【完結】プリテンダーは恋の夢を見る〜うそつきアルファはハイスペアルファに堕とされる〜

八陣はち

文字の大きさ
40 / 54

臆病なアルファ

しおりを挟む
 やっぱり、アルファだから抱いてくれないのだろうか。

 真山はじくじくと痛む胸を誤魔化すように膝を抱えて、物思いに沈んでいた。
 オメガのヒートのフェロモンを浴びて思った。あんなに強烈で前後不覚になるような昂りを、アルファである自分が桐野に与えることはできないのだ。

 自分の無力さを見せつけられ、悔しさの後に悲しさと虚しさがやってくる。
 ただ抱かれるだけで満足しておけば、こんな思いはしなかったのに。

 アルファである自分が、同じくアルファである桐野の恋人になるなど無謀だったんだと、誰かの声がした。
 そんなこと、言われなくても自分が一番わかっている。顔を上げた真山にさっさと諦めろと言ったのは、もう一人の自分だった。

 そこで真山は目を覚ました。
 真山の目に映ったのは青黒い闇に染まった天井だった。
 今見たものが夢だったと安堵するのとともに、夢の中でも変わらず悩んでいてなんだか悲しくなる。

 夢の中でくらい、桐野に抱かれたかった。真山の胸には残滓のように物悲しい気持ちが蟠っていた。
 すぐ隣からは静かな寝息が聞こえてくる。
 温もりの主の桐野は真山に体をくっつけ、寄り添うようにして眠っていた。

 穏やかな寝顔を晒す桐野を起こさないように体を起こして、真山はナイトチェストの上の時計を見遣る。
 時刻は午前二時を過ぎたところだった。変な時間に起きてしまって、真山は小さくため息をつく。
 泣いていたようで、瞼と頬が冷たく濡れていた。
 服はいつのまにか寝間着に着替えていて、どうやら桐野がしてくれたようだった。
 桐野の優しさが、真山の胸をまた痛くした。

 現実でも夢の中でも、桐野に抱いてもらうことばかり考えている。そして辿り着くのは、いつも同じところだ。

「おれが、アルファだから」

 真山はため息のように呟いた。
 アルファがオメガになる方法がないわけでもない。
 バース性についての研究が進んだとはいえ、未だ都市伝説のような話も存在する。アルファがオメガになる方法もその一つだ。

 真山が見つけたインターネットの情報によれば、発情状態の時に相手に項を噛まれること、とあった。精液を何度も胎内に受け、強いフェロモンを浴び、マーキングされること。互いがオメガに変えたい、変わりたいと強い意志を持って行うこと。

 本当かどうかはわからない。バカにされるのが怖くて、医者にも聞いたことはない。
 もしそれが本当だとしても、抱かれなければ、真山はオメガになることはできない。

 抱かれようにも、桐野は抱いてくれない。オメガのフェロモンに当てられたのに、求めれば抱いてくれた桐野が、求めても抱いてくれなかった。
 桐野はちゃんと愛したいと、愛してると言ってくれた。
 なのに。

 大事にしたいと言って桐野が抱いてくれない理由を、真山は一つしか思いつかない。そんなの、セックスを回避したい奴の常套句だと真山は思っていた。
 やっぱりオメガが良かったのだろうか。
 桐野から聞かされたわけでもないのに、真山の考えはいつもそこにたどり着く。
 そうなのだとしたらアルファの自分には手詰まりだ。そんな気持ちに囚われた真山の胸を、絶望と諦観が重苦しく埋めていく。

 オメガに比べたら大きな体を、小さく丸めて蹲る。
 このまま窒息しそうで、真山は小さく息を吐く。自分のものとは思えない、か細いため息だった。

 苦しくて逃げ出したい気分だった。いまならまだ別れても傷は浅い。痛みはあるが、まだきっと引き返せる。

 昼間、指輪が買えなかったことに少しだけ安堵した。指輪を買ってしまっていたら、もう引き返すことなんて考えられなかっただろう。まだ薬指に微かに残る指輪の感触を思い出してまた悲しくなった。

 鳶色の瞳から涙が溢れた。
 こんなに苦しいのなら、離れたほうがいい。
 そう思う真山だが、それを言い出す決心はまだつかないでいた。

 別れようと言うのが怖かった。
 真山が言い出したことを、桐野は止めない。受け入れてくれる。受け入れてしまう。桐野が抱いてくれたのも、きっとそれだろうと思う。
 桐野は、真山を最大限尊重する。交わした書面にあった一番を思い出す。

