光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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12 天界

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天界。
ルシファーの白い館は深い静寂に包まれていた。
けれど、館主の胸中だけは荒れていた。頭の奥に何度もちらつく映像が、心の静寂を容赦なく乱していく。

「……また、映像が……」

かすかに苛立ちの混じった呟きがこぼれる。理性で押さえ込もうとしても、身体の奥に灯った熱は消えない。肩がぎゅっと縮み、胸が早鐘のように打つ。
その様子を横で見ていたミカエルが、低く言った。今日は、ミカエルと地上の情報交換をしていたのだ。

「……なるほど。王子の性夢がお前を惑わしているのか。理性が揺らいでいるな」

ルシファーはびくりと肩を震わせる。

「……どうして、それを……」

ミカエルは淡々と答えた。

「一緒にいる時ならば、俺にも見える。お前の心の動きまで、感知できるんだ。隠そうとしても無駄だ。お前の理性は、もう吹き飛ぶ寸前だな」

ルシファーはわずかに息を吐き、目を閉じた。羞恥と苛立ち、そして抑えきれない熱が胸に渦巻く。指先が服の布地を掴み、かすかに震える。

定期的に現れる、あまりに生々しい映像。
理性で抑えようとしても疼く身体。
それらすべてを、否応なく見透かされてしまった。

「……この映像は何だと思う? 予知夢……なんて恐ろしいことを言うなよ」

「予知夢か。そういえば、いつか俺に予知夢について聞いてきたな。あの頃からか?」

「……そうだ。王子を守護するようになって、すぐに見るようになった」

「これは予知夢ではないな。竜神の気配を感じる。すごい霊力だ。お前を我が物にしたくて取り憑いているんだ。なんて奴だ」

「でも、王子はまだ子供だぞ? そういう欲はないと思うが」

ミカエルは鼻で笑った。

「たとえ子供でも、男は男だからな。無意識にお前によからぬ想いを抱いている可能性はある。それで、霊体の一部が分離してお前に絡みついているのかもしれん」

「霊体? もしや、竜の部分が……」

言いながら、ルシファーの指先がピクリと跳ねる。

「あ……」

「また、始まったな」

「ああ……もう……」

弱く呟いたその声は、苛立ちが滲む。
けれど、身体の奥に燻る熱は決して消えなかった。
ミカエルが低く声をかける。

「そんな調子で王子の元に戻るのか? その任務、俺が代わろうか? 神に申し出れば、なんとかなるはずだ」

ルシファーは首を横に振った。

「必要ない。王子の守護は私に与えられた任務だ。誰も代わることはできない」

ミカエルは眉をひそめ、静かに吐息をつく。

「……お前、本当に危う過ぎるぞ。遠慮するな」

「くどいぞ。必要ないと言っているだろう」

ルシファーは潤んだ目でミカエルを睨みつけた。

「そんな目で睨まれてもなあ」

「……」

心の奥で芽生えかけた得体の知れない感情を、完全には制御できていない。
けれど任務を全うするため、彼は地上に降り立つ義務がある。
一度受けた任務を放棄しないこと──それは、彼の矜持そのものだった。


「そうか。なら、俺がその映像を上書きしてやる。映像よりも現実だ」

ミカエルの言葉と同時に、ふわりと腕が回された。

驚きで声も出せぬまま、ルシファーはブルーの光とともに抱きしめられる。
ミカエルの体温が伝わり、理性が一瞬だけ揺らぐ。
天使同士――禁忌ではない行為だが、心の奥で抑えられない背徳感がざわめく。

「……ミカエル……」

思わず漏れた声は、戸惑いと抗えぬ欲望で震えていた。
ミカエルの胸の感触がルシファーの鼓動をさらに早める。

「ルシファー、そのまま意識を俺の方へ向けろ」

言われた通り、ミカエルへ意識を移していくと、セドリックへの胸のざわめきは少しずつ収まり始める。だが、消えない幻影。――対抗するように、セドリックが背後から抱きしめて来た。

「ルシファー、裏切るの? ねえ、俺も後ろからいい?」

「……っ……これは……」

ルシファーは抗うが、抗えば抗うほど胸の奥の感覚は増幅される。理性は叫ぶが、身体は受け入れようとしている。
肩や背筋が熱くなり、全身が小さく震える。

「そんな!」

その瞬間、ルシファーの中で何かが決壊する。

「心配するな」

ミカエルの声が静かに、しかし確かな力を持って響いた。

「お前が揺らいでいるのは当然だ。こんな映像を見せられたら、誰でも揺らぐ」

「……この感覚……」

胸の奥のざわめきが、恐怖でも罪悪感でもないことに気づく。

「……なるほど、これが……身体の……」

まだ名前を持たない――だけど確かな「疼き」と「渇望」だった。

セドリックとミカエル、二つの存在が交錯し、ルシファーの心に初めての迷いと興奮の波紋を広げていた。前からはミカエル、後ろからはセドリックが抱きしめてくる。

ミカエルはルシファーを抱きしめたまま、ふっと笑う。

「……お前、なかなか扇情的だな」

ルシファーは顔を赤らめ、視線をそらす。しかし、腕の温もりは離れない。
肩の力が抜けず、鼓動は止まらない。

「……そんな……ことを言うな……」

羞恥で顔がかっと赤く染まる。胸の奥のざわめきを必死に押さえ込む。だが、幻影のセドリックが翼の根元を掴むたび、快感が走る。

「ひっ…!」

「その映像……俺も見てるぞ。お前、王子を受け入れかけてるな?」

ミカエルの声が柔らかくも挑発的に耳元で響く。
ルシファーは体を強ばらせ、視線をそらしたくてもそらせない。

「どうする、ルシファー。抑えられるのか? それとも――」

言葉を濁し、ミカエルの指先がルシファーの顎を持ち上げ、目を合わせてくる。

「その感情を認めた方が、楽になるぞ」

挑発を楽しむかのように、口の端を持ち上げた。

「……い、いや……私は……」

きっぱりと拒絶しろ、と理性は叫ぶが、身体は限界だった。

「ふふ……面白いな。お前がこんなにも乱れるとは思わなかった。潔癖さと淫乱は紙一重だということか」

ミカエルは軽く笑い、ルシファーの唇に唇を近づける。

「王子に背後から抱かれながら、前からは俺に抱かれるか? お前の理性はもう、どこにもないな?」

ルシファーは顔を覆い、胸の奥のざわめきを必死に押さえ込む。しかし、それをせき止めようとする力は、もはや限界だった。焦らされているだけで与えられない快感への渇望で心が壊れそうだった。

「ミカエル。……頼む。抱いてくれ」

「素直に言えたな。それでいい。映像は所詮映像だ、現実には叶わない。王子の映像など俺が吹き飛ばしてやる」

ミカエルがルシファーの着ていた白いローブに手をかけ、取り去った。


もしも映像が予知夢だとしたら……。
セドリックとこんなことをする未来があるのだろうか……
……それだけは、阻止しなければ……。

失っていく理性の中で、ルシファーはぼんやりと考えた。

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