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ストーカー編
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次の日からカイル君は魔術師学校で魔術を習い始めた。
勉学の方も喜々としている。カイル君を教えている教師も彼の吸収力には驚いていた。
僕の方はカイル君の気が済むまで滞在してくれて構わないと思っていたが、カイル君が宿泊代も払ってないのに長期滞在は出来ないと律儀に断ってきた。一応20日と滞在期間を定める。
20日間でどこまで魔術を自分の物に出来るものだろうか。
一般人が20日で魔術を習うとなると本を読んで終わる程度だ。けれど、カイル君ならば別かもしれない。
魔術に関してほとんど知識がなかった彼だったけれど、元々そういう事に興味があったのだろう。以前から彼との会話で魔術師に向いていると思った事は何度もあった。
彼が夢中になって本を読んでいる姿を見てさらにそう思う。
彼の強い魔力と体術ならば、20日のうちに電撃くらいの魔術はマスターできる気がするな。
魔術も出来る勇者か。スペシャリストだなぁ……カッコいい。
ニマニマと間抜け面していると、前からカイル君の教師が来たので、授業内容をもっと上のレベルにするように声をかける。
「リンって凄い立場の人間なんだな……。お前の口添えだけで特別待遇で授業を受けられる」
「ん~……」
僕が苦笑いして濁した言葉を彼は何も追及してこなかった。
カイル君が王宮で身を置いてくれることになって助かったのは僕の方だ。
僕は王宮の奥の自分専用の部屋に向かった。王宮用の白いローブを脱いで師匠のローブへと着替える。ローブの内ポケットに魔石を何個か詰める。
装備し始める僕にマキタがどこからともなくスッと現れた。
「リン様、また結界に異変ですか!?」
「うん。結界に揺れを感じる。昨日の深夜とは揺れの場所が異なる」
そう。昨日の深夜にも結界に攻撃があった。東の農村だ。
異変に気付いた僕はマキタと移動魔術で農村へ向かったのだ。そこには空間に亀裂が起きており、異形が数十匹出てきていた。
既に現場に配置していた魔術師が交戦してくれていて、村の人へは被害はなかった。
だが、異形の強さが以前よりも強くなっている。
僕とマキタと現場の魔術師だけでその場は抑えた。
昨日の今日で結界の揺れを感じるとは……。
「行きましょう。私に捕まってください」
「うん」
マキタの肩に手を置いた瞬間、移動魔術が発動し結界の揺れる場所へと飛んだ。
その村にいたのは、10メートルほどの巨大な異形だった。
現場の魔術師達が爆弾を作って上手く攻撃しているが、倒すに至らない。
「マキタ様!」
現場の魔術師がマキタを見て安心した顔をする。
マキタが呪文詠唱した瞬間、大きな電撃が異形に直撃する。
僕はその間、村人たちの保護に向かう。地面に壁を形成して逃げ道を作っていく。
「見事だ……」
「あのお方は、誰ですか!?」
現場の魔術師はいつも僕を見て驚く。引きこもって表に出ていないので僕を知る魔術師はいない。彼らが驚いている間に村一面に村人を守るための壁を形成する。
これなら村人へ被害を最小に抑える事が出来るだろう。
「!!」
その時だ。別の場所でも結界の揺れを感じた。またか。
この場所とは、離れた西の村だ。
「マキタ、結界がまた揺れた!! ここは君に任せた」
「リン様!?」
僕は、結界の揺れを感じる場所へと移動魔術を発動させる。
「……」
移動した場所にも10メートル級の異形が目の前にいた。
僕の身長と同じ大きなの巨大な目が僕を見つめる。ぎょろりと異形の目がこちらを向いた。
まだ、魔術師が来ていない。僕が一番乗りか。————被害が出る前でよかった。
僕は魔石を一つ自分の口に入れて噛んだ。持ってきた魔石は三個。
空に出来ている巨大な空間の亀裂を塞がなくては。
僕は手を前にして術印を結んだ。
まずは攻撃を塞ぐために巨大な壁を形成する。その後、空間の亀裂を塞ぐ。
「………」
空間の亀裂は真っ暗だった。その中から無数の手が生えている。
見てはいけないモノだと思った。
その一瞬の隙に異形の攻撃が直撃してしまう。
「っく!」
