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本編
6 あなただったら
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舞踏会での出来事は、思った以上に僕の心に傷を作った。王子としての僕は、彼女の側にいる事はできない運命なのだと突きつけられたようで絶望的な気分になる。
執事見習いとしてあの屋敷にいられるのもあと二週間。たったの二週間で、夢のような日々は終わり、またあの、穏やかで退屈な毎日に戻るのだ。
そして、ご令嬢と出会って色鮮やかになった僕の世界は、逆に僕を苦しめるだけの苦しい思い出に変わる。
落ち込む僕を、爺は心配そうに見ている。
「若様は一体、何を悩んでおられるのですかな?」
「……ご令嬢と踊れなかった」
「それは分かっています。そうではなく、もっと根本的な何かがあるのでは?」
そう言われて僕は、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしる。
「そんなもの……はあ……何で爺はそうやっていつも僕を全部分かったような……くそ……」
「ええ、分かりますとも。なにせ爺は、若様を息子のように愛しておりますからな」
恥ずかしげもなくさらっとそんな事を言われ、僕は恥ずかしいやら嬉しいやらで、見透かされた悔しさなど、どうでもよくなってしまった。
「……どうせ、僕が悩んでる事もお見通しなんだろう?はあ……もうどうしたらいいか分からないんだ。僕の気持ちも、これからの事も……全部」
そう言って大きなため息をつく僕の頭に爺は手を伸ばすと、乱れた髪をそっと直してくれる。
「若様。どうしなければいけないではなく、どうされたいか……それを聞かせてはくれませんか?」
「どう……したい?」
「はい。できるできないではなく、どうしたいか」
僕は、考える。僕がしたい事とは一体何なのだろう。雑草が茂る場所をかき分けるように、自分の気持ちを探していく。その一番奥にある気持ち、それは。
「……謝りたい」
「謝りたい?ご令嬢に、ですかな?」
「そうだ……試すような真似をした事をしてすまなかったと、そして、もし許してもらえるなら、どうか……せめて……友人からでも、関係を持たせて欲しいと……」
「若様……」
「こんな事なら最初から本当の僕のままで会いにいけばよかったんだ……面白がって、試すような真似をして、僕は……」
再び頭を掻きむしろうとした手を、爺が慌てて掴む。
「それを提案したのは爺です、若様が気に病む必要はない。それに……もし仮に王子という鎧を纏ったままご令嬢と会ったとしたら、きっと若様の心には何も生まれなかったのでは?」
僕はハッとする。
(爺の、言う通りだ)
庭で子供と遊ぶ姿。屋敷の掃除をする姿。二人きりの茶会。汗だくになって剣を交えた。着飾る事なく踊った。
その全てが僕の世界を、鮮やかに彩ってくれた。
涙が流れそうになるのを、慌てて拭う。見られてやいないかと爺を見ると、彼はそんな僕を、優しく微笑んで見ている。そして、まるで父親のように僕の肩を力強く抱いて言った。
「なあに、心配はいりません。素直に話せば、ご令嬢もきっと分かってくれます」
まるでご令嬢の事など全部分かっているというような口ぶり。そしてなぜか、僕もそんな気がしてきてしまうから不思議だ。
「それどころか若様……ご令嬢は若様の事など、何とも思ってないかもしれませんぞ?」
「!!!」
僕は自分の気持ちばかりに気を取られ、その可能性を全く考えていなかった事に気づく。
「そ、それは困る!」
「ほっほっほ!もしフラれてしまったら、その時は爺が慰めてさしあげますぞ!」
そんな未来が来てたまるか、僕はそう強く思った。
――
「ご家族が急病だったと聞いたわ、大丈夫!?」
「え……?」
舞踏会翌日。屋敷に戻った僕は、心配そうな顔のご令嬢に出迎えられ、深刻な表情で迫られた。
僕は、何事かと戸惑う。それから家族の急病で戻っていたという設定を思い出し、慌てて必死で誤魔化す。
「あ……ああ!はい!大丈夫!大丈夫です!ええ、はい、家族はすっかり元気になりました!ご心配無用です!」
「そう、それはよかったわ……」
ほっと胸を撫で下ろすご令嬢に、僕は不思議になって聞いた。
「お嬢様、もしかして心配して下さったのですか?」
「するに決まっているでしょう?舞踏会から帰る馬車で寝てしまったから、朝起きてからその話を聞かされて……。それからずっとあなたが悲しんでいたらどうしようと思って、ずっと落ち着かなくて、せめてあなたの負担を減らせればと思って屋敷の掃除をひたすらしていたわ」
「それは……ありがとうございます。でも、本当に大丈夫でしたから」
僕の言葉に、ご令嬢は心底ほっとしたのか、満面の笑みでこちらを見る。その可憐さが眩しくて、僕は思わず目を逸らしてしまう。
「そういえば……」
ふと、ご令嬢が何かを思い出したように、そう呟いた。
「わたくし、舞踏会でね、びっくりした事があったの」
「舞踏会で?一体どんな事が?」
「わたくし、21時には寝てしまうって話したでしょう?だから昨日も、その前に帰らなければならなくて。でもその時、わたくしをダンスに誘って下さった方がいたの」
ご令嬢の話に、僕は心臓が飛び出るかと思った。必死で平常心を保ち、相槌を打つ。
「そ、それで?」
「時間が時間だから、お断りするしかなかったのだけれど……その方、あなたの声にそっくりで、本当にびっくりしたわ。王族の方の服装だったから、別人だって分かってはいたけれど……」
そしてご令嬢は、少し寂しそうな顔をして僕を見る。
「わたくしね、その方があなただったらよかったのにって……そう思ったの。あの綺麗で広いダンスホールで、正装をしたあなたと踊れたらどんなに楽しいかっただろうって……」
「お嬢、様……」
「ふふ、変な事言ってごめんなさい。あなたに付き合ってもらったダンスの練習がとても楽しくて、舞踏会の時もずっとそればかり思い出してしまって」
ご令嬢は、両手でそっと僕の手を取ると、あの別れの時と同じように、口元を優しく微笑ませて言った。
「ねえ。またいつか、お相手して下さる?」
僕は、無意識に動いていた。あの時と同じように、ご令嬢の手の甲に口付けをしようと。でも、寸前で止め、そっと彼女の手を下ろす。
「……次の舞踏会の頃にはもう、僕はこの屋敷にはいません。それまでにはきっと、皆さんの腰痛も治るでしょうから……」
「そう、ね。ごめんなさい……あなたを困らせてしまったわね。どうか忘れてちょうだい?」
ご令嬢は寂しそうな顔で、僕の手を離す。
「もう……行くわね。引き留めてしまってごめんなさい」
そう言って去っていくご令嬢の背は、悲しそうに見えて、僕も胸が苦しくなる。
(でも……今の僕は……あなたと……)
言い訳をするように、僕はそう胸の中で呟いた。
執事見習いとしてあの屋敷にいられるのもあと二週間。たったの二週間で、夢のような日々は終わり、またあの、穏やかで退屈な毎日に戻るのだ。
そして、ご令嬢と出会って色鮮やかになった僕の世界は、逆に僕を苦しめるだけの苦しい思い出に変わる。
落ち込む僕を、爺は心配そうに見ている。
「若様は一体、何を悩んでおられるのですかな?」
「……ご令嬢と踊れなかった」
「それは分かっています。そうではなく、もっと根本的な何かがあるのでは?」
そう言われて僕は、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしる。
「そんなもの……はあ……何で爺はそうやっていつも僕を全部分かったような……くそ……」
「ええ、分かりますとも。なにせ爺は、若様を息子のように愛しておりますからな」
恥ずかしげもなくさらっとそんな事を言われ、僕は恥ずかしいやら嬉しいやらで、見透かされた悔しさなど、どうでもよくなってしまった。
「……どうせ、僕が悩んでる事もお見通しなんだろう?はあ……もうどうしたらいいか分からないんだ。僕の気持ちも、これからの事も……全部」
そう言って大きなため息をつく僕の頭に爺は手を伸ばすと、乱れた髪をそっと直してくれる。
「若様。どうしなければいけないではなく、どうされたいか……それを聞かせてはくれませんか?」
「どう……したい?」
「はい。できるできないではなく、どうしたいか」
僕は、考える。僕がしたい事とは一体何なのだろう。雑草が茂る場所をかき分けるように、自分の気持ちを探していく。その一番奥にある気持ち、それは。
「……謝りたい」
「謝りたい?ご令嬢に、ですかな?」
「そうだ……試すような真似をした事をしてすまなかったと、そして、もし許してもらえるなら、どうか……せめて……友人からでも、関係を持たせて欲しいと……」
「若様……」
「こんな事なら最初から本当の僕のままで会いにいけばよかったんだ……面白がって、試すような真似をして、僕は……」
再び頭を掻きむしろうとした手を、爺が慌てて掴む。
「それを提案したのは爺です、若様が気に病む必要はない。それに……もし仮に王子という鎧を纏ったままご令嬢と会ったとしたら、きっと若様の心には何も生まれなかったのでは?」
僕はハッとする。
(爺の、言う通りだ)
庭で子供と遊ぶ姿。屋敷の掃除をする姿。二人きりの茶会。汗だくになって剣を交えた。着飾る事なく踊った。
その全てが僕の世界を、鮮やかに彩ってくれた。
涙が流れそうになるのを、慌てて拭う。見られてやいないかと爺を見ると、彼はそんな僕を、優しく微笑んで見ている。そして、まるで父親のように僕の肩を力強く抱いて言った。
「なあに、心配はいりません。素直に話せば、ご令嬢もきっと分かってくれます」
まるでご令嬢の事など全部分かっているというような口ぶり。そしてなぜか、僕もそんな気がしてきてしまうから不思議だ。
「それどころか若様……ご令嬢は若様の事など、何とも思ってないかもしれませんぞ?」
「!!!」
僕は自分の気持ちばかりに気を取られ、その可能性を全く考えていなかった事に気づく。
「そ、それは困る!」
「ほっほっほ!もしフラれてしまったら、その時は爺が慰めてさしあげますぞ!」
そんな未来が来てたまるか、僕はそう強く思った。
――
「ご家族が急病だったと聞いたわ、大丈夫!?」
「え……?」
舞踏会翌日。屋敷に戻った僕は、心配そうな顔のご令嬢に出迎えられ、深刻な表情で迫られた。
僕は、何事かと戸惑う。それから家族の急病で戻っていたという設定を思い出し、慌てて必死で誤魔化す。
「あ……ああ!はい!大丈夫!大丈夫です!ええ、はい、家族はすっかり元気になりました!ご心配無用です!」
「そう、それはよかったわ……」
ほっと胸を撫で下ろすご令嬢に、僕は不思議になって聞いた。
「お嬢様、もしかして心配して下さったのですか?」
「するに決まっているでしょう?舞踏会から帰る馬車で寝てしまったから、朝起きてからその話を聞かされて……。それからずっとあなたが悲しんでいたらどうしようと思って、ずっと落ち着かなくて、せめてあなたの負担を減らせればと思って屋敷の掃除をひたすらしていたわ」
「それは……ありがとうございます。でも、本当に大丈夫でしたから」
僕の言葉に、ご令嬢は心底ほっとしたのか、満面の笑みでこちらを見る。その可憐さが眩しくて、僕は思わず目を逸らしてしまう。
「そういえば……」
ふと、ご令嬢が何かを思い出したように、そう呟いた。
「わたくし、舞踏会でね、びっくりした事があったの」
「舞踏会で?一体どんな事が?」
「わたくし、21時には寝てしまうって話したでしょう?だから昨日も、その前に帰らなければならなくて。でもその時、わたくしをダンスに誘って下さった方がいたの」
ご令嬢の話に、僕は心臓が飛び出るかと思った。必死で平常心を保ち、相槌を打つ。
「そ、それで?」
「時間が時間だから、お断りするしかなかったのだけれど……その方、あなたの声にそっくりで、本当にびっくりしたわ。王族の方の服装だったから、別人だって分かってはいたけれど……」
そしてご令嬢は、少し寂しそうな顔をして僕を見る。
「わたくしね、その方があなただったらよかったのにって……そう思ったの。あの綺麗で広いダンスホールで、正装をしたあなたと踊れたらどんなに楽しいかっただろうって……」
「お嬢、様……」
「ふふ、変な事言ってごめんなさい。あなたに付き合ってもらったダンスの練習がとても楽しくて、舞踏会の時もずっとそればかり思い出してしまって」
ご令嬢は、両手でそっと僕の手を取ると、あの別れの時と同じように、口元を優しく微笑ませて言った。
「ねえ。またいつか、お相手して下さる?」
僕は、無意識に動いていた。あの時と同じように、ご令嬢の手の甲に口付けをしようと。でも、寸前で止め、そっと彼女の手を下ろす。
「……次の舞踏会の頃にはもう、僕はこの屋敷にはいません。それまでにはきっと、皆さんの腰痛も治るでしょうから……」
「そう、ね。ごめんなさい……あなたを困らせてしまったわね。どうか忘れてちょうだい?」
ご令嬢は寂しそうな顔で、僕の手を離す。
「もう……行くわね。引き留めてしまってごめんなさい」
そう言って去っていくご令嬢の背は、悲しそうに見えて、僕も胸が苦しくなる。
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