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あの日々をもう一度 後編
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茶会の後は、執事見習いの仕事が待っていた。共に働く屋敷の者は皆、僕が王子と知っていながらその事を微塵も感じさせず、執事見習いの青年として僕と接していた人達だ。それは今日も同じで、そして皆どこか嬉しそうに僕を見ている。一日だけ執事見習いに戻るなどという面倒な事を頼まれたにも関わらず、だ。
そんな中、執事長とふたりきりになった時の事だった。彼は、懐かしいものを見るように目を細めてこんな事を言った。
「あなたを見ていると、あなたのお父様を思い出します」
父からは、この屋敷の主と学友で、昔はよくこの屋敷に遊びに来ていたとは聞いていた。でもこの屋敷で働く者から、その頃の話を聞かされた事はなかったので、僕は興味から少し前のめりになってしまう。
「父を、ですか?」
「ええ、お父様がまだお若い頃の話です。この屋敷に来る時だけは、王子ではなく普通の青年でいられるのだと、嬉しそうに話されていました」
そう語る執事長は嬉しそうで、その表情だけで僕には、父がこの屋敷の人達に受け入れられ、愛されていたのが伝わってくるようだった。
「だから、あなたが一日だけでも執事見習いに戻りたがっているとお嬢様に聞かされた時、驚いたと同時に、お父様と同じようにこの屋敷を好いて下さってるのだと、とても嬉しく思ったのですよ」
「そう、だったんですね」
迷惑に思われていないか心配だった僕の心は、執事長の言葉で、ようやく晴れ渡ったような気分になる。
「お嬢様の選んだ方があなたで、本当に良かったと思います。また、いつでもいらして下さい。沢山仕事を用意してお待ちしておりますよ」
勝手な僕の気持ちだけれど、今この瞬間ようやく僕は、この屋敷の一員として本当に迎え入れられたような気持ちになって、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、そろそろ仕事に戻りましょうか。あなたのような若い方には、たくさん働いていただかないといけませんからね」
そして僕は、執事見習いの仕事に戻り、体力の続く限り働き続けた。
仕事が終わりへとへとの僕。そんな僕の元、なぜか屋敷の皆が集まってきた。何事かと驚く僕は、それが僕の誕生日祝いだと知り、驚きと喜びで疲れなど吹き飛んでしまった。
でも、ご令嬢はそこに顔を出す事はなく、それはきっと僕を少しでも長く執事見習いとして過ごさせてやろうという気遣いだったのだと思う。
メイド長はそれを知ってなのか、あまり独占したらお嬢様が寂しがるからね、と優しく僕の背を押す。
屋敷の皆の暖かさに見送られながら、僕は執事見習いからご令嬢の夫に戻り、彼女が待つ屋敷の離れへと向かった。
――
「今日一日、どうだったかしら?」
入浴を済ませ、ソファに座る妻の隣に腰を下ろした瞬間。目をきらきらと輝かせながら、待ちきれない様子で妻が聞いてきたので、僕は苦笑しながら答えた。
「最高の気分だよ。こんなに達成感のある誕生日は生まれて初めてで、本当に楽しかった。……ありがとう、君のおかげだよ」
「ふふ、どういたしまして。最初に聞いた時は不思議なお願いと思ったけれど、あなたの嬉しそうな顔を見たら、これでよかったんだってようやく納得できたわ」
そう言うと妻は、僕にくっつくように座り直し、僕に抱きついてくる。
「でも、これからはわたくしが独り占めする時間よ?」
「もちろん。来年の誕生日まで、僕は君だけのものだよ」
「ふふ!来年の誕生日プレゼントも決まってしまったわね」
「いいの?」
「あなたがそれを望むならいいわ。でも、ちゃんとわたくしの夫に戻る事。それだけは約束して?」
「ああ、約束する」
