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Love too late:壊したくない距離感

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「周防 武です、ヨロシクお願いします」

 系列の高校を編入という形で転校した。名前が学院から学園になった程度だけど。しかし言えるのは楽園にならないだろうという事実。どこに行ってもついて回る成績争いに、ほとほと嫌気がさしていた。学校でも塾でも互いを牽制しあう姿を見るたび、アホらしくなってしまう。そんな暇があるのなら、単語のひとつでも覚えればいいのに。

「校内の案内は、クラス委員の桃瀬が面倒見てくれるから。桃瀬、頼んだぞ!」

 一番後ろの席にいる、目鼻立ちのはっきりした生徒が元気良く手を上げた。

「はーい。周防、授業終わったら案内するからヨロシクな!」

 サラサラの真っ直ぐな黒髪を揺らしながら気さくなイケメン桃瀬と呼ばれた生徒が、白い歯を見せて笑いかけてくる。

 クラス委員なんて面倒なことをわざわざするなんて、お人よしなのかバカなのか――はたまた、ただの目立ちたがり屋なのか。

 内心苦笑しながら、指定された席に着いた。

 そして授業が終わり、クラス委員の桃瀬に校内の案内をしてもらう。

「ここの造りは基本的に学院と変わらないって噂で聞いてるんだけど、実際どうだ?」

「ああ、大差ない。お陰で迷子にならずに済みそうだ」

 笑いながら答える俺を、じっと見つめる桃瀬。その視線を不思議に思って首を傾げた。

「……何?」

「あ、その。何となくなんだけど周防のその右目の下のホクロ、色っぽいなと思って」

 少しだけ頬を赤く染めながら、ワケの分からないことを言われても困ってしまう。

「これか……。俺自身は、あまり好きじゃないんだけど」

 人相占いでも、あまりいいことが書かれていなかった記憶がある。レーザーで取ることもできるが、そうまでして運勢を変える気にもなれなかった。

「悪い、気にしてるところを突っついて。それがあるのとないのじゃ、印象が随分と変わるなぁって思ったんだ。勿論、俺の中では良い方の印象だぞ」

「そんな感じなんだ、ふぅん」

 ホクロ以外あまり見た目を気にしたことがなかったから、こういう風に感想を告げられると何て答えていいのやら。

 どこかくすぐったいような妙な印象を受けた。

「あとさ……」

「何だよ?」

 どこか言いにくそうな表情を浮かべつつ、窺うようにこちらを見る。

「――周防って不良なの?」

 告げられた言葉の意味が分からず、ぽかんと口が開けっ放しになった。

「そういう風に見える理由を、逆に教えてくれ……」

 苦笑いしながら訊ねてみるとますます顔を赤くさせ、うわぁと叫んで頭を抱える桃瀬。学級委員長をしているのに、しっかりしてるようで全然ダメな奴じゃないか。

「ごっ、ゴメンな! お前のその髪色が結構茶色いしさ、態度もつっけんどんに感じたから、そうなのかなって勝手に思ってしまった」

 ペコペコ頭を下げる姿に、自然と笑みが溢れてしまう。

「髪が茶色いのは、小さい頃に水泳教室に通っていたから。つっけんどんな態度なのは、転校初日から馴れ馴れしいヤツなんていないだろ普通」

「そうか? 自分の印象よくするのに、愛想笑いのひとつくらいはするもんじゃねぇの?」

 言いながら頬をポリポリと掻き、視線をあちこちに彷徨わせる。

「そんな風に深く考え込むなって。ただの人見知りなだけだから」

 変な学級委員長だなぁと自分よりも少しだけ小さい、桃瀬を眺めたとき。

「あっ、桃瀬くーん!」

 廊下の向こう側から長い髪を背中までなびかせた女子が手を振って、こっちに向かってくる。

「なに?」

「現国のノート、貸してほしいんだけど」

「ああ、それさっきクラスの女子に貸した。戻ってきてからでいい?」

 確かに――俺を案内しようと席を立った桃瀬に、女子が集団で取り囲んでノートをせがんでいたっけ。

「わかった、あとでね!」

 そう言って髪の長い女子は、あっという間に消えて行った。と思ったら――

「おーい、桃瀬ぇ!」

 直ぐ傍にある理科室の扉からひょっこり顔を出した女子が、いきなり声をかけてきた。

「ぁあ? なに?」

「英語のノート、ちょっと貸してよ」

「無理。次の授業で使うから」

 冷たくあしらうように言って面倒くさそうな表情を浮かべると、その場から逃げるように歩き出した。

 さっきから一体、何なんだ? 桃瀬のノートにすごい秘密が潜んでいるのだろうか?

