五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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後日譚

5 触れて

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 結婚の儀式は本来、限られた身内だけが参加するもので、それ以外の人には、お披露目の場を別に設けるのがしきたりだった。
 でも、僕とご令嬢には、身内以外にも、夫婦となる瞬間を見届けて欲しい人達がいた。交際を申し込んだ瞬間を喜んでくれた屋敷の人達。そして、プロポーズを後押しして見守ってくれた子供達だ。

 城の年寄り達は難色を示したが、爺はこれまでの儀式の記録を過去を遡って全て調べ上げ、身内以外が参加してはいけないという決まりはないという根拠を示し、何とか年寄り達を説得してくれた。そしてなにより、王である父が許可をした事で、全員は難しいが代表して何人かだけ、という事で話は決まった。

 そしてとうとう、正式な式の日も決まった。大地に新しい命が芽吹く春に、僕はようやく、春の嵐と永遠を誓うのだ。

 ――

 冬の寒さもだいぶ和らぎ、春の訪れも近くなってきた。式の日まであと1ヶ月というところまできた。

 山ほどあるしきたりのひとつに、式の当日までの1ヶ月間は決して顔を合わせてはいけないというものがある。それを明日からに控えて、僕とご令嬢は恋人としての最後の逢瀬を過ごしていた。

 どこにでもいる恋人のように街中に出かけて、目的も決めず、ただ思うままに同じ時を重ねる。

 それでも、限りある時間はとどまる事なく、どんどんとこぼれ落ちていく。日が沈む頃には、一緒に過ごす嬉しさより、離れ離れになる寂しさが胸にせまる。
 1ヶ月待てば、夫婦として、毎日一緒にいられるようになるというのに。これまでだって、それ以上会わなかった時もあったというのに。それでも、いつもの別れより、何倍も離れ難い気持ちに襲われる。

 でも、21時には眠りにつくご令嬢に負担にならないよう、日が沈んでしばらくして、僕らは街を発った。馬車で帰路に揺られ、横並びで座り、手を握り合い、言葉を交わし合う。

「楽しみね、結婚式」
「はい、待ち遠しくてたまりません」
「わたくし、この世の誰よりも完璧な花嫁になるわ。だから、2人きりになった時には、頑張ったねと甘やかしてくれる?」
「分かりました。嫌になるくらい甘やかしてみせます」
「ふふ、楽しみ」

 まるで少女のように無邪気な笑顔のご令嬢に、僕も自然と頬が緩む。でも。

「そういえば、式で誓いの口付けをすると聞いたわ」

 切り出しづらく、ずっと言い出せなかった事。それが僕を、夢心地から現実に引き戻す。

「……もし嫌なら、無理にしなくても大丈夫ですよ」

 そう。僕らはまだ、キスをしていない。でも僕は、決まりだからとご令嬢から何かを強引に奪うような事など、絶対にしたくない。
 ギリギリ触れる寸前で止めれば、気付かれないだろう。あとは僕の、理性との戦いだけ。

 でも彼女は、何かを決意したような、晴れやかな笑顔で僕を見て、言った。

「待たせてごめんなさい。待っていてくれて……ありがとう」

 ご令嬢は、僕の頬を、その柔らかく小さな手のひらで触れた。少し冷えていた僕の顔に、その手の熱が優しく伝わってくる。

 どちらともなく、引力が生まれ、引き寄せ合う。僕らの距離は少しずつ消えてなくなっていき、震える睫毛がすぐそこに見える。
 僕の心は、喜びに震え、不安で揺れる。

「怖く、ありませんか?」
「いいえ」

 迷いのない瞳が、言葉が、僕の心を揺さぶる。

「あなたに触れたい。わたくしの全てで」

 その言葉だけで充分だった。まるで僕の背中を押すような、それだけで。

 そして、僕らの距離はなくなる。

 そっと触れて。そして、離れて。見つめあって笑い合って。そしてまた、触れて。

 僕らは、それだけを繰り返す。手の中に握りしめた、ほんのわずかに残された時が全てこぼれ落ちていくまで。
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