5 / 30
本編
5 21時までのシンデレラ
しおりを挟む
その日は、ご令嬢が舞踏会へ参加する日。舞踏会のために着飾ったご令嬢は息を呑む美しさで、見惚れていた僕の背中が思い切り叩かれる。
驚いて振り返った僕に、綺麗でしょうと誇らしげなメイド長。どうやらこの屋敷のメイド達は、ご令嬢がどうすれば一番輝いて見えるのかを熟知しているようだ。
でも、ご令嬢は舞踏会で、僕以外の男達の手を取り踊るのだ。その光景を想像して僕は、心の中で悪態をついてしまう。
(……くそ)
いてもたってもいられないとはまさにこの事だ。ご令嬢を乗せた馬車が遠ざかっていく光景を、僕はもやもやした気持ちでいつまでも見つめていた。
――
ご令嬢を見送ってしばらくして。僕は、慌てた様子の執事に呼び止められた。家族が急病で、裏口に馬車が迎えに来ている、と言われた僕は慌てて、取るものもとりあえず迎えに来ていた馬車に乗り込んだ。
だが、迎えの馬車の中には、楽しそうにニコニコとしている爺の姿が。僕は脱力し、大きくため息をついた。
「……爺。急病というのは嘘だな?」
「急病?……あぁ!おそらく、急用と言ったのを聞き間違えられたのでしょうなあ。いやあ、年をとると滑舌が悪くなって困りますのう」
絶対嘘だ。僕には分かる。だが、何か急ぎの用があるのには違いなさそうだ。僕はとりあえず、前のめりだった体を背もたれにつけ、腕を組んだ。
「……それで?急にどうしたんだ?」
「それがですな、若様に招待状が来ていたのをすっかり伝え忘れておりましてな。今日はこれからそちらに参加していただきたいと思いまして」
「招待状だと?一体、何の招待だ?」
すると、爺は何も言わずにスッと招待状を差し出す。それを受け取り中を見た僕は、その内容に目が点になった。
「舞踏会……だと?」
それは、ご令嬢が参加するのと同じ舞踏会だった。
「あのご令嬢も参加されるとの事ですし、何より仮面舞踏会ですから、若様だとばれる心配もありません。どう、されますかな?」
「さ……参加する!するとも!」
僕は慌てて言うと、爺は嬉しそうに笑った。
「ほほ、かしこまりましたぞ。そうそう、衣装などは全て会場に用意しておりますので、ご安心下さい」
「ああ……分かった」
やけに準備がいいな、僕は一瞬そう思ったものの、舞踏会に参加できるという喜びで、すぐにどうでも良くなった。
――
仮面舞踏会とはいえ、ご令嬢のドレスや髪型は覚えている。一曲だけでも踊れるだろう、そう楽観的に考えていた僕。だが、話はそううまくいかなかった。
何故か僕は、広いダンスホール、沢山の男がいるにも関わらず、たくさんの女性に群がられていた。
理由は割とすぐに分かった。服装だ。僕の服装は、王族だと一目で分かる特徴がある。女性達はそれを目敏く見つけたのだろう。だが、王族と知られた状態で無下に断るわけにもいかない。
おかげで僕はご令嬢に近づく事さえできない。壁にかかっている時計を見ると、もう20時半ばを指していた。
(……ご令嬢の話が本当なら、もう帰ってしまう頃だ)
21時には眠ってしまうご令嬢。女性達からやっと解放された僕は、せめて少しだけでもとご令嬢の元へ向かう。
「そこのご令嬢!よろしければ一曲、お相手いただけないでしょうか!?」
焦りのあまり、声がうわずる。だが、そんな事気にしていられない。練習などではなく、本当の舞踏会でご令嬢と踊れるのだ。だが、時間は僕を待ってくれなかった。
「申し訳ありません……わたくし、もう、帰らなければ」
仮面で表情は見えなくても、ご令嬢から焦りと困惑の感情が伝わってくる。そんな彼女に無理強いなど、できるはずがない。
「そう……ですか。それなら仕方ない」
でもせめて。その気持ちが僕を動かす。僕は、ご令嬢に差し出した手で彼女の手を取り、手の甲にそっと口付ける。
見上げると、ご令嬢は少し困った様子で、それでも口元を優しく微笑ませて、僕に別れの言葉を告げた。
