アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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出会い(フェリクス視点)1

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 アンリエッタとの出会いはフェリクスの幼少期までさかのぼる。
 そのころ、フェリクスは魔法師による検査で第二性がアルファだと判明したばかりだった。
 フェリクスは、その結果に何を思うこともなかった。アルファだろうな、と見当がついていたのだ。フェリクスにできないことは一つを除いてなく、その一つ、歌うことも、フェリクスの将来――皇帝という役割には、必要のないものだった。周囲がフェリクスを称賛するのを冷めた目で見つめ、聞きながら、フェリクスは自分の無感動さに気付いていた。
 物心ついたころから、フェリクスには興味の持てることがなかった。
 空の青さを見ても何も思わず、誰かが泣いていてもああ、泣いているなと事実を考える。
 その日、城で開かれた茶会でも、フェリクスはただ行儀のよい笑顔を顔に張り付けて、しきたり通りに対応しているだけ。
 取り巻きや大人はそんなフェリクスをちやほやしたが、フェリクスはいい加減にこんなつまらない集まりから抜け出してしまいたかった。
 そんなときだった。
 フェリクスと同じ年頃の子供たちが、一人の少女を追い立てるようにしてお茶会の会場のはずれにある、薔薇の生垣に向かっていく。
 いじめか、と、たしかフェリクスはその時も無感情に思った。
 アルファのくせに、などと聞こえてきたことから、あの少女はアルファなのだと思う。
 アルファという性別であることは、貴族という生き物の中では重要なステータスとなる。特に高位貴族ではアルファに生まれるというだけで次期当主の候補にもなると聞く。そんなアルファに生まれついて能力が他者より秀でていない、というのは、たとえそれが人並み程度にはできる、というだけでも侮蔑の対象になりうる。それは、生き馬の目を抜くという、闇の深い社交界では、いくら子供とはいえ致命的であった。
 さらさらと流れる美しい銀髪に、日の光を受けて輝くアメジストのような瞳は人目を引く。それもあって、少女はあの子供たちに絡まれているのだろう。
 きらきら輝く目は、涙ゆえだろうか。遠くから眺めていると、一瞬だけ少女と目が合った。
 すぐに逸らされた視線――しかし、その紫色の、どこまでも透明な目が、フェリクスの心臓に、なにか、例えがたいものを落とした。
 後から考えれば、それはフェリクスが生まれて初めて他人に持った興味、であったのだが、その時のフェリクスにはそれに思い至ることができなかった。
 ただ、ただ、ただ――……その感情の正体が知りたくて、フェリクスはふらりと足を動かした。
 案の定、少女はアルファであるのに能力が足りない、といじめられているらしかった。生垣の影に隠れ、少女と令息たちの会話を盗み聞いたフェリクスはくだらない、と嘆息した。
 つまらない、得るものもないだろう。そうやって、踵を返そうとした、その時だった。
 その時、ふいにしゃくりあげる声が聞こえた。
 瞬間、かっと頭が熱くなる。沸騰するようだ。思わず、フェリクスは叫んでいた。
「おい!何をしている!」
 意図せず、低い声が出た。けれど、それは大人の声に聞こえたのだろう。令息たちが目に見えて焦りだした。
「やばい、アリウム令嬢をいじめてたことがばれたらことだぞ」
 慌ててその場を離れる足音がする。
「おい、アンリエッタ! 大人たちには俺たちのことを言うなよ!」
 フェリクスは、生垣の隙間からその少年たちの顔を見た。
 ――そして、覚えた。フェリクスは、一度見たものをけして忘れない。頭のなかで令息の家の当主たちを思いだしながら、フェリクスは彼らが立ち去るのをじっと待った。
「はやく行くぞ!」
 ばたばたと足音が響く。
 あとに残されたのは、ひっく、ひっくと泣き続ける少女と生垣の影に立つフェリクスだけだった。フェリクスは、生垣の隙間に小さく空いた穴から少女を見つめた。都合のいいことに、日の光のせいで、少女の側からはフェリクスが見えないようだった。
 少女がごしごしと目をこすりながら、幼い子供らしいはかない声でぽつりとつぶやく。
「はやく、泣き止まなくちゃ……お父様に、ご迷惑が掛かってしまう」
 このいじらしい言葉に、フェリクスは胸がつかれる心地がした。他人なんてどうでもいいと思っていたフェリクスが、はじめてこんなことを思ったのだ。
 気付けば、フェリクスは少女に話しかけていた。
「大丈夫?」
「え……?」
「声をかけるのが遅れてごめんね。あいつらの顔、覚えておかなくちゃって、立ち去るのを見てたんだ」
 怖がらせないように、やわらかな言葉を選ぶ。普段使わない子供っぽい口調は、少女に優しくしたい、と思えば違和感なく使いこなせた。
「覚えて、おかなくちゃ……?」
「うん、だって、自分より小さい女の子を囲んで悪口を言うなんて、男の風上にもおけないからね。そんな人間は、この国の未来にはいらない。ああ、大人は来ないから安心して。君の泣き顔を見る人はいないよ。僕、大人の声真似が得意なんだ」
 でまかせだ。大人の声真似なんてしたことがない。それでも、少しでもおどけて話せば、少しでも彼女が安心するのではないかと、そう思ってフェリクスはさもこうしたことが特技であるかのようにふるまった。けれど、少女からの言葉は返ってこなかった。
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