細めの雪にはなれなくて

雨門ゆうき

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高校 スケッチのお誘い編

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 かおりはある湖畔にいた。大き目の石に腰を掛け手を伸ばし、筆を立ててじっと前の湖の向こうを見ている。目線の少し下には木製のスケッチスタンドに貼られた用紙に、うっすらと鉛筆で下書きをしたような跡がある。どうにもそこから先に進むのに勇気が出ず、かれこれ小一時間悩んでいるようだ。いくら筆を前に出して構図を図っても、もう下書きは終わっているのに。

 ようやく意を決して空の色から入れ始めたが、初心者なのでどういうアプローチで描いていったらいいかわからず、辺りの鳥のさえずりに気を取られてみたり、湖の水面をぼーっと見つめている時間の方が長い。しかし進んでいなくても、かおりにはとてもいい時間を過ごしている実感があった。それは場所のせいでもあるだろう。

 昔から海の近くで過ごし、少し行けば川もあった。水の音が好きで、それが時には川のせせらぎであり、季節によっては、例えば冬の海が好きだったりする。雪と海とのコントラスト、冷ややかな空気、元は同じ水であったものが作り出す荘厳な空間が好きだった。今は、理由はわからないが目の前にある湖の、水中の生物が生み出す小さな水音がとても心地よく、かおりにとっては描くこと以上に、“絵を描くこと”の意味を実感できていた時間だった。結局その日は下書きと、空に少し色をいれたところで陽が落ちはじめた為、帰宅することにした。

 うん悪くない、しっかりと趣味でできそうだ、しかしこのままではよくない、明日は日曜日、一度先輩に意見を求めてみようと決め、帰路に立った。

 翌日かおりはある画材店を尋ねた。進藤氏のいる画材店だ。店内に入ると、やはり客も店員もいない。声をかけると奥から進藤が顔を出したが、右手にはバーテンダーがよく振っているシェイカーが。この人は仕事中に何をしているんだろう。

 「ああ、君は。どう?さっそく描いてみた??」なんだか眠そうな声で語りかけてきた。「進藤さん、ですよね?麻生かおりと言います。この間教えて頂いた場所で描いてみました。そして…行き詰まりました……」おずおずとかおりは答えた。「なるほどー、ちょっと見せてもらえる?今持ってるなら。」進藤がシェイカーを棚に置いたので、かおりはその日描いた絵?を差し出した。彼はちらっとみてすぐに「うん、そうだな、何とも言えないな。うーん…」あきらかにコメントに困っている。

 それはそうだろう、ほとんど何も進んでいないのだから具体的に指摘のしようもない。すると彼はこう提案した。「いつか、暇な日はある??となりで僕が描くのを見れば少しは進むかもしれない。見たところ何がわからないのかわからない、って感じがするから。」「いいんですか??私は土日なら大丈夫ですけど、逆にお休みありますか?」「じゃあ、来週の土曜日はどう?オーナーに言って休みもらうよ。僕はバイトだから大丈夫。どうせ暇だしね、この店。」かおりとしてはこんな心強いことはない。当然了承し、来週の土曜日、かおりはこの不思議さんと例の湖畔に行くことになった。趣味を探してたらついでに面白い人と知り合えてしまった。その時ついでにシェイカーの件を聞こう。そう決めたかおりだった。
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