僕は、それを誓うように妻に口付ける。嬉しそうに笑う妻を見て、たまらずもう一度。いや、一度でなんか済むわけがない。
僕らは、夫婦でなかった時間を取り戻すように、互いに口付けを繰り返し続けた。
「愛しているわ」
「僕も愛してる」
その時、部屋の中に21時を告げる時計の音が響く。僕たちはその音に顔を見合わせ、そして笑い合う。
「わたくし、あなたの愛で魔法が解けて、子供から大人になれた……本当に嬉しいわ」
「僕なんかで本当に良かった?」
「何言ってるの。あなただから解けたのよ。だから自信を持ってちょうだい」
そう言って優しく微笑む妻は、僕の右手を取ると、なぜかその手を彼女の下腹部へと持っていく。
「ねえ、あなたにもう一つプレゼントがあるの。何か、分かる?」
僕は、妻の少し照れたような顔を、それから僕の手が置かれている場所を見る。
「……まさか」
僕の頭に浮かんだそれは、この世のどんな宝物さえ叶わないものだ。僕はあまりの驚きに、どんな顔をしているか自分でも分からなくなる。そんな僕を妻は上目遣いに、少し不安げに見て言う。
「昼に、屋敷の主治医に診てもらったの。そうしたら、おめでとうございますと言われたわ」
「本当、に?ここに……ここにいるのかい?僕と君の……」
熱くなる目頭。妻の顔が涙で歪んで見える。そんな僕に、妻は頷く。
「ええ。ここにいるわ。あなたとわたくしの子供が」
僕は、溢れる涙を拭うのも忘れて、そっと妻を抱きしめる。壊してしまわないように、優しく。
「本当は誕生日当日に伝えようと思ったの……でも、やっぱり早く伝えたくて。喜んでくれてる、わよね?」
「喜んでる……嬉しすぎて……言葉が出てこない……ああ……」
そう言う僕に、嬉しそうに笑う妻の声も涙混じりで、僕たちはそうやってしばらく喜びの涙を流し続けた。
「これじゃあ、次の誕生日プレゼントは保留かな」
「そうなの?」
「そうだよ。なにせ、父親という大切な仕事が待ってるからね」
「ふふ、そうだったわ!きっと何よりも大変な仕事だもの、しっかり専念してもらわないといけないわね」
「頑張るよ……君と、この子のために」
僕はそれを誓うように、再び妻に口付けをした。
そんな中、執事長とふたりきりになった時の事だった。彼は、懐かしいものを見るように目を細めてこんな事を言った。
「あなたを見ていると、あなたのお父様を思い出します」
父からは、この屋敷の主と学友で、昔はよくこの屋敷に遊びに来ていたとは聞いていた。でもこの屋敷で働く者から、その頃の話を聞かされた事はなかったので、僕は興味から少し前のめりになってしまう。
「父を、ですか?」
「ええ、お父様がまだお若い頃の話です。この屋敷に来る時だけは、王子ではなく普通の青年でいられるのだと、嬉しそうに話されていました」
そう語る執事長は嬉しそうで、その表情だけで僕には、父がこの屋敷の人達に受け入れられ、愛されていたのが伝わってくるようだった。
「だから、あなたが一日だけでも執事見習いに戻りたがっているとお嬢様に聞かされた時、驚いたと同時に、お父様と同じようにこの屋敷を好いて下さってるのだと、とても嬉しく思ったのですよ」
「そう、だったんですね」
迷惑に思われていないか心配だった僕の心は、執事長の言葉で、ようやく晴れ渡ったような気分になる。
「お嬢様の選んだ方があなたで、本当に良かったと思います。また、いつでもいらして下さい。沢山仕事を用意してお待ちしておりますよ」
勝手な僕の気持ちだけれど、今この瞬間ようやく僕は、この屋敷の一員として本当に迎え入れられたような気持ちになって、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、そろそろ仕事に戻りましょうか。あなたのような若い方には、たくさん働いていただかないといけませんからね」
そして僕は、執事見習いの仕事に戻り、体力の続く限り働き続けた。