「……ご機嫌よう。また、いつか」
驚いて振り返った僕に、綺麗でしょうと誇らしげなメイド長。どうやらこの屋敷のメイド達は、ご令嬢がどうすれば一番輝いて見えるのかを熟知しているようだ。
でも、ご令嬢は舞踏会で、僕以外の男達の手を取り踊るのだ。その光景を想像して僕は、心の中で悪態をついてしまう。
(……くそ)
いてもたってもいられないとはまさにこの事だ。ご令嬢を乗せた馬車が遠ざかっていく光景を、僕はもやもやした気持ちでいつまでも見つめていた。
――
ご令嬢を見送ってしばらくして。僕は、慌てた様子の執事に呼び止められた。家族が急病で、裏口に馬車が迎えに来ている、と言われた僕は慌てて、取るものもとりあえず迎えに来ていた馬車に乗り込んだ。
だが、迎えの馬車の中には、楽しそうにニコニコとしている爺の姿が。僕は脱力し、大きくため息をついた。
「……爺。急病というのは嘘だな?」
「急病?……あぁ!おそらく、急用と言ったのを聞き間違えられたのでしょうなあ。いやあ、年をとると滑舌が悪くなって困りますのう」
絶対嘘だ。僕には分かる。だが、何か急ぎの用があるのには違いなさそうだ。僕はとりあえず、前のめりだった体を背もたれにつけ、腕を組んだ。
「……それで?急にどうしたんだ?」
「それがですな、若様に招待状が来ていたのをすっかり伝え忘れておりましてな。今日はこれからそちらに参加していただきたいと思いまして」
「招待状だと?一体、何の招待だ?」
すると、爺は何も言わずにスッと招待状を差し出す。それを受け取り中を見た僕は、その内容に目が点になった。
「舞踏会……だと?」
それは、ご令嬢が参加するのと同じ舞踏会だった。
「あのご令嬢も参加されるとの事ですし、何より仮面舞踏会ですから、若様だとばれる心配もありません。どう、されますかな?」
「さ……参加する!するとも!」
僕は慌てて言うと、爺は嬉しそうに笑った。
「ほほ、かしこまりましたぞ。そうそう、衣装などは全て会場に用意しておりますので、ご安心下さい」
「ああ……分かった」
やけに準備がいいな、僕は一瞬そう思ったものの、舞踏会に参加できるという喜びで、すぐにどうでも良くなった。
――
仮面舞踏会とはいえ、ご令嬢のドレスや髪型は覚えている。一曲だけでも踊れるだろう、そう楽観的に考えていた僕。だが、話はそううまくいかなかった。
何故か僕は、広いダンスホール、沢山の男がいるにも関わらず、たくさんの女性に群がられていた。
理由は割とすぐに分かった。服装だ。僕の服装は、王族だと一目で分かる特徴がある。女性達はそれを目敏く見つけたのだろう。だが、王族と知られた状態で無下に断るわけにもいかない。
おかげで僕はご令嬢に近づく事さえできない。壁にかかっている時計を見ると、もう20時半ばを指していた。
(……ご令嬢の話が本当なら、もう帰ってしまう頃だ)
21時には眠ってしまうご令嬢。女性達からやっと解放された僕は、せめて少しだけでもとご令嬢の元へ向かう。
「そこのご令嬢!よろしければ一曲、お相手いただけないでしょうか!?」
焦りのあまり、声がうわずる。だが、そんな事気にしていられない。練習などではなく、本当の舞踏会でご令嬢と踊れるのだ。だが、時間は僕を待ってくれなかった。
「申し訳ありません……わたくし、もう、帰らなければ」
仮面で表情は見えなくても、ご令嬢から焦りと困惑の感情が伝わってくる。そんな彼女に無理強いなど、できるはずがない。
「そう……ですか。それなら仕方ない」
でもせめて。その気持ちが僕を動かす。僕は、ご令嬢に差し出した手で彼女の手を取り、手の甲にそっと口付ける。
見上げると、ご令嬢は少し困った様子で、それでも口元を優しく微笑ませて、僕に別れの言葉を告げた。
「……ご機嫌よう。また、いつか」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる