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後日譚
4 誰よりも近くで
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結婚の約束をした僕らは、しきたりに則った婚約の儀式を経て、正式に婚約した。ご令嬢の薬指には、僕が用意していた婚約指輪。そしてあの四つ葉の指輪は、大切に箱にしまってある。
婚約までも、色々とあった。笑える話も、笑えない話も。
あの雪の中でのプロポーズ。歓声を上げる子供達の声に混じって、「よくやった!」と屋敷の主人の声が聞こえてきた事。
僕の父が、挨拶に訪れたご令嬢を見て、懐かしいと一筋の涙を流した事。
父は僕らに語ってくれた。父と、爺と、ご令嬢の父親は、固い絆で結ばれたご学友で。そして、ご令嬢の母親であり、爺の妹を、本当の妹のように可愛がっていた事を。
「私があの子にしてやれなかった分も、お前があの子の娘を幸せにしてやってほしい」
父の言葉に、僕は頷く。父が思う何倍も幸せにしてみせるという決意とともに。
……というように、親達は歓迎一色だった。だが、何故か僕の妹だけは猛反対だった。
理由を聞けばなんと、妹は知人からご令嬢の悪評を聞いていたらしく、そんな人が義姉なんて!という事らしい。そしてその悪評の出所はなんと、ご令嬢の元婚約者だとか。
……そろそろいい加減にしてくれないかと思う。ここまでくると、文句の一つでも言ってやりたくなってくる。直接顔を合わせる事がないよう、祈るばかりだ。
素直で人を疑わないのが妹のいいところではあるが、今回に関しては褒めてやれない。だが、ご令嬢に関して、僕がいくら誤解だと説明しようとしても、妹は聞く耳さえ持ってくれない。僕はほとほと困り果てる。
だが、爺とご令嬢は僕の知らない間に、とんでもない作戦を立てていた。
父から、挨拶の場を設けると言われた妹は、流石に父には逆らえず、渋々参加した。だが、そこにいたのはなんと、男装に身を包んだご令嬢。
妹は、ご令嬢のその姿を一目見ただけで、目を潤ませ、頬を桃色に染めて「お願いします……どうか、どうかお姉さまと呼ばせて下さい」と、ころっと手のひらを返した。
僕は全く知らなかった事だが、妹は、女性だけが演じる恋物語の舞台に、それはそれは熱心に通っているそうだ。
だから爺は、ご令嬢に男装をさせたのだ。そして、ご令嬢もそれは積極的だったとか。
……いいのだろうか。それで、本当に。丸く収まってよかったみたいな、僕の感覚が間違ってるみたいな。いやいや待て、そんな事は、ないぞ?
ちなみに、残念ながらその場に僕はいなかった。男装のご令嬢……少し、見てみたかった気も……いや、変な扉が開きそうで怖いような。うん、やっぱりやめておこう。
そんなこんなで、お互いの身内への挨拶もほぼ済ませた。だが、まだ1人、ご令嬢にとって大切な人への挨拶が残っていた。
墓の周りは綺麗に整えられ、今でもこの人が忘れられる事なく、とても大切に思われているのが伝わってくる。
「わざわざここまで来なくても、いつも見守ってくれているような気がするのだけれど……でも、一応ね。ママ、わたくし、この方と結婚するわ」
ご令嬢が幼い頃に、病気で亡くなってしまった、ご令嬢の母親。その人の墓の前に、僕らはいた。
「わたくしみたいな変わり者を、愛していると言ってくれる人なの。ふふ、もしかしたら、わたくしよりも変わり者かもしれないわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ふふ、褒めてるように聞こえたの?」
「ええ、最高の褒め言葉です。華やかな兄妹に囲まれていると、自分に個性がないように思ってしまうので」
僕がそう答えると、ご令嬢は肩をすくめて、困ったように笑うと、墓に向き直る。
「ねえママ。やっぱり変わり者でしょう?だから、一緒に過ごすたびに……もっと、愛してしまうの」
女性は、思いは胸に秘めるものだと言われた事がある。実際に、僕の周りの女性もそうだった。でも、今僕の隣にいる人は違う。まるで、伝えなかった事を後悔しないために、まっすぐに、その気持ちを伝えてくれる。
僕は、そっとご令嬢の肩に触れ、優しく抱き寄せる。少し照れた様子の彼女と目が合う。嬉しそうに笑う彼女は、それから空を見上げて言った。
「ねえママ。式は、誰よりも近くで見守っていてちょうだい。ママだけの、特権よ」
それに応えるかのように、風が強く吹いた。冷たさの中に、これから来る春の気配を乗せて。
婚約までも、色々とあった。笑える話も、笑えない話も。
あの雪の中でのプロポーズ。歓声を上げる子供達の声に混じって、「よくやった!」と屋敷の主人の声が聞こえてきた事。
僕の父が、挨拶に訪れたご令嬢を見て、懐かしいと一筋の涙を流した事。
父は僕らに語ってくれた。父と、爺と、ご令嬢の父親は、固い絆で結ばれたご学友で。そして、ご令嬢の母親であり、爺の妹を、本当の妹のように可愛がっていた事を。
「私があの子にしてやれなかった分も、お前があの子の娘を幸せにしてやってほしい」
父の言葉に、僕は頷く。父が思う何倍も幸せにしてみせるという決意とともに。
……というように、親達は歓迎一色だった。だが、何故か僕の妹だけは猛反対だった。
理由を聞けばなんと、妹は知人からご令嬢の悪評を聞いていたらしく、そんな人が義姉なんて!という事らしい。そしてその悪評の出所はなんと、ご令嬢の元婚約者だとか。
……そろそろいい加減にしてくれないかと思う。ここまでくると、文句の一つでも言ってやりたくなってくる。直接顔を合わせる事がないよう、祈るばかりだ。
素直で人を疑わないのが妹のいいところではあるが、今回に関しては褒めてやれない。だが、ご令嬢に関して、僕がいくら誤解だと説明しようとしても、妹は聞く耳さえ持ってくれない。僕はほとほと困り果てる。
だが、爺とご令嬢は僕の知らない間に、とんでもない作戦を立てていた。
父から、挨拶の場を設けると言われた妹は、流石に父には逆らえず、渋々参加した。だが、そこにいたのはなんと、男装に身を包んだご令嬢。
妹は、ご令嬢のその姿を一目見ただけで、目を潤ませ、頬を桃色に染めて「お願いします……どうか、どうかお姉さまと呼ばせて下さい」と、ころっと手のひらを返した。
僕は全く知らなかった事だが、妹は、女性だけが演じる恋物語の舞台に、それはそれは熱心に通っているそうだ。
だから爺は、ご令嬢に男装をさせたのだ。そして、ご令嬢もそれは積極的だったとか。
……いいのだろうか。それで、本当に。丸く収まってよかったみたいな、僕の感覚が間違ってるみたいな。いやいや待て、そんな事は、ないぞ?
ちなみに、残念ながらその場に僕はいなかった。男装のご令嬢……少し、見てみたかった気も……いや、変な扉が開きそうで怖いような。うん、やっぱりやめておこう。
そんなこんなで、お互いの身内への挨拶もほぼ済ませた。だが、まだ1人、ご令嬢にとって大切な人への挨拶が残っていた。
墓の周りは綺麗に整えられ、今でもこの人が忘れられる事なく、とても大切に思われているのが伝わってくる。
「わざわざここまで来なくても、いつも見守ってくれているような気がするのだけれど……でも、一応ね。ママ、わたくし、この方と結婚するわ」
ご令嬢が幼い頃に、病気で亡くなってしまった、ご令嬢の母親。その人の墓の前に、僕らはいた。
「わたくしみたいな変わり者を、愛していると言ってくれる人なの。ふふ、もしかしたら、わたくしよりも変わり者かもしれないわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ふふ、褒めてるように聞こえたの?」
「ええ、最高の褒め言葉です。華やかな兄妹に囲まれていると、自分に個性がないように思ってしまうので」
僕がそう答えると、ご令嬢は肩をすくめて、困ったように笑うと、墓に向き直る。
「ねえママ。やっぱり変わり者でしょう?だから、一緒に過ごすたびに……もっと、愛してしまうの」
女性は、思いは胸に秘めるものだと言われた事がある。実際に、僕の周りの女性もそうだった。でも、今僕の隣にいる人は違う。まるで、伝えなかった事を後悔しないために、まっすぐに、その気持ちを伝えてくれる。
僕は、そっとご令嬢の肩に触れ、優しく抱き寄せる。少し照れた様子の彼女と目が合う。嬉しそうに笑う彼女は、それから空を見上げて言った。
「ねえママ。式は、誰よりも近くで見守っていてちょうだい。ママだけの、特権よ」
それに応えるかのように、風が強く吹いた。冷たさの中に、これから来る春の気配を乗せて。
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