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第二章:断罪決行
断罪決行 2
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今いる調理場は、この建物を正面から見て一階の一番右端。
そこから左へ順に、食堂、川辺さんの部屋、談話室、シャワールーム、そして物置に使われている部屋が二つ。
よって、ここから談話室までの距離は一分とかからない。
「ちょっとお兄ちゃん。まさかとは思うけど、その中身を金魚鉢に入れて確かめようとか思ってないよね?」
何となく嫌な予感がして、あたしは若干引きつった声でそう語りかける。
だけど、問われた本人は無表情を保ったまま
「それ以外に何がある? こんなタイミングで、金魚を眺めたくなったとでも思ったか?」
と、淡泊で嫌味っぽい言葉を返してきてくれるだけだった。
「いやぁ、それはないだろうけどさぁ……。そんな、勝手に毒かもしれないものを金魚鉢に入れるなんてしたら、後で叱られたり弁償させられたりするかもしれないじゃん」
「誰にだ?」
「誰って、ここの持ち主の人? その人の私物だろうし……」
会ったこともない相手なので外見はおろか性別もわからないけれど、ぼんやりと人間の輪郭だけを想像してみる。
「そうか。それならば尚更に遠慮する必要はないな。もしもこのコップに毒が入っていれば、仕込んだのは十中八九この研究所の持ち主。つまりは招待主だ」
「え? どうしてそんなこと――」
言い切れるの?
そうあたしが話す前に、お兄ちゃんは食堂の方へと歩きだす。
「一番の決め手になりそうなのは、例のカードだ。もしあれが殺人を実行したことを示すアイテムであるとするならば、犯人は絵馬が<知識>のカードを持っていることを、ここへ来る前から認識し用意しておく必要がある」
振り向く動作すらなく話すお兄ちゃんの声を聞きながら、あたしたち残りの三人も後に続く。
「そんなことが可能なのは送り主だけであり、あのカードそのものが始めから殺人を示唆するための小道具であったと仮定すれば、絵馬が死ぬこともほぼ必然。……今のうちに、確かめられることはなるべく確かめておくことが重要だ。なぜなら」
食堂から廊下へ出て、川辺さんが使用している部屋の前を通り過ぎる。
「これが殺人だと確定した場合、衝動的なものではなく予め計画、準備された犯罪だ。確実な殺意を内に秘めた異常者が、この九十九研究所の中に紛れ込んでいることになる。招待されたふりをしてオレたちと共に行動しているのか、どこかに潜んでいるのかは定かでないが」
お兄ちゃんの手が、談話室のドアを開けた。
「あら、白沼さん。それに木ノ江先生に川辺さんも。皆さん難しい顔をされてどうしたんですか?」
談話室へ踏み込むと、中で一人文庫本を読んでいたらしい心理カウンセラーの花面さんが、きょとんとした表情で出迎えてきた。
「ああ、花面様。いえ、ちょっと不測の事態が発生しまして……」
「不測の事態?」
恐縮するように頭を下げる川辺さんを不思議なものを見るように眺めてから、花面さんはあらためてあたしたち全員を一瞥した。
その間にも、お兄ちゃんは金魚鉢のある棚へと一直線に向かって行き、手にしていたコップの中身を全て移してしまった。
そのあまりにも躊躇いのない手際の良さ――と言うか思い切りの良さ――に、さすがにあたしも制止するタイミングを逸してしまう。
金魚鉢の前に集まるあたしたち四人と、それをぽかんとしながら眺める花面さん。
「……何も起こりませんね。やはり、その、失礼ですが白沼様の勘違いということでは……」
お兄ちゃんのすぐ後ろに移動して、泳ぐ金魚を見つめる川辺さん。
あたしも金魚を注視しているけど、中にいる三匹は何事もないように気ままな様子で泳いでいるだけ。
「いや、まだわからない。遅行性の毒であれば、症状がでるまでに多少のタイムラグがあってもおかしくない」
「あの、皆さんで何をしてるんです? その金魚がどうかされたんですか?」
