光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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2天界

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――――時間を遡る

日の始まりの礼拝が終わり、音楽の天使が終了の鐘を鳴らす。
鐘の音が鳴り終わると、
神に最も愛されている天使長の名が呼ばれた。

「……ルシファー」

「ここに」

呼びかけられた声に応じて、ルシファーは神の前に歩み出て両膝をついた。
礼拝後、皆の前で名を呼ばれるのは、天使の誉れである。

「セドリック・ルキウス・ダルヴィアを、ダルヴィアの王とする。
汝、彼の者が成長するまで守護せよ――それを汝の使命とする」

神の声は穏やかだったが、拒むことなど不可能な絶対の響きを持っていた。

ルシファーは瞳を細める。
セドリック──地上の大国ダルヴィア王国の第一王子。齢、わずか八歳の子どもを守護する……。

彼は、天使の中で最高位の地位にあり、通常、人間と関わることなどなかった。ましてや、人間の守護をしたことはない。
それが、子どもの世話を、長期間任されたことに、大きく戸惑った。

崇拝する神に疑問を投げかけるのは憚られるが、問わずにはいられなかった。

「……私がその子を守護する理由を伺ってもよろしいでしょうか。
子守りにおいては、私よりも優れた天使が多くおりますが」

「王子の母は死の瞬間まで我を崇めた。異教徒の地に嫁いだ後も、信仰を変えず、我に毎日祈りを捧げた。その功をもって、全ての天使の上に立つそなたに王子を守護させる」

神はそれだけを告げ、再び沈黙した。

(……なるほど。母の徳による選定か)

ルシファーは納得して、深く頭を下げた。
地上の権力も国政も、天の視点から見れば些末なことに見えた。
だが、神のご命令は絶対なのだ。

彼は厳かに言う。

「仰せのままに」

――光が降り注ぐ。




神の御座をあとにし、回廊を歩いていると、その背に快活な声がかけられた。

「ルシファー!」

振り返ると、親友のミカエルだった。
金色の鎧に包まれた剛健な体躯を持つ上級天使が、友を見据え、柔らかな微笑みをたたえていた。
久しぶりに見る友の顔に、ルシファーの顔が綻んだ。

「今来たのか? 礼拝には姿がなかったな」

「間に合わなかった。今、戦場から戻ったばかりなんだ。これから神に任務完了の報告に行く」

「やっと戦場から解放されるな。長い戦だった。お前も疲れただろう」

ミカエルは男らしい相貌に穏やかな微笑みを浮かべる。
白い息がわずかに漏れ、鎧の縁が光を弾いてきらめいた。

「ところで聞いたぞ。人間を守護するため地上に降りるそうだな。ひとつだけ問おう。守護対象は男か女か」

「王子というからには男だろう」

ルシファーは即答した。

「王子か。だが油断するな。お前は男だが、俺と違い元は両性具有だった。女性を感じさせる部分が多少残っている」

意表を突かれた言葉に、ルシファーはふっと笑った。
黒髪が光を受けて銀色に揺れ、切れ長の目が艶やかに細められた。

「馬鹿なことを言うな。私は男の性を選び、男として生きている。私に女を感じる者などいない。心配には及ばぬ」

「そうか。俺はそうは思わないが、まあいい。今から言う俺の忠告だけは聞け」

ミカエルの瞳が鋭くなる。
鎧の奥で筋肉が動き、低い声が空気を震わせる。

「一人の人間を長く守護することは、危険が伴う。
お前は知らないだろうが、人間はすぐに成長するんだ。子供だと思って油断すれば、気が付けば大人の男になっている。
間違いを犯さぬよう気をつけろ。
万が一、人間と過ちを犯したなら──神罰は知っていよう」

ルシファーは肩をすくめ、冷ややかに笑った。

「翼を斬られ、千年のあいだ門前に鎖で吊るされる……だろう?」

「そうだ」

ミカエルの声は低く重い。
かつて人間と駆け落ちした下級天使が門柱に吊るされたときの記憶が蘇る。あの時は、天界中が大騒ぎになったものだ。
門を通るたび、鎖に繋がれた天使の影が目に入り、誰もが目を逸らした。
まして、全ての天使の上に立つ天使長がそんな醜態をさらすなど──想像するだけで身震いする。

しかし、ミカエルの心配をよそに、ルシファーは軽く微笑んだ。
天界一の美貌と謳われるその天使の微笑は、不意打ちで見てしまうと一瞬で息を呑み、心を奪われるほどの魅力を帯びていた。

「心配は無用だ。私が人間と過ちを犯すことなど、万に一つもありえぬ」

白い翼がふわりと揺れ、紫の光を反射して煌めいた。

──己は決して人の感情に惑わされない。
冷静沈着さには絶対の自信があるし、何より、情には薄い方だ。
人間との過ちなど、決してありえないのだ。

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