R18 短編集

上島治麻

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「、、立ったままでいい。我が庭先の様子を聞かせてくれるか服飾ギルド長。」

地下室の隅の湯船に沈み振り返らないまま大公はフォルトへと声をかけた。ひざを落としかけていたフォルトは立ち上がり背筋を伸ばした。

「本日もとても良いお天気で3月も半ばとなると春も本番と言った感じですね。ボーダーガーデンの道なりにハナニラが咲き始めていました、ロード」

「、、本日付けで公爵の位は持病を理由に家の者に譲りました。爵位無しの私にその呼び方は正しくはありません。」

「誰が私の主かは私が決めます、我がオーナー」

「、、気の変わりやすい風魔法持ちのことだその呼び方もいつまでだろうか、私の夜明けの薔薇、モーニンググローリー。要件を聞きましょう。」

「王弟殿下の氷魔法に晒されたとのことで追加の毛布をお持ちしました。コリデール種の手織りビンテージ品でザナルディの焦茶を基調としながら深緑とアザミ色のラインがあしらわれたものです。

ザナルディの領地の氏族の品で昨日の蚤の市で偶然デッドストックを見つけまして五つほどです私からのお祝いですので返礼はご遠慮させてください。クリーニングはすでに済んでおりますから本日よりお使いいただけます」

「本題。」

「王弟殿下からにございます。件の家からの土の魔石取引記録の王城への提出の申し出が今朝あったそうです。あなた様方ザナルディ家の息のかかった衛兵局港湾課ではなくご恩の出来た王弟殿下の手がけられている王城中枢の外交部へは週ごとに包み隠さず提出を確約」

「本当!?」

真夏に窓の閉めていたカーテンを一気に開け放ったようだった。頬骨の上が熱く感じられたフォルトは目を細め口元を緩めた。いつも鋭い視線と優雅な微笑を崩さないはずの服飾ギルド長は白い歯を見せた。

振り返って湯船から身を乗り出す彼の髪はすでに乾いて少し広がっている。細いまっすぐな白金の髪一本一本に光が満ちたようだった。

いつかそんな糸で黒いほどに藍を染め重ねたスーツの襟元に星々の刺繍を刺せたなら良いのに。

見開かれた空色の目元に薔薇色の炎が一つまた一つと花びらのように現れては舞い上がって消えた。

エラルドの手元の籠からサンドイッチがひとりでに飛び出すと大公は胸の前で広げた両手の上にそれを浮かべた。チーズの香りが香ばしく漂い始めた。

「えっ本当!?昨日の今日だよね!?あっ火加減教えてフォルト」

「はいつい先ほど、朝から再び王弟殿下自ら交渉に当たったそうです。、、そこまで、表面がきつね色になれば十分です」

大公が左手の人差し指を肩の前でくるりと回すと火魔法で焼かれたサンドイッチがエラルドの頭上より遥かに高く古い神殿の彫刻がなされた天井すれすれに弧を描いて飛んでいった。

即座に右腕をかざしたフォルトによって籠にかけられていたギンガムチェックのナフキンが部屋の中央の井戸へ飛び込む寸前のサンドイッチと水面のわずかな間に滑り込んだ。

フォルトが釣り糸をたぐるように優しく指先で招くとサンドイッチはゆっくり空中を漂ってエラルドの胸の前にふわりと舞い降りた。

湯船から出て神への感謝の祈りを捧げる大公の肩にフォルトはバスローブをかけた。襟元を合わせようとしたが手首にそっと触れられて制されその瞬間アイロンの香りが漂った。

フォルトがスーツの胸元からのメモを差し出すと同時にエラルドは大公に眼鏡を渡した。

「ほんとだ、、ストルの文字に花押、、やった、これで魔石取引量の王城による管理が実現可能に、、!輸出量の確認もできる、国内流通量を確保し価格を抑えることだって!」

フォルトは軽く頭を下げると俯いたままつぶやいた。

「、、あなた様の、、顔と引き換えですがね」

「聞いたエラルド!?やった!ストルが決めた!!さすが俺の弟分だ!!」

サンドイッチを口にしたところだったのに背後から飛びつかれてエラルドは咳き込んだ。

「ぐふっ、、、ケホッ。、、良かったですね、本当にがんばりましたねセラフィノ。神が見守っていてくださったんですね」

「俺何もやってないって!本当ストルって有能だよな!水魔法持ちってすごい!!そうだ!ストルの好きな青っぽい花の花輪贈らなきゃちょっと摘んでくる!!」

昨日着て脱ぎ捨ててあった分を取ろうと背もたれ椅子に目をやったがそんなことは予測済みのフォルトはすでに袖口の焼けこげた煤色の野良着は小脇に挟み両腕を広げた大公に新しく洗われたものを着せ軽く袖を伸ばしうなじあたりの襟を立てた。

王城の筆頭庭師は煤染めでチャコールグレーの作業パンツは自分で履くとポケットに大量の剪定鋏とナタのしまわれた焦茶のエプロンを引っ掴んだ。

そして明かり取りの小さな天井窓を空へ駆け昇る蛇のような水魔法で開け放ち軽く体を捻って風のように庭へと飛び出して行った。
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