光の果ての君へ~天使の落ちる罠

ノエル

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天界から地上に降り立った瞬間、
三日後のはずだった地上は、五年という歳月を経ていることにルシファーは気付いた。

「……間違えた……降り立つ地点を外したか」

ルシファーは紫の玉と姿を変え、急いで王宮の奥へ進む。

途中の廊下で貴族らしき二人ずれとすれ違った。

「今の陛下に龍の血など流れておらぬ。セドリック殿下を恐れて離宮に籠ったきりではないか」

「確かに、陛下は腑抜けだが、セドリック王子は既に龍神の力を発現されておる。陛下が恐怖に駆られても仕方あるまいよ」

「とうとう、我が国に龍神の血が復活するのか……。頼もしいな……」

(国王は、名ばかりになっているのか)
ルシファーは五年という歳月の長さに思いを馳せた。

豪華な扉の前に、衛兵が2人立ち、扉を警備している。
見たことのない衛兵だった。だが、セドリックの部屋はこの部屋で間違いない。

見慣れたはずの扉を前にして、胸の奥にわずかな緊張を覚えた。
五年後なら、セドリックは十八歳。
扉の向こうにいる“彼”が、線の細い少年ではないという確信が、ルシファーにはあった。

紫の玉のままの姿で護衛の間を通り抜け、静かに扉の隙間を抜ける。部屋の隅で天使の姿へと戻り、歩きながら王子にそっと声をかけた。

「……セドリック」

呼びかけると、疑わし気な低い声が返ってきた。

「……ルー?」

椅子に座っていた美貌の青年が立ち上がる。
目に飛び込んできたのは、かつての幼い王子ではなく、凛とした青年に成長したセドリックだった。それは、予想通り、ルシファーが映像で見る王子の姿そのままだった。

金色に輝く瞳、広い肩幅に、高く伸びた背。そして周囲を威圧するその存在感は、映像の中の王子以上に生々しく、圧倒的だった。

儚げだったセドリックが、本当に、このような姿に成長するとは、感慨深いものがあった。
この五年間、彼はきっと、誰にも言えぬ孤独を抱え、絶望し、そして沢山のものと戦いながら、心を強くしてきたのだろう。

そう思うと、ルシファーは胸が締め付けられる思いがした。
だが、同時に、王子が映像とは違う容姿であって欲しかったという思いもある。

「……本当にルーなのか?……もっと近くに来てくれ……」

セドリックの声は震えていた。
ルシファーが影から完全に姿を現すと、王子の目が、喜びと安堵に輝く。
五年間、必死で呼び続けていた名の持ち主が、今、突然、目の前に現れたのだ。その胸に渦巻いていた感情が一気に噴き出してもおかしくない。

「戻って……きてくれたのか……やっと……」

ゆっくりとルシファーに向かって手を伸ばす。王子の腕が、次の瞬間、すごい力で抱きしめてきた。

「会いたかった。毎日、あなたを想って泣いていたよ」

ルシファーは王子の腕の感触に動揺して身じろぎをした。
映像の中で抱きしめてくる、彼の腕の感触と同じだ。

「久しぶりのルーの香りだ。爽やかで清々しい……。……もう、僕はあなたより背が高くなったみたいだ」
「大きくなったな、セドリック」
「約束では、三日後に戻るはずだった。五年も帰ってこないなんて……あなたは酷いぞ」
「わかったから、そろそろ身体を離せ」
「嫌だ。離したら、またいなくなるかもしれないじゃないか。……2度と会えないのかと、絶望していたんだぞ」
「悪かった。こんな失敗は二度としない。地上に戻る時、時空の狭間を……」

セドリックが抱きしめる腕を解いた。
言葉の続きを止めるように、彼の指がルシファーの唇を塞ぐ。

「言い訳はいらない。ルーが僕の元に戻ってきてくれた。それだけでいい」

指先が喉元をなぞる。
まるで“存在を確かめる”ように。

その時、ルシファーの脳裏にフラッシュバックが走った。
それは久しぶりの衝撃だった。ミカエルと交わった後、彼の光で強固にプロテクトをかけてもらい、映像が入り込む隙は無かったのだ。
セドリック、本人を目の前にして、龍の力が強まったのかもしれない。


胸の鼓動が一気に早まり、手のひらにじんわりと汗が滲む。
映像の中で、セドリックの指が肌を這い、唇が触れる感覚。思わず顔が強張り、息が詰まりそうになる。理性で押さえ込もうとして失敗した。

『ルシファー、やっと会えたな。この忌々しい青い光が邪魔をして、あなたに近づけなかったんだ』
『それは……』
『ねえ、俺は、目の前であなたとあの男が交わるところを見せられたんだよ。あなたを愛する俺の前でヤるなんてね。それって、残酷な行為だと思わない?』

映像のセドリックの手が体中に這いまわる。

『ねえ、俺ともしよう? 俺は人間じゃないから、禁忌には当たらないかもよ?』
『やめ……ろ……』

目の前のセドリックは、探るように、そして真剣にルシファーを見つめていた。

「どうしたの? ルー?」

「……っ……!」

息が漏れ、頬を赤く染める自分に気づいて、思わず目を逸らす。しかし、心臓の高鳴りと熱は、目を逸らすことで少しも鎮まらない。

フラッシュバックの映像と現実の触れ合いが重なり、『危ない』とルシファーの理性は叫ぶ――けれど身体は、否応なく現実にいる彼の感触を試したがっている。

「ルー?」

ルシファーが顔を背けると、セドリックは薄っすらと笑みを浮かべた。

「なるほど……ルー、いや……ルシファー……。僕の欲望の部分があなたに絡みついてるんだね。僕の……その……あなたへの想い、ばれちゃったのか。でも、そっちの方が、話が早い」

セドリックの指先が喉元をなぞると、思わず肩が跳ね、全身に小さな震えが走る。
ルシファーは必死に快感を逃そうとするが、胸の奥の熱と渇望はそれを許さない。現実の王子と、映像の王子、二つの存在が重なり、抑えきれぬ衝動が全身に広がっていった。

そのとき、天界から飛んできたような鋭い声が耳を打った。

「ルシファー! しっかりしろ!」

体がビクッと震える。目の前の王子も驚いたように止まる。
弾け飛ぶ寸前の理性が浮上した。胸のざわめきは消えないままだが、それでもぎりぎりで引き返せたと、ルシファーは安堵の息を吐いた。


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