[完]異世界銭湯

2章

34

「マキちゃんなんか叫んでるけどどうしたんだい？」

「大丈夫か？揉め事はここではご法度だよあんた達」

顔なじみになったお客さん達が心配そうに声をかけてきてくれた。

「皆さん、すみません。すぐに帰って貰いますからゆっくりと入っててください」

私はコロッと声を変えてみんなに優しく話しかけた。

「ちょうどいい、お前達今すぐにここから出ろ、今からここはブルード様がはいられるからな」

「ブルード様？」

みんなは入り口で偉そうに立っているおじさんに目を向けた。

「あれ、ブルード伯爵だ」

「なんであいつが来てんだ？」

みんな知っているようでコソコソと話している。

「分かったらサッサと出ろ！」

兵士が怒鳴るとまた私の怒りのボルテージが上がった。

「あんたねー！」

バットを持って追い出そうとするとマルコスさんをはじめ常連客のゲンさんやバルドルさんが腰にタオルを巻いて私の前に立った。

「ジョアン、ライリーさんを呼んでこい」

マルコスさんが息子のジョアンくんに声をかけるとジョアンくんは頷いて外に飛び出して行った。

ライリーさん達はもう護衛は必要ないと私達がちょうど断ってしまっていたのだった。

こんなことならもう少し護衛をお願いしておけばよかった。

「おいお前ら庶民の分際で貴族に楯突くのか！？」

「ここでは貴族も庶民も関係ないんだよ！そんな事も知らずにここに来たのか？」

「何ー」

「なんだ！」

ゲンさんとバルドルさんが肉壁を作って兵士達を圧倒する。

二人は職業柄ガタイがいい、テレビでみるボディービルダーのような体型をしていた。

「まぁまぁ皆さん、私は何も無理やり力でそんな事をしたいわけじゃないんですよ」

すると後ろにいたブルード伯爵が穏やかに声をかけてきた。

おお、兵士より伯爵様の方が話が通じるのかもしれない。

「ちゃんとそれなりにお詫びはしますから今日は帰ってくれるかな？」

「え？」

なんか、雲行きが怪しい。

「お前達の望みは金だろ？ちゃんと今日払った分は私が返してやる、ここのお金も足りない分は払おう、それなら文句はないだろ？」

ブルード伯爵は本気で言っているようでにっこりと笑っていた。

あまりの言い分に私は思考が停止して呆けてします。

「ほら、わかったら帰れ！ブルード様のお慈悲に感謝しろ」

兵士達はゾロゾロと中に入って客を出そうとする。

「ま、待って！お金の問題じゃないのよ。そんな事でここを貸し切りにはできないわ」

「なんだと」

「だそうだ、マキちゃんがそういうなら俺達も帰る訳には行かないな。金なら自分で働いて払ってんだ！」

「そうだ！」

みんな…

「そういうわけですからおかえりください」

私はにっこりと笑って入り口の方を手で示した。

「そうですか、それは残念です」

ブルード伯爵はニコッと笑うと素直に入り口から出ていった。

「ブルード様！」

兵士達もブルード伯爵に続くように飛び出して行く。

「ざまぁみろ！」

「いい気味だ！貴族だからって偉そうにしやがって」

「でも、大丈夫かな？」

貴族を追い出したみんなは喜んだり不安がったり色々だった。