光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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建国三百年を祝う式典の前日。
王城の広間は、金と銀の装飾でまばゆく輝き、無数の燭台が鏡面に光を散らしていた。
王国の威厳を誇るための舞台。その眩しさの中で、権力の争いが静かに蠢いていた。


アマーリエ王妃は、朝一番に文官から届けられた式典関係の書類に目を通した。

第一王子セドリック・ルキウス・ダルヴィア十三歳。
第二王子カディス十二歳。

式典では、セドリックは玉座に座る国王の隣に立つ予定になっていた。
それは王位継承者として当然の位置。

だが、王妃アマーリエの胸中は煮えくり返っていた。

(なぜ、いつまでもあの子が“第一王子”なの)

表面上は王妃として遇されているが、実際には“正式な王妃”ではない。
国王の愛妾であり、公妾ですらない――それが真実だった。

ゆえに、公式行事では身分の序列に従い、彼女もまた下座に座らねばならない。
己の息子カディスも、兄を見上げる位置にいる。

(なぜ陛下は、私を“王妃”にしないのか……!)

アマーリエは式典の書類を握り潰した。





朝の光が差し込む食堂。
銀器が触れ合う微かな音だけが、広い空間に響いていた。

セドリックはいつものように下座に座り、無言で食事をとっている。
背筋を伸ばし、所作に王族の品格を感じさせる。
それが、アマーリエの神経を逆なでした。

(どれだけ澄ました顔をしていれば気が済むのかしら。まるで、私など眼中にないみたいね)

「ねえ、セドリック」

手にしていたカップをわざと軽く揺らし、アマーリエは微笑を作る。

「あなたが先日、とても綺麗な顔をした青年と歩いているのを見たという者がいるの。彼女が言うには、息が止まるほどの美貌だったそうよ」

その瞬間、セドリックの手がかすかに震え、小さく唇を噛み締めた。
アマーリエの胸に、愉悦が灯る。
――表情を変えた。よほど、大切な人のようね。王子から取り上げてやるのも面白そうね。

「心当たりがありません」

「黒髪の方だそうよ?」

彼女の声は甘く、だが底に棘があった。

「その方を、ぜひ、私のサロンにお誘いしたいわ。あなたの交友関係は、王家の一員として調べる必要がありますもの」

ナイフとフォークが静かに置かれた。
セドリックの瞳が、冷ややかに彼女を見た。

「私が誰と親しくしようと、あなたには関係ありません。子爵令嬢」

気弱な王子が反抗するとは思わなかった。
女の唇がわずかにゆがむ。


短い沈黙。
アマーリエが何か言い返そうと口を開きかけた瞬間、椅子の脚が床を滑る音がした。

セドリックは立ち上がった。
光を受けたその横顔は、彫像のように冷たく整っていた。

彼はアマーリエを一顧だにせず、部屋を出ていこうとしていた。


アマーリエの美しい顔が、怒りで赤く染まった。そして、頭の中で新しい計画を思いつく。

――毒を盛ろう。

致命ではなくていい。
式典を欠席させる程度の毒。
それ以上の毒だと、式典が中止になってしまう。

そうすればこの忌々しい王子の下座に座らずにすむのだ。
その上、病弱な印象をつけておけば、次期王位に不安の影が差すではないか。
「前王妃様もお身体が弱かったから」と民が囁くほどの微熱でいい。

アマーリエにはとてもいい考えに思えた。自然と笑みがこぼれた。



「セドリック、午後、私の部屋へお茶にいらっしゃい」

柔らかな微笑みを浮かべ、立ち去ろうとする王子に声をかける。

「明日の式典のことで、少し話をしておきたいの」

セドリックは一瞬だけ目を細めた。
だが、何も言わずに小さくうなずく。

――紫の光は、そこにはいなかった。

ルシファーは王子の願いに従い、すでに宮殿を離れていた。


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