体重の軽い僕は吹き飛んだ。吹き飛びながら回復魔術をかけ地面に空気のクッションを作り、それを使って飛びあがった。
空間の亀裂を閉じるための魔術陣を空に描く。
「閉じろっ!!」
僕が魔力を込めると亀裂は閉じた。
次は異形だ。異形への攻撃をかけた時、ぞろりと後方から同じサイズの異形が現れた。
巨大な異形、二匹か。
「魔石、二個で足りるかな」
☆
「カイル君、そんなに読むつもりなのかい」
本を図書室で読み漁っているカイル君に後ろから声をかけた。
彼の座っている机の上には本が積みあがっている。こんなに読むつもりなのだろうか。まるで、僕と同じだな。
「分からない事ばかりだ。今まで勉強してこなかったからいい機会だな」
お前も座れというように隣の椅子を後ろに引かれる。
「……」
僕はカイル君の引いてくれた椅子に座った。パラパラと本をめくる音が響く。
カイル君が読んでいる本は、魔術の本ではなく人体の基礎だった。
「人体の基礎を知る事も魔術を操る上で大事だね」
カイル君の邪魔にならないように、その後はただ黙ってカイル君の傍にいた。
数時間経過した後、カイル君が図書館から出るように声をかけてくれる。
長い王宮の廊下を歩く。何人かの魔術師が通りすぎる。
「なぜ、あの能面野郎には礼をして、リンにはしないんだ? 立場は同じくらいか、それ以上だろう」
僕に聞いているのではなく、独り言のように疑問を呟いているだけだ。
僕に何かを聞くのは諦めたのかな。
元々、僕は権力を欲しいと思わないタイプだ。人を動かす才もなく上に立つ素材ではないのだ。立場で言えば、マキタの方が上だ。僕は、表の全ての権力を放棄していた。
ずぅっと以前、先生をしていた自分もいたのだけど————……。だけど、それはもう記憶の片隅に追いやった。
「雨が降りそうだね」
僕は窓から外を見た。湿気が空気中に含まれている。
「あぁ」
前を歩いていたカイル君が僕の方へ振り返った。
「お前……気づかなかった。どうした。顔が真っ青じゃねぇか」
顔……?
カイル君が僕の顔に触れようとするから、僕はトンッと後ろへ下がった。
「僕の事は気にしないでくれたまえ」
「何……?」
僕の気持ちの悪い顔などカイル君に見られたくはない。暫く無言で僕をみつめる。
愛想のない僕の言葉にカイル君は眉をひそめたが追及してこなかった。
また、僕の前を歩きだした。僕も歩こうとしたのだけど、その瞬間足に力が入らない。
「あ―――。やっぱり、ダメだ。心配するだろう!」
カイル君が再び振り返った。振り返ったタイミングと同時に僕の身体が前に崩れる。
「おいっ!!」
僕の身体はカイル君が支えてくれた。
「す、すまない……。立ち眩み、かな……」
「何に謝っているんだ!? 身体が冷え切っているじゃねぇか。とりあえず医務室へ行くか」
カイル君が僕の身体を抱きかかえる。僕は首を振った。
急に身体に力が入らない。この症状は魔力欠乏だ。魔石で回復したのに。
先程の異形との戦いで回復した以上に消費していたのだろう。自覚してしまうと身体が益々動かなくなる。
低血糖症状のように頭がフラフラして意識がまともに保てない。
「俺の部屋ここから一番近い」
返事することも出来ない僕をカイル君は抱きかかえ、彼の部屋のベッドまで運んでくれる。
ふわりとベッドに身体を降ろされる。
「魔力欠乏か。俺の知らない所で魔力を消費するような事があったのか?」
カイル君が言っている言葉は理解出来るのに、息苦しくて返事ができない。ぼんやりと心配するカイル君の顔を見つめる。
意識がなくなりそうだ。
すると、カイル君が僕の袖をめくって手を掴んだ。掴んだ先から気持ちいい魔力が流れてくる。
あまりに魔力を消費しすぎて拒むことが出来ない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気持ちよくなる……。いやだ……。苦しい……。
「俺の魔力を使え。有り余っているんだから」
そうして、腕から魔力がもっと流れてくる。
「はぁは、ぁ……ぁ、はぁ……いや、……マキ、タ」
マキタを呼んで欲しい。そう言いたいのに上手く言葉に出来ない。
「マキ…」
「なんで……? 俺だって頼れよ」
カイル君が僕の前髪を横に寄せる。僕を見つめるカイル君の心配げに揺れる目が何故かイラついているように見える。
