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後日譚
6 麗らかに降る、春の光
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式の日は、前日の雨が嘘のように、鮮やかに晴れ渡っていた。恵みの雨を受けた大地、その中に眠る命を目覚めさせるように、太陽の光が麗らかに降り注いでいる。
式を行う聖堂の控え室、そこで正装に身を包んだ僕の目の前は、外の天気とは正反対にぐずついていた。
「爺、そんなに泣くとミイラになるぞ」
「そう言われましても……赤子の頃からの若様を思い返すだけで……うう……大きくなられて……ご立派になられて……」
そんなに泣かれると、主役であるはずの僕の方が冷静になってしまう。
僕がご令嬢に出会うまで、爺のこんなに涙脆い姿は見た事がなかった。それが、ご令嬢と交際を始めてからというもの、爺は事あるごとに感動しては涙を流すようになってしまった。
「そんなに泣いていたら、大切な姪の晴れ姿が涙で滲んでまともに見えなくなるぞ?」
「それは分かっております……ですがその光景を想像したら……ううっ……」
もう、何を言っても逆効果な気がしてきた。だったらもういっそ、涙を涸らしてやるしかない。
「なあ爺。……ここまで僕を育ててくれて、本当に感謝している。忙しい父母に、それでも寂しい思いをせずにいれたのは、爺がたくさんの愛情を注いでくれたからだ」
「わ……若様……」
「そして、ご令嬢に引き合わせてくれた事……それにも感謝している。大切な姪の事は、これからは僕が幸せにすると誓う。僕に彼女を託してくれた事、間違いではなかったと思ってもらえるよう、誠実に努力し続ける」
僕は、今まではっきりと言葉にして伝えた事のない感謝を伝える。僕が当たり前に受け取ってきた事が、とてもありがたいものなのだと、ご令嬢と出会ってから気付かされた。そしてそれは、言葉にして伝えるべきなのだという事も。
すると爺の目から、これまでで一番多くの涙が流れ出す。
「若様……どうかあの子を……よろしくお願い致します……」
深く礼をする爺。優しい中に厳しさもあった爺のその言葉に、ようやく1人の男として認められたような、そんな誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。
そして、爺の涙が止まった頃。ようやくその時が訪れた。部屋の中にノックの音が響き渡る。中に迎え入れたのはご令嬢の屋敷のメイド長。
「お嬢様の準備が整いましたよ。ご案内しましょうね」
「ありがとう。……さあ爺、行こう。花嫁が待ってる」
――
メイド長がドアを開け、その先に見えた光景に、僕は固まって動けなくなってしまった。
そこに見えたのは、椅子に座り、太陽の光に照らされ美しく輝く女神の姿だった。
伝統的で華美ではない落ち着いた雰囲気のドレスに身を包み、神秘的な雰囲気を醸し出している。僕は呼吸する事を忘れ、時が止まったと錯覚するくらいに、その姿に心を囚われてしまう。
だが直後に、僕の背中に軽い衝撃が走る。
「ほら!見惚れてないで、早く中に入る!」
メイド長の叱責と爺の笑い声を背後に受けながら、僕は、止まっていた足を慌てて踏み出す。
そして、手の届く距離で足を止める。幻でなく、近づいても消えてしまわない事に安堵する。美しく着飾ったご令嬢は、そんな僕を見上げて、微笑みかける。
「どう、かしら」
「綺麗です……あまりにも綺麗で……女神に見えます」
「ふふっ!過剰な褒め言葉は、信憑性に欠けるわよ?」
「過剰なんて!本当に……本当にそう思ったんです……今も同じだ……輝いて……本当に……」
「ありがとう……あなたもとても素敵よ」
ご令嬢は、僕の手を取り、そこに視線を落とす。そして、僕の手をぎゅっと握って、嬉しそうに僕を見上げた。
「こんな素敵な人の隣で永遠を誓えるなんて、わたくし、世界一幸せ者ね」
いや、そんな事を言われる僕の方が、世界一の幸せ者だろう。でも、誓うだけで終わらせたりなんかしない。
「誓った後も、永遠に世界一の幸せ者にしてみせます」
「ふふ、嬉しい」
僕は、ご令嬢の手を引き、椅子から立ち上がらせる。
