光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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【第一王子暗殺未遂事件報告書 経過報告】

 深夜、第一王子セドリック殿下の寝室前を警護していた近衛兵二名が、
 突如上がった女性の悲鳴を聞き、現場を離脱。
 その隙を突き、暗殺者一名が寝室内へ侵入し、殿下に向けて短剣四本、毒針四本を投擲した。
 殿下は即座に身をかわし、いずれも回避された。

 暗殺者は任務の失敗を悟り、所持していた短剣により自死する。
 その後、廊下を通りかかった使用人が異変を発見し、通報した。
 駆け付けた近衛兵が、殿下の無事と暗殺者の遺体を確認した。

 当該報告を受け、国王陛下は騎士団長に後事を一任。
 騎士団長は直ちに護衛体制の再編を指示し、近衛兵らに再訓練を命じた。
 また、殿下の警護を怠っていた乳母については、職務怠慢により厳罰に処した。

 なお、暗殺者を雇用した者の身元は、現在も判明していない。

 以上

―――――――――――――――――――――――――




白金の神殿から遠く離れた南方、ダルヴィア王国。
その始まりは龍神にあった。
黄金の瞳を持つ龍神が人の姿を取り、この地に王朝を築いたと語り継がれている。

だが、時は過ぎ──伝説の金の瞳は、もう誰にも宿っていない。
現国王と第一王子セドリック、第二王子カディスも茶色の瞳であり、龍神の面影は見られなかった。

第一王子の母は外国の王女だったが、彼が生まれて一年後に病で倒れた。
深く悲しんだ王であったが、喪が明けるとすぐに新たな妃を迎えた。

子爵家の出ながら、華やかな美貌と抜け目ない才覚で社交界の頂点に躍り出た女――アマーリエ。
彼女は王との間にひとりの息子をもうけた。名をカディス。セドリックより一歳下の弟だ。

宮廷の空気は、静かに、しかし確実に新王妃アマーリエに傾いていった。
形式上は王妃と呼ばれていても、戴冠はまだ行われていなかった。
正確には、愛人という立場だ。
それでも彼女の望みはひとつだった。
──自らの息子カディスを、次の王にすること。





第一王子が寝室で暗殺者に襲われる事件が起こっても、翌日の朝食は普段通りだった。
広間の中央には長い卓。赤やピンクの鮮やかな花々が飾られている。
だが、端の席だけが、花も少なく妙に冷え切っていた。

そこに座る少年――第一王子セドリック・ルキウス・ダルヴィア。
陽光を思わせる金髪が肩にかかり、茶の瞳はどこか影を落としている。

(第一王子が末席を与えられているのか)

ルシファーの眉がわずかに動いた。彼は、光の玉に姿を変え、天井付近から静かにその場を見下ろしていた。

上座では、すでに王妃とその息子カディスが国王の傍に座り、侍女や使用人たちが集まっていた。
その明るさの中で、セドリックの席だけが夜のように孤立していた。

「殿下、どうぞ」

やや乱暴な手つきで食事が並べられる。

(……それでも怒らないか)


ルシファーの瞳は、その諦めきった瞳を追った。理不尽に慣れているのだろう。
命に関わることではない。だから、彼は手を出さない。

(……まあ、いいだろう。自分で学ぶべきことだ)

給仕が投げるようにパンを皿に置いた瞬間、空気がわずかに震えた。
近くの花が一瞬だけ揺らいだ。
だが、少年は何事もなかったように手を組み、口を閉ざした。

(──また、怒りを抑えたな)

ルシファーは目を細める。
子供ながら、理性で怒りを抑制する力は悪くない。将来、国王になった時、役に立つ資質だ、と胸の奥で思った。

「おおっ、これは絶品だな」

「珍しい料理ですわね」

上座では、国王の穏やかな声や王妃の笑い声が響く。
弟のはしゃぐ声も。
その瞬間、セドリックの茶の瞳が、氷のように冷たく光った。
けれどすぐに伏せられ、影の中に沈んだ。


セドリックはひとり下座で沈黙しているが、味方のいない弱い立場の王子ゆえに抗うことはできないのだと思われた。
今日もまた、この王子は宮廷の理不尽にやられっぱなしだ。


(……自分で超えねばならぬ。今はまだ、見守るだけだ)

ルシファーはひとつため息を吐き、王子の背後に場所を移した。




王子の目の前で、風もないのに、テーブルに飾られた花が小さく揺れた。
その瞬間、セドリックの頬を柔らかな光が撫でる。
胸の奥に、ほんのり灯がともった気がした。

「……ルー?」

嗄れた声が漏れる。

「気のせいか……」

守護してくれると言った天使は、あれから姿を見せない。

天使が自分を守護してくれるなんて、そんな夢みたいな話はないよね。
簡単に信じた自分は愚かだった。何かに縋ろうとする弱い心が一番嫌いだ。
セドリックは奥歯を噛み締める。

物心ついたときから一人だった。家族からも他人から愛情をかけられたことはない。
今更、希望を持つだけ無駄なのだ。
失望したくなければ、何も望まないのが一番なのだ、と彼は既に理解していた。

それでも、あの夜、自分を助けてくれたあの天使が恋しかった。
もう一度会いたいと願わずにいられなかった。
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