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初めての誕生日
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寝支度を整えた妻が、ベッドの上でクッションを抱えながら、右に左にと転がり、とても嬉しそうにふふふと笑っている。
「ご機嫌が止まらないね」
「だって、あんなにたくさんお祝いしてもらえるなんて夢みたい……とても……とても幸せだったわ……」
今日は、愛する妻の誕生日。僕と結婚して、初めて迎える誕生日だ。
昼は妻の実家で、そして夜は城で、それぞれ盛大に誕生日が祝われた。なにせ城には、妻の事をお姉さまと慕ってやまない僕の妹がいるので、そこまでするか?というくらい気合の入った誕生日の宴だった。
僕は、嬉しそうな妻の様子を、ベッドの端に腰掛けて眺めている。頭のてっぺんからつま先まで、幸せで満たされている妻の愛らしさに、僕も自然と笑顔になる。と同時に、妹が仕切って僕の出番が殆どなかった事に、負い目のような寂しさのようなものも感じていた。
「そんなに幸せいっぱいなら、僕からのプレゼントはいらないかな?」
僕が少し拗ねたように言うと、妻は勢いよく起き上がって、慌てた様子で僕の方ににじり寄ってきた。
「いるに決まっているわ!」
「本当に?」
「本当よ!!」
その真剣さに、僕は思わず吹き出してしまう。
「分かった分かった。じゃあ、取ってくるから。少し待っていて」
僕はベッドから立ち上がると、見つからないよう棚にしまっておいたプレゼントを取り出し、妻の側に戻る。
「誕生日おめでとう。喜んでもらえるか、自信はないけど」
「自信がないなんて言わないで……あなたがくれるなら何でも嬉しいわ。ねえ、開けてもいい?」
僕が頷くと、妻は丁寧に包み紙をはがし、箱の蓋を開く。
「これ……焼き菓子よね……」
「そう。実はそれ、世界一のシェフから教わった、僕の手作りなんだ」
妻の実家のシェフは、妻曰く世界一のシェフなのだ。そして妻は、そんなシェフが作る焼き菓子が大の好物なのである。だから僕は、シェフに頼み込んで、妻に内緒で焼き菓子の作り方を教わってきたのだ。
「え……あなたが……作ってくれたの?」
「そう。僕ひとりで」
するとどうだ。妻の目には、みるみるうちに涙が溜まっていった。
「こんなの……だめよ……」
「い、嫌だった!?」
慌てる僕に、妻は首を横に振る。
「だって……こんなに素敵なプレゼントなのに……食べてしまったら……なくなっちゃうじゃない……」
まるで子供のように涙をポロポロとこぼす妻。その姿があまりにも愛おしくて、僕の胸の中から抱えきれないくらいの愛情が溢れ出す。僕は、両手でそっと妻の頬を包み込み、親指で涙を拭う。
「大丈夫。なくなっても、また作ってあげる」
「……ほんとう、に?」
「本当だよ。お墨付きが貰えるまで何回も習ったし、きちんとレシピももらってきた。だから、これから何度でも作ってあげられる」
そう言うと、妻の涙はようやく止まり、心の底からほっとしたような笑顔に変わる。
「でも、安心するのは早いかな。君に満足してもらえる味になってるか自信がないんだ。味見してくれる?」
「するわ!」
「よかった……じゃあ」
僕は、箱から焼き菓子をひとつ摘み上げると、妻の口元に運ぶ。妻はそれを一口で口の中におさめ、ゆっくりと咀嚼する。そしてすぐに目尻を下げ、ふふと嬉しそうに笑う。
「どう、かな?」
「とても……とても美味しいわ……」
「よかった」
妻の反応に、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「男が菓子作りなんてとか、口に合わなかったとか……そういう事を言われなくてよかったよ」
「味に関しては正直に言うけれど……男の人が菓子作りをする事の何がいけないの?シェフだって男性なのよ」
「仕事としてじゃなく、って事だよ」
「まあ。あなた、そんな事を気にしていたら、わたくしの夫なんて務まらないわよ?」
言われてみればそうだ。なんせ僕の妻は、男顔負けに剣を振り、王子の妻という立場なのにメイド長が泣きついてくるくらい家の事をやってしまう。男の僕が菓子を作るくらいじゃ、とても釣り合いが取れないくらいの女性なのだ。
「はは!確かにそうだね」
僕らは顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。甘くて、くすぐったい、ふたりだけのこの時間が愛おしくてたまらない。
「でも……よく作り方を教えてもらえたわね。わたくしには、絶対に教えてくれなかったのに」
「ああ……うん……そうだね……」
僕は言葉を濁す。
僕の脳裏に蘇る。料理長が真顔で言った言葉。
「お嬢様の料理の腕は壊滅的なんですよ」
さすがに、それを妻に正直に伝えるほど、僕は愚かではない。
「いや、うん、あ、そうそう!君に内緒で習いに行ったから、いつばれるか気が気じゃなかったよ」
「わたくしに内緒なんてひどい……と言いたいところだけれど、仕方ないわね」
やれやれといった様子の妻は、僕の首の後ろに両手を回す。
「でも許せるのは、わたくしを喜ばせるための内緒だけよ?」
「分かってる」
「ならよろしい」
そう言って、妻はふふっと笑う。そして僕に軽くキスをすると、少し恥ずかしそうに僕の目を見て、また笑う。
「ありがとう、旦那様」
「どういたしまして」
……と、なぜか妻がそわそわしだし、そして遠慮がちに上目遣いで僕を見る。
「ねえ……もうひとつ食べたら、だめ?」
「あんなに夕食を食べたのに?」
「……だめ?」
「ひとつで、我慢できるのかな?」
「で、できるわ!」
必死な表情の妻に、僕は容易く陥落する。箱からひとつ摘み、ちゃんと蓋をしてから、妻の口に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……ん……ふふふ……」
焼き菓子を頬張り、とろけるような笑顔の妻に、僕の心もとろけていくのだった。
「ご機嫌が止まらないね」
「だって、あんなにたくさんお祝いしてもらえるなんて夢みたい……とても……とても幸せだったわ……」
今日は、愛する妻の誕生日。僕と結婚して、初めて迎える誕生日だ。
昼は妻の実家で、そして夜は城で、それぞれ盛大に誕生日が祝われた。なにせ城には、妻の事をお姉さまと慕ってやまない僕の妹がいるので、そこまでするか?というくらい気合の入った誕生日の宴だった。
僕は、嬉しそうな妻の様子を、ベッドの端に腰掛けて眺めている。頭のてっぺんからつま先まで、幸せで満たされている妻の愛らしさに、僕も自然と笑顔になる。と同時に、妹が仕切って僕の出番が殆どなかった事に、負い目のような寂しさのようなものも感じていた。
「そんなに幸せいっぱいなら、僕からのプレゼントはいらないかな?」
僕が少し拗ねたように言うと、妻は勢いよく起き上がって、慌てた様子で僕の方ににじり寄ってきた。
「いるに決まっているわ!」
「本当に?」
「本当よ!!」
その真剣さに、僕は思わず吹き出してしまう。
「分かった分かった。じゃあ、取ってくるから。少し待っていて」
僕はベッドから立ち上がると、見つからないよう棚にしまっておいたプレゼントを取り出し、妻の側に戻る。
「誕生日おめでとう。喜んでもらえるか、自信はないけど」
「自信がないなんて言わないで……あなたがくれるなら何でも嬉しいわ。ねえ、開けてもいい?」
僕が頷くと、妻は丁寧に包み紙をはがし、箱の蓋を開く。
「これ……焼き菓子よね……」
「そう。実はそれ、世界一のシェフから教わった、僕の手作りなんだ」
妻の実家のシェフは、妻曰く世界一のシェフなのだ。そして妻は、そんなシェフが作る焼き菓子が大の好物なのである。だから僕は、シェフに頼み込んで、妻に内緒で焼き菓子の作り方を教わってきたのだ。
「え……あなたが……作ってくれたの?」
「そう。僕ひとりで」
するとどうだ。妻の目には、みるみるうちに涙が溜まっていった。
「こんなの……だめよ……」
「い、嫌だった!?」
慌てる僕に、妻は首を横に振る。
「だって……こんなに素敵なプレゼントなのに……食べてしまったら……なくなっちゃうじゃない……」
まるで子供のように涙をポロポロとこぼす妻。その姿があまりにも愛おしくて、僕の胸の中から抱えきれないくらいの愛情が溢れ出す。僕は、両手でそっと妻の頬を包み込み、親指で涙を拭う。
「大丈夫。なくなっても、また作ってあげる」
「……ほんとう、に?」
「本当だよ。お墨付きが貰えるまで何回も習ったし、きちんとレシピももらってきた。だから、これから何度でも作ってあげられる」
そう言うと、妻の涙はようやく止まり、心の底からほっとしたような笑顔に変わる。
「でも、安心するのは早いかな。君に満足してもらえる味になってるか自信がないんだ。味見してくれる?」
「するわ!」
「よかった……じゃあ」
僕は、箱から焼き菓子をひとつ摘み上げると、妻の口元に運ぶ。妻はそれを一口で口の中におさめ、ゆっくりと咀嚼する。そしてすぐに目尻を下げ、ふふと嬉しそうに笑う。
「どう、かな?」
「とても……とても美味しいわ……」
「よかった」
妻の反応に、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「男が菓子作りなんてとか、口に合わなかったとか……そういう事を言われなくてよかったよ」
「味に関しては正直に言うけれど……男の人が菓子作りをする事の何がいけないの?シェフだって男性なのよ」
「仕事としてじゃなく、って事だよ」
「まあ。あなた、そんな事を気にしていたら、わたくしの夫なんて務まらないわよ?」
言われてみればそうだ。なんせ僕の妻は、男顔負けに剣を振り、王子の妻という立場なのにメイド長が泣きついてくるくらい家の事をやってしまう。男の僕が菓子を作るくらいじゃ、とても釣り合いが取れないくらいの女性なのだ。
「はは!確かにそうだね」
僕らは顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。甘くて、くすぐったい、ふたりだけのこの時間が愛おしくてたまらない。
「でも……よく作り方を教えてもらえたわね。わたくしには、絶対に教えてくれなかったのに」
「ああ……うん……そうだね……」
僕は言葉を濁す。
僕の脳裏に蘇る。料理長が真顔で言った言葉。
「お嬢様の料理の腕は壊滅的なんですよ」
さすがに、それを妻に正直に伝えるほど、僕は愚かではない。
「いや、うん、あ、そうそう!君に内緒で習いに行ったから、いつばれるか気が気じゃなかったよ」
「わたくしに内緒なんてひどい……と言いたいところだけれど、仕方ないわね」
やれやれといった様子の妻は、僕の首の後ろに両手を回す。
「でも許せるのは、わたくしを喜ばせるための内緒だけよ?」
「分かってる」
「ならよろしい」
そう言って、妻はふふっと笑う。そして僕に軽くキスをすると、少し恥ずかしそうに僕の目を見て、また笑う。
「ありがとう、旦那様」
「どういたしまして」
……と、なぜか妻がそわそわしだし、そして遠慮がちに上目遣いで僕を見る。
「ねえ……もうひとつ食べたら、だめ?」
「あんなに夕食を食べたのに?」
「……だめ?」
「ひとつで、我慢できるのかな?」
「で、できるわ!」
必死な表情の妻に、僕は容易く陥落する。箱からひとつ摘み、ちゃんと蓋をしてから、妻の口に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……ん……ふふふ……」
焼き菓子を頬張り、とろけるような笑顔の妻に、僕の心もとろけていくのだった。
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