35 / 61
出会い(フェリクス視点)2
しおりを挟む
「あ、えっと、怖がらせた……かな?」
フェリクスははっとして、上目遣いで少女の顔を覗き込む。彼女は怖がっているわけではなかった。紫色の目をぱちぱちと瞬いて、驚いたようにフェリクスを見つめている。
少女の桃色の唇がうっすらと動いて、なにか言葉を形作る。
「う、ううん! あの、えっと、珍しくて。そんなことをいう人、あんまりいないから。だって、私はアルファだもの……自分の身も自分で守れないアルファなんて、情けないでしょう?」
「どこが?」
するりと口から出てきた言葉は完全に素だった。
「アルファだ、オメガだ、ベータだ、なんて、関係ない。大勢で一人を囲むってやり方はフェアじゃないし、それでなくてもあれは何の意味もない悪口だ。君が受けないといけないものではないよ」
「…………でも、私、本当になんにもできないの。これをしなさい、あれをしなさい、って言われたことが全然上手にできない……がんばりたいのに」
少女はしゅんとうなだれる。銀色の髪がうなじにかかってきらきらと輝く。
フェリクスは、この名前も知らない少女を元気づけたくてたまらなかった。
さきほどまで誰にも興味が持てない、なんてどの口が言っていたのだろう。フェリクスは、この少女にすべての興味をささげるために生まれたのだ、と確信した。
彼女のためになんでもしてあげたい、笑顔にしてあげたい――守ってあげたい。
そんなふわふわとした感覚が指の先までに沁みとおっていくようだ。
フェリクスは必死で頭を巡らせて、次の、少女が笑ってくれそう話題を考えた。
「ねえ、君は、好きなことはある?」
「……だから、私、なんにもできないって」
少女が悲し気に戸惑った声を出す。フェリクスは唾を飲み込んで、何でもないような顔をして笑って見せた。
「はは、違う違う。好きなことだよ。寝ることでも、食べることでも。僕はそのどっちも大好きさ」
どちらも、ただの生理現象だ。好きか嫌いかでくくれるようなものじゃない。
だけれど、フェリクスは、この少女のためなら今すぐに食べることも寝ることも好きなことにする用意があった。
「……まあ。寝ることと食べること、だなんて、赤ちゃんみたいね」
少女が笑う。ほっと息をついたフェリクスの真剣な顔が見られなくて本当によかった。
背中に汗をびっしょりかいたフェリクスは、湿った手を握りしめた。
少女が、少し考えた様子で、ゆっくり口を開く。
「歌うことは、好きかもしれないわ」
「本当? 歌うことが好きなんて、すごいなあ」
「でも、上手ではないわ」
「好きっていうのは、楽しめるってことだろう? 君は歌うことを楽しいと思えるんだ。それって僕にはできない。すごいことだよ」
「慰めはいいわ。……私、自分がそんなすごいひとじゃないってちゃんとわかっているんだもの」
うつむく少女に、なにかしてあげたい。
そんな気持ちばかりがせいて、フェリクスは空回りそうになる。歌、歌が好き、彼女は歌うことが好きで――考えろ、考えろ、彼女に必要な言葉は慰めじゃない。そうやって寄り添うことなんて誰にでもできる。今、この少女に必要なのは……。
フェリクスは、思い切り息を吸い込んだ。そうして、たいして大きく発声もできない、ちょうしっぱずれの音を喉から絞り出した。
音がひしゃげておかしな音色だ。高名な音楽の先生すらさじをなげた歌だ。でも、これを少女に晒すことに、一切の迷いはなかった。少女のために、フェリクスはなんだってやりたかった。
歌い終わると、少女のちいさな手がぱちぱちと音を鳴らす。おぼつかない拍手に、フェリクスは苦く笑った。
「ありがとう。……ね、下手だろう? 本気で歌ってこれなんだ」
「どうして……そんなに、嬉しそうなの?」
「うん? ああ。君が、聴いてくれたからかな。乳母には騒音だって言われるのに、君は最後まで聴いてくれたもの」
「騒音……」
瞬くアメシストが美しい。フェリクスは、そこに初めて、光を見つけた気がした。