「じゃあ、どっちが相手を世界一幸せにできるか、勝負よ。わたくし、絶対に負けないわ」
「ええ。受けて立ちます」
そして僕らは、手を取り合い、誓いの場所へと向かった。
式を行う聖堂の控え室、そこで正装に身を包んだ僕の目の前は、外の天気とは正反対にぐずついていた。
「爺、そんなに泣くとミイラになるぞ」
「そう言われましても……赤子の頃からの若様を思い返すだけで……うう……大きくなられて……ご立派になられて……」
そんなに泣かれると、主役であるはずの僕の方が冷静になってしまう。
僕がご令嬢に出会うまで、爺のこんなに涙脆い姿は見た事がなかった。それが、ご令嬢と交際を始めてからというもの、爺は事あるごとに感動しては涙を流すようになってしまった。
「そんなに泣いていたら、大切な姪の晴れ姿が涙で滲んでまともに見えなくなるぞ?」
「それは分かっております……ですがその光景を想像したら……ううっ……」
もう、何を言っても逆効果な気がしてきた。だったらもういっそ、涙を涸らしてやるしかない。
「なあ爺。……ここまで僕を育ててくれて、本当に感謝している。忙しい父母に、それでも寂しい思いをせずにいれたのは、爺がたくさんの愛情を注いでくれたからだ」
「わ……若様……」
「そして、ご令嬢に引き合わせてくれた事……それにも感謝している。大切な姪の事は、これからは僕が幸せにすると誓う。僕に彼女を託してくれた事、間違いではなかったと思ってもらえるよう、誠実に努力し続ける」
僕は、今まではっきりと言葉にして伝えた事のない感謝を伝える。僕が当たり前に受け取ってきた事が、とてもありがたいものなのだと、ご令嬢と出会ってから気付かされた。そしてそれは、言葉にして伝えるべきなのだという事も。
すると爺の目から、これまでで一番多くの涙が流れ出す。
「若様……どうかあの子を……よろしくお願い致します……」
深く礼をする爺。優しい中に厳しさもあった爺のその言葉に、ようやく1人の男として認められたような、そんな誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。
そして、爺の涙が止まった頃。ようやくその時が訪れた。部屋の中にノックの音が響き渡る。中に迎え入れたのはご令嬢の屋敷のメイド長。
「お嬢様の準備が整いましたよ。ご案内しましょうね」
「ありがとう。……さあ爺、行こう。花嫁が待ってる」
――
メイド長がドアを開け、その先に見えた光景に、僕は固まって動けなくなってしまった。
そこに見えたのは、椅子に座り、太陽の光に照らされ美しく輝く女神の姿だった。
伝統的で華美ではない落ち着いた雰囲気のドレスに身を包み、神秘的な雰囲気を醸し出している。僕は呼吸する事を忘れ、時が止まったと錯覚するくらいに、その姿に心を囚われてしまう。
だが直後に、僕の背中に軽い衝撃が走る。
「ほら!見惚れてないで、早く中に入る!」
メイド長の叱責と爺の笑い声を背後に受けながら、僕は、止まっていた足を慌てて踏み出す。
そして、手の届く距離で足を止める。幻でなく、近づいても消えてしまわない事に安堵する。美しく着飾ったご令嬢は、そんな僕を見上げて、微笑みかける。
「どう、かしら」
「綺麗です……あまりにも綺麗で……女神に見えます」
「ふふっ!過剰な褒め言葉は、信憑性に欠けるわよ?」
「過剰なんて!本当に……本当にそう思ったんです……今も同じだ……輝いて……本当に……」
「ありがとう……あなたもとても素敵よ」
ご令嬢は、僕の手を取り、そこに視線を落とす。そして、僕の手をぎゅっと握って、嬉しそうに僕を見上げた。
「こんな素敵な人の隣で永遠を誓えるなんて、わたくし、世界一幸せ者ね」
いや、そんな事を言われる僕の方が、世界一の幸せ者だろう。でも、誓うだけで終わらせたりなんかしない。
「誓った後も、永遠に世界一の幸せ者にしてみせます」
「ふふ、嬉しい」
僕は、ご令嬢の手を引き、椅子から立ち上がらせる。
「じゃあ、どっちが相手を世界一幸せにできるか、勝負よ。わたくし、絶対に負けないわ」
「ええ。受けて立ちます」
そして僕らは、手を取り合い、誓いの場所へと向かった。
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