遠い空のデネブ

第五章：未来への兆し

未来への兆し ５

　　　　　　　　　　２

　頭の中がずっと、乱雑に掻き混ぜられたようにグチャグチャになってしまっている。


“負けないでくださいね！　あたしは、先輩を応援してますから”


　あれだけ酷いことをされて、皮肉でしかないような言葉を浴びせられ、それで何故あんなことを言えたのか。


“あたしは、先輩が紡ぎ出す物語のファンですから！”


　本音かどうかも定かじゃない後輩の言葉に、意識が翻弄されてしまっている。

　家に帰り机に座ってからずっと、星咲さんに言われた言葉の数々が頭の中を駆け回っているせいで、何も手につかない。

　最近は、色々なことを忘れるようにひたすら勉強にだけ集中をしていたけれど、ここに来て目の前に広げられた問題集が虚しいガラクタのように映り込んでしまっていた。

　誰かの意思ではなく、自分が本気でやりたいこと。

「私が今、向き合うべきこと……」


“先輩はまだまだ勝負ができるって言いたいだけですよ――”


　何度も何度も、星咲さんに言われた一言一言がフラッシュバックしては、私の胸の奥へぶつかり鈍い痛みを与えてくる。

　机に両肘をつき、両手で顔を覆うようにして体重を預ける。

　私は、ここからどうするべきか。

　――自分が、どうしたいのか。

　周りの誰かではなく、自分の気持ちを優先して本音を晒せば、答えなんて決まっている。

　――本当に、良いのかしら。お父さんに反発して自分の我儘を通すなんて、許される？

　これからだって、まだまだたくさんの世界を生み出したい。

　まだ成果が出ていないというだけで、諦めるなんてこと本当はしたくない。

　頭と心を落ち着かせようと、ジッと目を閉じ静かに呼吸を繰り返す。

　私の運命は、私の人生は、全て私のもの。

「……悔しいけれど、星咲さんの言っていたことが正論だわ」

　数分間の瞑想の末、私は自身にうんざりした心地で独り言を吐きこぼした。

　あれだけ気取っておきながら、結局負けたのは自分の方だった。

　諦念のため息を盛大について、重い身体をゆっくりと立ち上がらせる。

　どんなことでも、行動は早い方が良い。

　時間をかければ、それだけ怖気づいて動けなくなるのは明白だ。

「やってやるわよ。後輩にあそこまで言われて、黙ってなんかいられないわ」

　やっぱり私は物語を書き続けたい。

　例えお父さんに私の才能を否定されようと、どれだけ賞に落ちようと、まだ私が諦めるタイミングには来ていないから。

　また反対されるのなら、朝までだって反発してわからせてやる。

　自分を鼓舞するように強い意志を固め、左右の頬を両手で叩いて気合を入れると、私は部屋を出てお父さんの書斎へと向かった。