五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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後日譚

1 夏の名残

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 夏の暑さも和らぎ、すっかり焼けた肌に夏の名残を感じる、そんなある日。爺が唐突に、遠い目をして話し始めた。

「お付き合いを始めてもう半年……時の流れはあっという間ですな、若様」
「何だ、急に」
「もう数え切れないほど逢瀬を重ねておられるようで……爺も嬉しいですぞ」

 噛み合わない会話。こういう時の爺は、大体何か碌でもない事を考えている。僕は訝しみながら聞いた。

「……爺、何を企んでいる?」
「いえいえ、何も企んでなどおりませんよ?ただ……そろそろ次の段階に進まれないのかと、気を揉んでおりましてなあ……」
「次の段階?」
「ほっほ!若様、当初の目的をお忘れでは?」

 そう言われて、僕はすぐに理解する。

「……つまり爺は、僕に、早くご令嬢と婚約しろと言いたいのだな?」
「ええ、ええ、その通りでございます!もういっそのこと、婚約などまどろっこしい事は飛ばして、結婚していただいてもいいのですぞ!」

 前のめりに迫ってくる爺。大切な姪の事になると、最近はいつもこうだ。遠慮がなくなってきたというか、圧を感じるというか。
 結婚……そうしたいのは山々だが、僕の立場ではそう簡単にいくものではない。

「……決まりは守る。端くれとはいえ、王族である事には変わりないんだ。城の者たちには、僕の事でなるべく負担をかけたくない」

 そう。王族である以上、段階を踏まないわけにはいかない。婚約をして、それなりの準備をする必要があるのだ。それを僕の気分で急がせてしまうなど、言語道断だ。そんなの、爺がいちばん分かっている事だろうに。

「おお、若様、なんとお優しい。でも、そんなお優しい若様の結婚を、皆、今か今かと待っているのですぞ。そろそろご決断なさってもいいのでは?」
「分かってる……」

 だが、僕は悩んでいた。ご令嬢と恋人同士となり、同じ時間を過ごすようになって、僕が好ましく思う彼女の個性が、城の中にいる頭の固い連中にどう思われるのか、と。

「若様。一体何を悩まれているのですか?」
「……どうせ、言わなくても分かってるんだろう?」
「それでも、若様の口から聞きたいものですよ。爺としては」
「……王族と結婚する事で、ご令嬢の良さを消してしまう事にならないか。それが心配なんだ」

 僕がそう言うと、爺はふんと鼻で笑った。

「若様は本当にお優しい……でも、あの子をあまり見くびらないでいただきたいものですな」

 大切な姪の事だからなのか、ちらりと不機嫌さを滲ませる爺。最近、そういう爺の人間臭い部分を見れる事が、嬉しかったりもする。不機嫌さの前に嬉しいというのも、悪いとは思うが。
 僕は、笑ってしまいそうなのを堪えて、爺を宥めるように言う。

「それは分かってる。半年、何度も一緒に過ごして、ご令嬢のたくまし……いや、芯の強さは理解してるつもりだ。でもな爺、それでも僕は不安になるんだ。どんな目にあっても平気……そう言われたとしても、僕はご令嬢がそういう目にあう事自体が許せない。そして、そうなるかもしれない場所に連れて行くのも嫌なんだ」

 それどころか僕は、ご令嬢の屋敷で過ごしたような日々を欲している。その幸せの中に、ご令嬢を永遠に、大切にしまっておきたい。そんな事は無理だと分かっていても、あの夢のようなひと月を、心の底から望んでしまう。
 爺は、そんな僕を見て、それ以上は下がらないだろうというくらい目尻を下げて、嬉しそうに笑う。

「若様は、本当にあの子の事を好いておられるのですね」
「当たり前だ。僕の立場なら、交際を申し込む事なく、政略的な結婚を望む事だってできた。そうしなかったのは、彼女の事を、ひとりの男として愛したからだ」
「ほっほ……ご馳走様でございます」
「何だ、それは」

 思ったままを言ったのに、爺は気味が悪いくらいニヤニヤしている。

「まあ、若様の心配はごもっともでございます。ですが、たとえ何かあっても、若様が守ってくれるのでしょう?それに……爺もおりますよ?」
「そうだな。爺がいればご令嬢も心強い」

 爺が味方でいてくれる心強さは、同時に、僕がまだまだ頼りない証拠でもある。爺を頼っているうちは、ご令嬢を妻に迎える資格などないのではという気さえしてきた。

 ……いや、だめだだめだ。こんな風に、ひとりで悩んでいる事自体だめだ。

「何にせよ……本人を抜きにこんな話をするもんじゃないな。これは僕だけの問題じゃない。結婚は僕だけでするんじゃないんだから」
「ほっほ!そうでございますよ。……さあ若様、そろそろお時間ですぞ」
「ああ、そうだな。行ってくる」

 ――

「あなた、そんな事心配していたの?」
「そんな事って……」

 悩みを話した僕を、ご令嬢はあっけらかんとした様子で笑い飛ばした。

「だって、あなたみたいな素敵な人が育った場所でしょう?一体何を恐れる必要があるの?」

 ご令嬢の無自覚な殺し文句に、僕の心は容易く射抜かれる。彼女がもし男だったら、稀代のプレイボーイになったに違いない。

「それにわたくし、準備も万全よ。おじから根掘り葉掘り聞いてあるもの。どうしたら、誰にも舐められずに済むのかって」
「は?」
「だって、わたくしのせいで、あなたの見る目がないと思われたら嫌だもの。少しの隙も見せない完璧な女を演じて、でもあなたの前でだけは思い切り甘えるの。それでも腹の立つことがあったら、実家にあなたを引きずって、気が済むまで剣の相手をしてもらう。どう?完璧でしょう?」
「は……はは……あははは!」

 僕は、呆気に取られて、そして、ご令嬢の言葉の意味をようやく理解して。気づけば、腹の底から笑っていた。

「なあに?そんなにおもしろかったかしら?」
「いや……すみません……悩んでるだけの僕が馬鹿馬鹿しくなってしまって」
「馬鹿馬鹿しいなんて、そんな事言わないでちょうだい。だって、わたくしの事を心配して、わたくしの事で頭をいっぱいにしてくれたのでしょう?わたくし、そういうのすごく嬉しいわ」

 ほらまただ。ご令嬢は次から次とこうやって、僕の心をかき乱すような事ばかり言う。身も心も持たない。
 僕は、何とかやり返してやりたくて、彼女の体を強引に引き寄せ、腕の中にしまい込む。

「そうですよ。僕の頭の中はあなたの事でいっぱいです。でもその中には、言葉にできないようなやましい気持ちもたくさんあるんですから」
「……いやだわ、それ、本当?」
「本当ですよ。これでも男ですから」
「あら、まあ、ふふ、やだ」

 そう言うとご令嬢は、僕の胸の中に顔を埋める。そして、くすくすと笑いながら、こう言った。

「わたくし、すごくときめいてしまったわ。ふふ、嬉しい」

 勝てる気がしない。僕は悔しさと嬉しさに、強くご令嬢を抱きしめるしかできなかった。
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