「桃瀬のノートって、見やすいから人気があるのか?」

 足早に歩くの桃瀬に何とか追いついて眉を寄せながら小首を傾げると、軽い溜息と一緒に呆れた声が返ってくる。

「そんなんじゃないって。何か女子の間でワケのわからない、まじないが流行っているらしい。そんなモン、効くわけないのにな」

「まじないって、ああ――」

 男子の俺から見ても、イケメンだなぁと思わせる桃瀬の容姿。風になびくサラサラで真っ直ぐな黒髪と、男らしさを強調するような太い眉毛の下には、きりりとした瞳が印象的に映る。そんな瞳を細めながら形のいい唇に笑みを浮かべれば、そこら辺にいる女子はみんなノックダウンするだろう。

 ――だからこそ桃瀬に、食いつかないハズがないんだ。

「誰かと付き合えば、まじないがおさまるのでは?」

 おさまるであろう解決策を言ったのに、何故だか浮かない顔をした。

「そうなんだよな。誰かと付き合えば、面倒なことが起こらなくて済むんだよなぁ」

 はーっと大きなため息をつきながら切なげな表情を浮かべて、視線を窓の外に向ける。窓から見える景色は、グラウンドが広がる校庭のみだった。

「桃瀬、おまえ――」

 誰か他に好きなヤツがいるんじゃ。そう口にしようとした矢先――

「おーい、桃瀬!」

 今度は男子からお呼びがかかった。どんだけ人気者なんだ、コイツ……。

「昼休みクラス対抗で、サッカーしようぜ」

「悪い、先約がある。今日はA組とバスケ対抗試合なんだ。明日にしちゃダメか?」

「そっかー、分かった」

 悪いなと言いながら、やって来た生徒の肩を親しげにポンポン叩く。

「そうそう、今日学院から編入してきた周防。ヨロシクしてやって」

 さりげなく紹介してくれて嬉しかったのだが、心の準備がいかんせん追いつかない。

「周防です、ヨロシク……」

(――もしかして俺が人見知りだと言ったから、わざわざ紹介してくれたとか?)

「おぅ、隣でクラス委員やってる林。周防も明日のサッカー、参加してくれよな」

 気さくにバシバシ肩を叩かれて驚きまくる俺に、笑顔を振りまいて去って行った。

「強制ってワケじゃないんだけど、クラス間の横の繋がりを深められたらいいなって、昼休み遊ぼうぜ企画を立てたんだ」

「面白いことを考えたんだな」

 こんな企画、毎日が勉強漬けの学院では到底考えられない。やる気のないヤツは昼寝をしているし、残っているヤツのほとんどが勉強に勤しんでいたから。そもそもクラス間の横の繋がりを、どうこうしようなんて考えるヤツは皆無だった。

 だからこそ遊ぶなんて言葉を、久しぶりに聞いたかも――

「だってさ高校生活は今だけなんだし、いろいろなヤツとくだらないこと喋り合って、笑っていたいなと思ったんだ」

 頭をポリポリ掻き、テレながら告げる桃瀬を羨ましく思う。こんな考え方をするヤツに早く出逢っていれば、俺のひねくれた性格が、少しはマシになっていたかもしれないな。

「桃瀬のお陰で、早く学園に馴染めそうだよ」

 微笑んで言った瞬間、はにかんだような笑顔をしながら、

「そうか、それは良かった」

 呟くように言い、照れる顔を見られたくないのか、ふいっとそっぽを向いた。

 コイツ、いじりまくると面白いかも――そんな悪魔の囁きをしたもうひとりの自分が現れて、コッソリとほくそ笑んだのだった。
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