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第八章

逃亡2

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「こいつらも役に立たないな。薬で正気を失わせてるって話だったが……ただ静かなだけじゃないか」

 言って、オリバーはもう一人の使用人も蹴り飛ばし、足蹴にした。それでも何も表情も変えない使用人を、つまらなそうに見る。

 レインは倒れ込む使用人の胸を確認した。大丈夫、生きている、上下している。

 ほっと息を吐いたレインは、静かに尋ねた。ヘンリエッタに目配せする。

「その人たちには、薬を飲ませたのですか」
「ああ。コックス子爵夫人は薬物に詳しくてな。おかしなことを言うやつだが、これをこれだけ飲ませれば何も感じなくなる、というのを教えてくれたよ。……ヘンリエッタを幸せにするため、と言えば、なんでもする、実に便利な人間だ」

 ヘンリエッタがカタカタと震えている。アレンは意味がわからなくても、おびえてまた泣いている。声を出さずに。
 そうか、そうやって、たくさんのひとの人生をめちゃくちゃにしたのか。

 レインだけでなく、この使用人たちの、そうして、ヘンリエッタの人生を、壊したのか。それを理解して、レインはぎゅっと手に力を込めた。

「……解毒法は、あるのですか」
「さあな、この書類にサインをすれば、教えてやってもいいぞ」
「……見せてください」

 レインの言葉に、オリバーは喜色を浮かべた。
 懐から取り出した紙をソファの前のテーブルに置き、レインの肩を掴み引きずって行く。
 そうしてレインの手に無理矢理に羽ペンを握らせ、インクをずいと押し出してきた。

 レインは書類にさっと目を通す。そこには想像通り、レインが王位継承権を放棄する、という内容が書かれていた。
 おとなしく書面に目を通すレインが抵抗するとは、もはや考えていないのだろう。
 オリバーがをぎらつかせてこちらを見てくる。

 その手がそわそわとレインの体から離れ――。

「――今よ!」

 レインはすべての体重をかけてオリバーに体当たりをした。
 ヘンリエッタが掲げた椅子が、突き飛ばされたオリバーに振り下ろされる。

 ガァン!と大きな音がして、オリバーはその場に崩れ落ちた。
 レインはアレンを抱きかかえたまま、叫ぶ。

「今のうちに!」
「――はい……!」

 ヘンリエッタを伴い、レインは部屋を出る。廊下に出て、走り出した後ろから「イリスレイン、貴様……!」という、怒り狂った声が聞こえてくる。

「ヘンリエッタ、出口は?」
「大階段を降りたところ……でも、だめ、見張りがたくさんいるはず……」

 背後から大きなものが転がるような音が響く。まだまっすぐに走れないだろうオリバーだが、追い付かれるのは時間の問題だ。

「では、立てこもれる場所は?」
「ええっと……」
「おねえたま、あっち! 誰もいないよ!」
「――! 主寝室! 中から鍵がかけられる!」

 ヘンリエッタが叫ぶ。レインは頷いて、ヘンリエッタの手を引いて駆け出した。
 カーテンの隙間から朝焼けの光が差し込んでいる。夜明けが、すぐそこまで来ていた。


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