を下げた。
「いいんだよ・・・いいんだよ。元気なら、よかった、よかった」
『いいなー、メグちゃん、トメさんか・・・。店主とお客が、こう呼び合える店も少なくなったなー』
 柴崎が、微笑ましく見ていると
「あら・・・メグちゃん、お客さん?」
「ええ・・・前の会社の上司で、柴崎さんです。さっきお見舞いに来てくれて・・・」
 恵は、柴崎を紹介した。トメさんも微笑みながら言った。
「あーそうかい、そうかい。よかったね、メグちゃん」
「はい!」
「そうだ、今日はねー、電池を買いに来たんだよ。そこのスーパーでも売ってるけど、やはりメグちゃんから買わないとねー」
「ありがとうございます」
 そう言い、恵は電池を取り言った。
「トメさん、これですよね」
「そうそう、これこれ。よかった」
 ボーンボーン・・・・
 店内の掛時計が鳴った。柴崎が、時計を見た・・・四時か。
「もう、こんな時間だな・・・・。そろそろ帰るよ、また来るよ」
 柴崎が恵に言った。
「あっ、はい! ちょっと待ってください・・・えっと・・・一五〇円です・・・」
 恵が、トメさんを気にしながら、柴崎に言った。
「大丈夫だよ。ここから駅までは分かるから・・・大丈夫」
「そうですか・・・今日はありがとうございました」
 恵が頭を下げた。するとトメさんも
「わりーねー。気を付けてお帰りねー」
「はい! じゃあまた」
 柴崎は、恵とトメさんに挨拶をして雑貨屋を出て行った。

 雑貨屋を出て、柴崎は歩きながら駅へ向かった。外はまだ陽も高く、太陽が燦燦と輝いていた。
「しかし、暑いなー」
 そう言い柴崎はポケットに手を入れた。
「あっ、しまった! ハンカチを忘れた」
 柴崎は、ハンカチを取りに戻ろうとした時、トメさんが雑貨屋から出てきた。
「!」

「メグちゃん、頑張るんだよ・・・・元気出すんだよ」
 トメさんは、そう言い雑貨屋のドアをゆっくりと閉めた。
 恵の姿はなかった・・・恵の性格からいって送り出すはずであった。
『何かあったのかな?』
 柴崎は、何か心配になった。雑貨屋の入口から中を覗くと、恵がレジのところで泣き伏せていた。
 恵の小さな身体が、小刻みに揺れているのが分かった。
『やはり・・・この歳では受け止められなかったのだ』
 柴崎は、そう思った。そして、その場をゆっくりと離れて駅へ向かっていった。

「あっ、この公園・・・」
 さっき病院に行く途中に通った公園であった。確かに、公園の雰囲気が変わっていた・・・・さっきは時間が早かったせいか、子供連れが主流だったのに対して、今は学校が終わった学生が主流になっていた・・・。
「確かになー。なんでもないことを当たり前としている自分に対し、あの娘は変化として見ていたんだなー」
 柴崎は、まじまじと【純粋の目】というものを感じていた。
『私・・・助監督やりたい! この業界で働きたい! なんで、私だけ・・・・なんで・・・・』
 これが、本当の恵の素直な気持ちだろう・・・。

