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ルシファーは王宮の図書室で、机に広げた本や記録書を読み込んでいた。
五年間の空白、王子の歩み、国の変遷——すべてを確認しながら、胸の奥で静かに警鐘が鳴る。
(彼は……この5年間、本当にがんばったんだな)
そのとき、静かな図書室に、軽い足音が近づいた。
「……あなたが、兄上の想い人?」
ルシファーは顔を上げ、目を見張る。そこに立っていたのは、王子の弟カディスだった。
カディスは机の端に腰を下ろし、ふふっと笑う。
「ねえ、お姉さん、ダルヴィア王族に流れる龍の血って、知ってる?」
ルシファーは眉をひそめる。
「私は男だ」
「ごめん。男装の麗人かと思った」
「龍の血のどんなことだ?」
カディスは肩をすくめつつも、目は真剣だ。
「ダルヴィア王族は初代皇帝の龍の血を受け継いでいる。たぶん兄上は、歴代王族の中で一番その血が濃いと思うよ。
血の性質は、ただの力じゃない。頭脳も、欲望の強さも、身体の剛健さも、全部に影響するんだ。それに、感情が限界を突破したら霊体が龍の姿を取って身体から分離するという言い伝えもある。兄上がそこまでできるかはわからないけど」
ルシファーは少し目を細め、頭の奥で何かがざわつく。
(……なるほど。だから、あの熱量が理性を超えて私に迫ってきたのか)
カディスは興味深げに続ける。
「血が強くでるほど、誰かを想う気持ちも増幅されるって話だ。兄上の執着も、もしかしたら……龍の血のせいもあるかもね」
ルシファーは静かに息をつき、本を閉じる。
(血か——でも、それだけじゃ説明できない、あの狂おしい想いは)
表情を変えないルシファーに、カディスはちょっと肩をすくめ、にやりと笑う。
「まあ、だからこそ覚悟がいるってことだよね。君も、心の準備はしておいたほうがいい」
「覚悟?」
ルシファーの胸の奥で、突然、塔の冷たい空気が流れる――。
両手に枷をつけられ抗えない自分。裸体に鎖が巻かれている。塔に閉じ込められ逃げられない。
王子の熱と狂気が肌に迫る未来――が見えた。
(これは……鎖? 私は一体どういう目にあっているのだ?)
手が震え、体が自然に硬直する。目の前の図書室の静けさと、この未来への恐怖が、心の中で入り混じる。
頭の中に映る映像は、官能的で、同時に支配的だった。
映像の王子の手が首に触れ、唇が近づき——いきなり噛みつかれた。
「……ッ!」
フラッシュバックのあまりの衝撃に、ルシファーは思わず首を仰け反らせた。
「ちょっ、大丈夫?」
カディスが慌てて手を握ると、映像が霧消した。かろうじて、ルシファーは無事にやり過ごせ、息をついた。
カディスは軽く笑いながら、目を細める。
「これは、またすごい執着だな、兄上。だけど、これだけの力を兄上から送られても、正気でいられるあなたはすごいね。並の人間なら廃人になってるよ。お姉さん、何者?」
ルシファーは冷静を装い、視線を逸らす。
「人の話を聞いているのか? 私は男だ。この送られてくる映像は、本当にセドリックの力によるものなのか?」
カディスは肩をすくめ、楽しげに首をかしげる。
「映像? そんなものが見えるの?」
「ああ、セドリックの映像が見える。君たち王族は、他人に映像を送る能力があるのか?」
「それはちょっとわからないな。少なくても、僕にはない。でも、兄上の龍の力が干渉しているのは確かだよ。ものすごく兄上の気配を感じる。あなたに絡みついてる感じ」
「そうか」
「でもさあ。本人は無意識かもね。それは却って、たちが悪いな」
ルシファーは静かに息を吐き、頭の奥で、塔の冷たい空気と王子の熱が混ざった未来の映像を思い返す。
(……やはり、これは……龍の力か……)
胸の奥でざわめく感覚を抑えつつ、ルシファーは視線をカディスに戻した。
(まだこの任務の辞退を決める時じゃない……でも、この感情の渦に抗うのは——難しい)
カディスは笑みを消して、真剣な顔で見詰めていた。
「逃げるつもりなら、うまくやらないと危ないよ。あの、“人に無関心”な兄上が、ここまで酷い執着を見せてるんだ。下手をすると……監禁されるかも」
ルシファーは目を見開いてカディスを見た。
未来で見た、鎖の感触が脳裏に蘇る。
カディスは微笑んだ。
「確かにあなたの美しさは衝撃的だ。
でも、ごめん。僕は兄上が怖い。あなたを助けてあげられそうにない」
その声に、どこか怯えと憐れみが混じっていた。
図書室の空気が静まり返り、窓辺の光が揺らめく。
――遠くで、龍の鼓動が聞こえた気がした。
◇
ルシファーとカディスが図書館で語り合っていた頃。
セドリックは政務の間を縫って、ひとり中庭のベンチに腰かけていた。
噴水の飛沫が日の光に反射して煌めいている。
(結婚なんてしなくていい。ルシファーさえいればいい)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
(ずっとそばにいれば、いつかきっと笑ってくれる。あの美しい瞳が、僕だけを見るようになるんだ)
風が木々の葉を揺らし、セドリックの髪を撫でた。
彼の表情は、誰にも見せたことのないほど幸福感に満ちていた。
(でも、まだ……あまり欲しがってはいけない……。この前は怖がらせてしまった。もっと自分を抑えなきゃ)
そう思う一方で、身体は熱を帯び、ルシファーを自分のものにしたいという衝動が増していく。
(僕は生涯ただ一人、ルシファーだけを愛する)
