細めの雪にはなれなくて

雨門ゆうき

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崩壊の序章 其の五

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 翌日の月曜日の朝、かおりは奏介の家から始発で家まで帰り、仕事に向かった。家路の途中、冬へと近づいているのが実感できる秋の朝気温はやはり低く、早くも吐いた息が少し白く変わるのが分かった。人通りがほとんどない為、かおりにとっては移動しやすい時間帯であった。

 そんなかおりを見送った奏介、本当は彼はかおりを仕事へは行かせたくなかった。前日聞いた話は、様子からしておそらくかおりの心に深く影を残した出来事であっただろうし、そうでなくても普段から詳しくは聞かないが、仕事が辛いということは聞いていた。またそれに合わせて、少しずつかおりの様子がおかしくなっていることを奏介は気付いていたからだ。ひょっとするともう、かおりは限界なのではないか、そう思えて仕方がなかった。

 何がそんなにかおりを仕事へと向かわせるのだろうか。奏介の価値観の中では、かおりが仕事を辞めないのが不思議でならなかったのだ。往々にしてこういうことは、追い詰められている本人は目の前のことにいっぱいいっぱいで、簡単な解決策に気付けないことが多い。かおりに関しても、変な責任感から自分が完全に壊れるまで仕事を辞めないのではないか、という不安が奏介にはあったのだ。

 しかし、自分の目の前にも画廊の主人への作品の提示の期限が今週末までに迫っており、かおりの心配ばかりしているわけにもいかなかった。これは彼にとっても今までにないチャンスだったのだ。彼はとある芸術大学を卒業した後、必ず画家として成功するという夢を持って、バイトをしながら絵を描くことに没頭してきた。しかしこの業界においては、そう簡単に展示の機会がもらえたりすることはないのだ。パトロンがいればまだそういった機会に恵まれることもあるかもしれないが、そういった相手もいない奏介にとってこの機会は大学卒業以来、最大のチャンスであった。彼は一旦かおりのことを忘れて自分の絵に没頭することに決め、この一週間はバイトを休んで朝から創作活動に入った。しかし、この一週間が彼とかおりの二人の人生に於いて、とても重要な、後の人生に大きな爪痕を残す一週間となる。

 もしも二人がこの時間に戻ることができたのなら、かおりはあるいは自分が仮に消えてしまうことになってでも、この一週間に戻りたいと願うのではないだろうか。
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