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臆病なアルファ
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やっぱり、アルファだから抱いてくれないのだろうか。
真山はじくじくと痛む胸を誤魔化すように膝を抱えて、物思いに沈んでいた。
オメガのヒートのフェロモンを浴びて思った。あんなに強烈で前後不覚になるような昂りを、アルファである自分が桐野に与えることはできないのだ。
自分の無力さを見せつけられ、悔しさの後に悲しさと虚しさがやってくる。
ただ抱かれるだけで満足しておけば、こんな思いはしなかったのに。
アルファである自分が、同じくアルファである桐野の恋人になるなど無謀だったんだと、誰かの声がした。
そんなこと、言われなくても自分が一番わかっている。顔を上げた真山にさっさと諦めろと言ったのは、もう一人の自分だった。
そこで真山は目を覚ました。
真山の目に映ったのは青黒い闇に染まった天井だった。
今見たものが夢だったと安堵するのとともに、夢の中でも変わらず悩んでいてなんだか悲しくなる。
夢の中でくらい、桐野に抱かれたかった。真山の胸には残滓のように物悲しい気持ちが蟠っていた。
すぐ隣からは静かな寝息が聞こえてくる。
温もりの主の桐野は真山に体をくっつけ、寄り添うようにして眠っていた。
穏やかな寝顔を晒す桐野を起こさないように体を起こして、真山はナイトチェストの上の時計を見遣る。
時刻は午前二時を過ぎたところだった。変な時間に起きてしまって、真山は小さくため息をつく。
泣いていたようで、瞼と頬が冷たく濡れていた。
服はいつのまにか寝間着に着替えていて、どうやら桐野がしてくれたようだった。
桐野の優しさが、真山の胸をまた痛くした。
現実でも夢の中でも、桐野に抱いてもらうことばかり考えている。そして辿り着くのは、いつも同じところだ。
「おれが、アルファだから」
真山はため息のように呟いた。
アルファがオメガになる方法がないわけでもない。
バース性についての研究が進んだとはいえ、未だ都市伝説のような話も存在する。アルファがオメガになる方法もその一つだ。
真山が見つけたインターネットの情報によれば、発情状態の時に相手に項を噛まれること、とあった。精液を何度も胎内に受け、強いフェロモンを浴び、マーキングされること。互いがオメガに変えたい、変わりたいと強い意志を持って行うこと。
本当かどうかはわからない。バカにされるのが怖くて、医者にも聞いたことはない。
もしそれが本当だとしても、抱かれなければ、真山はオメガになることはできない。
抱かれようにも、桐野は抱いてくれない。オメガのフェロモンに当てられたのに、求めれば抱いてくれた桐野が、求めても抱いてくれなかった。
桐野はちゃんと愛したいと、愛してると言ってくれた。
なのに。
大事にしたいと言って桐野が抱いてくれない理由を、真山は一つしか思いつかない。そんなの、セックスを回避したい奴の常套句だと真山は思っていた。
やっぱりオメガが良かったのだろうか。
桐野から聞かされたわけでもないのに、真山の考えはいつもそこにたどり着く。
そうなのだとしたらアルファの自分には手詰まりだ。そんな気持ちに囚われた真山の胸を、絶望と諦観が重苦しく埋めていく。
オメガに比べたら大きな体を、小さく丸めて蹲る。
このまま窒息しそうで、真山は小さく息を吐く。自分のものとは思えない、か細いため息だった。
苦しくて逃げ出したい気分だった。いまならまだ別れても傷は浅い。痛みはあるが、まだきっと引き返せる。
昼間、指輪が買えなかったことに少しだけ安堵した。指輪を買ってしまっていたら、もう引き返すことなんて考えられなかっただろう。まだ薬指に微かに残る指輪の感触を思い出してまた悲しくなった。
鳶色の瞳から涙が溢れた。
こんなに苦しいのなら、離れたほうがいい。
そう思う真山だが、それを言い出す決心はまだつかないでいた。
別れようと言うのが怖かった。
真山が言い出したことを、桐野は止めない。受け入れてくれる。受け入れてしまう。桐野が抱いてくれたのも、きっとそれだろうと思う。
桐野は、真山を最大限尊重する。交わした書面にあった一番を思い出す。
真山が別れようと言えば、桐野はきっと悲しげに笑って受け入れてしまう。そういう約束だからだ。
あまりに何もかもが悲しくなって、真山は膝を強く抱いた。
息を詰めて漏れる嗚咽を抑えつける。
自分はもっと強いと思っていたのに、また涙が溢れた。
離れないでいるのは苦しいのに、離れるのはもっと辛い。
吐き出す息が熱く震えだす。
ヒートに当てられた余韻がまだ残っているのか、腹の底に小さな熱源がある。
小さな種火に炙られ、疼く身体は止められない。
身体はどうしようもなく熱いのに、胸を埋める寂しさに涙が出る。
どうにかしたくて、真山は静かにベッドを降りた。
