五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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目が眩むのは 中編

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 決まった時間に必ず寝てしまう不思議な癖……それがなくなった妻は、寝支度を整えた後の時間をなるべく長く起きて過ごそうとするようになった。
 それでも最初の頃は、それまでの規則正しい習慣に体が抗えないのか、早めに寝てしまう事の方が多かった。でも今では、それなりに遅くまで起きていられるようになっている。

 そして今日は、僕に寄り添いながら、僕の双子の妹から借りたという恋愛小説を読んでいる。今まで妻は、そういった女性に人気の本を読んだ事がなかったらしく、まるで少女のようにすっかり夢中になってしまった。
 妻が新しい楽しみを見つけられてよかったとは思うものの、それが僕の妹のおかげだというのは、妹に負けたような気分で、素直に喜べない。

(……君の初めては、僕が全部見つけてあげられたらいいのに)

 相変わらず読書に没頭している妻は、僕が横顔をじっと見つめながら、双子の妹への嫉妬みたいなどうしようもない感情に悩んでいる事にさえ気づかない。

(喜ばせるどころか、僕は、君の悩みも解決してあげられない)

 妻の、少し日に焼けた肌。鼻の頭は日焼けのせいなのか、少し皮がむけてしまっている。本を持つ手を見れば、爪の端に洗い落とし切れていない土の汚れがかすかに残っている。彼女の心の奥にはまだ、僕には分からない悩みが燻っている。

 妻の髪がはらりと落ちて、横顔を隠してしまう。僕はその髪を耳にかけてやり、少し逡巡して、それから、頬にそっと口付ける。さすがにそれには気づいたのか、妻は僕の方を少しびっくりした顔で見る。僕は苦笑しながら言った。

「夢中になって、気づかないかと思った」
「もう……気づくわよ……」

 少し顔を赤くして、困り顔の妻。

「不意打ちは……卑怯だわ」
「卑怯と言われるとは思わなかった。じゃあ、僕の愛しい奥さん。その頬にキスをしても?」

 そうやって許可を得ようとしたら、なぜか妻は、さらに顔を赤くしてしまう。

「そんなに照れてどうしたの?」
「……もう……あなたの隣で本を読むのはやめておくわ」

 どういう意味か一瞬掴めず、でもすぐに理解した。僕は、さっと妻の手から本を取り上げる。

「あっ……」

 困惑した妻の声。その困惑は、妻がさっきまで読んでいたページを読めば嫌でも分かった。そこには、何やら誤解ですれ違っていた恋人が、ようやくその誤解が解けて再び気持ちを交わし合う……そんなシーンが描かれていた。途中から読んでも、なかなか感動的な場面だというのが伝わる。

「感動的な場面だね」
「……そう、ね」

 妻の顔をよく見れば、瞳は少し潤んでいる。僕は、そっと親指でその目尻を拭う。溢れる前の涙が、僕の指先を湿らせる。

「僕が感動を邪魔したから、怒らせてしまった?」
「違うわ!違う……違うの……」

 その瞬間、拭っていない方の目尻から、一筋、涙がこぼれ落ちた。僕は手に持っていた本を脇に置いて、その涙も拭う。すると妻は、悲しそうな顔で僕を見て、それからところどころつっかえながら、僕に言った。

「怒ってなんか、いないの。あ、あの場面を読んでいたら、あなたに、恋をしていた頃のような気持ちになって、だから、わたくし、とても胸が締め付けられて……なのに、そんな時あなたに、急にあんな事をされたから、わたくし、わたくし……」

 怒っているのではなかった事に安堵しつつ、僕は、妻の瞳から涙が溢れてきた事に慌ててしまう。

「いやだ……泣くつもりなんてなかったのに……本当に……なんでもないのよ……」

 その言葉と逆に、妻の涙は止まらない。僕は、妻をそっと腕の中にしまいこんで、背中をそっと撫でる。

「なんでもない時に泣いたっていいんだから」

 僕の言葉に、妻は小さく頷いて、それから僕の背中に手を回して僕に抱きつく。僕は、そのまましばらく何も言わない妻の、頭や背中を優しく撫でる。

 ようやく落ち着いたのか、妻は、呟くように小さい声で話し始めた。

「本当は、なんでもなくは、ないの」
「そうなの?」

 僕が聞くと、妻は少しの沈黙の後、こう言った。

「わたくし、ほんの少しだけ、悩み事があったの」
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