「……はぁ、はぁ、はぁ……いやだ」
ツーっと涙が出た。頭がズゥンと重くなり意識がなくなった。
勉学の方も喜々としている。カイル君を教えている教師も彼の吸収力には驚いていた。
僕の方はカイル君の気が済むまで滞在してくれて構わないと思っていたが、カイル君が宿泊代も払ってないのに長期滞在は出来ないと律儀に断ってきた。一応20日と滞在期間を定める。
20日間でどこまで魔術を自分の物に出来るものだろうか。
一般人が20日で魔術を習うとなると本を読んで終わる程度だ。けれど、カイル君ならば別かもしれない。
魔術に関してほとんど知識がなかった彼だったけれど、元々そういう事に興味があったのだろう。以前から彼との会話で魔術師に向いていると思った事は何度もあった。
彼が夢中になって本を読んでいる姿を見てさらにそう思う。
彼の強い魔力と体術ならば、20日のうちに電撃くらいの魔術はマスターできる気がするな。
魔術も出来る勇者か。スペシャリストだなぁ……カッコいい。
ニマニマと間抜け面していると、前からカイル君の教師が来たので、授業内容をもっと上のレベルにするように声をかける。
「リンって凄い立場の人間なんだな……。お前の口添えだけで特別待遇で授業を受けられる」
「ん~……」
僕が苦笑いして濁した言葉を彼は何も追及してこなかった。
カイル君が王宮で身を置いてくれることになって助かったのは僕の方だ。
僕は王宮の奥の自分専用の部屋に向かった。王宮用の白いローブを脱いで師匠のローブへと着替える。ローブの内ポケットに魔石を何個か詰める。
装備し始める僕にマキタがどこからともなくスッと現れた。
「リン様、また結界に異変ですか!?」
「うん。結界に揺れを感じる。昨日の深夜とは揺れの場所が異なる」
そう。昨日の深夜にも結界に攻撃があった。東の農村だ。
異変に気付いた僕はマキタと移動魔術で農村へ向かったのだ。そこには空間に亀裂が起きており、異形が数十匹出てきていた。
既に現場に配置していた魔術師が交戦してくれていて、村の人へは被害はなかった。
だが、異形の強さが以前よりも強くなっている。
僕とマキタと現場の魔術師だけでその場は抑えた。
昨日の今日で結界の揺れを感じるとは……。
「行きましょう。私に捕まってください」
「うん」
マキタの肩に手を置いた瞬間、移動魔術が発動し結界の揺れる場所へと飛んだ。
その村にいたのは、10メートルほどの巨大な異形だった。
現場の魔術師達が爆弾を作って上手く攻撃しているが、倒すに至らない。
「マキタ様!」
現場の魔術師がマキタを見て安心した顔をする。
マキタが呪文詠唱した瞬間、大きな電撃が異形に直撃する。
僕はその間、村人たちの保護に向かう。地面に壁を形成して逃げ道を作っていく。
「見事だ……」
「あのお方は、誰ですか!?」
現場の魔術師はいつも僕を見て驚く。引きこもって表に出ていないので僕を知る魔術師はいない。彼らが驚いている間に村一面に村人を守るための壁を形成する。
これなら村人へ被害を最小に抑える事が出来るだろう。
「!!」
その時だ。別の場所でも結界の揺れを感じた。またか。
この場所とは、離れた西の村だ。
「マキタ、結界がまた揺れた!! ここは君に任せた」
「リン様!?」
僕は、結界の揺れを感じる場所へと移動魔術を発動させる。
「……」
移動した場所にも10メートル級の異形が目の前にいた。
僕の身長と同じ大きなの巨大な目が僕を見つめる。ぎょろりと異形の目がこちらを向いた。
まだ、魔術師が来ていない。僕が一番乗りか。————被害が出る前でよかった。
僕は魔石を一つ自分の口に入れて噛んだ。持ってきた魔石は三個。
空に出来ている巨大な空間の亀裂を塞がなくては。
僕は手を前にして術印を結んだ。
まずは攻撃を塞ぐために巨大な壁を形成する。その後、空間の亀裂を塞ぐ。
「………」
空間の亀裂は真っ暗だった。その中から無数の手が生えている。
見てはいけないモノだと思った。
その一瞬の隙に異形の攻撃が直撃してしまう。
「っく!」
体重の軽い僕は吹き飛んだ。吹き飛びながら回復魔術をかけ地面に空気のクッションを作り、それを使って飛びあがった。
空間の亀裂を閉じるための魔術陣を空に描く。
「閉じろっ!!」
僕が魔力を込めると亀裂は閉じた。
