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第六章

婚約破棄から断罪へ2

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「な……んでそれを。……いや、俺はそんなこと……」
「使用人というものは、全員が全員、絶対的に主人に忠実というわけではないのですよ。かつて王女を攫った侍女のように。この使用人も、いつかあなたに取引を持ち掛けられるよう、この名簿を残していた」

 言って、ユリウスは手にしていた古い紙を広げた。たった数枚の紙は、しかしはっきりと王家の刻印がなされている。ユリウスがオリバーを、そして、コックス子爵夫人を睨み据えた。

「これがその改ざん前の名簿です。ここに、王女を攫う手引きをし、その後行方不明となった侍女の名前が書いてあります。……そうだろう、フィーヴィ・コックス子爵夫人!」
「違う! 違う! そんな、ちゃんと私は髪を黒くして……!あ……」
「そうよ!お義母さまは私のために悪役令嬢を排除しただけよ!」
「黙りなさい、ヘンリエッタ!」

 悲鳴のような声が響く。狼狽して、うっかりと自白してしまって焦るコックス子爵夫人に対して、ヘンリエッタは堂々と、自分は悪くないのだと主張する。

「子爵令嬢には虚偽を教えていたようだな、子爵夫人」
「ちが、私はヒロインを幸せにしたくて……」

 ヒロインとは何なのだろう。レインはわからない単語に眉をひそめた。悪役令嬢、そしてヒロイン。まるで巷で販売されている小説のようだった。まさか、ヘンリエッタはそう思い込んで生きて来たというのだろうか。自分が物語の主人公なのだと。

「その王女が本物である証拠はあるのか! 王女を包んでいたおくるみが証拠だなんて認めないからな!」

 オリバーが吼える。ユリウスは氷のようなまなざしでユリウスを見やる。それにオリバーが委縮すると、静かに返した。

「証拠はここに。レイン。皆に、その顔を見せてやってはくれないか」

 顔を見せる。それがどういう意味を持つのかわからない。

 けれど、ここまでのユリウスの言葉に、レインはユリウスが自分に何をさせたいのかを理解していた。顔を曝すことは恐ろしいことだ。昔からそう、赤い、不吉な不気味な目。そう言い聞かされて育ってきた。

 でも、レインはもう、あの頃のレインではない。兄が――ユリウスが顔を見せなさい、というなら、この顔を皆に見せることに恐怖などありはしなかった。
 レインは頷く。

「はい、お兄様」

 レインはまず、前髪を横に流した。そして、かけていた眼鏡をそっと外す。前を向く。
 周囲から、ほう、とため息が漏れた。

 ――えっ、レイン様、あんな顔をしていたの。
 ――あんな美少女なんて聞いてない!
 ――そう言えば、レイン様はいつから顔を隠してた?
 ――知らないよ。だってレイン様を美人だとか悪くないって言ってたやつらは、みんな殿下ににらまれて退学していったじゃないか。

 ざわめきが広がる中、オリバーが周囲を睨んで黙らせようとする。けれど始まった噂話は止まらない。

 ――オリバー様が扇動してたんだよ、きっと。
 ――自分の浮気をごまかそうとして?うわ、ひっでえ!
 ――じゃあ、レイン様がヘンリエッタさんを階段から落としたのも……。
 ーーオリバー様がヘンリエッタさんに命じた自作自演……ってこと!?

 オリバーへの不信の声が高まる中、オリバーが歯ぎしりをしながら、ヘンリエッタを突飛ばすようにして手放し、ユリウスに詰め寄った。

「まさかその顔が先代女王と似ているから、なんて言わせるなよ。似ているものなんて星の数ほどいるんだから」
「黙れ。……ベン、カーテンを」
「はい」
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