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初恋
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別作品「ひとりでふたりの悪役令嬢」の後日譚にて、こちらの王子がとある思い出を語るお話が公開されました。
こちらへのお知らせついでにお話を、と思い、密かにあたためていた、初恋についてのお話を公開です。
別作品ともどもよろしくお願いします。
――
妻の実家に滞在した日の夜。夕食を終え、少しだけ酒に付き合ってくれと言った義父は、早々に酔って上機嫌になっている。
「なあ息子よ、知っているか?」
「何をですか?」
すると義父は、僕の肩を思い切り抱き寄せ、そして。
「あの子の初恋の相手だよ。誰だと思うかい?」
「はい?」
急に何を言い出すのか。いや、気にならないといえば嘘になる。でも、それを聞いてどうする。何より、勝手にばらされる妻の気持ちを考えたら。
などと葛藤している僕をよそに、義父はニヤッと悪そうな笑顔を見せる。
「驚くぞ、あの子の初恋はなあ……」
その瞬間、僕の耳に届いた名前は。
――
「……すまなかった」
「ふふっ!それは父が悪いわね。でも、そんなのわたくしに黙っていてもよかったのに。あなたって本当に正直者」
僕は、妻の初恋の人物を知ってしまった事を、彼女に正直に伝えた。彼女は、僕の申し訳なさを吹き飛ばすように笑って、褒めているのか貶しているのか分からない事を言う。
「そうだよ。僕は、君にだけは正直者なんだ」
「そうなの?ふふ、じゃあ……わたくしの初恋相手を聞いてあなた、どう思ったの?」
「な、何でそんな事を聞くんだ……」
「何となく?」
無邪気に笑う妻に、僕は頭を抱えたくなる。
「正直者さんは、何でも教えてくれると思ったのに」
「……正直に言うと、そうだろうなと思った」
「まあ、そうなの?」
「そりゃあ……おじさまと言って慕う君を見ると、何となくね」
少し不貞腐れたような言い方をしてしまった僕を、妻はきょとんとした表情で見て、それから笑った。
「ふふっ!いやだわ!わたくしそんな、初恋をいつまでも引きずるような女に見えて?」
「……」
「あら……まあ……ねえ、どうしてそんな悲しそうな顔になるの」
うまく言葉にできない感情が渦巻き、黙ったままの僕を、妻は心配そうに覗き込む。
彼女はどうしよう、といった表情を見せて、それから僕の頬を両手でそっと包み込むと、こう言った。
「……少し、誤解を正してもいいかしら。父は何か勘違いしているようだけれど、わたくしの初恋はおじさまじゃないのよ?」
「……え?」
妻の言葉に、僕のどんよりと曇った心は、一筋の光が射したようなそんな気分になった。そんな僕の様子を見て、妻はほっとしたように笑ってから続けた。
「初恋というより……憧れね。ああいう大人になれたらって、ずっと思っていたの。だから、おじさまのお嫁さんになりたいとか、そういった感情を抱いた事はこれっぽっちもなかったのよ」
「本当、に?」
「本当よ!」
妻はおかしそうに笑う。そして、僕の顔を包む柔らかい手の平が、そっと僕の頬を撫でた。少し顔を近づけて僕を覗き込む彼女の頬は、少しだけ赤く染まっている。
「それに、わたくしの初恋は……」
まさか、初恋の相手が別にいるのか。身構えた僕に、なぜか妻はさらに頬を赤らめる。
「ええと……ちょっと待ってちょうだい……急に恥ずかしくなってきたわ。ねえ、言わなきゃ……だめ?」
「聞きたい」
ここまで焦らされて聞かないわけにいかないだろう。気を確かに持て、そう思っていた僕の耳は、直後、信じられない言葉を聞いた。
「……わたくしが恋をしたのは、後にも先にもあなただけよ」
その瞬間、僕の理性など軽く吹き飛び、許しをもらうのも忘れて彼女の唇を奪った。
――
「ところで。わたくしが教えたのだから、当然あなたも教えてくれるのよね?あなたの初恋が誰なのか」
