上 下
5 / 65
Love too late:壊したくない距離感

しおりを挟む
***

 昼休みに行われたクラス対抗のバスケを見学していたら、他のクラスのヤツにも気さくに声をかけてもらえた。

「桃瀬って運動神経抜群なのに、どうして部活に入ってないんだ?」

 学園の登校初日から緊張もあったけど、クラスに早く馴染めるように配慮してくれた桃瀬に質問してみた。帰る方向が同じこともあって、現在バス停でふたり並んで待ちぼうけをしている。

「ん~、家でひとりの時間を満喫したいから」

 カバンから本を取り出し、メガネをかけて読みはじめた。

 学校では常に誰かと一緒にいて、ずっとニコニコ笑っていた桃瀬。そんな風にいつも拘束されていたら、ひとりになりたい時間が欲しくなるのが容易に想像ついた。

 そんな俺は学院でほとんど誰ともつるまなかったこともあり、桃瀬と一緒にいるのが不思議な気分だった。まるで昔からの友達みたいな感じだな――

「本、好きなんだ?」

 なので質問もスムーズにできる。

「ああ、周防は何か読まないの?」

「本を読む暇があったら、単語のひとつでも覚えろって母親が煩くてね。塾を二つ掛け持ちさせられて、毎日ヒーヒーだよ」

 父親の経営している病院を継がせようと、必死に教育ママをしている母親。反抗するのも面倒くさいので、大人しく言うことを訊いていた。

「ウチは姉ちゃんが煩くてさ。本ばかり読んでいるから成績が落ちてるって、怒鳴り散らしてくるんだ。周防が通ってる塾って、良さげな感じ?」

 本から視線を俺に向けて、眉間にシワを寄せながら訊ねてくる。

「ああ。能力別にクラスが分かれていて、授業も丁寧に教えてくれる」

「行きたくないんだけど、このまま成績が下がるのも困っちゃうから塾を探しているんだ」

 やれやれといった感じで、苦笑いしながら肩をすくめた桃瀬。お互い、勉強で大変なことは変わらないんだな。

「じゃあ塾の案内、貰ってきてやるよ。二つの内、自分に合いそうなところに申し込めばいいさ」

「サンキュー、助かる」

 ひとつため息をつき視線を本に戻す。熱心に読むなと思ってじっと見つめていたら、戻したばかりの視線を何故か、上目遣いで向こう側にあるバス停に向けた。

 何か気になるものでもあるんだろうか――?

 興味に惹かれて視線の先を辿ると有名私立中学の学生が数人、バスを待っていた。その中でも清楚でキレイな感じの中学生が目に入った。

 一瞬女子かと思うような容姿をしている美少年――ふわふわの茶色い猫っ毛がふっくらした頬にかかっていて、大きな瞳が何故か落ち着きない感じに動いていた。

 じっと見ているこっちと視線が合うと、慌てて視線を逸らす。長い睫が影を作って、愁いを帯びた瞳を一層際立たせた。

 確か男子中学だから、飢えた野獣に襲われちゃいそうな子羊ちゃんキャラ的な?