次は異形だ。異形への攻撃をかけた時、ぞろりと後方から同じサイズの異形が現れた。
巨大な異形、二匹か。
「魔石、二個で足りるかな」
☆
「カイル君、そんなに読むつもりなのかい」
本を図書室で読み漁っているカイル君に後ろから声をかけた。
彼の座っている机の上には本が積みあがっている。こんなに読むつもりなのだろうか。まるで、僕と同じだな。
「分からない事ばかりだ。今まで勉強してこなかったからいい機会だな」
お前も座れというように隣の椅子を後ろに引かれる。
「……」
僕はカイル君の引いてくれた椅子に座った。パラパラと本をめくる音が響く。
カイル君が読んでいる本は、魔術の本ではなく人体の基礎だった。
「人体の基礎を知る事も魔術を操る上で大事だね」
カイル君の邪魔にならないように、その後はただ黙ってカイル君の傍にいた。
数時間経過した後、カイル君が図書館から出るように声をかけてくれる。
長い王宮の廊下を歩く。何人かの魔術師が通りすぎる。
「なぜ、あの能面野郎には礼をして、リンにはしないんだ? 立場は同じくらいか、それ以上だろう」
僕に聞いているのではなく、独り言のように疑問を呟いているだけだ。
僕に何かを聞くのは諦めたのかな。
元々、僕は権力を欲しいと思わないタイプだ。人を動かす才もなく上に立つ素材ではないのだ。立場で言えば、マキタの方が上だ。僕は、表の全ての権力を放棄していた。
ずぅっと以前、先生をしていた自分もいたのだけど————……。だけど、それはもう記憶の片隅に追いやった。
「雨が降りそうだね」
僕は窓から外を見た。湿気が空気中に含まれている。
「あぁ」
前を歩いていたカイル君が僕の方へ振り返った。
「お前……気づかなかった。どうした。顔が真っ青じゃねぇか」
顔……?
カイル君が僕の顔に触れようとするから、僕はトンッと後ろへ下がった。
「僕の事は気にしないでくれたまえ」
「何……?」
僕の気持ちの悪い顔などカイル君に見られたくはない。暫く無言で僕をみつめる。
愛想のない僕の言葉にカイル君は眉をひそめたが追及してこなかった。
また、僕の前を歩きだした。僕も歩こうとしたのだけど、その瞬間足に力が入らない。
「あ―――。やっぱり、ダメだ。心配するだろう!」
カイル君が再び振り返った。振り返ったタイミングと同時に僕の身体が前に崩れる。
「おいっ!!」
僕の身体はカイル君が支えてくれた。
「す、すまない……。立ち眩み、かな……」
「何に謝っているんだ!? 身体が冷え切っているじゃねぇか。とりあえず医務室へ行くか」
カイル君が僕の身体を抱きかかえる。僕は首を振った。
急に身体に力が入らない。この症状は魔力欠乏だ。魔石で回復したのに。
先程の異形との戦いで回復した以上に消費していたのだろう。自覚してしまうと身体が益々動かなくなる。
低血糖症状のように頭がフラフラして意識がまともに保てない。
「俺の部屋ここから一番近い」
返事することも出来ない僕をカイル君は抱きかかえ、彼の部屋のベッドまで運んでくれる。
ふわりとベッドに身体を降ろされる。
「魔力欠乏か。俺の知らない所で魔力を消費するような事があったのか?」
カイル君が言っている言葉は理解出来るのに、息苦しくて返事ができない。ぼんやりと心配するカイル君の顔を見つめる。
意識がなくなりそうだ。
すると、カイル君が僕の袖をめくって手を掴んだ。掴んだ先から気持ちいい魔力が流れてくる。
あまりに魔力を消費しすぎて拒むことが出来ない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気持ちよくなる……。いやだ……。苦しい……。
「俺の魔力を使え。有り余っているんだから」
そうして、腕から魔力がもっと流れてくる。
「はぁは、ぁ……ぁ、はぁ……いや、……マキ、タ」
マキタを呼んで欲しい。そう言いたいのに上手く言葉に出来ない。
「マキ…」
「なんで……? 俺だって頼れよ」
カイル君が僕の前髪を横に寄せる。僕を見つめるカイル君の心配げに揺れる目が何故かイラついているように見える。
「……はぁ、はぁ、はぁ……いやだ」
ツーっと涙が出た。頭がズゥンと重くなり意識がなくなった。
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