五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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後日譚

8 明日がなくても

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 部屋で先に待つ僕の元に、部屋着を纏ったご令嬢がようやく現れた。その姿のご令嬢も、やっぱり女神にしか見えなくて、自分がどれだけ浮かれているのかを痛いくらい自覚した。
 僕は、逸る気持ちを抑えて、ご令嬢に両手を広げて言った。

「おいで」

 なのにご令嬢は、そんな僕を目を丸くして見て、笑い出した。

「ふふ、あなた、言葉遣いがいつもと違うわ」
「砕けてみたんです。もしかして、似合いませんか?」

 不安になって尋ねると、ご令嬢は首を横に振る。そして、嬉しそうな笑顔で僕の腕の中に飛び込んで来た。

「大丈夫、少しびっくりしただけ。あなたの新しい魅力に思わずときめいてしまったわ」
「ならよかった」

 すると、顔を上げたご令嬢は何かに気づいたように、ハッとした様子で言った。

「もしかして……わたくしの事、甘やかそうとしてくれている?」
「そうです。嫌になるくらい甘やかすって約束、したじゃないですか」
「じゃあ、わたくしの事、完璧な花嫁だって思ってくれたの?」
「当然です。こんなに完璧な花嫁は、どこを探しても見つからない」
「こんなにって……今はもう、魔法が解けてしまったわよ?」
「いいや、僕にかけられた魔法は一生解けませんよ。ドレスを脱ごうが、カエルを捕まえていようが、剣でめった打ちにされようが、僕にはもう完璧な花嫁にしか見えない」
「ふふ!なあにそれ、とても厄介な魔法ね?」
「君がかけた魔法だよ?」
「ふふっ!そうね、わたくしがかけたのよ。きっとわたくし、悪い魔女なんだわ。あなたに魔法をかけて、わたくしから離れられなくしてやったの」
「はは、それは困った。では、そんな魔法をかけた責任を取ってもらわないと」
「一体、どうやって?」
「簡単です。こうやって、ずっと僕のそばにいると約束して下さい」

 僕の腕の中にぴったりと収まったご令嬢は、僕を見上げる。宴で飲んだ酒の影響なのか、頬が赤く、目がとろんとしている。

「ふふ。ええ、ずっと側にいるわ。ねえ……あなたの腕の中、まるで、わたくしのためにある場所みたい。ぴったりして、落ち着くわ……」
「みたいって、もう、君だけのための場所なのに?」
「そうね……でも、本当に?ずうっと、わたくしだけが独り占めしてしまっていいの?」
「ん?」
「あら。わざととぼけているの?それとも、本気で分からないの?」
「ええと」

 頬を膨らませ、子供のように拗ねた顔を見せるご令嬢に、僕は困惑する。

「もう……こんなに緊張してるの……わたくしだけだったのね」
「……そんな目で見ないで下さい。今、気づきましたから」

 察した。夫婦がその腕に抱くのは、互いの伴侶……そしていつか授かるだろう新しい命。それを授かるための行為……それをするつもりはないのかと、そうご令嬢は言いたいのだ。
 いや待ってくれ。僕は忘れていたわけではない。慎重になっているだけだ。

 だが、ご令嬢はまだ不機嫌そうに、口を尖らせている。

「ふうん。そう」
「拗ねないで」
「拗ねてないわ」

 そんなご令嬢に「そんなところも可愛い」と言いたくなるのをぐっと堪え、本題を切り出す。

「いいんですか」
「何が?」
「子供が出来るような事をしても」
「……嫌だったら、結婚なんてしないわ」
「だったら、機嫌を直して下さい」
「機嫌が悪いわけじゃないわ……緊張しているだけよ」

 頬を膨らませて、頬を薔薇色に染めるご令嬢。

「なのにあなたったら……いつも通りの何でもないような顔して」
「何でもないように見えるのは顔だけですよ。ほら、僕の胸に耳を当ててみて」

 ご令嬢は、もぞもぞと動き、僕の胸に耳を当てる。

「……本当だわ」

 びっくりした顔で僕を見上げるご令嬢。

「あなたも、緊張しているの?」
「してますよ」
「そうなの?だって、男性は辛くないのでしょう?緊張する必要がどこにあるの?」
「でも、君に痛い思いをさせる」
「もう……あなたはいつもそうやって……本当に優しすぎるわ……」

 ご令嬢はそう言うと、僕の胸に顔を埋める。

「……わたくしね、ある方から聞いたの。初めての時にどうだったのかを。その方ね、周りが決めた方と結婚して、そういう事も義務だと思っていたから、辛くて仕方なかったって」
「そう……ですか」
「でもね。一緒に過ごしていくうちに、初めてお互いの事を知って、気づいたら、恋をしていたんですって。それを自覚してから、義務だと思って我慢していた事が、たまらなく幸せに感じるようになって、おかげですっかり子沢山になってしまったわって……その方、本当に幸せそうな表情だった」

 なんだかとてもいい話だが、どこかでそんな話を聞いた事があるような気がする。思い出せずもどかしくなる僕に、ご令嬢は続けた。

「それとね。妻の事を、夫の夜の相手をするべきとか、子を産むのが役目と言う男もいるけれど、あなたの夫はそんな事を絶対に言わない男だから安心しなさいって、あなたがしたいと思った時で大丈夫……そう言われたわ」

 そこまで聞いて、僕は完全に思い出した。僕の事を、そんな知ったふうな事を言う子沢山の既婚女性など、1人しかいない。一回り以上も年が離れた、僕の姉だ。
 僕は、ひとつため息をついてから、言った。

「癪ですが……その人の言う通りですよ。僕にとって一番大切なのは、しきたりとか役目とかじゃない。君が、幸せでいられるかどうかなんだ」
「……分かったわ。じゃあ、わたくしの気持ち、聞いてくれる?」

 ご令嬢は、こちらを見上げると、僕の頬をその手で包んで言った。

「わたくしにも、あなたにも、明日が来るなんて保証はないの。あなたとできたはずの事をしないまま、そうなってしまったら、きっと……いいえ、絶対に後悔するわ。だから」

 その瞳からは、いつもの、決意で揺るがない強い意志を感じる。

「……分かった。でも、君が少しでも辛い思いをしないよう、精一杯努力する」
「ええ、お願い……」

 そして、僕らは、お互いの決意を示すように、そっと口付けをする。何度も重ねて、少しずつ長く、深く。その甘くて頭が溶けそうな行為は、僕の頭の理性をかき消そうとする。腹の奥が、燃えるように熱くなる。

(どうか保ってくれよ……僕の理性)

 僕は、祈るように、頭の奥でそう呟いた。
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