仕事が終わりへとへとの僕。そんな僕の元、なぜか屋敷の皆が集まってきた。何事かと驚く僕は、それが僕の誕生日祝いだと知り、驚きと喜びで疲れなど吹き飛んでしまった。
でも、ご令嬢はそこに顔を出す事はなく、それはきっと僕を少しでも長く執事見習いとして過ごさせてやろうという気遣いだったのだと思う。
メイド長はそれを知ってなのか、あまり独占したらお嬢様が寂しがるからね、と優しく僕の背を押す。
屋敷の皆の暖かさに見送られながら、僕は執事見習いからご令嬢の夫に戻り、彼女が待つ屋敷の離れへと向かった。
――
「今日一日、どうだったかしら?」
入浴を済ませ、ソファに座る妻の隣に腰を下ろした瞬間。目をきらきらと輝かせながら、待ちきれない様子で妻が聞いてきたので、僕は苦笑しながら答えた。
「最高の気分だよ。こんなに達成感のある誕生日は生まれて初めてで、本当に楽しかった。……ありがとう、君のおかげだよ」
「ふふ、どういたしまして。最初に聞いた時は不思議なお願いと思ったけれど、あなたの嬉しそうな顔を見たら、これでよかったんだってようやく納得できたわ」
そう言うと妻は、僕にくっつくように座り直し、僕に抱きついてくる。
「でも、これからはわたくしが独り占めする時間よ?」
「もちろん。来年の誕生日まで、僕は君だけのものだよ」
「ふふ!来年の誕生日プレゼントも決まってしまったわね」
「いいの?」
「あなたがそれを望むならいいわ。でも、ちゃんとわたくしの夫に戻る事。それだけは約束して?」
「ああ、約束する」
僕は、それを誓うように妻に口付ける。嬉しそうに笑う妻を見て、たまらずもう一度。いや、一度でなんか済むわけがない。
僕らは、夫婦でなかった時間を取り戻すように、互いに口付けを繰り返し続けた。
「愛しているわ」
「僕も愛してる」
その時、部屋の中に21時を告げる時計の音が響く。僕たちはその音に顔を見合わせ、そして笑い合う。
「わたくし、あなたの愛で魔法が解けて、子供から大人になれた……本当に嬉しいわ」
「僕なんかで本当に良かった?」
「何言ってるの。あなただから解けたのよ。だから自信を持ってちょうだい」
そう言って優しく微笑む妻は、僕の右手を取ると、なぜかその手を彼女の下腹部へと持っていく。
「ねえ、あなたにもう一つプレゼントがあるの。何か、分かる?」
僕は、妻の少し照れたような顔を、それから僕の手が置かれている場所を見る。
「……まさか」
僕の頭に浮かんだそれは、この世のどんな宝物さえ叶わないものだ。僕はあまりの驚きに、どんな顔をしているか自分でも分からなくなる。そんな僕を妻は上目遣いに、少し不安げに見て言う。
「昼に、屋敷の主治医に診てもらったの。そうしたら、おめでとうございますと言われたわ」
「本当、に?ここに……ここにいるのかい?僕と君の……」
熱くなる目頭。妻の顔が涙で歪んで見える。そんな僕に、妻は頷く。
「ええ。ここにいるわ。あなたとわたくしの子供が」
僕は、溢れる涙を拭うのも忘れて、そっと妻を抱きしめる。壊してしまわないように、優しく。
「本当は誕生日当日に伝えようと思ったの……でも、やっぱり早く伝えたくて。喜んでくれてる、わよね?」
「喜んでる……嬉しすぎて……言葉が出てこない……ああ……」
そう言う僕に、嬉しそうに笑う妻の声も涙混じりで、僕たちはそうやってしばらく喜びの涙を流し続けた。
「これじゃあ、次の誕生日プレゼントは保留かな」
「そうなの?」
「そうだよ。なにせ、父親という大切な仕事が待ってるからね」
「ふふ、そうだったわ!きっと何よりも大変な仕事だもの、しっかり専念してもらわないといけないわね」
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僕はそれを誓うように、再び妻に口付けをした。
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