 真山が別れようと言えば、桐野はきっと悲しげに笑って受け入れてしまう。そういう約束だからだ。

 あまりに何もかもが悲しくなって、真山は膝を強く抱いた。
 息を詰めて漏れる嗚咽を抑えつける。
 自分はもっと強いと思っていたのに、また涙が溢れた。
 離れないでいるのは苦しいのに、離れるのはもっと辛い。

 吐き出す息が熱く震えだす。
 ヒートに当てられた余韻がまだ残っているのか、腹の底に小さな熱源がある。
 小さな種火に炙られ、疼く身体は止められない。
 身体はどうしようもなく熱いのに、胸を埋める寂しさに涙が出る。
どうにかしたくて、真山は静かにベッドを降りた。
 火照った足裏に触れる冷たいフローリングの床が心地好い。
 振り返ると、桐野は変わらず静かに寝息を立てていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

不出来なオメガのフォーチュン

水無瀬 蒼
BL
美形やくざα×平凡卑屈Ω ◇◇◇◇◇ 平凡が服を着て歩いている白瀬直生(しらせなお)とやくざの神宮寺誉(じんぐうじほまれ)。 ある日通勤途中のネオン街で突然香った強い香り。  遠く離れていても感じるのに、周りの誰も気づかない。 そんなある日、仕事を終えアパートに帰った直生はアパートが焼け落ちていて、帰る家を失った直生は神宮寺の家を借りることに。 神宮寺と指先が触れると電気が走り、体が熱くなってヒートを起こしそうになり驚く。 それから導き出せるのは運命の番だと言われるが、自分に自信のない直生はそれを認めない。 ◇◇◇◇◇ 自ら平凡が服着て歩いている、と卑下する直生が運命の番である神宮寺と番になるまでのお話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ビジネスの番なのに運命の番よりも愛してしまったからどうすればいい

子犬一 はぁて
BL
欠陥品のα(狼上司)×完全無欠のΩ(大型犬部下) その行為は同情からくるものか、あるいは羨望からくるものか。 産まれつき種を持たないアルファである小鳥遊駿輔は住販会社で働いている。己の欠陥をひた隠し「普通」のアルファとして生きてきた。  新年度、新しく入社してきた岸本雄馬は上司にも物怖じせず意見を言ってくる新進気鋭の新入社員だった。彼を部下に据え一から営業を叩き込むことを指示された小鳥遊は厳しく指導をする。そんな小鳥遊に一切音を上げず一ヶ月働き続けた岸本に、ひょんなことから小鳥遊の秘密を知られてしまう。それ以来岸本はたびたび小鳥遊を脅すようになる。  お互いの秘密を共有したとき、二人は共犯者になった。両者の欠陥を補うように二人の関係は変わっていく。  「欠陥品のアルファ」として私生活及び性生活に多大なるコンプレックスを持つ狼上司である小鳥遊駿輔。それとは反対に「完全無欠のオメガ」として自らがオメガであることを心底恥じ、常に有能なアルファの新入社員を演じる大型犬部下の岸本雄馬。 「互いの秘密を守り、共犯者になる」という大人の契約に則った駆け引きの行方は──。 「……運命の番とかそういうの信じてませんから、俺」  自己を否定し未来さえも捨て去ったかのような岸本の掠れた言葉に触れたら、小鳥遊の微弱な母心が疼いた。そうして、岸本の「ビジネスの番になりませんか?」という提案に従うように、うなじを噛んだ。彼が望むような、1番幸せな噛み方で。  ビジネスの番の先にある未来ははたして空虚か、虚構か、虚楽か。あるいは、おとぎ話のような幸せな未来へと導かれるのか。その導きは誰も知らない結末へと終結していく。 自己の肯定を刻むセラピーオメガバース。 (旧タイトル)ACCOMPLICE──共犯── ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈ ※この作品はフィクションです。オメガバースの世界観をベースにしていますが、一部独自の設定があり作中で説明を加えております。 読んでくださってありがとうございます。よろしければ感想やコメントも聞かせてもらえると嬉しいです。 ※誤字 横溝課長 ⇒ 正 横溝本部長 (現在修正中です) ※誤字 百田部長⇒ 正 百田先輩 (現在修正中です)

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった

ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)  「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」 退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて… 商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。 そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。 その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。 2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず… 後半甘々です。 すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。

処理中です...