五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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本編

11 君がくれた宝物

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 広い部屋の中。壁に飾られている美しい女性の肖像画の前に、男が一人立っている。男の表情は、寂しそうにも、嬉しそうにも見える。

「まさか、あの子の心を射止めた男が、君の兄が手塩にかけた王子様だなんてね。プロポーズまでこの目で見たのに、まだ信じられないでいるよ。ずっと、私の娘のままでいてくれてもよかったのになぁ。なんてね。はは、そんな訳にいかない事はちゃんと分かっているよ。
 ……君の言いつけを守らなかったからだ、言いつけを守っていい子にしていれば、きっと戻ってきてくれる……そう言って毎日泣いていたあの子が、恋をする日が来るなんて……。本当に、信じられないね」

 男はそっと、肖像画の女性の輪郭に、慈しむように触れる。

「あの子、私が君と出会った頃にそっくりになって……私を好きだと言ってくれた頃のことを思い出してしまうよ。あの子、あの時の君と同じような顔をして王子様を見ていたよ……妬けて仕方ない。
 ああ……娘の相手に嫉妬する日が来るなんて、思ってもなかったなあ……」

 男の顔がくしゃっと歪み、肖像画をそっと撫でる手が震える。皺が刻まれた目尻から、涙が次々と溢れていく。

「……まったく、君の言いつけには困らされたよ。21時には必ず寝てしまうような娘、まともな男は見向きもしなかったんだからね。
 それなのに、どんな男よりもいい男が見つけてくれたんだ……王子だというのに身分に驕る事なく謙虚で、誠実で。そんな男が、そのままのあの子でいい、そう言ってくれたんだ。まるで君の言いつけが、彼と出会う時のために、あの子を守ってくれたみたいだったよ……」

 男は泣きながら、それでも必死に、肖像画に笑いかける。

「まったく……若い頃は怖いもの知らずだったのに……大事なものが増えるたび、弱虫になっていってしまったなあ……」

 男は、肖像画から名残惜しそうに指を離し、天に向かって手を伸ばす。

「なあ……そばにいてくれてるんだろう?なんで僕には見えないんだろうね……寂しくて仕方ないよ。きっと君は今も、皺ひとつなく若々しいままなんだろうな。私なんてすっかり爺さんだよ……年は取りたくないもんだ」

 そう言って男は、頬の涙を拭う。

「そっちで寂しがってたらすまない……でも、まだそっちには行けそうもないよ。孫を抱き締めて、うんと甘やかしてやらないといけないからな」

 屋敷の中は、もうまもなく迎えるであろう、男の初孫の誕生に浮き足だっている。男の心も、その日を、今か今かと待ちきれないでいる。

 その時、部屋のドアをノックする音が響く。その音だけで男は、誰が来たのかを理解して、その相好を崩す。

「お父様、約束の時間よ!今日こそは絶対負けないんだから!」

 男は、仕方ないなと言った様子で肖像画を見る。

「やれやれ……あんなお転婆に育って。一体、誰に似たんだろうね?」

 男はそう呟いて、そして扉へと向かう。扉の先に待つ、この世でふたつしかない宝物のひとつの元へ。
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