 柴崎は、考えながら歩いているうちに、すでに駅前の商店街に来ていた。
 柴崎は、パスモで改札を抜けた。後ろから、学生が数人、走って追い抜いていった。柴崎もつられてホームまで走った。息を切らせながらホームに辿り着くと、電車はまだ来る気配はなかった。柴崎は時刻表を見た。
「なんだ・・・まだ一〇分あるじゃないか・・・。やれやれ、習性で走っちまった・・・」
 柴崎の住んでいる駅が、電車が二〇分に一本だったので、つい周りの人間が走ると走ってしまうのであった。これもまた、この土地が懐かしいと思ったからに違いなかった。
 柴崎は、ゆっくりとホームのベンチに腰掛けた。
 その時、柴崎の携帯が鳴った。
「はい、もしもし」
「あー、柴崎さん。水野です」
「ああ、水野か。なんだ?」
「いえ、さっき谷澤さんから電話があって、明日(十一日)の打合せを来週の月曜日(十四日)にして欲しいそうです」
「そうか、わかった・・・何時だ?」
 柴崎は、聞きながら手帳にメモをした。
「今日は、もう戻りませんよね」
「ん?」
 柴崎は時計を見た・・・四時四〇分か・・・。
「そうだな! 戻ると、六時になるから・・・お前の幸せの為に、このまま帰るかな」
「キャハハハ、ただ面倒なだけでしょうけど・・・ありがたや、ありがたや」
「このっ!」
「冗談です、お疲れ様です!」
「はいよ」
 そう言い柴崎は、電話を切った。ふと柴崎は思った。
『同じ若い娘なのにな・・・。恵の言った、「なんで私だけ・・・」、そうだよな・・・・。なのに一生懸命に見えない運命と立ち向かい、努めて明るく振舞っている・・・・』
 プアーン
 柴崎は、電車の汽笛で我に返り、電車に乗り込んだ。
 ゆっくりと、空いている座席に座り、目を閉じた。

竜也・・・帰れなくても・・・自分の夢は追えた。

(竜也の場合)

 竜也は玄関のチャイムを鳴らした。
 中から母・泰子が顔を覗かせた。
「母さん! ただいま! 今日店は休みなんだ?」
 母・泰子は黙っていた。冷ややかな眼差しだった。
「なにしに帰ってきた!」
「えっ・・・・」

(その後の竜也)

「今日、ドラマ見てくださいね! 息子の名前が出るんだから!」
 母・泰子の声だ!
「かあさん・・・」
 さらに話は続いていた。
「本当に? 竜也くんが?」
「そうだよ! 見ておくれよ!」
「凄いじゃない! 自慢の息子さんね」
「ええ、まあ」
 竜也は、ホッとし・・・そっと駅に向かおうと歩き出そうとした。
『自慢の息子か』
 その時、
「竜也!」
 振り向くと母・泰子が呼んでいた。
「母さん!」
 竜也は走り寄った。
「竜也、ご飯食べていかないのかい? 忙しいのかい?」
 母・泰子は息子・竜也の夢が叶ったことを何よりも喜んでいたのだった。あの日・・・ちょうど父・隆一郎が倒れてまもなく・・・・思わず『なにしに帰ってきた』と思わず言ってしまったことを何よりも後悔していたのだった。

瑛華・・・最初は反対していた親も・・・応援・・・。

(瑛華の場合)

「バカもん!」
 瑛華の父・信二の怒鳴り声が響いた。
「何が、衣裳だ! テレビだ? しかも東京で一人暮らしをして働くだと!」
「お父さん、そんなに興奮しないで・・・。瑛華だって決めた訳じゃないんだから・・・ねっ」
 母・淑子が、父・信二と瑛華の間に割って入ってきた。
「まだ、瑛華も決めた訳じゃないでしょ・・・。そうでしょ!」
 瑛華は黙って俯いたままだった。

(その後の瑛華)

ちょうど、テレビでは、画面にエンドロールが流れ出した・・・瑛華は見入ってしまった。【衣裳 松島尚子】
『あっ! お姉さん・・・』
 瑛華は心の中で叫んだ。そのとき、父親は口を開いた。
「瑛華も、ああいう風に名前出るのか?」
「えっ?」
 父・信二の思わぬ一言に瑛華は思わず耳を疑い、聞き返してしまった。
「梨田瑛華ってテレビに出るのかな?」
「出るといいですね、おとうさん」
 そこには、微笑みあっている両親と・・・優しい眼差しで瑛華を見る両親がいた。
 そして母・淑子が、瑛華に一枚の紙を差し出した。
「これ・・・・」
 それは瑛華が捨てた、【さくら衣裳 松島尚子】の名刺だった。
「母さんは、この名刺をゴミ箱から拾って、一生懸命アイロンかけてたんだぞ」
「あらいやだ、お父さんだって、さくら衣裳に電話して、『娘をお願いします』って電話してくださったじゃないですか」
 父・信二も、母・淑子も考えていたのだった。子供には子供の人生がある・・・、夢を壊す権利は親にはないということを・・・。
「お父さん・・・お母さん・・・・ありがとう」

