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第二話
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任務を終え、翌日には拠点の街へと戻ってきた。
そのあいだ、カイルは必要最低限のことしか口にしなかった。
「……カイル。あまり気にしないでね。大丈夫だから」
一度だけ、そう声をかけた。
けれど、その顔がかえって苦しそうに曇るのを見てしまい、それ以上は言葉を重ねられなかった。
任務の最終報告は、二人揃って冒険者ギルドに出向かなければならない決まりだ。
帰ってきた足でそのままギルドを訪れると、昼過ぎの広間は賑やかな声と笑い声に満ち、木のテーブルがひしめくいつもの喧噪に包まれていた。
慣れた足取りでカウンターに近づくと、金髪のポニーテールがひらりと揺れ、看板娘のノンナが笑顔で手を振ってくる。
「カイルにセフィナ、おかえり! あの大型をペアで片づけるなんて、さすがの二人だね。
さあさあ、こっちに座った座った!」
くりくりとした茶色の瞳に、太陽みたいな笑顔。
変わらないその明るさが、今は少しだけ胸に沁みた。
「……」
「ただいま、ノンナ」
無言を貫くカイルに代わって、セフィナが答える。
普段なら「いやー、疲れた疲れた!」と軽口のひとつも飛ばすはずなのに、今日はまるで別人のようだった。
ノンナもすぐに異変に気づいたらしく、小さく首をかしげてこちらを覗き込んでくる。
「……え、なになに? 二人、なんかあった?」
報告テーブルに書類を広げ、声を落としてそっと問いかけてきた。
口調には冗談めいた響きも混じるが、その目は笑っていない。察しの鋭さが隠しきれていなかった。
「何もねえよ。……タグ出すから、手続き進めてくれ」
カイルは低く、ぶっきらぼうに言い放つ。
いつもより少し強くテーブルに置かれたタグが、無機質な音を響かせた。セフィナも無言でそれに倣い、自分のタグを並べる。
彼の横顔を、そっと盗み見る。
普段の軽さが抜けた目元は鋭く、思わず背筋が伸びた。カイルが真顔になると、ほんの少し──怖い。
ノンナの指先が、ぴたりと止まる。
しばしの沈黙ののち、ぽつりと、やや呆れたように言った。
「何もないって言うなら、せめて態度には出さないでほしいけどね。セフィナだって、驚いてる」
「っ……す、すまん。……セフィナ。本当に……」
急に顔を伏せ、搾り出すような声で謝るカイル。
セフィナは、首を横に振るしかなかった。
「あたしには何もないのかい」
ノンナが肩をすくめるようにぼやく。
それでも手際よく印を押し、書類を確認しながら、淡々と手続きを進めてくれていた。
ノンナは、ギルドでも名物のような存在だ。
小柄だけれどパワフルで、大柄な男たちにも物怖じせず、ズバズバと本音を言う。
それでいて、初心者の相談には誰よりも丁寧に乗ってくれる。
カイルもセフィナも、まだ見習いだった頃から、ずっと世話になってきた。
報酬を受け取り、ギルドを出るときも、ノンナは変わらず明るく見送ってくれた。
「ま、何かあったら言いなよ。ご飯でも酒でも、付き合うからさ」
そのひと言に、セフィナの心がほんの少しだけ軽くなる。
「いつもありがとう、ノンナは優しいね」
「セフィナってば、本っ当に素直で可愛いんだから!」
そう伝えると、ノンナはいたずらっぽく目を細めて、ぎゅっと抱きしめてきた。
その耳元で、誰にも聞こえない声が囁かれる。
「カイルと何かあったら、すぐに言いな」
表情は冗談めいているのに、声音は真剣だった。
セフィナは少し驚きながらも、小さく頷く。
一方のカイルはといえば、無言でノンナを睨んでいた。何を考えているのかまではわからない。