フェリクスははっとして、上目遣いで少女の顔を覗き込む。彼女は怖がっているわけではなかった。紫色の目をぱちぱちと瞬いて、驚いたようにフェリクスを見つめている。
少女の桃色の唇がうっすらと動いて、なにか言葉を形作る。
「う、ううん! あの、えっと、珍しくて。そんなことをいう人、あんまりいないから。だって、私はアルファだもの……自分の身も自分で守れないアルファなんて、情けないでしょう?」
「どこが?」
するりと口から出てきた言葉は完全に素だった。
「アルファだ、オメガだ、ベータだ、なんて、関係ない。大勢で一人を囲むってやり方はフェアじゃないし、それでなくてもあれは何の意味もない悪口だ。君が受けないといけないものではないよ」
「…………でも、私、本当になんにもできないの。これをしなさい、あれをしなさい、って言われたことが全然上手にできない……がんばりたいのに」
少女はしゅんとうなだれる。銀色の髪がうなじにかかってきらきらと輝く。
フェリクスは、この名前も知らない少女を元気づけたくてたまらなかった。
さきほどまで誰にも興味が持てない、なんてどの口が言っていたのだろう。フェリクスは、この少女にすべての興味をささげるために生まれたのだ、と確信した。
彼女のためになんでもしてあげたい、笑顔にしてあげたい――守ってあげたい。
そんなふわふわとした感覚が指の先までに沁みとおっていくようだ。
フェリクスは必死で頭を巡らせて、次の、少女が笑ってくれそう話題を考えた。
「ねえ、君は、好きなことはある?」
「……だから、私、なんにもできないって」
少女が悲し気に戸惑った声を出す。フェリクスは唾を飲み込んで、何でもないような顔をして笑って見せた。
「はは、違う違う。好きなことだよ。寝ることでも、食べることでも。僕はそのどっちも大好きさ」
どちらも、ただの生理現象だ。好きか嫌いかでくくれるようなものじゃない。
だけれど、フェリクスは、この少女のためなら今すぐに食べることも寝ることも好きなことにする用意があった。
「……まあ。寝ることと食べること、だなんて、赤ちゃんみたいね」
少女が笑う。ほっと息をついたフェリクスの真剣な顔が見られなくて本当によかった。
背中に汗をびっしょりかいたフェリクスは、湿った手を握りしめた。
少女が、少し考えた様子で、ゆっくり口を開く。
「歌うことは、好きかもしれないわ」
「本当? 歌うことが好きなんて、すごいなあ」
「でも、上手ではないわ」
「好きっていうのは、楽しめるってことだろう? 君は歌うことを楽しいと思えるんだ。それって僕にはできない。すごいことだよ」
「慰めはいいわ。……私、自分がそんなすごいひとじゃないってちゃんとわかっているんだもの」
うつむく少女に、なにかしてあげたい。
そんな気持ちばかりがせいて、フェリクスは空回りそうになる。歌、歌が好き、彼女は歌うことが好きで――考えろ、考えろ、彼女に必要な言葉は慰めじゃない。そうやって寄り添うことなんて誰にでもできる。今、この少女に必要なのは……。
フェリクスは、思い切り息を吸い込んだ。そうして、たいして大きく発声もできない、ちょうしっぱずれの音を喉から絞り出した。
音がひしゃげておかしな音色だ。高名な音楽の先生すらさじをなげた歌だ。でも、これを少女に晒すことに、一切の迷いはなかった。少女のために、フェリクスはなんだってやりたかった。
歌い終わると、少女のちいさな手がぱちぱちと音を鳴らす。おぼつかない拍手に、フェリクスは苦く笑った。
「ありがとう。……ね、下手だろう? 本気で歌ってこれなんだ」
「どうして……そんなに、嬉しそうなの?」
「うん? ああ。君が、聴いてくれたからかな。乳母には騒音だって言われるのに、君は最後まで聴いてくれたもの」
「騒音……」
瞬くアメシストが美しい。フェリクスは、そこに初めて、光を見つけた気がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
530
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる