五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

文字の大きさ
23 / 34
Bonus track

寂しさを残り香で埋めて 前編

しおりを挟む
 次期国王である長兄の補佐として何日も遠出をし、ようやく妻の元に帰った僕は、とんでもない光景を目にしていた。

 ソファに座り、僕の上着を羽織ったまま眠る妻の姿。服の袖は握られ、まるでその香りを確かめるように妻の鼻先にある。

 僕が何日かいなくても、きっと妻は寂しがったりしないだろう。そう勝手に思い込んでいた僕に、その光景はあまりにも衝撃的だった。

 僕は、妻を起こさないよう、そっと彼女の隣に座る。顔にかかる髪をそっとどけて、彼女の頬に触れる。

「……寂しいと思っていたのは僕だけじゃないって、自惚れてもいいの?」

 結婚をして、体を重ねても、どこか自信が持てない自分がいた。
 でも、僕の服の袖をしっかりと握りしめ、小さく寝息をたてる妻の姿に、少し自信を取り戻せたような気がする。

「……ん」

 少しでも触れていたくて、そっと頭や頬をなでていると、妻が小さく声を上げ、もぞもぞと動き出した。そしてゆっくり瞼が開く。

「……あ……おかえりなさい……」
「ただいま。起こしてごめん」
「……いいえ……少しでも早く会えたから……うれしい」

 そう言うと妻は、寝ぼけ眼のまま、僕にそっと抱きついて、頭を胸元に埋める。

「寂しくさせてしまった?」
「……そんなことないわ……って言いたいところだけど……寂しかったわ……とても」

 少し甘えるような声色が可愛らしい。僕は、離れている間に失われてしまった、妻からしか得られない何かを補充するように、彼女の体温や香りを堪能する。

「僕も、寂しくて仕方なかった」
「そうなの?あなた、平気そうに出て行ったじゃない……わたくしだけが寂しがってるとばっかり……なあに?急に笑ったりして……」
「だって、お互いに同じ事考えてたって分かったら、おかしくなって」
「そうね……ふふ……」

 僕を見上げた妻と、ふたりで笑い合う。と、彼女が羽織った僕の上着に目が行く。

「ところで、どうして僕の服を羽織っているのかな?」

 そう聞くと、妻は「え?」と首を傾げて、それから、ハッとした表情になる。

「……ええと……帰ってくる前に戻しておくつもりだったのよ」
「それは構わないさ。でも僕が知りたいのは、どうしてってなのかって事だよ?」

 そう聞くと、妻の目が泳ぐ。

「…………あなたの香りで……寂しさが紛れると……思って」

 妻は視線を逸らすものの、頬が赤くなっているのが見えて、その愛らしさに僕の胸はぎゅっと締め付けられる。

「そうか」

 本当に自惚れていい事が分かって、僕の頬はこれでもかと緩む。でも、妻はしょんぼりと落ち込んだ様子のままだ。

「こんなの、子供みたいでしょう……?」
「そんな事ないよ。僕も次からは、君の香りがするものを持って行こうかな」
「それは……あまりおすすめしないわ」
「なんで?」
「だって……しばらくは寂しさが紛れるけれど……後から余計に寂しくなるのよ……」

 そうなっている妻の姿を想像して、思わず変な声が出そうになる。想像だけで可愛すぎて、息が止まりそうだ。

「じゃあ……君ごと連れて行こうかな」
「……ふふ……そうしてちょうだい?」

 そうやって、冗談を言い合って、僕らはまたくすくすと笑い合う。

「ねえ……もう少しこうしていて、いい?」
「いいよ。君の気が済むまで」
「ありがとう……」

 そう言うと、妻は息を深く吸い込んで、小さく笑う。

「ふふ……あなたの香りがする……大好き……」
「!!!」

 僕の妻はそうやって今日も、僕の心臓を止めるくらい破壊力ある愛の言葉をくれるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

義兄と私と時々弟

みのる
恋愛
全く呑気な義兄である。 弟もある意味呑気かも?

処理中です...