圭太・・・過去の自分と決別し・・・今では、親の誇り。

(圭太の場合)

「こんな時間に、どこ行くの? 圭太!」
「うるせーんだよ、くそババア!」
 バタン!
 圭太は乱暴にドアを閉めた。
 キュルキュルキュル・・・・バリバリバリ・・・
 マフラーを改造した圭太のバイクが爆音を立てる。深夜なので、その音は近所中に響き渡った。
「よっしゃー」
 圭太はギアを入れアクセルを捻る。

(その後の圭太)

「待てよ! てめー」
 一瞬にして、圭太は周りを固められていた。
 容赦なく、蹴りやパンチが圭太を襲ってきた。圭太は倒れこんだ。
「んだよ! 弱えーなー」
 一人が叫んだ。倒れていた圭太の闘争心に火が着き始めていた。
 圭太は、睨みつけながら
「おい! てめえら・・・」
「なんだ? なだやる気か?」
 その時、圭太の頭の中に、母・佳代子からの添付メールがよぎった。そして、電話の向こうの母・佳代子の喜んだ声・・・。
『おふくろ・・・』
 そう思った瞬間、圭太の腹部に激痛が走った。相手のパンチが圭太の腹部に当たっていたのだった。
 ゆっくりと倒れこんだ圭太に、またしても集団で襲いかかってきた。
 一方的に殴られながら圭太は心の中で叫んだ。
『俺はもう、昔の俺じゃないんだ!』

佐智子・・・運命の彼氏。

(佐智子の場合)

「ったく、面倒だよなー。ちょっと返信していい?」
 そう言い、佐伯は佐智子に返信した。
『今日は、疲れたよー。また明日頑張ってね』
『うん、もう家に帰っているの?』
 佐伯は、隣の彼女を気にしながらメールを続けた。
『そうだよ! 結局、信頼してないんだよね』
 そう返して、佐伯は携帯の電源を切った。
「さー業務終了―。ゆっくり飲もうー」
 そう言い佐伯は、隣の彼女を自分の方に抱き寄せた。
『そんなんじゃないよー』この佐智子のメールを佐伯が見たのは翌朝だった。

(その後の佐智子)

「あのね! あいつは、一人を守るような一途なタイプじゃないのよ! 好きだけじゃ駄目よ!」
「・・・・・」
「佐智子ちゃんのような一途なタイプとは種類が違うのよ! 都合のいい女になっちゃ駄目よ!」
「・・・・・」
 佐智子は、黙って俯いていた。
「仮に佐智子ちゃんが離れても、それでいいって女が寄っていくんだから!」
 水野は、佐智子を諭すように言った。佐智子も、意を決したように口を開いた。
「はい! 適当に距離をおいて別れます」
 佐智子もビールを口にふくんだ。佐伯との決別を決心したかのように。
「大丈夫よ。佐智子ちゃん素敵だから、きっといい人あらわれるわよ」
 そうこうしていると佐智子の携帯にまたメールが届いた。
「また、あいつ?」
「いえ・・・田舎の同級生の男の子です・・・。こないだテレビ見ていたら、私の名前を見つけたって・・・凄いねって・・・」
「わっ、なんか運命的―。その人好きじゃないの?」
「いえ・・・昔・・・告白されたんですけど・・・。佐伯さんと付き合ってたし・・・」
 佐智子は笑顔で、同級生(晃一)にメールを返信した。

柴崎は、我に返り
『みんな、いろんなドラマがあったな・・・。でも、みんな良い方向に事が収まったんだよな・・・』
 柴崎は小さく溜息をついた。柴崎の頭を駆け巡るのは、【恵の母・千恵子の涙】・・・【このお店のファンもいるんですよ! と嬉しそうに話す恵の顔】・・・そして、【誰もいない雑貨屋で泣き伏せている恵の姿】・・・・だった。
 柴崎は、やりきれない気持ちと、頑張って強く生きて欲しいという気持ちで、帰路についた。

 二〇〇九年九月十四日
「おはようございます」
 出社してきた柴崎に、水野が声をかけた。
「ああ、おはよう!」
 柴崎は、自分のデスクに座った。
「ん?」
 柴崎のデスクに、A4サイズの封筒が置いてあった。どうやら郵便のようであった。柴崎は、裏を返して差出人を見た。
「ん? 山梨 恵! なんだろう?」
 そう思いながら封を切った。
 中から、アイロンがけしてあるハンカチと手紙が一緒に入っていた。
『柴崎さん、先日は母のお見舞いありがとうございました。あれから母も、すっかり元気になりました。このハンカチは先日の忘れ物でございます。すぐに御連絡さしあげようと思ったのですが・・・郵送にて失礼させていただきます。あと、企画書とまではいきませんが・・・書いたものがございますので、お時間のあるときに、お読みいただければ幸いでございます』

「ん? 企画書?」
 柴崎は、もう一度、封筒の中を見た。確かに企画書が入っていた。
「あーあった。A4の封筒に、綺麗にA4の企画書が入っていたから、さっきは気が付かなかったんだな」
柴崎は、封筒から企画書を取り出し読んだ。


※    ※    ※

「ある公園の一日」 (5分・5本)
       山梨 恵

①【早朝の顔】
 
 AM7:00、公園の朝は早い・・・。
 眠い目を擦りながら、ジョギング姿でやってくる西条悠太(26)。
 悠太は、この公園の管理室に勤務しているのだ! 
 公園の入口を入り、外周を一周する。勤務時間は9:00から17:00であるが、このジョギングが悠太の日課だ!
「おはようございます」
 知り合いではないが、気安く声をかけてくれる。
 朝の公園は、個々が自分の健康のために集まった人たちだから、どこの、だれさん は全く関係なかった。『いつもいる人』それで充分なのだ!
 悠太は、もくもくと走った。
 いつものように走りながら周囲を見回す。
 太極拳をやっているお爺さん。ラジオ体操をしている人。もちろんジョギングしている人。
「おさきー」
 もう70も半ばのお爺さんが、悠太を追い抜いていった。
「あら・・・・」
 悠太がどんなに頑張っても、お爺さんとの距離は増すばかりだった。
 走り終わると、お爺さんが近寄ってきた。
「がんばったなー、若いの」
「はあはあ・・・・いえいえ。お爺さん凄いですね。勝てませんよ」
「ジョギングは勝負じゃないよ、自分のペースで自由に走るんだよ。相手を抜こうとペースを変えれば・・・自分のペースは乱れていくんだよ。」
 なんと清清しい話だろう・・・悠太はそう思った。
 
 
②【午前の顔】

 作業着に着替えた悠太は、公園の草木
の手入れをしていた。
「あっ、管理人さん、おはようございます」
 乳母車を押したお母さんがやってきた。
 一台、二台・・・と乳母車が増えていく。
 園内は、乳母車の駐車場になっていた。
「ん? 初めてみる顔だな」
 真新しい乳母車が入ってきた。集団とは、ちょっと距離をおいて・・・。なかなかお母さんの輪に入れないでいる。
「公園デビューってやつか・・・」
 もくもくと悠太は草木の手入れをしていると、さっきの新しい乳母車の子がやってきた。
「このお花綺麗―」
 悠太は、花を数本切って渡した。
「どうもすみません。ミーちゃんよかったね」
 母親は、公園デビューって難しいですね・・・と言う。
「そうでもなさそうですよ! ほら」
 見ると、花を持ったミーちゃんは友達に花を渡していた。
「子供って正直なんですね。親が勝手に
公園デビューなんて作っているのかもしれませんね」
「本当に・・・・じゃあ失礼します」
 そう言い、母親も輪に入っていった。


