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頭が重い。目も重い。
テレビがつけっぱなしで、電気もつけっぱなしだ。

あの後、人懐っこいユウダイくんとやらも乗り込んできて我が家へ二人をご招待した。
丁度よく仕込んであった二人分の夕ご飯分の食料も三人分になるように、もやしやら厚揚げやらでカサ増しして出した。やってることがオカンである。

まだ独身だというのに、私の遺伝子に組み込まれていたオカンの血が騒ぎ、若い男の子には沢山食べて欲しいと張り切ってしまった。
モグモグとせわしなく口を動かす二人を眺め酒盛りを先に始めた──のは覚えている。

その後、やっぱり大泣きしながら彼氏という名の男の馴れ初めから、今日の授業参観のオカン扱いまで愚痴った気がする。
ユウダイくんの応援を受け、彼氏という名の男の私物をアマ●ンのダンボールにつめた気もする。
上から荷物を入れたから、スーツはきっとしわになっているだろうし、ワイシャツの襟汚れなんて……まあ、いいか。
そして最終的にハヤトくんに毛布でグルグル巻きの刑に処され転がされ、ユウダイくんはいつの間にか帰った気もする。今度、お刺身持ってくるって言ってた。寿司屋でバイトしてるとかなんとか。ちゃんと炙ったエンガワを入れてほしいと伝えたか心配だ。

スマホのバイブ音が鳴り、画面の明るさに目を細めながら確認する。
彼氏という名の男から電話だった。



時計はすでに日をまたいでいる。
約束は22時だったはずで。とかいっていつも24時近くなるから……もう少し後でいいかなって……あぁ、寝ちゃってたのか。
頭の中を整理していると、電話が止まった。その次にメッセージが届く。

慣れた動作でメッセージを開けると、23時40分辺りに「どこ」というメッセージが始まりで
「電話」「はやく」「どこ」と短文が届いた後、電話が何件か続き、「タクシー乗った」「5080円」とタクシー代の請求らしきものが新着。せこい。

まだ処理速度の遅い頭を動かしていると、また電話がかかって来た。が、癖で出てしまった。なんてこった。

スマホを耳に当てるより早く、「早く開けろよ」と音声が聞こえてきたと同時にインターホンの音と扉を叩く音が響いた。

「今何時だと思ってるのよ。静かにしてよ」
「迎えにも来ないでいいご身分だな。さっさと開けろよ」

トゲトゲした嫌味に溜息をつき、無意識に立ち上がってた自分を見下ろす。
なんて情けない姿だろうか。私はオカンのような行動をしてしまうが、私にも本当のオカンがいて、その実家にいる本当のオカンはきっとこんな私を見たら泣いて怒るだろう。この男に。

「──帰って」
「は?」

「付き合ってたといえるのかわからないし、もう終わってた感じあるけど。別れる。もう来ないで」

いくら寂しくても。放っておけなくても。もう、ダメなのだ。私の本当のオカンを泣かせたくないし、私ももううんざりなのだ。産んだ覚えのない息子の思春期は受け止められない。他所でやってほしい。

「なに急に。もしかして、さっきのことまだ怒ってんの?」
「怒ってたけど、もういいや。じゃ、切るね」

ブーブーと鳴り続けるスマホと、激しく叩かれ始めた玄関扉

「うるさいって」
「そんなの冗談だろ。なに急にムキになってんだよ」
「冗談だとしてもおもしろくない」
「俺は冗談も言えないわけ?とにかく開けろよ」
「開けません。帰ってください。荷物は郵送します」
「ちゃんと話し合おう?とりあえず開けろって──」

後ろから伸びてきた手が、私の体を後ろに引いた。
そのまま何重にもガムテープで補強されたア●ゾンの段ボールを扉の前に置いて、扉を開けて

ダンボールを扉の外に蹴り出した。

「近所迷惑なのでお引き取りください。警察を呼びますよ」

さすがア●ゾンの段ボール。丈夫だ。
前に立つ広い背中の影から扉の外を覗くと、元彼氏だった男が私の顔を見て傷ついたような顔をした。
ああ、そうそう。この人のこういう顔を見るのが嫌で、そういう顔をさせたくなくて、だんだん自分の気持ちを押し込めてたんだ。

「はぁ? お前、何。はぁー……結局、新しい男かよ。俺に非があるみたいな言い方して、やることが卑怯だな」
「あなたと違ってそういったことはしていません」
「またそれかよしつけえな」

「しつこいのはあなたです。お引き取りください。警察に電話します」

ハヤトくんの落ち着いた低い声が流れを変えた。
自分の思い通りにならないのがつまらないのか、ぐっと詰まった男の顔を見て。
その後、またハヤトくんの背中が視界いっぱいになった。

「るせぇな!お前みたいなブスが──」

バタンと扉が閉まった。まだ何か聞こえるが、ハヤトくんの手が耳を塞いでいだ。
手では完全に聞こえなくなるわけは無いのだが、私の頭の中はそれどころではない。

お酒の飲み過ぎで動悸がする訳じゃないよね???とトンチンカンなことを考えていると、ハヤトくんがこちらを覗き込むように身を屈め顔を寄せて来た。

ワンルームだけど、扉から室内が見えないようにレースのカーテンをつけてる。「のれん」って言ったらオカンかよって笑われたから、それ以降はあれの名前はカーテンと言っている。カーテンであってるのだろうか

そんなカーテンから漏れる明かりが、ハヤトくんの横顔をぼんやりと照らしていた。

一瞬、キスされるのかと思った。
でも、ハヤトくんは心配そうにこちらを見るだけだった。ああ、泣くんじゃないかと心配してくれていたのか、と思い至る。

私ったら。キスされるかも!って勝手にドキドキして恥ずかしいやつだ。

少し苦笑いになっていたかもしれないが、泣いていないと伝えるために、ニッと笑った。
ハヤトくんのいつもの笑い方を真似て。

ハヤトくんも同じように笑ってくれるだろうと、期待したのだが。こちらを見る弟分の顔から心配するような伺う色が消え、見たこともない、まるで知らない他人のような顔になった。

先ほどまでの永遠の味方だった弟分はどこにいってしまったのか。ふわっと浮かんだ不安から、未だ耳を塞ぐ手に自分の手を重ねた。

あぁ、この手はまだ温かい。知っている手だ──と思った次の瞬間には、顔を引き寄せられ唇が重なっていた。
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