 そんなことを考えた自分がキモくなり視線を隣の桃瀬に戻すと、まだ正面を見つめたままだった。

 ――まるで飢えた野獣の瞳……っておいおい、コイツってばあの中学生のこと。

「桃瀬、おまえ――」

「んあ? どうした?」

 狼狽えた俺の声にメガネを上げながら、不思議そうな顔してこっちを見る。

「ぁあ、あのさ今度面白そうな本、貸してほしいと思って……」

 知りたいけど分かりたくないかも。桃瀬が同性のことを好きかどうかなんて、そんな恐ろしいこと。

 残念なことに向かい側のバス停には異性がひとりもいなくて、あの中の誰かに心惹かれている事実が見た目で分かってしまった。

「ジャンルは、どんなの読んでみたいんだ?」

 メガネの奥の瞳を細め、嬉しそうに訊ねてくる桃瀬。

 なんて勿体ない――イケメンで性格も良くて人気者のコイツなら、どんな女子でも手に入るというのに。まじないをしていても、好きな相手がいるのなら道理で効かないハズだ。

「おい周防、俺の話を聞いてる?」

 端正な顔が近くに寄せられ、一気に目の前に迫った。切れ長で綺麗な二重の瞳にじっと見つめられ、一瞬吸い込まれそうな錯覚に陥る。

 メガネのレンズに映る赤面して困った顔の自分。その気のない俺でもドキドキさせるって、どんだけすごいんだ桃瀬の美貌って。

 ――ってことは女子だけじゃなく、男子にも有効ってことだよな。

「えっとジャンルね……。おまえのオススメに任せる」

「そっか、楽しみにしておけよな」

 俺の言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、白い歯を見せてニカッと爽やかに笑った。

 こんな顔で迫られたら断ることができるだろうか? 迫られるということはつまり――

「ゲッ!?」

「おい、さっきからどうしたんだ大丈夫か? 顔が赤くなってる」

「何でもないって……」

 一瞬、脳裏を過ぎった桃瀬と自分の姿に赤面せずにはいられない。

 あたふたする俺を心配そうな顔して覗き込んでから、オデコに手を当ててきた。

 その手は気持ちいいと感じてしまうくらいにヒヤリとしたもので、自分の体温が上がってるのが嫌というほど分かってしまった。

「悪かったな。編入初日にあちこち連れまわして、無理させちゃったかも。少し熱がある」

「や……俺って人より体温が高いから」

「そうなのか?」

 俺のオデコに当てていた手を、自分のオデコに当てて比較する。

「周防が言ってくれた俺のお陰で学園に早く馴染めそうって言葉が、すっげぇ嬉しくってさ。俺って相手の気持ちを無視して、ついお節介焼いちゃうから迷惑だったら言ってくれ」

「迷惑なんて全然そんなことないから。いろんなヤツに引き合わせてくれて、むしろ感謝しているし」

 あー、ビックリした。桃瀬の美貌に一瞬やられて、無駄にドキドキしてしまった……。

「そっか。あ、バスが来たぞ。乗ろうぜ」

 手早く本とメガネをカバンにしまうとお節介という言葉を実践すべく、後ろから強引な力で俺を押す。

「――桃瀬?」

「とにかく席が空いてたら座れよな。周防、疲れてるだろうから」

 いらない気遣いに苦笑いして小さな声で礼を言ってから、座席に着かせてもらった。ホント、無駄にお節介焼き――

 愛想笑いのひとつもできない俺が桃瀬に向かって、ありがとうの代わりに何とか微笑んでみる。それを見て、同じように笑ってくれた。

「何か周防とは、昔からの友達みたいな感じがするよ、不思議だな。一緒にいて楽に感じる、どうしてかな?」

「あ、俺もさっき同じこと思った。スムーズに会話が弾むからさ。初めて逢ったばかりなのに」

 疑問に思っていたことを口にすると、ふわりと柔らかく笑う。それが心の底からといった感じで、嬉しそうな顔を見せてきた。

「ま、俺ってこんなヤツだけど、仲良くしてくれよな!」

「ああ、ヨロシク」

 生まれたばかりの友情を確かめ合った俺たちを乗せて、バスは目的地へと発車する。バスに揺られながら交わす俺たちの会話は、途切れることがなかった――
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢が死んだ後

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,208pt お気に入り:6,140

カップル奴隷

MM
エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:1,065pt お気に入り:34

痴漢冤罪に遭わない為にー小説版・こうして痴漢冤罪は作られるー

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:753pt お気に入り:0

【※R-18】イケメンとエッチなことしたいだけ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:252

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:171,153pt お気に入り:7,831

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,087

ドS王子は溺愛系

恋愛 / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:1,300

【完結】ナルシストな僕のオナホが繋がる先は

BL / 完結 24h.ポイント:681pt お気に入り:1,587

処理中です...