③【昼の顔】
 12:00
「もう昼かー。今日は天気もいいし、外で弁当食べるかな」
 悠太は、弁当を持って木陰にいった。いつもいるOLさんたちがランチをしていた。
 あたりはOLさんのランチの場所になっていった。
「こんにちは!」
「あー管理人さん。今日は外でご飯ですか?」
「いい天気だからね」
 そう言い食べ始めた。
「あー、あの娘・・・」
「どうかしたの?」
「あの娘ねー、ここで毎日ランチして・・・名前も知らない彼を待ってるの・・・片想いなんだけど・・・」
 そうか・・・OLさんはランチの時間が決まっている。営業マンも、知らず知らず同じ時間に公園で休憩をする。なんと縁深い・・・偶然という名の運命なのだろう・・・。
「そうかー、いつかきっと神様が二人を引き合わせるよね」
「うん」
 そんな光景を暖かく見ながら弁当を平らげた。


④【夕方の顔】

 夕方になると、中学校や高校も終わり、一気に学生色が濃くなっていく。
 悠太は、掃き掃除をしながら、学生たちを見ていた。10年前は自分も、あっちサイドの人間だったんだなー。
 公園にやってくる学生は、ある意味純粋な気がした。
 走り回ったり・・・ボールを投げたり・・・。
意味のないことに喜んでいる彼等に「青春」を感じていた。
突然
「あー、ない! なくなった!」
 どうやら、彼等の一人が、制服のボタンを落としたようだった。
 悠太が周りを掃いていると、キラリと光る何かを見つけた。拾い上げてみると、制服のボタンだった。
「君、これかい?」
 悠太は、ボタンを高く上げ、彼に見せた。
「あー、それです! ありがとうございます」
 こんな純粋な一面に触れられるのも、この仕事・・・公園のいいところだった。
 すると悠太は・・・少女が泣いているのを見つけた。
「どうしたの?」
「チビちゃんがいなくなっちゃった・・・」
 聞くと、チビちゃんは、飼っている犬であった。
 もう、暗くなるからと、少女の連絡先を聞き、帰宅させた。
「今日は、残業だな」


⑤【夜の顔】
 
 迷子犬探しで、残業になった悠太は公園内を回った。
 もうすっかり陽が落ちて、真っ暗になっていた。ところどころにある外灯がロマンチックに公園を照らしていた。それぞれのベンチには恋人たちの個々のスペースになっていた。
 悠太ももう26歳・・・つい憧れてしまう。
「おっと、探さなきゃ・・・チビちゃんやー」
 真っ暗で、こう自然的な空間で見つけるのは困難であった。
 そこに、一組の男女が悠太に声をかけてきた。
「どうかしたのですか?」
 いつもと逆の問いかけに一瞬困惑した悠太だったが、少女の飼っていた犬が行方不明になってしまったこと・・・必ず見つけると約束したことを話した。
「じゃあ、一緒に探しましょう」
 人から人へ、この話が伝わり・・・いつの間にか、ほとんどの恋人たちが協力
してくれた。
 諦めかけていたその時・・・・。
「いました! この犬ですか?」
 小さな、小さな子犬が肩を震わせていた。
雄太は子犬を優しく抱き上げると少女に電話をした。
「見つかったよ! チビちゃん! みんなが協力してくれて・・・見つかったよ!」