「…………」
「さ、早く」
「…………」
「ねえ?」
「…………」
こちらへのお知らせついでにお話を、と思い、密かにあたためていた、初恋についてのお話を公開です。
別作品ともどもよろしくお願いします。
――
妻の実家に滞在した日の夜。夕食を終え、少しだけ酒に付き合ってくれと言った義父は、早々に酔って上機嫌になっている。
「なあ息子よ、知っているか?」
「何をですか?」
すると義父は、僕の肩を思い切り抱き寄せ、そして。
「あの子の初恋の相手だよ。誰だと思うかい?」
「はい?」
急に何を言い出すのか。いや、気にならないといえば嘘になる。でも、それを聞いてどうする。何より、勝手にばらされる妻の気持ちを考えたら。
などと葛藤している僕をよそに、義父はニヤッと悪そうな笑顔を見せる。
「驚くぞ、あの子の初恋はなあ……」
その瞬間、僕の耳に届いた名前は。
――
「……すまなかった」
「ふふっ!それは父が悪いわね。でも、そんなのわたくしに黙っていてもよかったのに。あなたって本当に正直者」
僕は、妻の初恋の人物を知ってしまった事を、彼女に正直に伝えた。彼女は、僕の申し訳なさを吹き飛ばすように笑って、褒めているのか貶しているのか分からない事を言う。
「そうだよ。僕は、君にだけは正直者なんだ」
「そうなの?ふふ、じゃあ……わたくしの初恋相手を聞いてあなた、どう思ったの?」
「な、何でそんな事を聞くんだ……」
「何となく?」
無邪気に笑う妻に、僕は頭を抱えたくなる。
「正直者さんは、何でも教えてくれると思ったのに」
「……正直に言うと、そうだろうなと思った」
「まあ、そうなの?」
「そりゃあ……おじさまと言って慕う君を見ると、何となくね」
少し不貞腐れたような言い方をしてしまった僕を、妻はきょとんとした表情で見て、それから笑った。
「ふふっ!いやだわ!わたくしそんな、初恋をいつまでも引きずるような女に見えて?」
「……」
「あら……まあ……ねえ、どうしてそんな悲しそうな顔になるの」
うまく言葉にできない感情が渦巻き、黙ったままの僕を、妻は心配そうに覗き込む。
彼女はどうしよう、といった表情を見せて、それから僕の頬を両手でそっと包み込むと、こう言った。
「……少し、誤解を正してもいいかしら。父は何か勘違いしているようだけれど、わたくしの初恋はおじさまじゃないのよ?」
「……え?」
妻の言葉に、僕のどんよりと曇った心は、一筋の光が射したようなそんな気分になった。そんな僕の様子を見て、妻はほっとしたように笑ってから続けた。
「初恋というより……憧れね。ああいう大人になれたらって、ずっと思っていたの。だから、おじさまのお嫁さんになりたいとか、そういった感情を抱いた事はこれっぽっちもなかったのよ」
「本当、に?」
「本当よ!」
妻はおかしそうに笑う。そして、僕の顔を包む柔らかい手の平が、そっと僕の頬を撫でた。少し顔を近づけて僕を覗き込む彼女の頬は、少しだけ赤く染まっている。
「それに、わたくしの初恋は……」
まさか、初恋の相手が別にいるのか。身構えた僕に、なぜか妻はさらに頬を赤らめる。
「ええと……ちょっと待ってちょうだい……急に恥ずかしくなってきたわ。ねえ、言わなきゃ……だめ?」
「聞きたい」
ここまで焦らされて聞かないわけにいかないだろう。気を確かに持て、そう思っていた僕の耳は、直後、信じられない言葉を聞いた。
「……わたくしが恋をしたのは、後にも先にもあなただけよ」
その瞬間、僕の理性など軽く吹き飛び、許しをもらうのも忘れて彼女の唇を奪った。
――
「ところで。わたくしが教えたのだから、当然あなたも教えてくれるのよね?あなたの初恋が誰なのか」
「…………」
「さ、早く」
「…………」
「ねえ?」
「…………」
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