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うちの子は思春期ですか?

うちの子は思春期ですか? 4

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「みほちゃん? ぼく、怒ってるんだよ」

暗がりに漏れる光が明るい目と髪を照らす。
どちらの呼吸音か熱い息遣いだけが耳に届く。

「キスするのは、ぼくとだけじゃ無かったの……?」

顔がよく見えないけれど、悲しそうな顔をしていることは想像できる。
そんな顔しないで、と抱きしめたいのに手が動かない。
そうだ、掴まれているからだ。

私の手を掴み、床に押し付けているのは──



なんちゅー夢だ。

今日の夢はブラックなっちゃんだった。ブラックなっちゃんに、他の人とキスをしたことを責められてしまった。深層心理で、なっちゃんに悪いと思っているんだろうか。やっぱりなっちゃんに謝るべきだろうか。子分との約束を破ったわけだし……? いやいや、別に約束して……ないし?

名探偵の国のみほ
『よく思い出してみよう。なっちゃんは「こうするのはボクだけだね」と、言ったのだ(@反抗期5参照)つまり、ただの事実確認であり”現時点でこうするのはボクだけだね”と言う意味である。これから先もボクだけだね、とは一言も言っていないわけだ』

全肯定の国のみほ
『うんうん。そうだそうだ!』

──いやでも、夢で見るぐらい心の中で何か思ってた訳だし……

バリキャリの国のみほ
『ちゃんと先方に確認した? こちらとあちらで認識が違っていたらトラブルの元よ。契約を交わす時はしっかりハッキリ明文化して、合意をとらないと』

全肯定の国のみほ
『うんうん。そうだそうだ! ツメが甘いぞ!』

悪女の国のみほ
『ま、わざわざ言う必要もナイことよ。二人の秘め事は、二人のためにあるんだから』

全肯定の国のみほ
『うんうん。そうだそうだ! なんでも喋る女は底が浅いぞ!』

聖女の国のみほ
『子分の信頼を裏切るの?』

全肯定の国のみほ
『うんうん。そうだそうだ! マフィアだったら裏切りは死を意味するぞ!』

──うむむむ。各国首脳内会議は、荒れに荒れた。



そして、文化祭最終日が始まった。
午前中は人間チェスの仮装をして校内を練り歩き、呼び込みやコスプレ記念撮影などをしている。なかなか凝った衣装なのでみんな足を止めてくれる。

「──みほちゃん」

今朝も聞いたばかりの声が聞こえ、まさかなと思いつつも振り向くと何かが飛びかかってきた。いや、だから、なぜここにいるの!?

「なっちゃん!?」
「うん! うん!! 来ちゃった! その格好、キレイでかわいいね!」

なっちゃんが首筋に顔を埋め、強く抱き込むのでのけ反ってしまう。

「なんでここにいるの?!」
「驚いた? ルミさんからチケットもらったんだ。ぼくもココ受験することにした!」
「え? え? ちょっと情報が多いよ!」

ルミさん、とは私の母である。一言も言ってなかったじゃないか……!

「おい魔女! 学校でもそんな恰好してるのか! 今日も黒づくめだな! 悪くない!」
「みほ姉! 久しぶり~今日も一段と……黒ばっかりだね! いいじゃん!」
「姉ちゃん久しぶり。凝った衣装だね。夏樹、姉ちゃん困ってるから離れな」

「小岩くん、平井くん、亀戸くん達も来たのね……」

夏ぶりに顔を見た準構成員……じゃなかった、準子分の三人は挨拶もそこそこに時間が許す限り見て回るらしく、早々に旅立っていった。あの子たち、迷子になったりしないで回れるかしら。

なっちゃんと私は軽く校内を案内しつつ、近況を教えあった。ついこの間ぶりだけど、なんだか私より目線が上がってるではないか! 子どもはどんどん大きくなるわね。

「──それで、ここの高校を受験するって本当?」
「うん。もう決めた。みほちゃんのそばにいる!」

キラキラ笑顔で褒められ待ちのワンコである。まてまて。

「私のことは置いといて、なっちゃんはこの学校でやりたいことでもあるの?」
「みほちゃんの側にいたいって理由が大半だけど。もっと言えば、あっちの方より東京の方が進学も職も選択肢が増えるしね。それに、東京には父さんもいるし」

「そっか」
「まあ、まだ先の話しだけどね」

なっちゃんの口から初めて、「父さん」という言葉を聞いた。そう言ったなっちゃんの顔は今までよりもずっと大人びていて、少し寂しそうだった。
思わずなっちゃんの頭をヨシヨシと撫でる。私はどうしても、なっちゃんの寂しそうな顔に弱いようだ。

頭を撫でた手をそのまま頬に下すと、いつの間にか私より大きくなった手で包まれた。
私の手のひらに唇を寄せ、ちゅっとキスを送るなっちゃんはとても綺麗だ。

──私の中では、いつまでも中性的な印象だったが、少し男性的な雰囲気が増したようだった。

なんとも気恥ずかしい気持ちになり目を伏せると、なっちゃんの顔が近づいてきた。

「ダ、ダメ!!」

なっちゃんの唇を両手で塞ぐと、不満そうな視線を向けられた。

「ここじゃダメだよ……」

だって、ここは校内で、人がいっぱいいるし……人が……ほんとに、いっぱいいるなあ!?
ハッと気付くと、周囲を人に囲まれていて驚いた。私の仮装は目立つ。そして、なっちゃんのような天使な美形少年はもっと目立つのだ。見世物じゃありませんよ!

苦笑いするなっちゃんの手を引き、人混みから逃げるように足早に校内を移動していく。いい具合にさっきまでの喧騒が途切れたあたりで、急になっちゃんの足が止まった。クイクイ引っ張っても動かなくなったので、なっちゃんの方に振り返る。

「──なに、どうかした…の……」

なっちゃんの視線は一点に注がれていた。その先には、昨日の大盛り上がりだった人間チェスの写真が大きく引き伸ばされて貼られていた。それはつまり、白のキングに抱きあげられる黒のクイーンが被写体で。つまり、私と神田さんの写真である

なぜここにーーーー!!!

写真部の仕事の速さには恐れ入る。とても高性能なカメラなんだろう。画質が良い。うん。ドレスのシワや光の当たり方が絶妙で、ね、うん。構図もいいなー。さすが写真部。

「これって、あの人だよね。川の。眼鏡の方」
「ドウカナー」

「みほちゃん、抱っこされてるね」
「エ、ホントニー? ワタシジャナイヨー」

「今日と同じ衣装だね」
「ワァ、ホントダー」

「みほちゃん」
「ナァニ?」

「──ぼくに言ってないことあるよね」

天使ハ微笑ンダ


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