※    ※    ※


 そして、恵の手紙には、こう付け加えてあった。
『PS、母と話しているんです! 雑貨屋の店番しながら、文章を書いてみようって・・・。もっと勉強したら、もしかすると、【原作・山梨 恵】ってエンドクレジットに出たりして・・・なんて笑い合っているんです。 といっても、片手間で出来る職業ではないのも分かっております。 お仕事にならなくても、母は私が書いた物を楽しみにしてくれているんです。あの小さな雑貨屋にファンがいるように、私の書いた本のファンは母なんです。テレビのエンドクレジットに出ないなもしれません、でも・・・母の心のエンドクレジットには、しっかり【原作 山梨 恵】って出ているんです』
 柴崎は、ハンカチをポケットにしまい、企画書とメモを封筒に戻し鞄にしまった。
『そっか・・・よかった・・・目標を見つけたんだな。見えない敵に勝ったんだな! 頑張れ!』
 柴崎は、心の中で恵にエールを送っていた。
 そして、小さく微笑んだ。
 もしかすると、山梨 恵にとってのエンドクレジットは【未来へ向かう為のチケット(切符)】だったのかもしれない。

「おい、水野! 谷澤さんのとこに打合せに行くぞ!」
「はいっ!」
 柴崎と水野は、打合せに出て行った。
「まだまだ暑いな・・・」
 柴崎が話していると、水野が奪い取るように続けた。
「昔は、この時期には、もう涼しくなってたんだよー。暑さ寒さも彼岸までっていってなー、って感じでしょうか?」
「あのな・・・」
「当たりでしょー」
「当たってない! 彼岸は春分、秋分を中日とした、前後各三日を合わせた七日間だろが! 第一、今日は十四日だろうが!」
 このっ、年寄り扱いしおって、という柴崎の返しを期待した水野だったが、真面目な話が返ってきたので、少し物足りない水野だった。
「そこですか? 彼岸がいつか・・・じゃなくて・・・。まあ、いいですねっ、キャハハハハ」
「ったく・・・・あっ、【行き逢い雲】だ」
 柴崎は空を見ながら言った。
「えっ、なんです?それ?」
「ほら、あの雲だよ!」
 柴崎は、目線の雲を指差した。水野も、柴崎の指差した方向を見た。視線の先には、入道雲と筋雲があった。
「入道雲と筋雲があるだろ?」
「はい!」
「それが、行き逢い雲だよ。夏の入道雲と秋の筋雲・・・・去り行く夏と、やって来る秋のコラボレーションだよ!」
「うわっ、凄い! 写メ撮っておこうっと!」
 そう言い、水野は、携帯で【行き逢い雲】を撮った。
「なんか、今日はいいことがありそうだな!」
「そうですね! 私もそんな気がします」
 柴崎は、心の中で、気合を入れた。
「よし! 行くぞ!」
「はい!」

 数日後・・・二〇〇九年一〇月一〇日
 柴崎は、新潟の寺泊に帰っていた。
「たまには、実家で過ごそう・・・」
 正月休みは毎年あったが、『忙しい』を理由にし、実家には地元の冠婚葬祭しか帰っていなかったのだった。
「ただいまー」
 柴崎は、玄関に入り声をかけた。すると、奥の居間から『おかえり』『祐樹、こっちだ。入ってこい』という父・修司と母・葉子の声が聞こえてきた。
 柴崎は、台所を抜け、居間に向かった。居間の父・修司と母・葉子の顔が見えた瞬間、足に激痛が走った。
「あたっ!」
 柴崎は、その場に座り込んだ。
「あたたたたた」
「相変わらず、そこで足の小指ぶつけるねー」
 母・葉子が笑いながら言った。
 そうだった・・・、実家の台所と居間の敷居の微妙な出っ張りで足の小指をぶつけるのは、この家の洗礼みたいなものだった。
「なんだよ・・・まだ直してなかったのかよ!」
「いやー、もう我々も慣れちゃってな。逆にぶつけないと物足りないかなって思って直さなかったんだ」
 父・修司が言った。
「そういう問題じゃなくて・・・客が困るだろ」
「そうか? 客も、ただ家に来るより・・・凄く印象に残らないかな・・・、他で足の小指ぶつける度に・・・あー柴崎さん家・・・・みたいにな」
「あのな・・・親父・・・」
「まあまあ、そんなとこに座ってないで、こっちに来たら?」
 と母・葉子が言った。
『座ってるんじゃなくて・・・ぶつけて痛いんだけどな・・・まあ、いいか』
 そう思い、柴崎は居間に入り座った。
ゆっくり実家で過ごすのは、高校生以来か・・・。居間の柱の傷や、居間と台所の敷居の微妙な出っ張り・・・。冷静に見るのは初めてだった。
「この柱の傷・・・懐かしいなー。新築の時に、俺が傷つけたんだよなー。親父が帰ってきて、物凄く怒ってたよなー」
「当たり前だろ、新築だったからな。今、思えば大人げなかったな・・・。新しいミニカーに傷がついたって泣いている祐樹に、いつか傷なんかつくんだ、男ならメソメソするな、なんて言ってたのにな・・・・」
 父・修司が昔を思い出しながら言った。
「そうだよな・・・そんなことあったよな・・・」
 アハハハハ、三人は笑い合っていた。