けれど、たしかに態度に出ているなあと、気づかれないようにセフィナは小さく笑ってしまう。
冒険者ギルドの外へ出て、通い慣れた道を歩く。
人通りが少なくなったところで、カイルが足を止めた。
「……セフィナ」
名前を呼ばれ、振り返る。
「その……迷惑をかけた。少し、頭を冷やしたい。
数日でいい。……俺に時間をくれないか」
拳を握りしめた横顔はひどくつらそうで、彼なりに必死で言葉を絞っているのがわかる。
「……わかった。待っているね」
セフィナがそう頷くと、カイルの眉間がわずかに寄った。
けれど、それ以上何も言わずに背を向け、足早に去っていく。
誰も悪くないはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
その背を見送りながら、セフィナはぼんやりと思い巡らせた。
長期滞在している、ギルド提携の宿屋に戻る。
個室の扉を開けると、ふわりと薬草の香りが鼻をくすぐった。
街の外れ、二階の突き当たりにある静かなこの部屋は、冒険者として旅を重ねる中で、ようやく落ち着ける場所になりつつある。
少し広めのワンルームに、薬草や魔法書、旅装備がきちんと収まっている。
冒険のあいだ渡り歩いてきたどの部屋よりも、自分の「居場所」に近い空間だった。
ローブをハンガーにかけ、軽く昼食を済ませてから温かい薬草茶を飲み干す。
セフィナはふうと息を吐き、ブーツを脱いでベッドに身を投げた。
静かな部屋の中に、掛け布の柔らかな感触と、自分の吐息だけが溶けていく。
考えるのは、やはりカイルのことだった。
少し時間が欲しいと言ったカイルの背中は、追い詰められているようで、見ていて胸が苦しくなる。
きっかけになったあの出来事だって、きっと制御が難しいのだろう。仕方のないことだと分かっているのに。
セフィナは寝転んだまま、タートルネックのトップスを両手でつまむように持ち上げた。
自分で自分に触れるという行為に、強い関心を持ったことはなかった。
書物で読んで知識として知っているだけで、実際に試したことはない。
けれど今は──体調が悪いわけでもないのに、肌の内側だけがじわじわと熱い。
喉の渇きとも違う、理由のわからない落ち着かなさが、身体の芯にまとわりついていた。
胸当ての上に手を置くと、布越しに脈がそっと伝わる。
指先で尖りかけた先端を押してみるが、思っていたほどの快感はなく、胸の奥がむずむずと揺れただけだった。
……どうして。
迷いを振り払うように天井を見上げると、ふとカイルの姿が浮かぶ。
危険から守ってくれたときの、引き締まった腕。
セフィナを庇い前に立つ、すらっとした背中。
何気ない会話のなかでふと真剣な顔を見せて、「大丈夫か?」と声をかけてくれた、あの低い声。
大きな手。長くてしなやかな指。
もしその手で、自分に触れてくれたら──。
そう思った瞬間、自分の手が自然に動きはじめていた。
胸から首筋をなぞり、指先が耳の付け根まで届いたとき、びくりと肩が震える。
「……んっ」
思っていた以上に気持ちよくて、そっと二度、三度となぞる。
耳の裏、頬、首筋、鎖骨。触れるたびに体温が上がり、息が浅くなっていく。
「っ、は……カイル……」
彼の名前が、知らぬ間に唇から零れる。
胸当てと上の服を一気に脱ぎ、ベッドの脇に落とした。
ふと、あの夜の記憶が胸に蘇る。
彼は、セフィナの名前を呼んでいた。
あれは自分だからこそ向けられた声なのか──それとも。
嫌だ。
誰でもいい相手の枠に入りたくない。
きちんとカイルに選ばれたい。
その想いが胸を突き上げ、胸をすくい上げるように揉んだ。
尖りを親指でなぞった瞬間、強い快感がさっと駆け抜ける。
「っ、あ……!」
脚が勝手に擦れ、濡れた音が指に触れた。
ショーツを脱いだ途端、ひやりとした空気が秘部へ触れ、思わず息が震える。
足を開くと、そこはとろりと濡れていた。
指で外側をなぞるだけで、背筋に甘い震えが走る。
思い切って小さな突起に触れた瞬間──
「っ、あ、あぁ……!」
腰が跳ね、視界が揺れる。
触れただけなのに、胸の奥まで一気に熱が広がっていく。
蜂蜜のようなぬめりを指につけ、そっと塗り広げると、淡い快感が波のように寄せては返した。
「っ、ふぁ……、は……。すご……」
声を抑えようとしても漏れてしまう。
指の動きに合わせて快感がじわりとせり上がり、思考がとろけていく。
──もし、この手がカイルだったら。
想像しただけで胸が詰まり、熱が跳ね上がる。
「カイル……」
名前を呼びながら、突起をやや強めに押し込む。
焼けつくような甘さが下腹へ広がり、喉が渇くように呼吸が乱れる。
ふと、この姿をカイルに見られたら──と想像してしまう。
見ないで、と願うのに。
それでも、彼の手で触れられたら、名前を呼ばれたら、抱きしめられたら──。
胸が痛いほど熱を増し、指先の動きが速くなる。
「っ……あ! カ……イル……っ!」
全身が跳ね上がり、白い閃光が腹の奥で弾けた。
波が何度も押し寄せ、脚から力が抜けていく。
「……っあ、あ……」
声にならない息が漏れ、セフィナはシーツへ沈み込んだ。
胸の奥にはまだ余韻が揺れ、その中心にはただ一人──
カイルへの想いだけが、静かに熱を残していた。
火照った頬を、一筋の涙が伝う。
自分でも理由はわからない。
ただこぼれてきたものを、止めることができなかった。
はあ、とぼんやりしたまま、セフィナは天井を見つめる。
カイルのことが、男の人として好き。おそらく、ずっと前からそうだった。
その事実に気づいた途端、胸の奥が一気に波立つ。
彼も同じ気持ちでいてくれたらいい──そう願いながら、セフィナはそっと目を伏せた。
床に落とした衣類を拾い、洗濯かごへ入れる。
湯を張り、身体を清める頃には、肌に残っていた火照りも、心のざわめきも、少しずつ薄れていった。
けれど、身体の芯に残った燻りだけは、知らないふりをしてそっと抱えたまま。
ベッドにもぐり込み、まぶたを閉じる。冷えたシーツが、ほんの少しだけ心地よかった。
それからというもの、ひとりになるたびに、気づけばカイルを思い浮かべて自分の身体に触れてしまうようになった。
どこに触れれば気持ちいいのかは少しずつ分かってきたものの、カイルを“そこにいる”と想像しなければ決して届かない場所があることも、嫌というほど思い知らされる。
挿入のことも頭をよぎりはしたが、指を少し差し入れただけで、その熱と深さに怖さが勝った。それ以来、中までは触れていない。
だからこそ、またカイルに会えるまでの時間を、準備に充てることにした。
薬の補充や素材の整理、装備の手入れ……。
やるべきことをひとつずつこなしていくうちに、完全には晴れないまでも、少しだけ自分を取り戻せた気がする。
その日は気分転換もかねて、冒険者ギルドへ足を運ぶことにした。
カイルと一緒に受けられそうな依頼がないか、掲示板を眺めながら探していく。
けれど、どこか落ち着かない。
いつもよりも、人の視線を感じていた。
気のせいかもしれない。けれど、自分が変わってしまったことを、誰かに見透かされているような気がする。
……カイルと一緒じゃないから、かもしれない。
胸の奥にわずかな不安を覚えながら、セフィナは掲示板から目を離し、その場に立ち尽くした。
*
この日のギルド受付は、いつにも増して賑やかだった。
大型パーティーの任務報告に、報酬処理、依頼掲示板の張り替え依頼、備品貸し出しの確認……。
ノンナは手慣れた様子で書類を捌きながらも、周囲のざわめきには常に片耳を傾けている。
ふと、背後で男たちのひそひそ声が耳に届いた。
「あれ、魔女さんだ。今日は一人なんだな」
「番犬、連れてねえのか。たまにマジで睨まれて冷や汗出るんだよ、あいつ」
「……俺、あの野郎が羨ましくて仕方ないわ。ずっと一緒とか、反則だろ」
耳障りな言葉の中に、嫌な違和感が混じる。
掲示板の前。
そこに佇むセフィナの姿を見た瞬間、ノンナの目が鋭く細まった。
──おかしい。
いつもの凛とした気配が、まるでない。
立ち姿はどこかおぼつかず、目元はとろんと霞んでいて、頬が赤い。
まるで熱に浮かされているような、あられもない気配だ。
それが彼女自身の意思ではないのだとしても、見ていられるような状態ではなかった。
ノンナはすぐに周囲の視線を遮るように立ち上がる。
「……カイルは?」
姿が見当たらない。
あの男がここにいたなら、絶対にこんな状態のセフィナをひとりにしておくはずがない。
──あいつの様子、最後に見たときからおかしかった。
全てが、ひとつの点に繋がる。
ノンナは小さく舌打ちし、手元の端末に認証コードを走らせた。
「ったく……あの馬鹿!」
カウンター下に備えられた小型機器を起動させ、ギルド登録タグの転送端子に触れる。
淡く緑がかった蒼の光が、受付裏に収められていたカイルの登録情報に灯り、数秒間隔で小さく瞬いた。
──これは『ギルドから要連絡』の合図。
個別の伝言は記録できないが、内容の確認はタグ所持者本人がギルド窓口で認証することで可能だ。
「気づけ、カイル……今すぐ、来な」
ノンナは唇を引き結びながら、掲示板の前に視線を戻した。
セフィナは、まだそこにいた。
所在なさげに立ち尽くしたまま、まるで自分の居場所がわからなくなってしまった子どものように。
ノンナは静かにカウンターを回り込み、彼女に向かって歩き出した。
そのあいだ、カイルは必要最低限のことしか口にしなかった。
「……カイル。あまり気にしないでね。大丈夫だから」
一度だけ、そう声をかけた。
けれど、その顔がかえって苦しそうに曇るのを見てしまい、それ以上は言葉を重ねられなかった。
任務の最終報告は、二人揃って冒険者ギルドに出向かなければならない決まりだ。
帰ってきた足でそのままギルドを訪れると、昼過ぎの広間は賑やかな声と笑い声に満ち、木のテーブルがひしめくいつもの喧噪に包まれていた。
慣れた足取りでカウンターに近づくと、金髪のポニーテールがひらりと揺れ、看板娘のノンナが笑顔で手を振ってくる。
「カイルにセフィナ、おかえり! あの大型をペアで片づけるなんて、さすがの二人だね。
さあさあ、こっちに座った座った!」
くりくりとした茶色の瞳に、太陽みたいな笑顔。
変わらないその明るさが、今は少しだけ胸に沁みた。
「……」
「ただいま、ノンナ」
無言を貫くカイルに代わって、セフィナが答える。
普段なら「いやー、疲れた疲れた!」と軽口のひとつも飛ばすはずなのに、今日はまるで別人のようだった。
ノンナもすぐに異変に気づいたらしく、小さく首をかしげてこちらを覗き込んでくる。
「……え、なになに? 二人、なんかあった?」
報告テーブルに書類を広げ、声を落としてそっと問いかけてきた。
口調には冗談めいた響きも混じるが、その目は笑っていない。察しの鋭さが隠しきれていなかった。
「何もねえよ。……タグ出すから、手続き進めてくれ」
カイルは低く、ぶっきらぼうに言い放つ。
いつもより少し強くテーブルに置かれたタグが、無機質な音を響かせた。セフィナも無言でそれに倣い、自分のタグを並べる。
彼の横顔を、そっと盗み見る。
普段の軽さが抜けた目元は鋭く、思わず背筋が伸びた。カイルが真顔になると、ほんの少し──怖い。
ノンナの指先が、ぴたりと止まる。
しばしの沈黙ののち、ぽつりと、やや呆れたように言った。
「何もないって言うなら、せめて態度には出さないでほしいけどね。セフィナだって、驚いてる」
「っ……す、すまん。……セフィナ。本当に……」
急に顔を伏せ、搾り出すような声で謝るカイル。
セフィナは、首を横に振るしかなかった。
「あたしには何もないのかい」
ノンナが肩をすくめるようにぼやく。
それでも手際よく印を押し、書類を確認しながら、淡々と手続きを進めてくれていた。
ノンナは、ギルドでも名物のような存在だ。
小柄だけれどパワフルで、大柄な男たちにも物怖じせず、ズバズバと本音を言う。
それでいて、初心者の相談には誰よりも丁寧に乗ってくれる。
カイルもセフィナも、まだ見習いだった頃から、ずっと世話になってきた。
報酬を受け取り、ギルドを出るときも、ノンナは変わらず明るく見送ってくれた。
「ま、何かあったら言いなよ。ご飯でも酒でも、付き合うからさ」
そのひと言に、セフィナの心がほんの少しだけ軽くなる。
「いつもありがとう、ノンナは優しいね」
「セフィナってば、本っ当に素直で可愛いんだから!」
そう伝えると、ノンナはいたずらっぽく目を細めて、ぎゅっと抱きしめてきた。
その耳元で、誰にも聞こえない声が囁かれる。
「カイルと何かあったら、すぐに言いな」
表情は冗談めいているのに、声音は真剣だった。
セフィナは少し驚きながらも、小さく頷く。
一方のカイルはといえば、無言でノンナを睨んでいた。何を考えているのかまではわからない。
けれど、たしかに態度に出ているなあと、気づかれないようにセフィナは小さく笑ってしまう。
冒険者ギルドの外へ出て、通い慣れた道を歩く。
人通りが少なくなったところで、カイルが足を止めた。
「……セフィナ」
名前を呼ばれ、振り返る。
「その……迷惑をかけた。少し、頭を冷やしたい。
数日でいい。……俺に時間をくれないか」
拳を握りしめた横顔はひどくつらそうで、彼なりに必死で言葉を絞っているのがわかる。
「……わかった。待っているね」
セフィナがそう頷くと、カイルの眉間がわずかに寄った。
けれど、それ以上何も言わずに背を向け、足早に去っていく。
誰も悪くないはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
その背を見送りながら、セフィナはぼんやりと思い巡らせた。
長期滞在している、ギルド提携の宿屋に戻る。
個室の扉を開けると、ふわりと薬草の香りが鼻をくすぐった。
街の外れ、二階の突き当たりにある静かなこの部屋は、冒険者として旅を重ねる中で、ようやく落ち着ける場所になりつつある。
少し広めのワンルームに、薬草や魔法書、旅装備がきちんと収まっている。
冒険のあいだ渡り歩いてきたどの部屋よりも、自分の「居場所」に近い空間だった。
ローブをハンガーにかけ、軽く昼食を済ませてから温かい薬草茶を飲み干す。
セフィナはふうと息を吐き、ブーツを脱いでベッドに身を投げた。
静かな部屋の中に、掛け布の柔らかな感触と、自分の吐息だけが溶けていく。
考えるのは、やはりカイルのことだった。
少し時間が欲しいと言ったカイルの背中は、追い詰められているようで、見ていて胸が苦しくなる。
きっかけになったあの出来事だって、きっと制御が難しいのだろう。仕方のないことだと分かっているのに。
セフィナは寝転んだまま、タートルネックのトップスを両手でつまむように持ち上げた。
自分で自分に触れるという行為に、強い関心を持ったことはなかった。
書物で読んで知識として知っているだけで、実際に試したことはない。
けれど今は──体調が悪いわけでもないのに、肌の内側だけがじわじわと熱い。
喉の渇きとも違う、理由のわからない落ち着かなさが、身体の芯にまとわりついていた。
胸当ての上に手を置くと、布越しに脈がそっと伝わる。
指先で尖りかけた先端を押してみるが、思っていたほどの快感はなく、胸の奥がむずむずと揺れただけだった。
……どうして。
迷いを振り払うように天井を見上げると、ふとカイルの姿が浮かぶ。
危険から守ってくれたときの、引き締まった腕。
セフィナを庇い前に立つ、すらっとした背中。
何気ない会話のなかでふと真剣な顔を見せて、「大丈夫か?」と声をかけてくれた、あの低い声。
大きな手。長くてしなやかな指。
もしその手で、自分に触れてくれたら──。
そう思った瞬間、自分の手が自然に動きはじめていた。
胸から首筋をなぞり、指先が耳の付け根まで届いたとき、びくりと肩が震える。
「……んっ」
思っていた以上に気持ちよくて、そっと二度、三度となぞる。
耳の裏、頬、首筋、鎖骨。触れるたびに体温が上がり、息が浅くなっていく。
「っ、は……カイル……」
彼の名前が、知らぬ間に唇から零れる。
胸当てと上の服を一気に脱ぎ、ベッドの脇に落とした。
ふと、あの夜の記憶が胸に蘇る。
彼は、セフィナの名前を呼んでいた。
あれは自分だからこそ向けられた声なのか──それとも。
嫌だ。
誰でもいい相手の枠に入りたくない。
きちんとカイルに選ばれたい。
その想いが胸を突き上げ、胸をすくい上げるように揉んだ。
尖りを親指でなぞった瞬間、強い快感がさっと駆け抜ける。
「っ、あ……!」
脚が勝手に擦れ、濡れた音が指に触れた。
ショーツを脱いだ途端、ひやりとした空気が秘部へ触れ、思わず息が震える。
足を開くと、そこはとろりと濡れていた。
指で外側をなぞるだけで、背筋に甘い震えが走る。
思い切って小さな突起に触れた瞬間──
「っ、あ、あぁ……!」
腰が跳ね、視界が揺れる。
触れただけなのに、胸の奥まで一気に熱が広がっていく。
蜂蜜のようなぬめりを指につけ、そっと塗り広げると、淡い快感が波のように寄せては返した。
「っ、ふぁ……、は……。すご……」
声を抑えようとしても漏れてしまう。
指の動きに合わせて快感がじわりとせり上がり、思考がとろけていく。
──もし、この手がカイルだったら。
想像しただけで胸が詰まり、熱が跳ね上がる。
「カイル……」
名前を呼びながら、突起をやや強めに押し込む。
焼けつくような甘さが下腹へ広がり、喉が渇くように呼吸が乱れる。
ふと、この姿をカイルに見られたら──と想像してしまう。
見ないで、と願うのに。
それでも、彼の手で触れられたら、名前を呼ばれたら、抱きしめられたら──。
胸が痛いほど熱を増し、指先の動きが速くなる。
「っ……あ! カ……イル……っ!」
全身が跳ね上がり、白い閃光が腹の奥で弾けた。
波が何度も押し寄せ、脚から力が抜けていく。
「……っあ、あ……」
声にならない息が漏れ、セフィナはシーツへ沈み込んだ。
胸の奥にはまだ余韻が揺れ、その中心にはただ一人──
カイルへの想いだけが、静かに熱を残していた。
火照った頬を、一筋の涙が伝う。
自分でも理由はわからない。
ただこぼれてきたものを、止めることができなかった。
はあ、とぼんやりしたまま、セフィナは天井を見つめる。
カイルのことが、男の人として好き。おそらく、ずっと前からそうだった。
その事実に気づいた途端、胸の奥が一気に波立つ。
彼も同じ気持ちでいてくれたらいい──そう願いながら、セフィナはそっと目を伏せた。
床に落とした衣類を拾い、洗濯かごへ入れる。
湯を張り、身体を清める頃には、肌に残っていた火照りも、心のざわめきも、少しずつ薄れていった。
けれど、身体の芯に残った燻りだけは、知らないふりをしてそっと抱えたまま。
ベッドにもぐり込み、まぶたを閉じる。冷えたシーツが、ほんの少しだけ心地よかった。
それからというもの、ひとりになるたびに、気づけばカイルを思い浮かべて自分の身体に触れてしまうようになった。
どこに触れれば気持ちいいのかは少しずつ分かってきたものの、カイルを“そこにいる”と想像しなければ決して届かない場所があることも、嫌というほど思い知らされる。
挿入のことも頭をよぎりはしたが、指を少し差し入れただけで、その熱と深さに怖さが勝った。それ以来、中までは触れていない。
だからこそ、またカイルに会えるまでの時間を、準備に充てることにした。
薬の補充や素材の整理、装備の手入れ……。
やるべきことをひとつずつこなしていくうちに、完全には晴れないまでも、少しだけ自分を取り戻せた気がする。
その日は気分転換もかねて、冒険者ギルドへ足を運ぶことにした。
カイルと一緒に受けられそうな依頼がないか、掲示板を眺めながら探していく。
けれど、どこか落ち着かない。
いつもよりも、人の視線を感じていた。
気のせいかもしれない。けれど、自分が変わってしまったことを、誰かに見透かされているような気がする。
……カイルと一緒じゃないから、かもしれない。
胸の奥にわずかな不安を覚えながら、セフィナは掲示板から目を離し、その場に立ち尽くした。
*
この日のギルド受付は、いつにも増して賑やかだった。
大型パーティーの任務報告に、報酬処理、依頼掲示板の張り替え依頼、備品貸し出しの確認……。
ノンナは手慣れた様子で書類を捌きながらも、周囲のざわめきには常に片耳を傾けている。
ふと、背後で男たちのひそひそ声が耳に届いた。
「あれ、魔女さんだ。今日は一人なんだな」
「番犬、連れてねえのか。たまにマジで睨まれて冷や汗出るんだよ、あいつ」
「……俺、あの野郎が羨ましくて仕方ないわ。ずっと一緒とか、反則だろ」
耳障りな言葉の中に、嫌な違和感が混じる。
掲示板の前。
そこに佇むセフィナの姿を見た瞬間、ノンナの目が鋭く細まった。
──おかしい。
いつもの凛とした気配が、まるでない。
立ち姿はどこかおぼつかず、目元はとろんと霞んでいて、頬が赤い。
まるで熱に浮かされているような、あられもない気配だ。
それが彼女自身の意思ではないのだとしても、見ていられるような状態ではなかった。
ノンナはすぐに周囲の視線を遮るように立ち上がる。
「……カイルは?」
姿が見当たらない。
あの男がここにいたなら、絶対にこんな状態のセフィナをひとりにしておくはずがない。
──あいつの様子、最後に見たときからおかしかった。
全てが、ひとつの点に繋がる。
ノンナは小さく舌打ちし、手元の端末に認証コードを走らせた。
「ったく……あの馬鹿!」
カウンター下に備えられた小型機器を起動させ、ギルド登録タグの転送端子に触れる。
淡く緑がかった蒼の光が、受付裏に収められていたカイルの登録情報に灯り、数秒間隔で小さく瞬いた。
──これは『ギルドから要連絡』の合図。
個別の伝言は記録できないが、内容の確認はタグ所持者本人がギルド窓口で認証することで可能だ。
「気づけ、カイル……今すぐ、来な」
ノンナは唇を引き結びながら、掲示板の前に視線を戻した。
セフィナは、まだそこにいた。
所在なさげに立ち尽くしたまま、まるで自分の居場所がわからなくなってしまった子どものように。
ノンナは静かにカウンターを回り込み、彼女に向かって歩き出した。
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