セドリックは目を閉じて、ゆっくり吐息をついた。
五年間の空白、王子の歩み、国の変遷——すべてを確認しながら、胸の奥で静かに警鐘が鳴る。
(彼は……この5年間、本当にがんばったんだな)
そのとき、静かな図書室に、軽い足音が近づいた。
「……あなたが、兄上の想い人?」
ルシファーは顔を上げ、目を見張る。そこに立っていたのは、王子の弟カディスだった。
カディスは机の端に腰を下ろし、ふふっと笑う。
「ねえ、お姉さん、ダルヴィア王族に流れる龍の血って、知ってる?」
ルシファーは眉をひそめる。
「私は男だ」
「ごめん。男装の麗人かと思った」
「龍の血のどんなことだ?」
カディスは肩をすくめつつも、目は真剣だ。
「ダルヴィア王族は初代皇帝の龍の血を受け継いでいる。たぶん兄上は、歴代王族の中で一番その血が濃いと思うよ。
血の性質は、ただの力じゃない。頭脳も、欲望の強さも、身体の剛健さも、全部に影響するんだ。それに、感情が限界を突破したら霊体が龍の姿を取って身体から分離するという言い伝えもある。兄上がそこまでできるかはわからないけど」
ルシファーは少し目を細め、頭の奥で何かがざわつく。
(……なるほど。だから、あの熱量が理性を超えて私に迫ってきたのか)
カディスは興味深げに続ける。
「血が強くでるほど、誰かを想う気持ちも増幅されるって話だ。兄上の執着も、もしかしたら……龍の血のせいもあるかもね」
ルシファーは静かに息をつき、本を閉じる。
(血か——でも、それだけじゃ説明できない、あの狂おしい想いは)
表情を変えないルシファーに、カディスはちょっと肩をすくめ、にやりと笑う。
「まあ、だからこそ覚悟がいるってことだよね。君も、心の準備はしておいたほうがいい」
「覚悟?」
ルシファーの胸の奥で、突然、塔の冷たい空気が流れる――。
両手に枷をつけられ抗えない自分。裸体に鎖が巻かれている。塔に閉じ込められ逃げられない。
王子の熱と狂気が肌に迫る未来――が見えた。
(これは……鎖? 私は一体どういう目にあっているのだ?)
手が震え、体が自然に硬直する。目の前の図書室の静けさと、この未来への恐怖が、心の中で入り混じる。
頭の中に映る映像は、官能的で、同時に支配的だった。
映像の王子の手が首に触れ、唇が近づき——いきなり噛みつかれた。
「……ッ!」
フラッシュバックのあまりの衝撃に、ルシファーは思わず首を仰け反らせた。
「ちょっ、大丈夫?」
カディスが慌てて手を握ると、映像が霧消した。かろうじて、ルシファーは無事にやり過ごせ、息をついた。
カディスは軽く笑いながら、目を細める。
「これは、またすごい執着だな、兄上。だけど、これだけの力を兄上から送られても、正気でいられるあなたはすごいね。並の人間なら廃人になってるよ。お姉さん、何者?」
ルシファーは冷静を装い、視線を逸らす。
「人の話を聞いているのか? 私は男だ。この送られてくる映像は、本当にセドリックの力によるものなのか?」
カディスは肩をすくめ、楽しげに首をかしげる。
「映像? そんなものが見えるの?」
「ああ、セドリックの映像が見える。君たち王族は、他人に映像を送る能力があるのか?」
「それはちょっとわからないな。少なくても、僕にはない。でも、兄上の龍の力が干渉しているのは確かだよ。ものすごく兄上の気配を感じる。あなたに絡みついてる感じ」
「そうか」
「でもさあ。本人は無意識かもね。それは却って、たちが悪いな」
ルシファーは静かに息を吐き、頭の奥で、塔の冷たい空気と王子の熱が混ざった未来の映像を思い返す。
(……やはり、これは……龍の力か……)
胸の奥でざわめく感覚を抑えつつ、ルシファーは視線をカディスに戻した。
(まだこの任務の辞退を決める時じゃない……でも、この感情の渦に抗うのは——難しい)
カディスは笑みを消して、真剣な顔で見詰めていた。
「逃げるつもりなら、うまくやらないと危ないよ。あの、“人に無関心”な兄上が、ここまで酷い執着を見せてるんだ。下手をすると……監禁されるかも」
ルシファーは目を見開いてカディスを見た。
未来で見た、鎖の感触が脳裏に蘇る。
カディスは微笑んだ。
「確かにあなたの美しさは衝撃的だ。
でも、ごめん。僕は兄上が怖い。あなたを助けてあげられそうにない」
その声に、どこか怯えと憐れみが混じっていた。
図書室の空気が静まり返り、窓辺の光が揺らめく。
――遠くで、龍の鼓動が聞こえた気がした。
◇
ルシファーとカディスが図書館で語り合っていた頃。
セドリックは政務の間を縫って、ひとり中庭のベンチに腰かけていた。
噴水の飛沫が日の光に反射して煌めいている。
(結婚なんてしなくていい。ルシファーさえいればいい)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
(ずっとそばにいれば、いつかきっと笑ってくれる。あの美しい瞳が、僕だけを見るようになるんだ)
風が木々の葉を揺らし、セドリックの髪を撫でた。
彼の表情は、誰にも見せたことのないほど幸福感に満ちていた。
(でも、まだ……あまり欲しがってはいけない……。この前は怖がらせてしまった。もっと自分を抑えなきゃ)
そう思う一方で、身体は熱を帯び、ルシファーを自分のものにしたいという衝動が増していく。
(僕は生涯ただ一人、ルシファーだけを愛する)
セドリックは目を閉じて、ゆっくり吐息をついた。
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