 柴崎はトイレに立った。トイレに向かう前に、二階に上がり昔の自分の部屋を覗いた。
「あっ・・・」
 柴崎は、思わず声を上げた。それもそのはず、部屋の中は、柴崎が出て行ったままになっていたのだった。
 机に座る・・・。前面には、大学受験の本と高校の参考書、教科書が綺麗に並んでいた。
『勝手に片付けると怒ったなー、俺。しかし、椅子が低いなー、机も何気に小さいなー』
 柴崎は、椅子に座りながら、辺りを見渡した。
『あっ、王貞治さんのポスターだ。憧れたなー、俺も何かで世界一を取るんだって・・・』
 柴崎は、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。
『親にとっては、ずっと子供なんだよなー。わかっていて・・・若いスタッフに、親はずっと親なんだよ!って言っていた自分なんだが・・・自分は違う、自分は、もう大人・・・って考えていたかもな・・・・』

 柴崎は、トイレに寄って居間に戻ると、父・修司が言った。
「おー祐樹、今日は泊まっていけるんだろ?」
「ああ、大丈夫だよ。明日の昼に、ここを出れば大丈夫だよ」
「そっか、じゃあゆっくりしろよ」

 時間は、どんどん過ぎていった。何か特別なことがある訳ではない・・・まったく高校時代と同じだった・・・。当たり前に目の前にいる両親・・・・。食事の支度をする母・葉子・・・。テレビを見ながら、新聞を読んでいる父・修司・・・・。当たり前のことの尊さを柴崎は感じていた。