火照った足裏に触れる冷たいフローリングの床が心地好い。
振り返ると、桐野は変わらず静かに寝息を立てていた。
真山はじくじくと痛む胸を誤魔化すように膝を抱えて、物思いに沈んでいた。
オメガのヒートのフェロモンを浴びて思った。あんなに強烈で前後不覚になるような昂りを、アルファである自分が桐野に与えることはできないのだ。
自分の無力さを見せつけられ、悔しさの後に悲しさと虚しさがやってくる。
ただ抱かれるだけで満足しておけば、こんな思いはしなかったのに。
アルファである自分が、同じくアルファである桐野の恋人になるなど無謀だったんだと、誰かの声がした。
そんなこと、言われなくても自分が一番わかっている。顔を上げた真山にさっさと諦めろと言ったのは、もう一人の自分だった。
そこで真山は目を覚ました。
真山の目に映ったのは青黒い闇に染まった天井だった。
今見たものが夢だったと安堵するのとともに、夢の中でも変わらず悩んでいてなんだか悲しくなる。
夢の中でくらい、桐野に抱かれたかった。真山の胸には残滓のように物悲しい気持ちが蟠っていた。
すぐ隣からは静かな寝息が聞こえてくる。
温もりの主の桐野は真山に体をくっつけ、寄り添うようにして眠っていた。
穏やかな寝顔を晒す桐野を起こさないように体を起こして、真山はナイトチェストの上の時計を見遣る。
時刻は午前二時を過ぎたところだった。変な時間に起きてしまって、真山は小さくため息をつく。
泣いていたようで、瞼と頬が冷たく濡れていた。
服はいつのまにか寝間着に着替えていて、どうやら桐野がしてくれたようだった。
桐野の優しさが、真山の胸をまた痛くした。
現実でも夢の中でも、桐野に抱いてもらうことばかり考えている。そして辿り着くのは、いつも同じところだ。
「おれが、アルファだから」
真山はため息のように呟いた。
アルファがオメガになる方法がないわけでもない。
バース性についての研究が進んだとはいえ、未だ都市伝説のような話も存在する。アルファがオメガになる方法もその一つだ。
真山が見つけたインターネットの情報によれば、発情状態の時に相手に項を噛まれること、とあった。精液を何度も胎内に受け、強いフェロモンを浴び、マーキングされること。互いがオメガに変えたい、変わりたいと強い意志を持って行うこと。
本当かどうかはわからない。バカにされるのが怖くて、医者にも聞いたことはない。
もしそれが本当だとしても、抱かれなければ、真山はオメガになることはできない。
抱かれようにも、桐野は抱いてくれない。オメガのフェロモンに当てられたのに、求めれば抱いてくれた桐野が、求めても抱いてくれなかった。
桐野はちゃんと愛したいと、愛してると言ってくれた。
なのに。
大事にしたいと言って桐野が抱いてくれない理由を、真山は一つしか思いつかない。そんなの、セックスを回避したい奴の常套句だと真山は思っていた。
やっぱりオメガが良かったのだろうか。
桐野から聞かされたわけでもないのに、真山の考えはいつもそこにたどり着く。
そうなのだとしたらアルファの自分には手詰まりだ。そんな気持ちに囚われた真山の胸を、絶望と諦観が重苦しく埋めていく。
オメガに比べたら大きな体を、小さく丸めて蹲る。
このまま窒息しそうで、真山は小さく息を吐く。自分のものとは思えない、か細いため息だった。
苦しくて逃げ出したい気分だった。いまならまだ別れても傷は浅い。痛みはあるが、まだきっと引き返せる。
昼間、指輪が買えなかったことに少しだけ安堵した。指輪を買ってしまっていたら、もう引き返すことなんて考えられなかっただろう。まだ薬指に微かに残る指輪の感触を思い出してまた悲しくなった。
鳶色の瞳から涙が溢れた。
こんなに苦しいのなら、離れたほうがいい。
そう思う真山だが、それを言い出す決心はまだつかないでいた。
別れようと言うのが怖かった。
真山が言い出したことを、桐野は止めない。受け入れてくれる。受け入れてしまう。桐野が抱いてくれたのも、きっとそれだろうと思う。
桐野は、真山を最大限尊重する。交わした書面にあった一番を思い出す。
真山が別れようと言えば、桐野はきっと悲しげに笑って受け入れてしまう。そういう約束だからだ。
あまりに何もかもが悲しくなって、真山は膝を強く抱いた。
息を詰めて漏れる嗚咽を抑えつける。
自分はもっと強いと思っていたのに、また涙が溢れた。
離れないでいるのは苦しいのに、離れるのはもっと辛い。
吐き出す息が熱く震えだす。
ヒートに当てられた余韻がまだ残っているのか、腹の底に小さな熱源がある。
小さな種火に炙られ、疼く身体は止められない。
身体はどうしようもなく熱いのに、胸を埋める寂しさに涙が出る。
どうにかしたくて、真山は静かにベッドを降りた。
火照った足裏に触れる冷たいフローリングの床が心地好い。
振り返ると、桐野は変わらず静かに寝息を立てていた。
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