転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる

相沢蒼依

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第五章 ショコラを作る手、甘味店《ショコラトリエ・アルセリア》、開店!

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***
 昼下がりのショコラトリエ・アルセリアは、甘い香りで満ちていた。ガナッシュを混ぜながら、僕は鼻歌を漏らしてしまう。

「真琴、今日はご機嫌だな?」

 カウンター越しに立つリオンが、ほんの少しだけ苦笑している。鎧の代わりのエプロン姿なのに、騎士の威厳はそのまま。けれど、僕の前でだけ少しやわらかくなることに最近気づいた。

 この“気が抜けた騎士”みたいな顔が……ちょっとだけ好きだったりする。

「えへへ、実はね――今日、新しい仕入れの商人さんが来るんだ。カカオ豆の代わりになる、珍しい実を分けてもらえることになってて」
「……商人?」
「うん! すごく親切でね、僕が材料に困ってるって愚痴ったら、特別に分けてくれるって。しかも笑顔が――」

 その瞬間、リオンの表情がぴたりと止まった。

「……親切、ね」
「そう! なんていうか爽やかで――」
「爽やか?」

 その場の空気がひゅうっと冷える。

(――え、なんで? 誰か冷房入れた?)

「リオン? どうしたの?」
「その商人というのは、男か?」
「え? あ、うん」
「歳は?」
「僕より少し上くらい……かなぁ?」
「そうか」

 低い声で言うと、リオンは棚の方へ歩き――ガンッ、と樽を動かした。その衝撃で、店が一瞬だけ揺れる。

「ちょっ、リオン! なに怒ってるの?」
「私は怒っていない」

 いや絶対怒ってる。普段は羽みたいに扱う樽が、今は斬ったみたいに動いたのがその証拠だ。

「真琴、ただの商人だろう?」
「ただの商人だよ!」
「“親切で”“爽やかで”“笑顔がよかった”商人だよな?」
「わーーっ! 繰り返さないで‼」

 リオンが振り返った。眉が少し下がっていて、視線が床に落ちている。

(……えっ、これ。怒ってるというより――嫉妬なのかな?)

 リオンの心中が分かり、胸がきゅっと鳴った。

「真琴」
「なに?」
「その商人とは、どれくらい親しいんだ?」
「えっと……仕事で三回くらい会っただけだよ?」
「三回も……」
「ねぇ、そんな気にすること?」

 リオンは数秒だけ瞬きをし、探るように息をする。そして僕から顔を背けて、ぼそりと言った。

「……嫌だ」

 いつもより低い声に心臓が跳ねた。

「嫌?」
「君が……他の男に笑いかけるのが」

 ――はい?

 声は小さいのに、全部が胸に刺さる。

「別に笑うなと言っているわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「私の知らない顔を……見せるのは好きじゃない」

 リオンは、さらに顔をそむける。耳の先がほんのり赤い。

(ああ、これ。完全に嫉妬だ――)

「リオン……」
「悪いとは、思ってる」
「ううん。なんかちょっと……リオンがかわいい」
「かわっ!」

 リオンの顔が一瞬で真っ赤になった。

「ま、真琴、今のは――」
「だって、本当にそう思ったんだよ?」
「くっ……!」

 困ったように僕を見つめるリオン。いつもは最強の騎士で頼りになって、誰より穏やかなのに――今は、拗ねた大きい犬みたい。

「ねぇ、リオン」
「なんだ」
「僕が他の人の話をしたら、そんなに嫌なの?」
「……嫌だ」

 即答だった。

「真琴の“好意”は……私だけのものであってほしい」

 直球すぎる告白に、胸が熱くて息が止まる。

「変だろうか?」
「変じゃないよ……すごく嬉しい」

 そう言った瞬間、リオンの目がわずかに揺れた。それから、ゆっくりと近づいてきて、手袋を外し――僕の頬に触れた。

「それなら……少しくらい安心させてくれ」
「ど、どうやって?」
「……こう」

 そっと触れた唇。それは軽いのに、僕の呼吸を全部さらっていく。

「他の男には見せるな。こんな顔も、こんな声も」
「リオン……っ」
「真琴は……私の弱点なんだ」

 胸がじわりと甘く満たされる。その全部が愛おしい。

「ねぇ、リオン」
「なんだ」
「このあと、商人さんが来るけど……」

 リオンの腕に力が入る。

「……来るのか」
「うん。でも――」

 にっこり笑って、リオンを見上げる。

「僕が一番笑いたいのは、リオンだけだよ」

 嬉しそうにリオンの瞳が大きく揺れたのが分かって、胸を高鳴らせた刹那、ぎゅうっと抱きしめられた。

「そんなことを言われたら、嫉妬どころか……攫って帰りたくなる」
「えぇ?」
「責任を取れ、真琴」
「なんの!?」
「私を安心させた責任だ」

 頬が熱くなる。でも嫌じゃない。嫉妬してしまうほど、僕のことが好きで。僕を“自分のもの”だと思ってくれているなんてそんなの、最高に甘いに決まってる。

 リオンの腕の力がゆっくり緩み、けれど僕を手放す気配はなかった。広い胸に頬を押しあてると、聞こえてくる鼓動の音がやけに速い。

「……真琴」
「なに?」
「君が笑うなら……私の前で笑ってほしい」

 低く落ちる声が、耳に触れただけで震えた。

「君の笑顔は私の弱さであり、強さでもある」

 そんな言い方、反則だ。胸が甘く痺れる。

「リオン……でも僕、仕事だからさ。次に来る商人さんには、普通に対応しないと」
「構わん。仕事は仕事だ」

 言葉だけなら冷静なのに、手だけは僕の腰を離さない。

「けれど」
「けれど?」
「……私の前では、もっと甘くしてほしい」
「え、いまより甘く?」
「そうだ。君はまだ、私を安心させていない」
「え、えぇ?」
「責任だと言っただろう」

 言いながら、リオンは僕の額に唇を落とした。さっきより深く、確かに触れる温度。額から伝わってくるリオンの熱で、息が止まる。

「商人が来る前に、これくらいはしないと落ち着かない」
「リオン、落ち着いて?」
「落ち着いていない」

 顔が熱いのは僕だけだと思っていたのに、リオンもわずかに目の下が赤い。嫉妬して、焦って、拗ねて――その全部が、僕にだけ向けられている。

「真琴」

 名前を呼ばれるだけで胸が跳ねる。

「君は……私が思っているより、ずっと危ない人だ」
「え、どこが?」
「そんなふうに言われたら……本当に攫って帰る」
「それは困ります」
「困るか?」
「ちょ、ちょっとだけ困る!」
「なら、困らないくらい私を安心させてくれ」

 小さく笑って、僕の手を包むように握る。その優しさと熱に、逃げ場なんてもう残っていなかった。

「……リオン」
「なんだ」
「今日、一番笑いたいのは……やっぱりリオンの前だよ」

 そう言うと、リオンの蒼い瞳が深く揺れた。甘く、ほどけるように。

「……真琴」

 次の瞬間、強く――でも優しく抱き寄せられる。

「リオン……」
「私は、君が好きだ」

 その告白は嫉妬の残り火を包むように静かで、まっすぐで甘かった。
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