 安らげる時間は無情に過ぎていき、翌朝を迎えていた。
 柴崎が着替えて、居間に下りていくと、テーブルに目玉焼きにベーコン、トーストが三人分並んでいた。
 これもまた、懐かしかった・・・・。柴崎家の休日の朝食は、毎回これだったのだ・・・。実際、上京してからも柴崎は、この朝食・・・目玉焼きにベーコン、トーストを試してみたが・・・何かが違っていたのだった。
「うまそーだなー」
 柴崎は朝の挨拶を忘れ、思わず声を漏らした。
「おはよう、眠れたか?」
 父・修司の声に、柴崎は我に返った。
「あっ、おはよう! ぐっすり眠れたよ」
「さあ、食べましょう」
 母・葉子の一言で食事が始まった。
「んー、うまいなー」
 そして
『やはり家族っていいなー。自分に家族が出来ると、自分の家族しか見なくなってしまうけど・・・、親から見れば、俺を含めて家族なんだよな・・・・』
 柴崎は、心からそう思った。
 朝食を食べ終わり、しばらくして柴崎は立ち上がり言った。
「もうそろそろ電車の時間だから、帰るよ」
 母・葉子も立ち上がり言った。
「そう・・・。忙しいと思うけど、身体は大事にね」
「ああ、分かってるよ!」
 そして、父・修司が言った。
「また、時間あったら、いつでも帰ってこいよ!」
「そうだな、来年の正月は実家で過ごすかな」
「本当か?」
 父・修司と母・葉子の嬉しそうな顔が、そこにはあった。
「でも、無理はすんなよ」
「ああ、分かってる! 親父もお袋も身体に気を付けろよ! じゃあ、また」
 そう言い、柴崎は帰路についた。
 上越新幹線の車内で、いろんなことを思い出していた。
【荒れていた中学時代・・・・】
「お前なんか、俺の葬式には出るな!」
 と、親父に言われたな・・・・。
【万引きをして捕まった高校時代・・・・】
「もう、恥ずかしくて近所を歩けない・・・」
 と、涙を流しながらお袋が言ったな・・・。
【親父も、親戚連中も公務員で・・・公務員を受けず、この会社に入った時・・・・】
「こんな、中途半端なちゃらけた職業なんかに就きやがって! なんの為に大学出したんだ!」
 と、イメージや固定観念で親父に言われたな・・・・。
『それから・・・俺もプロデューサー出来るようになり・・・始めてエンドクレジットに名前が載ったとき・・・嬉しくて、親にハガキを書いたな・・・。そうしたら、すぐに、お袋から電話がきて「近所に自慢しちゃったわよ」って嬉しそうに話していたな・・・・』
 上越新幹線は、ぐんぐんスピードを上げて、実家の新潟から東京へ向かっていった。
 柴崎は、ゆっくりと目を閉じた。
『俺は今後もエンドクレジットに拘る・・・助手も全て載せる! もちろん、携わったスタッフだから当たり前なのだが・・・・。その背景の個人個人のドラマのきっかけになって欲しい。関係修復・・・新しい出会い・・・過去の償い・・・故郷の親の安心感・・・・新しい未来への旅立ち・・・。どれも、素敵な自分自身のドラマ・・・。俺も、そうだった・・・・』

 柴崎は、従来の企画とは別の企画に没頭した。
 決して器用な方ではない柴崎には、過酷な毎日が続いていた。
 水野も心配して声をかけた。
「最近、柴崎さん会社で毎日、眠そうですね? 大丈夫ですか?」
 さすがに、水野にも、電車で眠れなかった、のではない事に気が付いていたのだった。
 柴崎は、従来の企画は会社で、別の企画は、会社に迷惑をかけてはマズいと思い深夜やっていたのだった。

 年も瀬に近付き・・・。ついに、その日はやってきた。
 二〇〇九年十二月二十一日・明け方
 柴崎は、家の書斎でパソコンに集中していた。
「やった! 出来た!」
 柴崎は、パソコンから目を離し顔を上げた。書斎の窓がうっすらと明るくなり始めていた。
 データを保存し、印刷を始めた。
 ガタンガタン・・・・
 小刻みな音を発しながら、プリンターは紙を吐き出していった。
「よっしゃ!」
 柴崎は、印刷された企画書を、丁寧に揃えた。
 いつの間にか、朝日が書斎の中を照らしていた。

 柴崎が、完成させた企画書・・・・。それは・・・・「エンドクレジット」
 柴崎は、濃いコーヒーを入れ、タバコを吸った。
「うまい!」

『この物語は、テレビドラマのエンドクレジットにおける様々なスタッフの【もう一つのドラマ】をブラッシュアップさせましたが・・・。誰にでも、自分だけのドラマが必ずあるものです、心の中でエンドクレジットを映し出してみてください。主役・・・プロデューサーは、あなた自身なのです』

                              《 終 》

二〇〇九年一〇月一〇日
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

メモ帳サイズの心たち

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

一目惚れなんです、黒竜様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:256pt お気に入り:23

ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:17

Conditions for ACE

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,137pt お気に入り:1

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:1

濃厚接触、したい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:63

お蔵入り作品集

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...