光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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そうして、傍らにいるルシファーに気づかないまま、セドリックは十二歳になった。

建国300年を来年に控え、王宮では不可解な事件が起こり始めた。
毒の混入、不審な呪いの痕跡──調査が進むうち、セドリック王子のみの命が狙われていることがわかる。
いずれの場合も間一髪のところで王子は厄災を回避し、今のところ傷一つ負っていない。
もちろん、それは彼の守護天使が働いたおかげだが、それに気づく者はいない。

黒幕は誰か? 国王の側近たちは囁き合う。
王妃アマーリエの実家の嫡男、その名が噂にのぼったが、証拠はなかった。





冬にしては柔らかい日差しが降り注ぐ昼下がり。

朝から続いた外国語の授業を終え、午後からは離宮で歴史の講義が待っている。
離宮をつなぐ渡り廊下を、セドリックはゆっくりと歩いていた。

しかし、いつもなら、ただの通路に過ぎないこの廊下に、どこか不穏な空気が漂っている。
彼の敏感な感覚は、違和感にいち早く気づいた。
全神経を集中して石床を踏みしめながら、柱の奥に潜む得体の知れぬ気配に立ち止まる。

振り向いて、後ろを歩く護衛たちに目をやる。
目が合った彼らは、首を傾げて呑気そうに微笑んできた。
まだ異変に気づいていないようだ。
セドリックはかすかな苛立ちと共に、ため息をついた。

――緊張感が、まるでないな。

感じる。
すごい殺気だ。

柱の影から、禍々しい黒い何かが顔を覗かせている。それが地を這い、赤い瞳がじっとこちらを見据えてきた。
先ほど感じていた殺気の本体は、この瞳の奥にはない。
柱の向こう、別の誰かから放たれているのだ。

「§ヴァ=ラグ=ノゥ≠シェル」
「ΩΛ=ザフル=ケイル∵」

柱の背後から、くぐもった男の声が響いた。

「何か聞こえてこないか?」
「ああ、誰かしゃべっているようだな」

護衛たちが顔を見合わせる。

「§ヴァ=ラグ=ノゥ≠シェル」
「ΩΛ=ザフル=ケイル∵」

「呪文……?」

言葉が出た瞬間、空気が変わった。
邪悪な気配が波紋のように広がり、周囲の温度が急速に下がる。

黒い影が形を変え、人間の胴ほどもある大蛇となって跳ね上がった。
護衛たちは剣を抜くも間に合わず、セドリックは反射的に腕で顔を庇う。

次の瞬間――紫の光が閃いた。

光を纏う青年が、セドリックの前に立っていた。
剣が一閃。
大蛇は悲鳴も上げぬまま、霧となって四散し、跡には微かな風が吹き抜けるだけ。
柱の陰では、同時に男の呻き声が上がった。

その剣を握る男──ルシファーは、豪華な貴族の服を着て、静かに立っていた。
黒髪が風に揺れ、手にした剣が日に煌めく。
その姿は、冷たく、確固たる威厳に満ちていた。

「……すごい……」

セドリックの唇から思わず感嘆の声が上がった。

ルシファーは振り返らず、静かに言う。

「護衛兵。柱の陰で倒れている男は呪術師だ。王子を襲うように命じた者は誰なのか、拷問してでも聞き出せ。決して自死はさせるな」

「承知しました。ですが……あなたは?」

「前王妃の親戚だ。今日は、セドリック王子に会いに来た」

「王妃様の……。では、外国の貴族の方ですね?」

肯定を表すように、ルシファーはつんと顎を上げた。

駆けつけた近衛兵たちが呪術師を捕縛し、引きずっていく。
護衛たちが何かセドリックに言っているが、セドリックの耳には届かない。
ずっと、会いたかった天使が目の前にいるのだ。ただ、胸の奥で熱がざわめくばかりだった。

今、見た光景は王子に衝撃を与えた。

―――目の前で、天使が剣を振るい、紫の光が呪いの大蛇を裂いた。

その様子が、王子の瞳に焼きついて離れない。
世界のすべてが色を失う中、ルシファーひとりだけが光を放っていた。

「ルー……綺麗だ……」

冷静さ、圧倒的な力――神々しいまでの美しさ。
王子の心に、憧れよりも強い感情が刻まれる。
恋……よりももっと強く激しいものだった。

それが何の感情か、まだ言葉にはできない。
だが、彼の胸の奥で何かが確かに目を覚ました。

ルシファーは、自分を見つめるセドリックの熱い視線に気づいた。


「何か?」

「ルー、僕は、あれから、ずっと待っていたんだ。あなたに会いたかったんだよ」

「いつも傍らにいた。お前が気づかなかっただけだ」

「そうなの? じゃあ、これからは姿を見せてよ。あなたの姿を見ると、僕は生きる気力が沸いてくるんだ」

表情を変えることなく、ルシファーはセドリックを見た。少し考えて、言った。

「では、たまに姿を見せることにしよう」

淡々とした声。だがその瞳の奥には、ほんのわずかに温かな光があった。
セドリックは、それが何の感情かを読み取ることはできなかった。
ただ、胸の奥で確信する。――この人は、自分を見捨ててはいなかったのだと。

ルシファーは剣を鞘に納め、背を向ける。
去り際に吹き抜けた風が、黒髪を揺らし、紫の光の残滓がふわりと空に溶けた。


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