側で見ていれば、気にもなるだろう。
本を閉じた花面さんが、微笑を浮かべてこちらへと近づいてくる。
そこから左へ順に、食堂、川辺さんの部屋、談話室、シャワールーム、そして物置に使われている部屋が二つ。
よって、ここから談話室までの距離は一分とかからない。
「ちょっとお兄ちゃん。まさかとは思うけど、その中身を金魚鉢に入れて確かめようとか思ってないよね?」
何となく嫌な予感がして、あたしは若干引きつった声でそう語りかける。
だけど、問われた本人は無表情を保ったまま
「それ以外に何がある? こんなタイミングで、金魚を眺めたくなったとでも思ったか?」
と、淡泊で嫌味っぽい言葉を返してきてくれるだけだった。
「いやぁ、それはないだろうけどさぁ……。そんな、勝手に毒かもしれないものを金魚鉢に入れるなんてしたら、後で叱られたり弁償させられたりするかもしれないじゃん」
「誰にだ?」
「誰って、ここの持ち主の人? その人の私物だろうし……」
会ったこともない相手なので外見はおろか性別もわからないけれど、ぼんやりと人間の輪郭だけを想像してみる。
「そうか。それならば尚更に遠慮する必要はないな。もしもこのコップに毒が入っていれば、仕込んだのは十中八九この研究所の持ち主。つまりは招待主だ」
「え? どうしてそんなこと――」
言い切れるの?
そうあたしが話す前に、お兄ちゃんは食堂の方へと歩きだす。
「一番の決め手になりそうなのは、例のカードだ。もしあれが殺人を実行したことを示すアイテムであるとするならば、犯人は絵馬が<知識>のカードを持っていることを、ここへ来る前から認識し用意しておく必要がある」
振り向く動作すらなく話すお兄ちゃんの声を聞きながら、あたしたち残りの三人も後に続く。
「そんなことが可能なのは送り主だけであり、あのカードそのものが始めから殺人を示唆するための小道具であったと仮定すれば、絵馬が死ぬこともほぼ必然。……今のうちに、確かめられることはなるべく確かめておくことが重要だ。なぜなら」
食堂から廊下へ出て、川辺さんが使用している部屋の前を通り過ぎる。
「これが殺人だと確定した場合、衝動的なものではなく予め計画、準備された犯罪だ。確実な殺意を内に秘めた異常者が、この九十九研究所の中に紛れ込んでいることになる。招待されたふりをしてオレたちと共に行動しているのか、どこかに潜んでいるのかは定かでないが」
お兄ちゃんの手が、談話室のドアを開けた。
「あら、白沼さん。それに木ノ江先生に川辺さんも。皆さん難しい顔をされてどうしたんですか?」
談話室へ踏み込むと、中で一人文庫本を読んでいたらしい心理カウンセラーの花面さんが、きょとんとした表情で出迎えてきた。
「ああ、花面様。いえ、ちょっと不測の事態が発生しまして……」
「不測の事態?」
恐縮するように頭を下げる川辺さんを不思議なものを見るように眺めてから、花面さんはあらためてあたしたち全員を一瞥した。
その間にも、お兄ちゃんは金魚鉢のある棚へと一直線に向かって行き、手にしていたコップの中身を全て移してしまった。
そのあまりにも躊躇いのない手際の良さ――と言うか思い切りの良さ――に、さすがにあたしも制止するタイミングを逸してしまう。
金魚鉢の前に集まるあたしたち四人と、それをぽかんとしながら眺める花面さん。
「……何も起こりませんね。やはり、その、失礼ですが白沼様の勘違いということでは……」
お兄ちゃんのすぐ後ろに移動して、泳ぐ金魚を見つめる川辺さん。
あたしも金魚を注視しているけど、中にいる三匹は何事もないように気ままな様子で泳いでいるだけ。
「いや、まだわからない。遅行性の毒であれば、症状がでるまでに多少のタイムラグがあってもおかしくない」
「あの、皆さんで何をしてるんです? その金魚がどうかされたんですか?」
側で見ていれば、気にもなるだろう。
本を閉じた花面さんが、微笑を浮かべてこちらへと近づいてくる。
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